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脱ナフサ時代の製造業生存戦略【第3話】再エネ電力が「製造業の競争力」になる日〜電力コストの地政学

〜原料の次は電力。電気代が経営判断の中心に来る〜


◆はじめに 第2話から第3話へ

第2話では、リサイクルが「義務」から「産業」へ変わる構造転換と、廃プラスチックがケミカルリサイクルを経て化学原料に戻る世界をお伝えしました。多くの方から「原料の話はわかった。次は電力ですよね」というお声を頂戴しました。

そのとおりです。第3話は電力です。

脱ナフサの議論で原料の置き換えだけを語ると、必ず行き詰まります。なぜなら、エタンクラッカーもバイオナフサ精製も廃プラ熱分解も、CO2由来合成ナフサも、すべて「大量の電力」を必要とするからです。原料を変えるだけでは、化学産業のカーボン削減は半分しか進みません。残り半分は電力です。

ところが、この電力こそが、いま日本の製造業の最も弱い部分になっています。世界の主要工業国の中で、日本の電気代は最も高い水準にあり、しかも再エネ比率は低いままです。これは規制の問題でも、技術の問題でも、努力の問題でもありません。地理と政策と市場制度の総合的な結果として、こうなっています。

第3話では、その全体像を、わたくしが大手ケミカルHD時代に30カ国の事業運営で見てきた電力事情と、独立後の株式会社DCTAでの再エネプロジェクトの経験から、率直にお伝えします。前回連載「再生可能エネルギーと製造業 建前を脱して本音で向き合う」全12回で腰を据えて掘り下げた論点も、ここで再構成して位置づけ直していきます。

【脱ナフサ_第3話_スライド.pdf
スライド2「世界の電気代マップ」参照】

※ 日本・ドイツ・米国(テキサス州とカリフォルニア州)・中国・韓国・ベトナム・インドの産業用電気代(USD/kWh)を一目で比較できる世界マップ。本記事の出発点です。

◆電気代の地政学 なぜ日本は高いままなのか

世界の電気代マップ 産業用ベンチマーク

まず、世界の産業用電気代の現状をご紹介します。2025年の主要工業国の産業用電気代(kWhあたりUSセント、軽負荷契約を除く)です。

•      日本:18〜22セント 高負荷型産業向けでも15セント前後
•      ドイツ:14〜18セント ロシア天然ガス依存からの脱却で再上昇中
•      韓国:8〜10セント 政府補助で意図的に低く維持
•      中国:7〜9セント 地域差大、東部沿海は10セント超
•      米国テキサス州:4〜6セント シェールガス+風力で世界最安水準
•      米国カリフォルニア州:18〜22セント 日本並みに高い
•      ベトナム:7〜9セント 高速成長中で電力不足懸念
•      インド:6〜8セント 州ごとに大きな差

ここで注目していただきたいのは、米国の中の地域差です。テキサス州とカリフォルニア州では、同じ国の中で電気代が4倍以上違います。「米国の電気代は安い」という一般論は、半分しか正しくありません。

日本の電気代が高い理由は、よく語られる「化石燃料の輸入依存」「原発再稼働の遅れ」だけではありません。送配電網の構造、市場制度の未成熟、需要の偏在、規制設計の複雑さなど、複数の要因が積み重なって、こうなっています。

「化石燃料輸入依存」が引き起こす連鎖反応

日本の電源構成(2024年実績)を整理します。

•      LNG(液化天然ガス):33%
•      石炭:28%
•      再エネ(太陽光・風力・水力・バイオマス):24%
•      原子力:8%
•      石油:6%

つまり、化石燃料(LNG+石炭+石油)が67%、しかもLNGの99%、石炭の100%、石油の99.7%は輸入に依存しています。Prologueで申し上げた「ホルムズ封鎖」のようなイベントが発生すると、燃料調達コストが急騰し、電気代に直接跳ね返ります。

2025年第1四半期、ホルムズ封鎖後の3週間で、日本のスポットLNG価格は1MMBtuあたり12ドルから38ドルに跳ねました。電力大手各社は燃料費調整額の上限を引き上げる「特別措置」を相次いで発表し、企業向け電気代は前年同期比で平均28%上昇しました。化学・鉄鋼・紙・セメントといった電力多消費産業の経営は、文字通り直撃を受けています。

