PFAS規制が現実になる年 “永遠の化学物質”と製造業の向き合い方〜EU包装規制8月施行・全面制限の足音、現場でできる代替と除去〜【第3話】EUの本気 PPWR 2026年8月施行とREACH全面制限提案の現在地
〜包装材から先に止める動きと、全面制限提案のスケジュール。「いつ・何が・どこまで」を正確に整理します〜
◆はじめに
こんにちは。株式会社DCTA代表取締役の畠山達彦です。前回の第2話では、健康・環境残留・訴訟という三つの圧力が互いを強め合い、世界を一斉に動かしていることを見てきました。その圧力が、最も早く、最も広く「規制」という具体的な形になっているのが、欧州連合(EU)です。
今回のテーマは、そのEUの動きを「正確に」整理することです。PFAS規制の話は、つい「いずれ全部禁止になるらしい」という大づかみの不安だけが先行しがちですが、現場で必要なのは、もっと具体的な情報です。いつ、何が、どこまで。これがはっきりしないと、何から手を付ければよいか決められません。今日は、2026年8月に施行される包装規制(PPWR)と、約14,000物質を視野に入れたREACHの全面制限提案を中心に、できるだけ日付と数字を添えてご案内します。
先にお伝えしておくと、EUのPFAS規制は「全面制限という一本道」ではありません。すでに動いている個別の規制が何本もあり、その上に、これから来る大きな全面制限が重なってくる、という二段構えになっています。「全面制限はまだ提案段階だから大丈夫」と構えていると、足元の個別規制で先に引っかかる。ここを取り違えないことが、今回いちばんお伝えしたい点です。
なお、規制の話は専門用語が多く、それだけで身構えてしまいがちです。本稿では、横文字の略語にはなるべく日本語の補足を添え、「結局それは現場にとって何を意味するのか」を都度はさみながら進めます。完璧な法令解説を目指すのではなく、現場の方が次の一手を考えるための見取り図をお渡しすることを優先します。細かな適用判断は、必ず専門家にご確認ください。
EUはなぜ、ここまで踏み込むのか
具体的な中身に入る前に、EUの考え方の根っこに少し触れておきます。これを押さえておくと、個々の規制の狙いが腑に落ちやすくなります。
一つは「予防原則」です。これは、被害がはっきり証明されるのを待つのではなく、疑わしい段階で先に手を打つ、という考え方です。PFASのように、いったん環境に出ると取り返しがつきにくいものについては、EUはこの予防原則を強く働かせる傾向があります。2020年に公表した「持続可能性のための化学物質戦略」の中で、EUは、社会にとって不可欠と認められる用途を除き、PFASを段階的に廃止すると約束しました。今のすべての動きは、この約束の延長線上にあります。
もう一つが「群(グループ)として規制する」という発想です。第1話でお伝えしたとおり、PFASは一万を超える一族です。これを一物質ずつ追いかけて規制していては、よく似た別の物質に置き換えられて、いたちごっこになってしまう。第1話で触れた「残念な置き換え」を防ぐためにも、EUは一族をまとめて相手にしようとしています。「一族」という捉え方が、そのまま規制の設計思想になっているわけです。【第3話図表ファイルのP1ページ「EUのPFAS規制 全体マップ」参照】
ここで一つ、鍵になる言葉があります。「不可欠な用途(essential use)」という考え方です。これは、社会にとってどうしても必要で、かつ今のところ安全な代替が見つからない用途については、例外的に使用を認める、という整理の仕方です。たとえば、命を救う医薬品や医療機器のように、代えがきかないものがこれにあたります。逆に言えば、「便利だから」「コストが安いから」という理由だけでは、不可欠とは認められにくい。EUは、この「不可欠かどうか」という物差しで、残すものと止めるものを仕分けようとしています。自社の用途が、この物差しのどちら側に来るのかを意識しておくことは、これからの判断の土台になります。
もう動いている:EUのPFAS規制の「現在」
では、EUがすでに動かしている規制を並べてみます。全面制限を待つまでもなく、複数の規制が、それぞれの分野で着々と効き始めています。
