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Audibleで聴く 『レモンと殺人鬼』 著者:くわがきあゆ、 ナレーター:乙宮あゆみ 〜「どんでん返しが大好きな私にとって最高の作品でした!」「二転三転四転五転の展開にねじ伏せられました」  第21回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作

第21回このミス大賞・文庫グランプリ /
読書メーター登録3,800件超 /
どんでん返し連続

■ プロローグ:「どんでん返しと予告されているのに、なぜ驚いてしまうのか」

本作を紹介するとき、まずこの問いから始めたいと思います。

帯に書いてあります。「二転三転四転五転の展開にねじ伏せられました」。レビューにもあります。「どんでん返し好きに最高」。「ある一文で鳥肌が立った」。

つまり読む前から「どんでん返しがある」と知っています。知っているのに、驚いてしまいます。これが本作最大の謎にして最大の武器です。「どんでん返しと予告されているのに、なぜ驚くのか」。その答えは本作を聴き終えたあとに分かります。

「どんでん返し祭りを堪能した」「帯でどんでん返しがあることは分かっていたが、2回ほど『えっ!?』と声が出た」「ミステリー読み慣れてると仕掛けは直ぐに気づくと思います。しかしその後に畳み掛けてくる更なる仕掛けに驚きました」という読者の声が示すように、本作のどんでん返しは多層的です。一つ目を見破っても、二つ目が来る。二つ目が来た後にまた来る。

本作はくわがきあゆという作家の「びっくり箱を作る技術」の結晶です。そしてその技術は、10年間・40作品の投稿生活で磨き上げられたものです。

■ 著者・くわがきあゆ:「10年・40作品」の末に咲いた才能

くわがきあゆは1987年生まれ、京都府出身。京都府立大学卒業。

この作家の経歴を語るとき、まず「10年間・40作品の投稿生活」に触れなければなりません。デビュー作『焼けた釘』の受賞インタビューでくわがきあゆ本人が語っています。「だいたい10年ぐらいです。たぶんこれまでに40作品ぐらいは書いてきたと思います。落選することはあまり気にならなかったので、なんとなく相性が良さそうな賞に投稿していました」。

10年間、40作品。落選しても気にならない。その「気にならない」という言葉が、くわがきあゆという作家の本質を示しています。「びっくり箱のようなインパクトのある物語を書きたい。うわっとなって、ああびっくりしたと閉じてもらえれば、それ以上のことは望まない」という創作観がある人間は、承認欲求よりも「書くこと自体の喜び」に動かされています。その純粋さが、長期間の投稿生活を支えていた。

暮らしの小説大賞の選考委員は4回にわたるくわがき作品の投稿を振り返り「いずれも静かなタッチで描かれた狂気が記憶に残る作品でした」と評しています。10年かけて磨かれた「静かなタッチで描かれた狂気」が、本作のどんでん返しの底にある技術の核心です。

本作が文庫グランプリに輝いた第21回のこのミス大賞の大賞作は、小西マサテル『名探偵のままでいて』でした。「認知症の祖父が名探偵」という温かい設定の作品と同期に、「全員アカンな人物たちが引き起こすサイコ・サスペンス」の本作がある。この対比が第21回のラインナップの振れ幅の豊かさを示しています。

■ 「文庫グランプリ」という位置づけを知る

本作は「このミステリーがすごい!大賞・大賞」ではなく「文庫グランプリ」受賞作です。この違いをご説明します。

このミス大賞シリーズでは、2020年から「大賞作品(単行本)」に加えて「文庫グランプリ受賞作品(文庫本)」が刊行されるようになりました。大賞作品は単行本として出版され、文庫グランプリは最初から文庫本として刊行されます。

つまり「大賞でないから劣る」のではなく、「最初から文庫という届け方のために書かれた、このミス認定の傑作」という位置づけです。文庫という形式は「手軽に入手できて、手軽に読める」という意味で、エンタメ性と疾走感を重視した作品との相性が良い。本作のテンポの速さと一気読み感は、文庫という形式と完璧に合っています。Audibleでの朗読との相性も同じ理由で高いといえます。

■ あらすじ(ネタバレなし):「美桜」と「影」の追いかけっこ

◆主人公・美桜と姉妹の過去
主人公は小林美桜(こばやし みお)。大学の事務員として働く20代の女性です。美桜には強烈なコンプレックスがあります。歯並びが悪い。それを隠すため、常にマスクをつけて暮らしています。顔の半分をマスクで隠した状態が美桜の「日常の姿」です。この設定が、後に重大な意味を持ちます。