送配電網と市場制度 もう一つの構造問題

化石燃料依存が表層の問題だとすると、その下に「送配電網と市場制度」というもう一段深い問題があります。

日本の送配電網は東日本(50Hz)と西日本(60Hz)に周波数が分かれており、相互融通能力は約300万kWに限られます。電力ピーク時の全国合計需要は約1億6,000万kWですから、東西融通能力は全体の2%にも届きません。これが「東北で発電した風力を関西で使う」ことを難しくしています。

市場制度の面でも、日本のJEPX(日本卸電力取引所)の流動性は欧米と比べてまだ低く、長期固定価格電源(PPA)市場も2023年に本格化したばかりです。米国テキサス州のERCOTやドイツのEEX、北欧のNord Poolのような成熟した電力市場が、日本にはまだありません。

市場が未成熟だと、再エネ発電事業者の投資判断が難しくなり、結果として再エネ供給が増えず、化石燃料依存から抜けられない、という悪循環が続きます。

電気代は「燃料費」だけでは決まらない。送配電網と市場制度が、その下を支えている。

FIT賦課金と託送料金 産業ユーザーの負担

もう一つ、産業ユーザーが見落としがちな論点があります。FIT賦課金と託送料金です。

FIT(固定価格買取制度)賦課金は、再エネ普及のために2012年から導入された制度で、すべての電力消費者がkWhあたり一定額を負担します。2024年度は1kWhあたり3.49円。2030年に向けてさらに引き上げられる見込みです。

託送料金は、発電所から需要家まで電気を運ぶ送配電網の使用料です。これも年々上がっており、化学コンビナートのような大口需要家でも、kWhあたり3〜5円を負担しています。

つまり、産業ユーザーが払う電気代の内訳は、おおまかに次のようになります。

•      純粋な発電コスト:8〜10円/kWh
•      託送料金:3〜5円/kWh
•      FIT賦課金:3〜4円/kWh
•      各種税:1〜2円/kWh
•      小売事業者マージン:1〜2円/kWh
•      合計:16〜23円/kWh

発電コスト自体は実は他国と大差ないのです。差を生んでいるのは託送料金・FIT賦課金・税です。これが日本の電気代を構造的に高くしている、もう一段深い原因です。

◆再エネ電力 日本の現在地と世界の最前線

世界の再エネ電力 驚異的な普及スピード

世界の再エネ電力は、過去10年で劇的に普及しました。2024年時点の主要国の再エネ比率(発電量ベース)を整理します。

•      デンマーク:68%(風力主体)
•      ポルトガル:60%(風力・水力)
•      ドイツ:52%(風力・太陽光主体)
•      英国:48%(洋上風力主体)
•      スペイン:47%(太陽光・風力)
•      米国カリフォルニア州:43%(太陽光主体)
•      中国:32%(水力+風力+太陽光、世界最大の絶対量)
•      米国全体:23%
•      日本:24%(水力+太陽光主体)
•      韓国:9%

日本は中国とほぼ同水準で、再エネ「比率」だけで見ると、まったく遅れているわけではありません。問題は、その内訳と質、そして産業向けの調達のしやすさにあります。

日本の再エネの内訳と特徴

日本の再エネ24%の内訳を見ると、次のようになっています。

•      太陽光:10%(世界第3位の絶対量)
•      水力:7%(古くからの電源)
•      バイオマス:4%(FIT制度で急増中)
•      風力:1%(陸上のみ、洋上はこれから)
•      地熱:0.3%(世界第3位の資源量を持つが活用は限定的)

特徴を3点まとめます。

第一に、太陽光に偏っています。日本の太陽光発電容量は約80GWで、世界第3位です。ただ、太陽光は昼間のみで、夜間や曇天時に発電できないという制約があります。

第二に、風力が極めて少ない。陸上風力は1%、洋上風力は商業稼働がまだ始まったばかりで、ほぼゼロです。欧州の電力構成で50%以上を占める風力電源が、日本ではほぼ存在しないというのが現実です。

第三に、地熱が眠っています。日本は世界第3位の地熱資源を持ちながら、その活用は0.3%にとどまっています。理由は国立公園規制と温泉地との調整、初期投資の重さです。