・ 飲料水指令:2020年に改正されたEUの飲料水指令により、2026年1月12日から、すべての加盟国で水道水のPFASの監視が義務づけられました。基準は、20物質を合計した「Sum of PFAS」で0.1マイクログラム毎リットル、すべてのPFASを合わせた「PFAS Total」で0.5マイクログラム毎リットルです。
・ C9からC14のPFCA:炭素数9から14の一群のPFASは、2023年2月からEU域内で制限されています。
・ PFHxA:規則(EU)2024/2462により、PFHxAとその関連物質が制限対象になりました。2026年4月から段階的に適用され、一部は2026年10月10日から効力を持ちます。対象には繊維、食品包装、化粧品などが含まれます。
・ 泡消火薬剤:PFASを含む泡消火薬剤の制限が、2025年4月に加盟国によって正式に採択されました。分野別の制限としては、最も先行したものの一つです。
・ おもちゃ:おもちゃへのPFASの意図的な使用も、2025年に禁止されました。
加えて、EU全体の動きを待たずに、国レベルで先行する動きもあります。代表的なのがフランスです。フランスはデクレ(政令)2025-1376により、2026年1月1日から、化粧品、一部の繊維、スキーワックスなどへのPFASを禁止しました。2030年までには、不可欠な用途などを除き、すべての繊維へと対象を広げる予定です。基準値の考え方は、後で触れる包装規制(PPWR)に準拠しています。デンマークは2020年から食品包装でPFASフリーを進めており、ドイツやオランダにも独自の動きがあります。
【PFAS連載_第3話_図表ファイル.pdf
P2ページ「すでに動いているEUの主なPFAS規制」参照】
つまり、欧州に製品を出している会社にとっては、「全面制限はまだ先」と構えている場合ではありません。包装、繊維、化粧品、飲料水まわりの設備など、足元の個別規制で、すでに対応を迫られる場面が出始めているのです。
これらの規制は、ばらばらに見えて、実は同じ方向を向いています。飲料水で「測って減らす」、製品で「含有を絞る」、分野ごとに「使用を止めていく」。角度こそ違え、すべてが「PFASを社会から減らす」という一点に収束しています。だから、どれか一つに対応すれば済む、という話ではありません。自社の製品やサプライチェーンが、これらの規制のどれに、いつ、どう引っかかるのかを、全体として見渡しておく必要があります。一つの規制への対応で得た情報は、別の規制にも使い回せることが多いので、最初から横断的に整理しておくと、後がぐっと楽になります。
もう一点、見落としやすいのが「国ごとの差」です。EU全体の規制が整う前に、フランスのように先回りして厳しい規制を敷く国があります。すると、同じEU域内でも、フランス向けの製品だけ先に対応が必要、といった状況が生まれます。輸出先がどの国かによって、対応の期日も内容も変わってくる。「EU向け」とひとくくりにせず、主要な輸出先の国ごとの動きも、あわせて見ておくと安全です。やや煩雑ですが、ここを押さえているかどうかが、足をすくわれないための分かれ目になります。
PPWR:2026年8月、包装材から止まります
個別規制の中でも、日本の多くの製造業に直接効いてくるのが、包装・包装廃棄物規則(PPWR)です。正式には規則(EU)2025/40といい、2025年2月11日に発効し、原則として2026年8月12日から適用されます。
中身を整理します。食品に触れる包装材については、PFASの含有が次の三つのしきい値を超えると、EU市場に出せなくなります。個別の非ポリマーPFASでおよそ25 ppb、合計でおよそ250 ppb、そして全フッ素としておよそ50 ppmです。これは「ゼロでなければならない」という意味ではなく、数値で線が引かれているということです。
【PFAS連載_第3話_図表ファイル.pdf
P3ページ「PPWR:食品接触包装のPFAS制限」参照】
実務でとくに注意したいのが、経過措置がないことです。2026年8月12日より前に製造した在庫であっても、その日以降にEU市場へ初めて出すものは、この基準を満たしていなければなりません。「古い在庫だから猶予される」という考えは通用しないのです。
