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『稲荷山誠造 明日は晴れか』著者:香住泰 ナレーター:濱本大史 Audibleで聴く 第1回本のサナギ賞優秀賞受賞作 稲荷山誠造シリーズ第1作(梅雨のじめじめも吹き飛ばす、とびきりの爺孫(じじまご)コンビの痛快大冒険!)

「いつまでもドタバタとした展開の作品を創作していますが、おもろいやんと思えるものを書き続けたい」――香住泰
★ 第1回本のサナギ賞優秀賞受賞 / 笑えて泣けて楽しめる家族小説 / 70歳×19歳の最強コンビ誕生! ★

■ プロローグ:梅雨のじめじめを吹き飛ばす一冊

梅雨の季節、雨が続くとちょっと気持ちも落ち込みがちですよね。じっとりした空気の中でAudibleを聴いていて「これは当たりだ!」と思う瞬間があります。本作「稲荷山誠造 明日は晴れか」は、まさにそういう作品でした。

「稲荷山誠造(いなりやませいぞう)」という主人公の名前を見た瞬間から、なんとなく笑えてくる雰囲気があります。稲荷山、誠造。関西のどこかに実在しそうなおじいさんの名前の響きです。しかもこの誠造、70歳にして関西の金融会社の会長。「金のことしか頭にない頑固者」なのに「パワフルな行動力と肝っ玉を持つ」という、矛盾したような魅力の持ち主です。

そこに現れるのが誠造のかつて縁を切った娘・桃代の息子、つまり孫の翔(しょう)。19歳で「大食いなだけで頼りない」という出だしの紹介が既に可笑しいですよね。この「かみ合わない爺孫コンビ」が、消えた桃代を探して奔走する。シンプルと言えばシンプルな構図ですが、そこから始まる展開が想像を大きく超えてくる。政治家とヤクザ、人身売買の貨物船、自衛隊まで登場する奇想天外な冒険活劇が待っています。

「梅雨時は、少し気持ちもジメッとしますよね。そんなときに聴くと、ちょっと心も晴れるかな」という言葉の通り、本作はAudibleで聴くことで「明日は晴れか」というタイトルの意味が体感として届いてきます。誠造という「70歳の頑固爺さん」と翔という「19歳のヘタレ孫」が、ぎこちないながらも一緒に動いていくうちに、何かが変わっていく。その「変化の晴れ間」が、聴き終えた後の気持ちの軽さになるんですよね。

■ 著者・香住泰:「おもろいやんと思えるものを書き続けたい」

香住泰(かすみ たい)さんは1951年生まれ、京都府出身。同志社大学を1974年に卒業された推理作家・小説家です。

デビューは遅く、1997年に「退屈解消アイテム」で双葉社主催・第19回小説推理新人賞を受賞されました。同志社大学卒業から実に23年後のことです。その間、どんな仕事をされていたのか、詳細は公表されていませんが、「社会人経験を重ねた大人の目線」が本作に色濃く滲んでいます。70歳の誠造が会社経営者として積み上げてきた嗅覚、関西のビジネス社会の裏表への描写の解像度は、それだけの年月を生きた著者の経験から来ているのだと思います。

2001年には「水都・乱出逢」で大阪ミレニアムミステリー賞・大阪21世紀協会賞を受賞。2002年には「俄探偵の憂鬱な日々」が第1回「このミステリーがすごい!」大賞の最終候補に残るなど、関西を拠点にしたミステリー作品で着実に実績を積んでこられました。

そして2014年、「稲荷山誠造 明日は晴れか」で第1回本のサナギ賞・優秀賞を受賞されます。本のサナギ賞とは、ディスカヴァー・トゥエンティワン主催の「書店員が世に出したい作品を選ぶエンタメ小説新人賞」です。ミステリーを書き続けてきた香住さんが書いたのは、笑えて泣けて楽しめる家族小説でした。このジャンルの転換が、本作の最大の特徴かもしれません。