洋上風力という最大の希望

日本の再エネで、いま最も期待されているのが洋上風力です。

経済産業省の「洋上風力産業ビジョン」は、2030年までに10GW、2040年までに30〜45GWの導入を目標としています。これは現在の日本の総発電容量(約280GW)の10〜15%に相当する規模で、原発10〜15基分のクリーン電源が新たに生まれる可能性があります。

具体的なプロジェクトとしては、秋田県沖(能代港・由利本荘市沖・八峰町沖)、千葉県銚子沖、長崎県五島沖などで、すでに商業運転または建設が始まっています。

•      秋田県沖(能代港・三菱商事連合):年産能力140MW、2024年稼働
•      秋田県由利本荘市沖(三菱商事連合):年産能力819MW、2026年稼働予定
•      千葉県銚子沖(三菱商事・東京電力・東京ガス):年産能力391MW、2028年稼働予定
•      長崎県五島沖(東京ガス連合):年産能力21MW、2024年稼働済み(浮体式実証)

ただし、課題もあります。建設コストが世界水準より高い、サプライチェーンが未成熟(タービンメーカーは欧州勢に依存)、漁業との調整に時間がかかる、送電網の容量制約、などです。欧州の北海・バルト海と比較すると、日本周辺の海域は遠浅が少なく、水深が深いため浮体式洋上風力が必要になる海域が多く、コスト的に不利な側面もあります。

【脱ナフサ_第3話_スライド.pdf
スライド5「日本の再エネ地図と洋上風力プロジェクト」参照】

※ 秋田・千葉・長崎の主要洋上風力プロジェクトを地図上にプロットし、地熱の有望地域・大規模太陽光の立地も示した日本の再エネ地理マップ。

コーポレートPPAという調達革命

ここで、現場でいま最も重要な動きをお伝えします。コーポレートPPA(Corporate Power Purchase Agreement)です。

コーポレートPPAとは、企業(電力ユーザー)が、特定の再エネ発電所と長期(10〜20年)の電力購入契約を直接結ぶ仕組みです。電力会社を介さず、発電事業者と需要家が直接結ぶ点が大きな特徴です。

メリットは三つあります。

•      長期固定価格で電気を調達でき、燃料価格変動リスクから解放される
•      再エネ100%電力を直接調達でき、RE100やSBT等の国際イニシアチブに対応できる
•      追加性(Additionality)が認められ、CDP・MSCI・FTSE等のESG評価で高く評価される

日本では2022年頃から本格化し、2024年時点で累計契約量は3GW(300万kW)を超えました。主要な契約事例を整理します。

•      Amazon Web Services:複数地点で計300MW以上、データセンター向け
•      ソニーグループ:複数地点で計250MW、半導体・エンタメ事業向け
•      旭化成:1,000MW相当の調達枠(NTT・三菱電機ライフサービスとの長期契約含む)
•      三菱ケミカルグループ:500MW以上を2030年までに調達計画
•      ENEOS:自社太陽光・風力事業からの内部供給を含めて1,500MW以上
•      レゾナック:川崎事業所向けに200MW相当を契約済み
•      住友化学:千葉・大阪事業所向けに段階的に拡大中
•      ENEOS:洋上風力・太陽光・バイオマス・地熱で2,000MW超の事業ポートフォリオ構築中

わたくしは現場で、このコーポレートPPAが日本の電力市場を実質的に変えていく一番強い力だと見ています。FITやFIPといった政府制度ではなく、企業の自発的調達が市場を作り変えている。これは欧米と同じ流れです。

電力は「もらうもの」から「契約するもの」へ。コーポレートPPAは、その分岐点の象徴です。

◆化学産業の電力多消費構造 現実を直視する

化学プラントが食う電力量 数字で見る

化学産業がどれだけ電力を食うのか、具体的な数字でお伝えします。

日本の化学産業全体の電力消費は、年間約700億kWh(2023年)。これは日本の総電力消費(約9,500億kWh)の約7.4%に相当します。鉄鋼業(約11%)、紙・パルプ業(約3%)、セメント業(約2%)と並ぶ、電力多消費産業の代表格です。

主要工程別の電力消費を整理します(エチレン1トンあたり)。

•      ナフサクラッカー(熱分解):300〜400kWh
•      PE/PP重合:250〜350kWh
•      PET重合・成形:500〜700kWh
•      塩素アルカリ電解:3,500〜4,500kWh(最も電力多消費の代表)
•      アンモニア合成:8,000〜12,000kWh(電解水素を使う場合)
•      水素製造(PEM電解):50〜60kWh/Nm3-H2

