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第2章「高校時代の孤独と顧問との関係」【過敏性腸症候群・自律神経失調症・うつ病と生きる学生生活】


はじめに
この連載「過敏性腸症候群・自律神経失調症・うつ病と生きる学生生活」では、僕が学生時代に経験した心と体の不調、そして休学に至るまでの体験を書いています。
同じように悩んでいる方や、周囲に理解してほしいと思っている方に、少しでも参考になれば嬉しいです。
前回の第1章では、小学生の頃から続く「お腹の痛み」と過敏性腸症候群との日々について書きました。体の不調に悩みながらも、それに少しずつ向き合う姿を振り返りました。
今回は、高校時代に経験した部活動での孤独や顧問との関係、そして恐怖から信頼へと変わっていった出来事について綴っていきます。
 
 
高校時代、私は決して満足のいく学校生活を送っていたわけではありませんでした。特に高校2年生の頃、コロナ禍が始まり、修学旅行や文化祭、体育祭など、数えきれないほどの行事を失いました。残ったのは、マスクをつけて黙々と授業を受ける日々。毎日がただ「つまらない」と感じる時間でした。
 
体の不安や孤独と向き合ってきた私は、この新しい環境でも、小さな恐怖や葛藤に直面します。私は硬式テニス部に所属していましたが、運動は正直好きではなく、元々は体力作りやダイエットのために続けていた部活は、むしろ負担でした。さらに私の代は部員が多く、コートが使えない日はひたすら走るしかありません。運動嫌いの私にとって、それはまさに地獄でした。だんだんと、顧問の先生への嫌悪感が募っていきました。もともと私と顧問の先生の関係はあまり良くなかったのです。
 
高校1年の時、3年生の試合があり、1年生は練習が休みの日がありました。私は「ラッキー!」と思い、おばあちゃんと遊びに行く予定を入れて楽しみにしていました。しかし、顧問の先生から「1年生は試合を見に来るように」と試合前日に指示が出ました。
 
予定があると伝えると、先生は30分以上も厳しく叱責。当時の私は何も言い返せず、泣きそうになりながら聞いていました。
 
その後、担任の先生に相談し、紙にまとめて一緒に顧問の先生に伝えに行きました。顧問の先生の部屋に入ると、緊張で手が震えました。そして手紙を読み、顧問の先生と話し合いをしたのですが、部屋の中では感情を抑えていました。
 
話を終えて顧問の先生の部屋を出た瞬間、堰を切ったように涙が溢れました。怖くて、悔しくて、納得できない気持ちが一気に押し寄せ、止まらない涙としゃくりあげる息で、しばらく立ち尽くしてしまいました。担任の先生がそっと支えてくれたことで、ようやく少しずつ落ち着くことができました。あのときの感情の渦は、今でも鮮明に覚えています。
 
こうした経験から、私は顧問の先生を恐れるようになり、部員とも心を通わせることができませんでした。部員が少人数でかたまっている中、私は仲のいい友達も数人程度。
ある日、三者懇談による、午前中は授業で午後からは授業がなく部活動の時間、という期間がありました。私は高校まで自転車で10分のところに住んでいたので、授業が終わった後に家に一旦帰っておばあちゃんの作る昼ごはんを食べてから部活に行っていました。そんな期間中のある日、授業後に家に帰って昼ごはんを食べてから部活に戻ると、なんと部活の友達が誰もいませんでした。後で聞くと、先生からの急な連絡で部活が無くなり、他の部員たちは帰宅していたそうです。私はその話を知らず、無駄足を踏んでしまいました。
 
テニスがあまり上手くなく、顧問にもあまり気に入られていない私は、部員からも軽んじられているように感じました。部長や上手な部員たちは顧問にも可愛がられている分、余計に孤立感を感じたのです。こうして私は、顧問も部員も信頼できず、部活動では肩身の狭い思いをしていました。
 
しかし、そんな私にも顧問の先生との信頼関係が生まれた瞬間がありました。ある練習中、腹痛でトイレに籠っていたときのことです。10分以上戻れずにいると、顧問の先生が心配してトイレまで来てくれました。
 
「〇〇くんは根は真面目だし、練習中は真剣だからサボる子でもない。ほんとに心配だった」
 
その言葉を聞いたとき、私は胸がじんと温かくなり、とても嬉しかったことを覚えています。自分を見てくれている人がいる――孤立していた日々の中で、初めて実感できた瞬間でした。
 
この出来事をきっかけに、私は顧問の先生のことを信頼できるようになり、短い期間ではありましたが、部活動を前向きに取り組むことができました。最初は喧嘩してお互い嫌い合ったけれど、最後には心が通じ合った――この経験は、私にとってかけがえのない財産となりました。
次回は 第2章おまけ 「自律神経失調症の診断と薬との出会い」をお届けします。高校生活の中で突然訪れた長引く体調不良。原因がわからず病院を転々とする日々、そして最後に出会った診断と薬――。それが今も続く僕の生活を大きく変えることになりました。
「同じ内容をはてなブログにも掲載しています。検索から来られた方や、まとめ読みしたい方はこちらもどうぞ 👉


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