著者あとがきに「いつまでもドタバタとした展開の作品を創作していますが、おもろいやんと思えるものを書き続けたい」という言葉があります。この一文に香住さんの創作哲学が凝縮されています。「おもろいやん」という関西弁の一言。難しいことを言わない。社会的メッセージを声高に語らない。ただ「面白い」という一点を、全力で追いかける。その姿勢が本作のドタバタコメディの痛快さの根底にあります。

また「サスペンス&ホームコメディ」という評価が示す通り、本作は推理ミステリーとしての緻密さよりも「キャラクターの面白さとテンポの良さで読ませる」エンタメ小説です。「色々ストーリーには無理があるけれど、それでもなんとなく受け入れられた」というレビューの言葉が示す通り、多少の「無茶な展開」が気にならないくらい、誠造というキャラクターの魅力が強いんですよね。

■ 「本のサナギ賞」という賞の意味:書店員が選んだ作品

本のサナギ賞は、一般的な「作家・編集者・文学者が選ぶ賞」とは異なる視点を持っています。書店員さんが「世に出したい作品」を選ぶのです。

書店員さんとは毎日本と向き合い、お客さんと向き合い、「どの本が手に取られるか」「どの本が読み終えた後に人に勧めたくなるか」を肌で知っている人たちです。文学的な高尚さではなく、「読んだ人が笑えて、泣けて、誰かに勧めたくなる本」を選ぶ。その「書店員フィルター」を通った作品というのは、ある意味で最も「読者に近い目線」で選ばれた作品です。

本書がその賞の第1回優秀賞を受賞したことは、「書店員さんが笑えて泣けると太鼓判を押した」ということです。「稲荷山誠造 明日は晴れか」を手に取るとき、そのお墨付きを少し思い出すと、「書店員さんもこれを面白いと思ってくれたんだ」という信頼感が生まれます。

■ あらすじ:縁を切った娘を孫と探す、70歳の大冒険

始まりは一本の訪問
関西の金融会社の会長、稲荷山誠造(70歳)のもとに、ある日突然、若い男が現れます。「お袋がいなくなった」。
その男は翔(しょう、19歳)。誠造がかつて縁を切った娘・桃代の息子、つまり誠造の孫です。誠造と桃代の間には長年の断絶がありました。当然、翔のことも誠造はほぼ知らない。互いに「ほぼ他人も同然」の状態からこの物語は始まります。

桃代(ももよ)はなぜいなくなったのか。どこに行ったのか。ただの家出なのか、それとも何か事件が絡んでいるのか。誠造は「金のことしか頭にない頑固者」ですが、娘との縁を切っていても「血は血」という感覚がある。渋りながらも、翔と一緒に桃代を探すことになります。

「かみ合わない」から面白い
誠造と翔の「かみ合わなさ」が本作の笑いの源泉です。
70歳の誠造は「俺の考えが正しい」と信じて疑わない老人。長年会社を率いてきた自信と、お金で物事を解決してきた習慣が染み付いています。一方の翔は19歳で「大食いなだけで頼りない」という紹介の通り、優柔不断でリアクション重視の若者。価値観も行動パターンも、何もかもが噛み合わない。

しかしこの「かみ合わなさ」が、実は二人を動かす力になっていきます。誠造の「行動力と肝っ玉」と翔の「若さと体力」が、それぞれ相手の欠けた部分を補う。意図せず名コンビになっていく過程が、読む者の心を温かくするんですよね。

奇想天外な展開:政治家・ヤクザ・貨物船・自衛隊
桃代を探す旅は、あっという間に「普通の失踪人捜し」の域を超えます。政治家とヤクザが絡む事件に巻き込まれ、そして二人は揃って「海外に人身売買される貨物船」に拉致されてしまいます。70歳の会長と19歳の孫が、人身売買の貨物船の中に一緒にいる。その絵面の可笑しさが、すでにコメディです。