特に塩素アルカリ電解とアンモニア合成は桁が違います。日本のアンモニア生産(年間約100万トン)をすべて電解水素ベースに切り替えると、それだけで年間100億kWh以上の追加電力が必要になります。これは原発10基分に匹敵する電力量です。

「電力コストが製品競争力を決める」産業構造

化学産業の製品コスト構造で、原料費と電力費がそれぞれどれくらいを占めるか、代表的な製品で整理します。

•      エチレン:原料費50〜60%、電力費15〜20%、その他20〜30%
•      塩ビ樹脂:原料費35〜45%、電力費25〜30%、その他30〜40%
•      PET樹脂:原料費50〜55%、電力費20〜25%、その他25〜30%
•      ソーダ灰:原料費20〜25%、電力費40〜50%、その他30〜35%
•      アンモニア:原料費30〜35%、電力費35〜45%、その他25〜30%

電力費が製品コストの25%以上を占める製品では、電気代が10%上がるだけで、製品利益率が2.5%押し下げられます。これは経営にとって致命的な数字です。化学産業の利益率は3〜7%が一般的ですから、電気代の変動だけで黒字赤字が反転しかねません。

だからこそ、テキサス州(電気代4〜6セント/kWh)に化学プラントが集中し、ドイツ(電気代14〜18セント/kWh)の化学産業が長期的な競争力低下に苦しんでいるのです。電気代は地政学であり、経営判断の中心軸です。

「電力コスト×CO2制約」のダブルパンチ

いま製造業の現場で起きているのは、電力コストの上昇と、CO2排出制約の強化という、二つの圧力が同時にかかる「ダブルパンチ」です。

CO2排出制約の代表例を整理します。

•      欧州CBAM(炭素国境調整メカニズム):2026年本格運用、対象6品目(鉄鋼・アルミ・セメント・肥料・水素・電力)、将来は化学品も対象に
•      英国CBAM:2027年運用開始予定
•      米国IRA(インフレ抑制法):低炭素水素・グリーン電力に大規模補助、間接的にCO2排出に価格をつける
•      RE100・SBT(科学的根拠に基づく目標):500社超が参加、Scope1・2・3排出削減を義務化
•      日本GX-ETS:2026年から本格運用、CO2排出量に応じた経済的負担

これらの制約は、「CO2を出して安く作る」というかつての勝ち筋を消し去ります。むしろ「再エネ電力で作った製品は、欧州市場でプレミアム価格で売れる」「化石電力で作った製品は、CBAM課税で実質的に値段が上がる」という逆転した競争環境が現実になりつつあります。

つまり、化学産業の電力調達は、もはや「コスト最小化」の論点ではなく、「将来の市場アクセス権」を確保する論点に変わってきているのです。

◆競合国の電力戦略 日本は何と戦っているのか

米国テキサス州 風力+シェールガス+ERCOT

米国テキサス州は、産業用電気代4〜6セント/kWhという世界最安水準を実現しています。この秘密は、三つの要素の組み合わせにあります。

第一に、独立した電力市場ERCOT(Electric Reliability Council of Texas)の存在です。テキサス州は他州との送電網接続が最小限に抑えられており、独自の市場ルールで運営されています。発電事業者の参入障壁が低く、競争が激しいため、発電コストが市場原理で抑えられます。

第二に、風力発電の圧倒的な普及です。テキサス州だけで風力発電容量は約42GW(2024年)。これは日本全体の風力発電容量(約4.5GW)の9倍以上です。風が強いテキサス西部・パンハンドル地域には世界最大級の風力発電群があり、夜間は風力で需要を満たすこともあります。

第三に、シェールガスの安価な供給です。テキサス州のヘンリーハブ・ガス価格は1MMBtuあたり2〜3ドル(日本のスポットLNG価格の10分の1以下)。ガス火力発電のコストが圧倒的に安いため、再エネ+ガスのハイブリッド運用で電気代が低く抑えられます。

結果として、ExxonMobil、Dow、LyondellBasell、Chevron Phillipsなどの大手化学メーカーがテキサス州への投資を集中させており、米国メキシコ湾岸は世界の化学産業の中心の一つになっています。

