第7章 トンネルの中に差した、小さな光
これまでの章では、学生生活の中で続いてきた体調不良や不安、
高校時代の孤独、大学での葛藤、そして休学を選ぶまでの流れを書いてきました。
病気の診断や入院を経て、胸の奥が折れそうになりながらも、
第6章では推しのLIVEに救われた瞬間を綴りました。
今回の第7章では、その光が胸に残ったまま、
それでも動けなかった“暗闇の冬”のこと。
そして、半年ぶりに心がふっと動き出した
小さな春の気配について書いています。
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LIVEが終わったあと、心の中には確かに光が残っていました。
「また会おうね」という言葉も、何度も思い返していました。
それでも、家に戻った途端、現実は静かに重くのしかかってきました。
生きることは、やっぱり急には変わらなかったのです。
動こうと思っても体は動かず、気持ちもどこか遠くに置き去りにされたままでした。
9月から2月。
この半年間、僕はほとんど外へ出ることができませんでした。
外出は、病院の診察がほとんどでした。
それ以外の日々は、家の中で静かに過ぎていきました。
玄関の扉を開けることさえ、心には負担でした。
頭はいつもぼーっとしていて、何かを考えようとしても考えられませんでした。
朝か夜かの区別も曖昧で、気づけば一日が終わっています。
カレンダーだけが勝手に進んでいき、僕の時間だけが止まっているように思えました。
そんな暗い日々の中で、ひとつだけ、心がふっと動いた瞬間がありました。
ある日の夕ご飯でした。
母が作ってくれたいつものおかずを、ぼんやりしたまま口に運んだときです。
「あ、美味しい。」
本当に、それだけのことでした。
声に出したわけでもない、小さな感覚でした。
けれどその瞬間、胸の奥がほんの少しだけゆるんだような気がしました。
ほっとしたのです。
落ち着くというか、
「ああ、ここは自分が安らげる場所なんだ」と思えたというか。
外に出る元気はなくても、
何もできない自分が情けなくても、
この家だけは僕を拒まない。
その“安心”を感じたことで、
暗闇の中に小さな光を見つけたような感覚がありました。
母の作った温かいご飯が、
僕にまだ“生きていられる場所”があることをそっと教えてくれました。
それからも、気持ちが劇的に軽くなるわけではありませんでした。
美味しいと感じたあの日も、翌日にはまた同じようにぼんやりしていて、
気力が湧くわけでも、急に外に出たくなるわけでもありませんでした。
それでも、ほんの少しだけ、
「もしかしたら、ゆっくりなら進めるのかもしれない」
そんな気持ちが心のどこかに残りました。
冬が終わりに近づくころ、
家の中で過ごしていると、犬たちがやけに元気な日がありました。
うちには四匹の犬がいるのですが、その日は特に、
「散歩に行きたい!」と全身でアピールしてきたのです。
尻尾を振って、ぴょんぴょん跳ねて、
まるで僕を外へ連れ出そうとしているようでした。
その姿をぼんやり眺めているうちに、
不思議と心の中に小さな気持ちが芽生えました。
「ぼくが連れて行ってあげたいな。」
それは、自分のためではなく、
この子たちのために外に出てもいいかもしれない、
そんな“ほんの少しの前向きさ”でした。
物は試しだと思って、散歩に出てみることにしました。
リードを取り出すと、犬たちは待っていたように喜び、
ぴょんぴょんと跳ねていました。
玄関の扉を開けて外に出るのは、いつぶりだっただろう。
冷たい空気が頬に触れた瞬間、少しだけ身が縮こまりました。
それでも、四匹の犬たちは迷うことなく進んでいく。
その様子を見ていると、僕の心もほんの少しだけ前へ引っ張られるような感覚がありました。
歩き始めると、冬の名残りの冷たい風の中に、
ほんのわずかに春の匂いが混じっているのに気づきました。
犬たちは楽しそうに道を行き、
その跳ねるような後ろ姿を眺めていると、
自然と足が前に出ていました。
「ああ、僕も歩けるんだ。」
そう思った瞬間、胸の奥が少しだけあたたかくなりました。
半年間止まっていた時間が、ゆっくりと動き出したような気がしました。
無理をしているわけでも、元気になったわけでもありません。
ただ、今はこの子たちと一緒に歩けている。
それだけで十分でした。
その日を境に、何かが劇的に変わったわけではありませんでした。
次の日にはまた、布団の中で動けない時間もありましたし、
気持ちが沈んでしまうことも変わらずにありました。
それでも、あの日、犬たちと歩いた道だけは、
僕の中に確かな感覚として残りました。
「歩けた」という事実。
ただそれだけのことなのに、
心のどこかがゆっくりと前に動き始めたような気がしたのです。
半年間続いた暗闇の中で、
その小さな一歩は、
僕にとっての“春の入り口”でした。