そこから自衛隊を使って脱出するという、さらに奇想天外な展開が待っています。「色々ストーリーには無理があるけれど、それでもなんとなく受け入れられた」というレビューの感想はその通りで、「そんなアホな!」と突っ込みながら読み続けられるのは、誠造というキャラクターへの信頼感があるからです。

「予想していたよりもかなり話の展開が早く一気に読みました」という評価の通り、本作はテンポが命です。場面が次々と切り替わり、次の展開が読めない。Audibleで聴くと、濱本大史さんのナレーションがそのテンポを「声の速度感」として体感させてくれます。

「明日は晴れか」というタイトルの意味
タイトル「明日は晴れか」は、桃代を探している間中の誠造の心境として読むことができます。
縁を切った娘との関係。孫との初めての対面。大冒険。これらを通じて誠造が少しずつ「家族のこと」を考えていく過程で、「明日は晴れか」という問いかけが浮かんでくる。梅雨のじめじめした天気ではなく、「明日は晴れるだろうか」という、先への希望。本作を聴き終えると、このタイトルが「誠造と翔と桃代の未来への問いかけ」として響いてきます。

■ 登場人物:「そんなアホな!」と突っ込みたくなる個性派たち

稲荷山誠造(70歳):「守銭奴会長」の愛すべき本音
誠造は本作の最大の魅力です。「お金が何より好きなハピネスビジネスローン社の会長」として登場するこの人物は、「情け無用の守銭奴」という外見とは裏腹に、読んでいるうちに不思議と好きになっていきます。

「金のことしか頭にない頑固物」という一見嫌な人物像が、「ケチくさい性格やショウの大食いが面白おかしい」というレビューが示す通り、コメディとして機能しています。誠造の「守銭奴ぶり」は、本作では「悪い性格」ではなく「愛すべきキャラクター性」として届いてくるんですよね。

誠造の本当の強さは「パワフルな行動力と肝っ玉」です。70歳にして貨物船に拉致されても、政治家とヤクザが相手でも、誠造はひるまない。「孫のためなら何でもやったる!」という言葉が示す通り、家族への愛が彼の行動力の根底にある。守銭奴のイメージをひっくり返す「家族への熱さ」が、本作の感動の核心です。

「このじいさん、無茶が過ぎる!」と突っ込みながら、「でもかっこいいな」と思える。誠造はそういう人物です。70歳という年齢が全く感じられない行動力の背後に、70年間生きてきた人間の「肝の座り方」があります。起業してから12年間、コンサルタントとして修羅場を潜り抜けてきた経験から言うと、「本当に度胸のある人間は年齢関係ない」んですよね。誠造を見ていてそれを強く感じました。

翔(19歳):「大食いのヘタレ」から「孫」へ
翔は物語の冒頭、「大食いなだけで頼りない」と評されています。この「ヘタレ」という出発点が、本作の成長物語の基点になっています。
翔には翔なりの事情があります。縁を切られた母・桃代と二人で生きてきた。父親は不在。19歳で「自分がなんとかしなければ」と思いながら、「なんとかする力」が育っていなかった。そんな翔が、誠造という「とにかく行動する70歳」と一緒に動く中で、少しずつ変わっていきます。

「頼りない若者は誠造に影響されて成長し」という評価の通り、翔の成長が本作の感動の縦糸です。最初は誠造に振り回されるだけだった翔が、大冒険を通じて「自分も動ける」という自信を少しずつ積み上げていく。誠造の「行動する姿を見て育つ」という構図が、師匠と弟子のようでもあり、祖父と孫のようでもあります。

「大食い」というキャラクター設定が笑いの道具として一貫して機能しているのも微笑ましいです。どんな状況でも食べることに貪欲な翔の食欲が、緊張したシーンの緩和装置として何度も使われます。「会長のケチくさい性格やショウの大食い」が笑いの定番として定着していくのが、シリーズを通じての楽しみになっています。