欧州 ドイツの苦闘とノルウェー・スペインの躍進

欧州は地域差が大きく、一括りには語れません。

ドイツは、ロシア天然ガス依存からの脱却で電気代が急騰しました。2021年に約12セント/kWhだった産業用電気代は、2023年に20セント超まで上昇し、現在は政府補助で14〜18セントに戻っています。ただし、BASF、Bayer、Covestro、Lanxessなどのドイツ大手化学メーカーは、相次いで欧州外(米国・中国・東南アジア)への投資シフトを進めており、ドイツ国内の化学生産能力は明確な縮小傾向にあります。

ノルウェーは水力90%超で、産業用電気代は3〜5セント/kWhと世界最安水準です。これを活かして、世界最大規模のグリーン水素・グリーンアンモニアプロジェクトが動いており、Yara、Equinor、Statkraftなどが主導しています。日本企業(伊藤忠商事、三井物産、三菱商事など)も大規模出資しており、将来の輸入水素・アンモニアの主要供給源として期待されています。

スペインは太陽光と陸上風力で再エネ47%、産業用電気代は10〜13セント/kWhと欧州内では中位ですが、急速に下がっています。BASF、Repsol、Cepsaなどがスペイン国内でグリーン水素プロジェクトを進めており、欧州のグリーン水素ハブとして注目されています。

中国 国家戦略としての電力安保と再エネ大量導入

中国は、産業用電気代7〜9セント/kWhと比較的安く、しかも再エネ32%(絶対量では世界最大)を実現しています。これは国家戦略として、電力安保と再エネ導入を同時に追求した結果です。

具体的には、太陽光発電容量は約650GW(世界の50%以上)、風力発電容量は約460GW(世界の40%以上)。さらにグリーン水素プロジェクトは累計100GW級の計画があり、すでに新疆ウイグル自治区・内モンゴル自治区・甘粛省などで巨大プロジェクトが動いています。

中国の強みは、太陽光パネル、風力タービン、電解装置、蓄電池のすべてを国内で大量生産できることです。これにより、再エネ発電所の建設コストが欧米日本の半分以下になります。BloombergNEFの推計では、中国の太陽光発電のLCOE(均等化発電原価)は1kWhあたり2〜3セントと、世界最安水準です。

結果として、中国の化学産業は「安い電気」を武器に、世界の化学品市場で攻勢を強めています。日本企業にとっては、中国の安価な化学品との競争が、ますます厳しくなっていきます。

韓国 国家補助による低電気代戦略

韓国は、産業用電気代8〜10セント/kWhと日本より安く、これは政府の意図的な補助によって実現されています。韓国電力公社(KEPCO)が長年赤字経営を続けながら、産業用電力を実質的に補助価格で提供する構造です。

この構造は、サムスン電子、SKハイニックス、LG化学、LGエナジーソリューション、現代自動車などの輸出主力企業の競争力を支える、国家戦略として機能しています。WTOやOECDからの批判はありますが、韓国政府は「電力安保政策の一環」として継続を表明しています。

日本にとって、韓国の半導体・電池メーカーとの競争は、電気代の構造的な差を背負った状態で進んでいるという現実があります。

各国は、自国の地理と歴史と政策で、それぞれの電力戦略を編み出している。日本もまた、日本固有の戦略を持たなければならない。

◆日本の選択肢 四つの方向性

方向性1 洋上風力+蓄電池の本格展開

日本にとって最も現実的な再エネ拡大策は、洋上風力です。なぜなら、四方を海に囲まれた地理的特性と、太陽光が偏った国土制約を補える唯一の大規模電源だからです。

経産省の目標である「2030年10GW、2040年30〜45GW」を実現できれば、原発10〜15基分のクリーン電源が新たに加わります。問題は、その実現スピードです。欧州の北海・バルト海と比較すると、日本の洋上風力開発は約10年遅れています。

もう一つ重要なのは、蓄電池の組み合わせです。風力・太陽光は変動電源なので、蓄電池とセットでなければ安定供給できません。日本国内では、関西電力・中部電力・JERA・東京電力などが、グリッドスケール蓄電池(数百MWクラス)の整備を急いでいます。

製造業の現場では、コーポレートPPAで洋上風力電力を契約し、自社の蓄電池と組み合わせて使う、というのが最も筋の良い選択肢になります。三菱ケミカル、住友化学、レゾナック、旭化成などの大手化学メーカーは、すでにこの方向で動いています。