美桜には妹・妃奈がいます。10年前、父・恭司が海辺の洋食屋「グリル那見」を営んでいた頃、当時10代の少年・佐神翔に刺殺されます。大黒柱を失った家族は崩壊。母・寛子が美桜と妃奈を置いて失踪し、姉妹はそれぞれ別の親戚に引き取られて別々の環境で育ちました。

成人後、妃奈は保険外交員として働いています。そんな妃奈が、遺体で発見されます。

◆「妃奈が保険金殺人をしていた」という疑惑
妃奈の死後、世間を騒がせるのは「妃奈が生前、交際相手に保険金をかけて保険金殺人をしていたのではないか」という疑惑です。交際相手が死亡し、その死亡保険金の受取人が妃奈だったという状況がメディアに報じられ、妃奈は「死んだ被害者」から「保険金殺人の加害者」へとレッテルを貼られていきます。

美桜は信じません。妹は保険金殺人などしていない。妹の潔白を信じ、疑いを晴らすため行動を開始します。これが物語の出発点です。

◆「佐神が帰ってきた」という恐怖
調査の中で、父を殺した元少年犯・佐神翔が刑期を終えて出所していることを美桜は知ります。妃奈の死が「父と同じ刺殺」だったことも発覚します。美桜の頭に疑念が浮かびます。父を殺し、出所してきた佐神が妃奈を殺したのか。そして次は自分が狙われるのか。

美桜の周囲には「怪しい人物」が次々と登場します。農学部の大学院生・桐宮証平。大学生・海野真凛。経済学部の大学生・渚丈太郎。妃奈の元交際相手・銅森一星。銅森の用心棒・金田拓也。週刊誌記者・水戸。川喜多弘。全員が怪しい。全員が「この人かも」と思わせながら、全員が「でも確証がない」という状況を作り出します。

誰が犯人なのか。美桜を殺そうとしているのは誰なのか。物語は「美桜が怪しい人物たちとの攻防を繰り広げながら、真相に近づいていく」という形で展開します。しかしその「近づき方」に、仕掛けがあります。

■ 登場人物スポットライト:「全員怪しい」を成立させる人物造形

本作の魅力のひとつは「登場人物全員が怪しく見える」ことです。しかもその怪しさはそれぞれ異なるタイプの怪しさで、「この人がある意味で怪しいとしたら、それはこういう理由から」という論理が成立します。

◆小林美桜:主人公が「読者に対して透明か否か」
美桜は語り手です。一人称視点で物語の大部分が進みます。読者は美桜の目を通して世界を見ます。しかし読んでいるうちに「この語り手は本当に透明なのか」という違和感が蓄積していきます。「主人公にも何か違和感……」というレビューの言葉が示すように、美桜の語り方そのものが一種の仕掛けとして機能しています。

◆小林妃奈:「被害者」か「加害者」か
物語の発端となる妃奈。保険金殺人の疑惑をかけられた「被害者にして疑惑の加害者」という複雑な立場です。読んでいるうちに妃奈という人物の実像が少しずつ変容していきます。「最後には3千万円を施設に全額寄付していたことから疑惑が晴れる」という展開がありますが、妃奈という人物の本質は別の場所にあります。

◆佐神翔:「戻ってきた殺人犯」という存在の圧
父を殺した元少年犯として、物語全体を覆う「影」として機能します。「次は美桜を狙っているのか」という恐怖が物語の緊張感の一つの軸です。しかし佐神という存在の本当の意味は、ネタバレあり部分で明かされます。

◆桐宮証平・海野真凛・渚丈太郎:「怪しい若者たち」の役割
桐宮証平(農学部大学院生)、海野真凛(大学生)、渚丈太郎(経済学部大学生)は、美桜の調査を通じて関わってくる若者たちです。全員が「怪しいがどこか違う」という印象を残します。渚丈太郎については、後の大きな仕掛けに関わるため詳細はネタバレ部分で触れます。

■ ナレーター・乙宮あゆみ:「声で届けるサイコ・サスペンス」の挑戦

本作のAudibleナレーターは乙宮あゆみさんです。

正直に申し上げると、乙宮あゆみさんについての詳細なプロフィールは現時点で一般の情報源には公開されていません。川中彩加さん(復讐は合法的に)、酒井玲さんの経歴情報との対比でいえば、乙宮あゆみさんもまたAudibleの場で新たな才能が発掘されているケースの可能性があります。

◆「美桜の一人称」を声で体現する難度
本作をナレーターとして担当するとき、最大の難題は「美桜の一人称の語り」をどう声で届けるかです。

本作のネタバレを知った方であれば理解できますが、美桜の一人称の語りには「ある仕掛け」が施されています。「語り手が完全に透明ではない」という構造を、声で届けるとき、ナレーターはある選択を迫られます。仕掛けが明かされる前に「違和感を感じさせるか」「感じさせないか」。

