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氷河期世代AD、テレビの片隅で。#6「黒い弁当泥棒と基本ガン無視の初VTR」

東京に来て、
半年が過ぎていた。

まともな休みは、
たしか一日だけだった。

大学の卒業式の日。

日帰りで東北へ帰り、
スーツを着て、
卒業証書を受け取った。

で、そのまま東京へ日帰り。
卒業式後の打ち上げにも行けなかった。

休み!と言われた日でも
会社から電話が来た。

「今どこ?」

もう休みなのか仕事なのか、
よく分からなかった。

ロケ、編集、収録。

毎日ずっと何かしていた。

編集所へ泊まり、
会社へ戻り、
またロケへ行く。
椅子で寝たり
慣れてくると寝袋を持ち込んだ。
1週間くらい家に帰れない時もある

そんな毎日だった。


給料は15万円だった。

そこから税金や保険が引かれる。

家賃は6万円。

かなりギリギリだった。

でも編集やロケ、収録へ行くと、
弁当が出た。

ADにとって、
それはかなりありがたかった。

余ったロケ弁を持ち帰り、
冷凍庫へ入れる。

それを家で食べる。

そんな生活だった。

ADにとってそれは、
ほぼ“生命維持装置”だった。

余った弁当は持ち帰る。

冷凍庫には、
ロケ弁がどんどん溜まっていった。

そんなある日。

大物芸人の番組収録に、
別の局のプロデューサーが来ていた。
大物芸人との打ち合わせだ。

その人がまた、
異常に黒かった。

日サロとかそういうレベルじゃない。

AV男優みたいな黒さだった。

墨汁が歩いているみたいだった。

その黒いプロデューサーは、
なぜか毎回、
うちの番組の弁当を食べていた。

しかも二個。

おかず違いで。

たぶん比較していた。

僕らADは、
冷凍用弁当が減るので、

陰でその人を
「弁当泥棒」と呼んでいた。


当時の編集所には、
妙なルールがあった。

ADは座ってはいけない。

一度、
編集所の隅のパイプ椅子に座ったことがある。

するとガマガエル似の先輩ADが、
ものすごい勢いで怒鳴ってきた。

「お前ごときが何座っとんねん!」

どうやらこの会社では、
新人ADは 編集所で座ってはいけないらしい。

意味は全く分からなかった。

でも当時は、
「テレビ業界ってそういうもんなんだろう」
と思っていた。

ADになって3か月くらい、
テレビで言う1クール経った頃、

桜井さんが、
僕と先輩AD二人を呼んだ。

「お前ら、一本VTR作ってみろ」

珍しい料理を紹介する企画だったと思う。

それまで何度もやっている定番企画だった。

今回は「トンカツで作るバッグ」という内容だった。

普通なら、

「何を作っているんだろう?」

「実はトンカツでバッグでした!」

という流れになる。

でも僕は、
全部逆から始めてみた。

「今、ギャルの間で不思議なバッグが大ブーム!」

「それはなんと、トンカツで作ったバッグ!」

……もちろんブームではない。

「その正体を突き止めるため、我々取材班はあるトンカツ屋へ向かった。」

そこで目にしたのは、

なんとトンカツをつなぎ合わせてバッグを作る職人だった。

そんな、構成にしてみた。

VTRには、
起承転結がある。

でも僕は、逆の
結転承起みたいな構成にした。

それを見て、
先輩ADたちは言った。

「なんか全然違う」

「意味分かんない」

かなり酷評だった。

たしかに、
自分でも少し変だと思った。

でも桜井さんだけは、
笑いながら言った。

「今回の企画には合ってないけど、こういう作りもあるわな」

少し嬉しかった。

桜井さんは、
僕の変な部分を面白がってくれる人だった。

顔は顔面凶器だけど、
頭は柔らかかった。


テレビの仕事は忙しかった。

でも、
よく遊んでもいた。

編集が夜中に終わると、
同期の松田(浅野忠信+マキタスポーツ÷2みたいなヤツ)と
そのまま渋谷へ行った。

歌舞伎町へ行く日もあった。

東京の街は、
僕には全部新鮮だった。

渋谷センター街でナンパ。

歌舞伎町でナンパ。

成功率はかなり低い。

野球なら、
防御率でタイトルを狙えるレベル。

クラブにも行った。

当時は、
クラブへ行くのが少し大人みたいでカッコよかった。

でも、
僕には全然合わなかった。

音がうるさすぎた。

何を話しているのかもよく分からない。

結局、
端っこで酒を飲んでいるだけだった。

でも、奇跡的にナンパが成功したこともあった。

同期のADと歌舞伎町に繰り出した日。

「今日はナンパでもしてみよう!」と

僕は声をかけた。

相手は日本人ではなく、南米から来たという二人組の女性。

たしかベネズエラとか言ってたと思う。

でも、お互いほとんど言葉が通じない。

向こうは日本語が話せない。
こっちは英語がほとんど話せない。

会話らしい会話なんて成立していなかった。

それでも、なぜか一緒に居酒屋で飲んで、

大笑いして、乾杯して、写真を撮って、

気が付けば何時間も過ごしていた。

今思えば、何を話していたのか全然覚えていない。

でも、楽しかったことだけは鮮明に覚えている。

あの夜で学んだ。

人と仲良くなるのに、一番大事なのは語学力じゃない。

笑顔だったり、ノリだったり、「一緒に楽しもう」という気持ちだったり。

言葉なんて、意外と何とかなるものなんだ。

あの頃は、

夜中まで遊び、
そのまま朝会社へ行く日もあった。

今思うと、
いつ寝ていたのかよく分からない。

でも23歳の身体は、
意外と丈夫だった。

あの頃の僕は、
毎日怒られながら、
東京という街を必死に楽しんでいた気がする。

#氷河期世代 #創作大賞2026 #お仕事小説部門   #実話

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#7  「反社に捕まる歌舞伎町通いのホスト見習いAD」

昼はテレビAD、夜は歌舞伎町。
ホストクラブ、キャバクラ、そして反社との遭遇。
普通では経験できない日々が、いつの間にか"日常"になっていました。


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『氷河期世代AD、テレビの片隅で。全話まとめ』

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