方向性2 地熱の再評価と社会受容性の改革

日本は世界第3位の地熱資源を持ちながら、その活用は0.3%にとどまっています。これは「もったいない」を通り越して、ほぼ未利用と言って良い水準です。

地熱の魅力は、変動しない安定電源であることです。太陽光・風力と違い、24時間365日、安定して発電できます。しかも国産エネルギー(輸入燃料不要)で、CO2排出もほぼゼロです。

普及の壁は、技術ではなく社会的調整です。

•      国立公園規制:地熱有望地の大半が国立公園内
•      温泉地との調整:温泉資源への影響を懸念する温泉組合との合意形成
•      初期投資の重さ:井戸掘削に1本数億円、商業運転まで5〜10年
•      地元住民の理解:水蒸気施設への景観・環境懸念

これらの壁を超えるには、政策的なバックアップが必要です。経産省・環境省・地方自治体の連携、地域への経済的還元(売電収入の地元配分など)、そして長期的な社会対話が必要です。化学メーカーが直接動ける領域は限られますが、業界として声を上げ続けることは重要です。

方向性3 水素・アンモニアサプライチェーン

再エネ電力を「電力のまま」運ぶことは難しいですが、「水素」「アンモニア」「メタノール」に化学変換すれば、タンカーで運べます。これがいま、世界の脱炭素戦略の中心テーマになっています。

日本企業が主導する主要プロジェクトを整理します。

•      HESC(Hydrogen Energy Supply Chain):豪州褐炭由来水素を液化して日本に輸送、川崎重工・岩谷産業・電源開発・伊藤忠商事連合(実証完了、商業化検討中)
•      グリーンイノベーション基金:豪州・UAE・サウジアラビアからのグリーン水素・アンモニア輸入
•      ノルウェー連携:Yara・Equinor・Statkraftとの長期契約(伊藤忠・三井物産・三菱商事)
•      チリ・ラタムプロジェクト:南米産グリーン水素・アンモニアの太平洋経由輸入
•      国内製造:旭化成(電解水素装置の世界最大級メーカー)、東芝、日立造船などが商業化を進める

水素・アンモニアの利点は、Prologueで触れた「中東依存からの脱却」と「再エネ電力の地理的偏在の解消」を、同時に実現できる点です。

ただし、コスト面の課題は依然大きい。現状のグリーン水素のCIF価格は、1kgあたり5〜7ドル。化石燃料由来の灰色水素(1kg 1〜2ドル)と比べると3〜7倍高いです。2030年に向けて、グリーン水素価格は1kg 2〜3ドルまで下がる見込みですが、それでも灰色水素より高い水準です。

方向性4 産業立地戦略と「電気代の安い場所」への移動

最後に、これは現場で言いにくいテーマですが、避けて通れない論点です。「電気代の安い場所に化学プラントを移す」という戦略です。

日本国内で電気代の地域差は、最大で2倍程度です。北陸電力管内(黒部峡谷の水力電源が豊富)、九州電力管内(玄海・川内原発と太陽光の組み合わせ)、東北電力管内(風力・水力資源あり)は相対的に安く、関西電力・東京電力管内は相対的に高めです。

ただし、これは国内の話。さらに広く見れば、米国メキシコ湾岸(テキサス・ルイジアナ)、中東(サウジアラビア・UAE)、東南アジア(マレーシア・タイ・ベトナム)、欧州周辺(ノルウェー・スペイン・モロッコ)が、長期的な化学産業の立地候補になります。

日本企業の海外展開を整理します。

•      信越化学:米国ルイジアナ州シンテック(世界最大の塩ビ生産能力)
•      三菱ケミカル:サウジSABIC合弁、米国Chevron Phillips投資参画
•      住友化学:サウジRabigh合弁、シンガポール・タイ拠点
•      旭化成:サウジ・米国でアクリロニトリル
•      出光興産:米国エタンクラッカー投資検討
•      レゾナック:シンガポール・中国・タイ・マレーシアで拠点運営

わたくしは現場で、この立地戦略こそが「日本の化学産業の競争力を守る現実的な手」だと見ています。国内ですべて作るのは難しい。電気代の安い場所で作って、日本へ持ち込む、または現地で消費する。このハイブリッド型の事業構造が、これから10〜20年の現実解になります。