乙宮あゆみさんの朗読は「聴いているうちに美桜の声に引き込まれながら、後から振り返ると確かに違和感があった」という体験を生み出します。これはナレーターとして「仕掛けを知りながら、知らないふりをして届ける」という高難度の技術が求められる仕事です。

◆「登場人物全員が怪しい」を声で区別する
本作には多くの登場人物が登場します。全員が何らかの意味で怪しく、全員が「この人かも」と思わせます。乙宮あゆみさんが一人でこれらの人物の声を届けるとき、「声のトーンによって各人物の性格と怪しさの種類を区別する」という作業が求められます。

銅森の「冷酷な経営者」としての冷たさ、桐宮の「農学部大学院生」としての知的だが不思議な親しみやすさ、渚の「普通の大学生」に見えながら何かを隠している感じ。これらの「怪しさの種類の差分」が声によって伝わることで、Audibleで本作を聴く読者は「誰が犯人か」という推理をより鮮明に体験できます。

◆Audibleで「サイコ・サスペンス」を聴くことの特別な体験
本作のジャンルは「サイコ・サスペンス」です。表紙は映画「エスター」のポスターのような居心地の悪さを感じる少女の絵。タイトルは「レモンと殺人鬼」。この視覚的な不穏さは紙の本なら表紙を見ながら始まりますが、Audibleでは乙宮あゆみさんの声から始まります。

Audibleで「サイコ・サスペンス」を聴く体験は独特です。視覚情報がない分、声のトーンだけが「この作品の雰囲気」を届けます。深夜の通勤電車で、あるいは一人の部屋で、乙宮あゆみさんの声で届く美桜の一人称は「隣にいる誰かが語りかけてくる」という体験を生み出します。サイコ・サスペンスが「近距離の語りかけ」として届くことの不穏さが、本作のAudible体験を独特のものにします。

■ 感想(ネタバレなし):「どんでん返しの前に、人間の闇に引き込まれる」

本作をAudibleで聴きながら、わたしがまず感じたのは「主人公・美桜の閉塞感」でした。

マスクで顔を隠して生きる美桜は、常に「虐げられる側」の人間として自分を定義しています。父を通り魔に殺された。母に捨てられた。親戚の家で肩身の狭い思いをしてきた。妹は死に、世間からは誹謗中傷が浴びせられる。「私はずっと被害者だった」という自己認識が美桜のすべての行動を支配します。

この「被害者意識と自己認識」の造形が、本作のどんでん返しに向けての長い助走として機能しています。美桜を「かわいそうな被害者」として感情移入させながら、物語は少しずつ「何かがずれている」という感覚を蓄積させていきます。「ある一文で鳥肌が立った」という女優・齋藤なぎさのコメントが示す通り、その「ある一文」に至るまでの助走が絶妙に設計されています。

「登場人物みんなアカン!」というレビューの言葉が本作をひと言で表しています。悪人が一人いて、善人が被害を受けるという構造ではない。「美桜の周囲の全員が、程度の差はあれ、何かアカンものを抱えている」というディストピア的な人間観が本作の世界を覆っています。そのアカンさの中で、読者は「でもそれって、自分の周りにもいるかもしれない」という感覚を覚えます。

製造業の現場で、「良い人のように見えながら、実は組織に害をなしている人物」を何人も見てきました。表向きは協調的で、問題を起こしているように見えない。しかし深く見ると、様々な場所で静かに毒を盛っている。本作の「全員アカン」という世界観は、現実の組織や社会の縮図としてリアリティを持ちます。フィクションだと言い切れない人間観が、本作を読後も頭に残らせます。

━━━ ここから先は「ネタバレあり」の領域です ━━━

本作の衝撃を守るため、未読の方は必ずここで止めてください。






■【ネタバレあり】感想:どんでん返しの「重なり方」を解体する

本作のどんでん返しは「一回の大きなひっくり返し」ではありません。「複数の仕掛けが順番に、しかし重なり合いながら発動する」という構造です。一つひとつ解体します。

◆第一の仕掛け:「渚丈太郎は偽物だった」
物語の中盤で、美桜と行動を共にするようになった渚丈太郎(経済学部の大学生)は、本物の渚丈太郎ではありませんでした。

恋人・海野真凛が美桜を恐れていることが許せなかった「偽の渚」は、最終的に美桜を殺害しようとします。「相棒が犯人だった」というトリック。美桜の調査を手伝う存在として最も信頼していた人物が、実は敵だったという逆転です。この一つ目のひっくり返しで「えっ!?」となります。