桃代(ももよ):「消えた母」の複雑な背景
本作で「探される側」として登場する桃代は、なぜ誠造と縁を切られたのか、なぜ今いなくなったのかという二重の謎を持っています。
「ももよ」という柔らかい響きの名前と、「縁を切られた娘」という状況の落差が、桃代という人物への興味を高めます。誠造の「頑固な守銭奴ぶり」を考えると、縁を切ることになった経緯には、それなりの事情があったはずです。しかしその事情を明かすことが、物語の後半の感動に繋がっていきます。

「大切な人を失う恐れ」が誠造を動かす原動力になっています。縁を切った娘でも、「いなくなった」と聞けば探しに行く。頑固に意地を張ってきた70年間の下に、「娘への愛情」が消えずにあったということですよね。この「意地の下にある愛情」というテーマが、本作の感動の根底にあります。

探偵・館林:「神出鬼没」のシリーズキャラクター
「神出鬼没の探偵館林が一番気になった、ふふふ」というレビューの言葉が示す通り、本作の人気キャラクターのひとりが探偵・館林です。
本作に登場する館林は「必要な時に現れる謎の人物」として機能しています。誠造と翔のピンチに絶妙なタイミングで登場する館林の存在が、物語に「いつ出てくるか」というサプライズ感をもたらしています。第2作以降もシリーズを通じて登場するキャラクターで、「館林ロス」になる読者が続出するようです。

■ ナレーター・濱本大史:「葬送のフリーレン」から「爺孫コンビ」へ

本作のAudibleナレーターは濱本大史(はまもと たいし)さんです。8月14日生まれ、兵庫県出身、O型。リマックス所属の声優さんです。

趣味は「銭湯・雑炊・夜回り・カラオケ」という、なんとも人情味あふれるラインナップですよね。特技は「それっぽいウソ・断食・ニッチで伝わらないモノマネ」。そして資格に「剣道二段」があります。この趣味と特技の並びだけで、なんとなく「この人、人情的でユーモアがある声を持っていそう」と想像できませんか? 本作のナレーターとして完璧な人選だと思います。

神戸電子専門学校での「ダントツで下手」という出発点
濱本大史さんの声優への道のりには、素直な出発点の話があります。神戸電子専門学校のオープンキャンパスでアフレコを体験したとき、「参加者の中で自分の演技がダントツで下手だったことに落胆」したそうです。

「それが本当にショックで悔しくて…。そこからアニメを観る時には声優の演技を意識するようになり、自分も声優になって好きな作品の力になりたいという思いが高まりました」という言葉があります。「ダントツで下手」という屈辱から、「だからこそ声優になりたい」という動機が生まれた。この「悔しさを燃料にする」という出発点は、誠造が「頑固者だけど家族のためなら動く」という本作の主人公の精神性と重なります。

本作のAudibleレビューに「濱本大史さんのナレーションが素晴らしく、物語に感情移入できます」「物語に引き込まれます」という評価が複数あります。「ダントツで下手」だった頃から積み上げてきた技術が、本作のナレーションに結実しているんですよね。

「葬送のフリーレン」「転スラ」から「爺孫コンビ」へ
濱本大史さんのアニメ出演歴を見ると「葬送のフリーレン」(盗賊役)、「転生したらスライムだった件 S3」(大臣役)、「死神坊ちゃんと黒メイド」(ポイカート役)、「SYNDUALITY Noir」などがあります。

「葬送のフリーレン」は「死者を弔い、旅を続ける」という物語です。時間の流れと家族(仲間)の絆を描くこの作品に出演した濱本さんが、「縁を切った娘を孫と探す70歳の旅」を語る本作のナレーターになっているのは、面白い繋がりを感じます。どちらも「家族のような絆と、時間と、旅」の物語です。

「剣道二段」という特技が届ける「誠造の気迫」
濱本大史さんの資格に「剣道二段」があります。剣道は「心を定めて、相手を見て、一瞬に全力を出す」武道です。剣道を修めた人間の声には「勝負のときの集中力」と「平常時の落ち着き」の使い分けが身体に染み込んでいます。