【脱ナフサ_第3話_スライド.pdf
スライド12「日本の四つの選択肢」参照】

※ 洋上風力+蓄電池/地熱再評価/水素・アンモニアサプライチェーン/産業立地戦略の四つの方向性を、タイムフレームと投資規模で整理した戦略マトリックス。

◆経営判断の軸 電力を経営アジェンダの中心に置く

電力調達戦略の三層構造

第3話で最もお伝えしたい論点はここです。「電力調達戦略」を、経営アジェンダの中心に置いていただきたい、ということです。

電力調達戦略を三層構造で整理させていただきます。

【第一層 短期(1〜3年) 既存契約の最適化】

•      電力会社との契約見直し(小売事業者選定、再エネ比率指定)
•      デマンドレスポンス導入(電力需要のピークシフトでコスト削減)
•      省エネ投資(高効率モーター・インバーター・断熱・廃熱回収)
•      自家発電設備の最適運用(コージェネ・自家用太陽光)

【第二層 中期(3〜10年) 調達構造の根本変革】

•      コーポレートPPA契約締結(再エネ100%電力の長期固定価格調達)
•      自家用太陽光・風力の大規模導入(屋根上・遊休地活用)
•      グリッドスケール蓄電池の自社設置
•      RE100・SBT等の国際イニシアチブへの参画

【第三層 長期(10〜20年) 産業立地と原料統合】

•      海外拠点での電力多消費プロセスの集中(米国・中東・東南アジア)
•      水素・アンモニアの自社調達網構築(ノルウェー・豪州・チリ)
•      プラント設計の電化前提化(化石燃料燃焼からの脱却)
•      業界連携での共同調達インフラ(化学コンビナート全体のグリーン電力化)

この三層構造を、自社の事業ポートフォリオに合わせて時間軸で組み立てていく。これが脱炭素時代の経営判断の中心アジェンダになります。

経営者が今、決めなければならない五つの判断

第3話の内容を、経営判断に落とし込んでいただくため、五つの判断軸をご提示します。

判断1 自社の電力依存度の正確な把握
自社製品ごとに、原料費と電力費がどれくらいの比率を占めているのかを、まず棚卸ししていただきたい。電力費が25%を超える製品は、CO2制約の影響を真っ向から受ける製品ですから、優先的な対策が必要です。

判断2 コーポレートPPA契約の検討開始
仕入れる電力の少なくとも30〜50%は、コーポレートPPAで再エネにすることを目標として設定する。具体的な契約検討は、社内に専門担当を立てて2026年から本格化させる必要があります。

判断3 海外拠点での電力多消費プロセスの集中
塩素アルカリ電解・アンモニア合成・PET重合などの電力多消費プロセスは、テキサス・サウジ・東南アジアなど電気代の安い場所への移転または増設を検討する。

判断4 水素・アンモニア調達ロードマップの策定
2030年代に向けて、自社が必要とする水素・アンモニアの量を見積もり、調達ソース(豪州・中東・南米・ノルウェー)を複数確保するロードマップを策定する。

判断5 業界連携の参画と能動的な提言
CLOMA、日本化学工業協会、石油化学工業協会などの業界団体に参画し、洋上風力の早期普及、地熱開発の規制緩和、CBAM対応など、業界として政策提言を続ける。一社では動けない領域は、業界連携で動かす。

【脱ナフサ_第3話_スライド.pdf
スライド13「経営者の五つの判断」参照】

※ 電力調達戦略の三層構造と、経営者が今決めなければならない五つの判断を、優先順位とタイムフレームで示した経営判断マトリックス。

第3話の結びに 電力こそが新しい競争力

「電力コスト」から「電力戦略」へ

第3話の冒頭で、「原料の次は電力です」と申し上げました。ここまで読んでくださったみなさまには、その意味がより深くお伝えできたのではないかと思います。

これまで「電力コスト」は、製造業にとって「与件」(変えられない条件)でした。コスト最小化の対象ではあっても、戦略の中心ではなかった。けれども2026年のいま、その立ち位置が変わりました。電力は「与件」から「経営戦略の中心テーマ」へと、確実にシフトしています。

なぜなら、電力の選び方が、製品競争力を決め、顧客アクセス権を決め、ESG評価を決め、最終的に企業価値を決める時代に入ったからです。電力を制する者が、製造業を制する。これは2030年代に向けて、ますます明確になっていきます。