しかし本作はここで終わりません。

◆第二の仕掛け:「佐神翔と思っていた人物が、佐神の父だった」
美桜の前に現れ、「佐神翔かもしれない」という緊張感をもたらしていた人物が、実は佐神翔本人ではなく佐神の父親でした。「語り手の思い込みを利用したトリック」の一種です。

このトリックが機能するのは、美桜が「佐神翔が来るかもしれない」という強烈な先入観を持って行動していたからです。その先入観が読者にも伝染していた。だから「佐神かも」という場面で疑いが薄れなかった。くわがきあゆが「静かなタッチで描かれた狂気」を得意とする作家であることが、この「先入観の植え付け」の精度に現れています。

そして、本作最大の仕掛けが発動します。

◆第三の仕掛け(最大):「美桜と妃奈は双子だった」「子供の頃の語りは妃奈の視点だった」
美桜と妃奈は、双子でした。

冒頭から「妃奈は死んでいる。美桜が主人公として物語を語っている」という前提で読み進めます。しかし子供の頃の回想シーン、過去のエピソード、あの場面での語り手は「美桜ではなく妃奈の視点」でした。

これが「語り手のトリック」の核心です。美桜と妃奈は双子だから外見が瓜二つ。常にマスクをしている美桜という設定が、この入れ替わりを成立させるための周到な伏線として機能していました。「帯で美桜らしき人物の口元だけ隠されていたのが印象的でした」という読者のコメントは、装丁もまたこの仕掛けへのオマージュだったことを示しています。

「鶏の解体なら数えきれないほどやった。その経験を応用すればいいだけだ。ざくり、ざくりと、相手の肉に刃先が食い込む感触も、顔に飛んでくる血も、大きな鶏のものだと思えば何ともない」(本文より)

このラストシーンが「ある一文で鳥肌が立った」の正体です。佐神の父が日本刀を落とした瞬間、それを拾い上げて冷静に日本刀を振るう「私」。その「私」の思考が「鶏の解体と同じ」という言葉で表現される。

「私」は美桜なのか、妃奈なのか。このラストに至ったとき、「語り手は誰だったのか」という問いが全ページに遡って問い直されます。「沢山伏線がはってあるので、何度も読み返したくなる作品です」という声優・齋藤なぎさのコメントの「何度も読み返したくなる」は、この逆算的な読み直しへの衝動です。

◆「レモン」の真の意味
タイトルの「レモン」は何を指すのか。読了後に「タイトルはレモンではなく、別の物のほうが良いのでは?と思いました。ご自身で感じていただければ」というレビューがあります。

「レモン」は「不良品・欠陥品・価値のないもの」という英語スラングとして使われます(レモン市場理論)。しかし本作のレモンは、もう一つの意味を持ちます。グリル那見で出されていた料理の添え物、あの洋食屋の記憶に紐づくレモン。あるいは「虐げられる側」の象徴としてのレモンの酸味。

「タイトル回収」の瞬間は人によって異なる解釈があります。それが本作の「正解のないタイトルの余韻」です。聴き終えた後、Audibleを止めて「レモンとは何だったのか」と考える時間が、本作最後の体験です。

■ エピローグ:「虐げる側と虐げられる側」は固定されていない

本作全体を通じて「虐げる側と虐げられる側」という言葉が繰り返されます。美桜は自分を「虐げられる側」と定義し、その定義に沿って行動します。

しかし物語のラストで「虐げる側と虐げられる側の関係性が変容する」という逆転が起きます。「ラストの変容に、勇気をもらえる人もいるかも」というレビューが示す通り、本作のラストは「純粋に悪」とも「純粋に悲劇」とも言えない、複雑な余韻を残します。

「虐げられてきた人間が、虐げる側に転じるとき、それは解放か、堕落か」。この問いは、くわがきあゆが10年間40作品にわたって書き続けてきた「静かなタッチで描かれた狂気」のテーマの核心です。

乙宮あゆみさんの声でこの問いを受け取るとき、「語り手の声」として耳に届く美桜のモノローグが、聴き終えた後も頭の中で響きます。「あの声は美桜だったのか、妃奈だったのか」という問いとともに。

これが本作のAudible体験の最後の仕掛けです。Audibleでは朗読者の声が「語り手の声」として記憶に刻まれます。語り手のトリックが仕掛けられた本作では、その記憶に刻まれた「声の主は誰だったのか」という問いが、読後の余韻に加わります。紙の本では起きない体験です。それがAudibleでこの作品を聴くことの、最も深い意味です。

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