一点、誤解されやすいので補足します。この基準は「PFASが一切含まれていてはいけない」というゼロ規制ではありません。数値で線が引かれているということは、裏を返せば「測って、その線を下回っていることを示せれば出荷できる」ということです。だからこそ、勘や思い込みではなく、きちんと測ってデータで示すことが決定的に重要になります。サプライヤーから試験データを取り寄せ、三つのしきい値のすべてに照らして確認する。この地道な作業が、適合の証明の土台になります。
試験の進め方には、段取りが示されています。まず全フッ素の量を測り、それが50 ppm未満であれば適合とみなされ、それ以上の場合に個別の物質を詳しく測っていく、という流れです。ここで思い出していただきたいのが、第2話でお伝えした教訓です。試験には時間がかかり、試験所が混み合えば結果が出るまで数週間かかることもあります。期日の直前に慌てて測っても間に合わないおそれがあるため、早めに動くことそのものが、もっとも確実な備えになります。違反した場合には、50万ユーロを超えるような制裁や、市場からの締め出しといったリスクも指摘されています。
なぜ包装が最初に狙われたのか。理由はシンプルで、食品に直接触れ、私たちの口に入る経路にいちばん近いからです。油がしみ通らないようにする耐油コートなどに、PFASが使われてきました。健康への入口に近いところから順に止めていく。これがEUの優先順位の付け方です。
具体的に、どんな包装が当てはまるのかを思い描いてみます。ファストフードの油もの用の包み紙や紙箱、電子レンジで使うポップコーンの袋、製菓・製パン用の離型性のある紙、紙製のテイクアウト容器など、油や水をはじく機能が求められる紙製の包装は、要注意の筆頭です。一見プラスチックには見えない「紙だから安心」と思われがちな製品にこそ、撥油のためのコーティングとしてPFASが潜んでいることがあります。日本のメーカーがこうした包装をEU向けに輸出している場合、あるいは現地の食品メーカーへ部材として納めている場合は、2026年8月の期日が、そのまま自社の期日になります。
REACH全面制限:いつ・何が・どこまで
そして、いよいよ本丸の全面制限です。これは、EUの化学品規制であるREACHのもとで進められている、PFASをまとめて制限しようという提案です。
提案したのは、オランダ、ドイツ、デンマーク、ノルウェー、スウェーデンの5カ国で、2023年1月13日に提出されました。対象として視野に入れているのは約14,000物質。化学規制の制限提案としては、史上最も広範なものです。その後、2023年に半年間の意見募集が行われ、ECHA(欧州化学品庁)の専門委員会が分野ごとに評価を続けてきました。途中、2025年6月24日に加盟国が改訂版の提案を提出し、8月20日にECHAが公表しています。
審査の現在地を、日付で押さえておきます。リスクを評価するRAC(リスク評価委員会)は、2026年3月2日に最終意見を採択し、「既存の規制では不十分で、EU規模のさらなる対応が必要だ」と結論づけました。社会経済への影響を見るSEAC(社会経済分析委員会)は、3月に意見の草案をまとめ、2026年5月25日まで意見募集を行いました。SEACの最終意見は、2026年末に出る見込みです。
【PFAS連載_第3話_図表ファイル.pdf
P4ページ「REACH全面制限:手続きとスケジュール」参照】
少し補足すると、この二つの委員会は役割が違います。RACは「健康や環境にとってどれだけ危険か」という科学的なリスクを評価し、SEACは「規制した場合に社会や経済にどんな影響が出るか」、つまり代替がどれだけ可能か、コストはどれくらいかを評価します。危険性と、社会への影響。この二つの目で同じ提案を見て、それぞれが意見を出す。だからこそ、産業界が意見募集で「うちの用途は代替が難しい」と訴える相手は、主にSEACということになります。意見を出せる最後の機会だっただけに、2026年春の意見募集には、世界中の企業や団体から膨大な声が寄せられました。
「どこまで止めるのか」については、三つの選択肢(規制オプション)が示されています。