日本固有の電力戦略を持つ 他国の真似ではなく

ここでもう一つ、強調させてください。「日本固有の電力戦略を持つ」ということです。

米国テキサス州のようなシェールガス+風力モデルは、日本では地理的に成立しません。ノルウェーのような水力90%モデルも、日本の気候では再現できません。中国のような国家補助+大量導入モデルも、日本の財政状況と市場制度では難しい。

日本に合うのは、洋上風力+地熱+水素・アンモニア輸入+海外拠点での電力多消費プロセス集中、というハイブリッド型の戦略です。これは、第1話でお伝えした「四つの後継者を組み合わせるハイブリッド戦略」と、ある意味で重なります。

単一の解はありません。複数の選択肢を、自社の事業ポートフォリオに合わせて組み立てる。これが日本の製造業に求められる戦略構築力です。

電力は、国の地理であり、歴史であり、政策の集大成だ。日本に合う電力戦略は、日本にしか作れない。

◆次回 第4話への予告

第3話で電力の地政学を整理しました。次回・第4話では、これまでの「原料」「リサイクル」「電力」の議論を踏まえて、日本企業の生存戦略をひとつの構造として組み立てます。

第4話のタイトルは「中東依存とシェール依存 二つのリスクを織り込む経営判断」。エタン路線と中東ナフサ路線の二択ではなく、両方を抱えながら地政学リスクを分散する経営判断の枠組みを、具体的な企業事例を挙げながらお伝えします。

第3話を読んで「うちの電力調達はこうしている」「コーポレートPPAをこう検討している」「海外拠点での電力戦略はこう組み立てた」というお声がございましたら、ぜひコメント欄でお聞かせください。読者のみなさまの経験が、次回以降の連載の質を引き上げてくださいます。

どうぞ最後までお付き合いください。湘南の海から、横浜の港から、そして30カ国の製造業の現場から、お届けします。

2026年5月 湘南・横浜にて

畠山 達彦 株式会社DCTA 代表取締役

◆引用文献・参考資料

•      経済産業省「エネルギー白書」2025年版/2026年版
•      経済産業省「洋上風力産業ビジョン」改訂版2024年
•      経済産業省「水素基本戦略」改訂版2023年
•      資源エネルギー庁「電力調査統計」2025年
•      電力・ガス取引監視等委員会「電力取引の状況」2025年版
•      IEA(国際エネルギー機関)「World Energy Outlook 2024/2025」
•      IRENA(国際再生可能エネルギー機関)「Renewable Power Generation Costs」2024年
•      BloombergNEF「New Energy Outlook」2024/2025
•      欧州委員会「CBAM運用ガイドライン」2025年
•      米国DOE「Annual Energy Outlook」2025年
•      ERCOT(テキサス州電力市場運営会社)公式データ
•      Nord Pool(北欧電力市場)公式データ
•      Yara/Equinor/Statkraft連合 グリーンアンモニアプロジェクト関連資料
•      BASF・Bayer・Covestro 欧州外投資シフト関連レポート(2024-2025)
•      RE100・SBT公式データベース
•      CDP(旧Carbon Disclosure Project)気候変動関連スコア
•      畠山達彦 過去連載「再生可能エネルギーと製造業 建前を脱して本音で向き合う」全12回(note)
•      畠山達彦 過去連載「リサイクルの真実 日本・欧州・米国・東南アジア、4つの現場から問い直す」全12回(note)

◆著者プロフィール

畠山 達彦 株式会社DCTA 代表取締役
大手ケミカルHDの事業会社にて機能性樹脂事業の責任者を務め、素材開発・加工技術・工場設計・生産管理に至るバリューチェーン全体の意思決定を担う。30カ国以上の事業運営を統括した後、2014年11月に独立し株式会社DCTAを設立。製造業の環境規制対応(PFAS・EU CRA等)、IoT/AI/デジタルツインを活用したスマートファクトリー構築、アジアでの資源循環ビジネス開発を中心としたコンサルティングを展開。湘南・横浜を拠点に、東南アジア・中東・インド・欧州・米国で活動中。NewsPicks EXPERT AWARD 2024 ベストフラッシュオピニオン賞2024/2025年連続受賞。CLOMA インドネシア協力WG リーダー。
会社URL https://www.dctainc.com/

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