誠造という人物は「普段はケチくさい守銭奴」でありながら「いざとなれば肝が据わっている」という二面性を持っています。この「日常の滑稽さ」と「いざというときの力強さ」の使い分けが、濱本さんの剣道で鍛えた「緩急の感覚」として声に自然と宿っているのではないかと感じました。

「銭湯・雑炊」という趣味と関西の人情
濱本大史さんの趣味「銭湯・雑炊」という組み合わせが、本作の雰囲気と絶妙に合っています。

銭湯は「見知らぬ人と同じ空間で体を温める場所」です。雑炊は「残ったものを合わせて作る、家庭の知恵の味」です。どちらも「日常の中にある人情の場面」を象徴しています。兵庫県出身の濱本さんが持つ「関西の日常への感覚」が、本作の「関西を舞台にした人情ドタバタコメディ」を届けることに自然と活きているんですよね。

■ 感想:「王道だからこそ心に届く」という発見

「分類するならサスペンス&ホームコメディ。王道作品かな」というレビューの言葉が、本作を最も正確に評している言葉だと思います。

本作は「新しいジャンル」でも「斬新な手法」でもありません。「かみ合わない二人が一緒に動いて、ぎこちないながらも絆が生まれる」という、王道中の王道の構造です。しかし王道というのは「なぜいつも感動するのか」が分かっている構造のことでもあります。本作を聴きながら「この展開、分かってた。でも泣けた」という体験をする読者が多いのは、その王道の力です。

「色々ストーリーには無理があるけれど、それでもなんとなく受け入れられた」という評価も正直で好感が持てます。貨物船に二人で拉致されたり、自衛隊を使って脱出したりという展開は、「リアリティ」の観点では無茶です。しかしその「無茶な展開」を受け入れさせてしまうのは、誠造という「70歳の頑固爺さん」のキャラクターへの信頼感があるからです。「誠造ならこれくらいやるかもしれない」と思わせてくれる。そのキャラクターの強さが本作の最大の財産です。

製造業のコンサルタントとして「70歳を超えてもまだ現役でパワフルな経営者」に多く出会ってきました。大手ケミカルHDにいた頃も、独立してからも、「年齢なんて関係ない、この人には敵わない」と思わせるベテランの方々がいました。誠造というキャラクターは、そういった「本物の肝っ玉を持った70代」のリアリティを体現しています。フィクションの「無茶な展開」を「まあそういうもんか」と受け入れさせてくれる根拠が、このリアリティです。

梅雨の季節に本作をAudibleで聴くことは、特別に正解だと思います。濱本大史さんの「人情味あふれる声」が届ける誠造のドタバタと、翔の成長と、桃代への愛情。聴き終えたとき、じめっとした空気の中に「明日は晴れか」という気持ちが生まれてくる。それがこの作品のAudibleで聴く意義です。


━━━ ここから先は「ネタバレあり」の領域です ━━━

物語の結末と、誠造と翔と桃代の「再会」を含みます。






■【ネタバレあり】感想:「縁を切った」の意味が変わるとき

本作の感動の核心は「誠造が桃代を見つけたとき」ではなく、「誠造が翔と旅をする中で変わっていったこと」にあります。

桃代がいなくなった理由:誠造の「頑固さ」の代償
桃代がなぜいなくなったのか。その背景には、誠造の「守銭奴ぶり」と「頑固さ」が娘を傷つけてきた歴史があります。「金のことしか頭にない」父親と、「金よりも何か大切なものがある」と感じる娘。この価値観の衝突が、縁を切るという決断に至ったのだと読み取れます。

しかし桃代が今回消えたことは、「誠造への反発」ではなく、別の「事情」から来ています。政治家とヤクザが絡む事件に巻き込まれた桃代が、翔を守るために「いなくなった」という構図が見えてきます。母が子を守るために姿を消す。この「母の愛情の形」が本作の感動の一つです。