一つ目は、原則すべてを禁止し、18か月の移行期間を置くという案です。
二つ目は、用途ごとに、多くは期限付きの適用除外を認めながら禁止する案です。
三つ目は、排出を最小限に抑える厳しい条件のもとで、継続使用を認める案です。
提案者自身は、一つ目の全面禁止は実行が難しく、二つ目と三つ目が現実的だと評価しています。つまり「いきなり全部ゼロ」ではなく、「原則禁止しつつ、どうしても必要な用途には条件付きで猶予を与える」という落としどころが見えてきています。
その「猶予」を示す適用除外の数は、改訂の過程で26件から74件へと増えました。第1話で議論したフルオロポリマーも、この適用除外の対象に含まれています。医薬品、農薬、殺生物剤といった、社会にとって不可欠と認められる用途は除外され、半導体やエネルギー、輸送など、代替が難しい分野には長めの移行期間が議論されています。用途によっては、6年半や13年半といった長い猶予が検討されているとも報じられています。一方で、消費者向けの用途は、より厳しく、短い移行期間が想定されています。
対象となる分野も広がりました。当初の議論に加えて、印刷、シーリング、機械、テクニカルテキスタイル(産業用繊維)、火薬、軍事、そして包装や添加剤といった一部の医療用途など、合わせて8つの分野が新たに評価に加えられています。「自社は消費財ではないから関係ない」と思っていた会社ほど、改めて点検が必要になるかもしれません。
適用除外には、もう一つ知っておきたい条件があります。フルオロポリマーなどを適用除外のもとで使い続ける場合、製造・使用する事業者は、その物質や用途、そして排出をどう抑えるかをまとめた「サイトごとの管理計画」を整え、定期的に報告することが求められる方向です。
つまり「除外=何もしなくてよい」ではなく、「除外=きちんと管理し、説明できることが条件」なのです。猶予をもらう代わりに、より丁寧な記録と説明が求められる。ここでも、第2話で触れたトレーサビリティの大切さが効いてきます。
今後の段取りも押さえておきます。RACとSEACの最終意見がそろうと、それは欧州委員会へ提出されます。委員会は、それをもとに制限案を作り、加盟国で構成されるREACH委員会での審議と採決にかけます。採決は特定多数決で行われます。可決されて施行されたあとは、各分野に原則18か月の移行期間が与えられ、それに用途ごとの適用除外が上乗せされます。これらの段取りを踏むと、制限が現実のものになるのは、早くても2028年から2029年ごろ、という見立てになります。
「特定多数決」という言葉に少し触れておくと、これは全会一致ではなく、加盟国の数と人口の両面で一定以上の賛成があれば可決される仕組みです。おおまかには、加盟国の55パーセント以上が賛成し、かつその国々がEU人口の65パーセント以上を占めれば成立します。つまり、一国が強く反対しても、流れ自体は止めにくい。この仕組みが、EUの規制に「いったん動き出すと後戻りしにくい」という性格を与えています。だからこそ、向かう方向が定まった今の段階で、現場が備えを始める意味があるのです。
公平のために付け加えると、この「どこまで」をめぐっては、今も綱引きが続いています。環境保護団体は、広い適用除外に反対し、できるだけ全面に近い禁止を求めています。一方で産業界は、PFASの定義を狭めたり、自分たちの用途を適用除外に含めたりするよう働きかけています。第1話で見たフルオロポリマーの「一律か個別か」という論点が、ここでも正面からぶつかっているのです。決着はこれからですが、向かっている方向そのものは、もう揺らがないと感じています。
よくある三つの誤解(EU編)
EUの規制について、現場でよく耳にする思い込みを、三つほどほぐしておきます。どれも自然な受け止め方なのですが、対応のタイミングを見誤る原因になりがちです。
・ 「全面制限が来てから対応すればいい」という誤解。前述のとおり、全面制限が現実になるのは早くても2028年から2029年ごろですが、包装規制は2026年8月、飲料水指令は2026年1月、PFHxAは2026年中と、足元の規制はもう動いています。全面制限を待っていると、その前にいくつもの個別規制で引っかかります。