誠造が変わった瞬間:翔への言葉
本作で最も感動する場面は「誠造が翔に向ける言葉の変化」です。
最初は「大食いなだけで頼りない孫」と見ていた翔を、大冒険を通じて「共に戦った孫」として認識が変わっていく誠造の姿。「孫のためなら何でもやったる!」という言葉が、本作の後半では「お世辞でなく心からの言葉」として届いてくる。この変化が、70歳の頑固爺さんの「成長」として胸に響きます。

「年齢なんて関係ない!大切な人のためなら、どんなことでも乗り越えられる」という本作のテーマが、誠造の行動を通じて体感として届きます。70歳でも変われる。70歳でも誰かのために全力を出せる。その事実が、読者に「自分も頑張ろう」という気持ちをもたらします。「読み終えた後は『自分も頑張ろう』という気持ちになる」というレビューの言葉は、まさにこの体験の言語化です。

桃代との再会:「縁を切った」が「繋がる」に変わる
誠造と翔が桃代を見つけたとき、「縁を切った」という過去の事実は変わりません。しかしその事実の「意味」が変わっています。
大冒険を通じて「孫と共に動いた経験」を持った誠造が、桃代と再会するとき、「頑固な守銭奴の父親」という一面だけではなく、「孫のために体を張った祖父」という別の面を持った人物として立っています。翔も、大冒険を通じて「ヘタレの孫」から「誠造と共に戦った孫」になっている。

三人が再び繋がる瞬間の温かさが、「ハッピー」というタグがついた本作の読後感として届きます。「明日は晴れか」というタイトルの問いに対する答えが、ラストシーンで静かに「晴れる」という形として届くんですよね。梅雨の中にもいつか晴れ間が来るように、断絶していた家族にも「晴れ」が来る。その希望がこの物語の核心です。

■ シリーズとして:第2作「稲荷山誠造 孫が消えた」へ

本作「稲荷山誠造 明日は晴れか」はシリーズ第1作です。第2作では誠造が72歳になり、今度は翔が拉致されて誠造が「常識破りな大救出作戦」を展開するという。「このじいさん、無茶が過ぎる!愛する孫のために、命を懸けた常識破りの大救出作戦開始」という第2作の紹介文が既に可笑しい。

「関西弁のテンポ良い会話でクスクス笑い、次から次へのハラハラドキドキ展開で手に汗握る。誠造のとんでもない行動力に『そんなアホな!』と突っ込みたくなるが、家族への愛に心が温まる」という第2作の書店員コメントが、シリーズの魅力をそのまま体現しています。

第1作で「ヘタレ孫」だった翔が第2作では「拉致される立場」になり、誠造が翔を救いに行く。第1作と第2作で役割が逆転しているのが面白いですよね。濱本大史さんのナレーションで第1作から第2作へと聴き継いでいくことで、誠造と翔の絆の成長が声として積み重なっていきます。

■ エピローグ:晴れた日に、Audibleで誠造爺さんを聴く幸せ

梅雨の最中にこの感想文を書いています。じめじめした空気の中で、Audibleで稲荷山誠造の声を聴きながら、「明日は晴れるかな」と思います。

70歳の頑固爺さんと19歳のヘタレ孫が、消えた娘・母を探して奇想天外な大冒険に飛び込む。「そんなアホな!」と突っ込みながら笑って、でも最後には「家族への愛って、こういうことだな」と胸が温かくなる。濱本大史さんの「関西の人情を知る声」がそれを届けてくれます。

「いつまでもドタバタとした展開の作品を創作していますが、おもろいやんと思えるものを書き続けたい」という香住泰さんの言葉は、読者への約束でもあります。難しいことを言わなくていい。ただ「おもろいやん」という一点のために全力を尽くす。その誠実な姿勢が、梅雨の季節の心のじめじめを晴らしてくれます。

「笑えて泣けて楽しめる」という本のサナギ賞の評価通りの体験を、Audibleで濱本大史さんの声を通じてぜひ体験してみてください。聴き終えたら、きっと「明日は晴れる」という気持ちになっているはずです。

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