・ 「フルオロポリマーは安全だから、結局は除外されるはず」という誤解。第1話で見たとおり、フルオロポリマーは適用除外の候補に挙がってはいますが、それは「無条件で大丈夫」という意味ではありません。製造時の排出を抑える管理計画や報告が条件として求められる方向で議論されており、決着もまだです。「除外されるだろう」と決め込んで準備を止めるのは危ういと感じます。
・ 「包装にだけ気をつければいい」という誤解。包装は確かに先行していますが、繊維、化粧品、電子部品、シール、潤滑剤など、対象は分野をまたいで広がっています。自社の製品を「包装かどうか」だけで判断せず、用途の全体を見渡すことが大切です。
これら三つの誤解に共通するのは、「どこか一点だけを見て安心してしまう」という落とし穴です。EUの規制は、複数の規制が時間差で、分野横断的に効いてきます。だからこそ、点ではなく面で捉える視点が要ります。
現場は何を準備すべきか(データ・営業の視点)
ここまでの整理を、現場の打ち手に落とし込みます。大事なのは、繰り返しになりますが、「全面制限を待つ」のではなく、「すでに動いている規制」と「これから来る規制」の両方に、同時に備えることです。
具体的な進め方は、おおむね次のようになります。
まず、自社が使っているPFASを棚卸しします。このとき、製品そのものだけでなく、ポリマー、加工助剤、コーティング、潤滑剤まで含めて洗い出すのがコツです。次に、それぞれの用途が、先ほどの規制オプションのうち、どのシナリオに当てはまりそうかを見積もります。継続使用を目指すなら、排出を抑えていることを示す文書を整える必要が出てきます。そして、集めた情報を、REACHやSCIP(高懸念物質の届出データベース)、そして次に触れるデジタル製品パスポートといった仕組みへ、つなげて管理していきます。
ここで、技術の話が再び効いてきます。EUは、繊維や電子機器などを対象に、デジタル製品パスポート(DPP)の導入を進めています。これは、製品に含まれる物質や来歴を、誰もが確認できる形で持たせる仕組みです。PFASのトレーサビリティは、こうして「一つの規制への対応」から「複数の規制をまたいだデジタルの要件」へと姿を変えつつあります。一万を超える物質を、各国・各規制の定義と突き合わせる作業は、もはや人手では追いつきません。AIで定義や閾値を照合し、ブロックチェーンで改ざんできない証跡を残す。こうした仕組みづくりは、ソフトウェアを開発する会社さんや、それを届ける営業の会社さんにとって、まさに腕の見せどころです。
【PFAS連載_第3話_図表ファイル.pdf
P5ページ「現場の準備:待たずに、両にらみで」参照】
少し具体的に補足します。EUにはもともと、製品に高懸念物質が一定量を超えて含まれる場合に届け出る「SCIP」というデータベースの仕組みがあります。これに、REACHへの登録情報や、これから広がるデジタル製品パスポートが重なってくる。バラバラに対応しようとすると、同じ成分情報を何度も集め直すことになり、現場は疲弊します。逆に、成分のデータを一つの土台にきちんと整え、そこから各規制の様式へ出し分けられるようにしておけば、対応はぐっと効率的になります。「一度集めた情報を、何度でも使える形にしておく」。これが、複数の規制が同時に押し寄せる時代を乗り切る、現実的なコツだと感じています。
もう一つ、視点を変えるご提案です。適用除外で与えられる猶予期間を、単なる「先延ばし」と捉えないことです。むしろ「製品の設計そのものを切り替えるための、貴重な準備期間」と受け止めたい。コンプライアンス対応として最後の最後に帳尻を合わせるのではなく、その間に製品設計のレベルから脱PFASを進められた会社が、結局はいちばん強くなります。この発想は、代替を扱う第7話、そして規制を競争力に変える第10話で、改めて掘り下げます。
猶予期間を準備期間に変えるには、早く始めるほど有利です。代替素材の評価には、試作、性能の確認、量産での安定性の検証と、どうしても時間がかかります。期日が迫ってから慌てて代替を探すと、選択肢が限られ、性能やコストで妥協せざるを得なくなります。逆に、数年の猶予を計画的に使えば、複数の代替案をじっくり比べ、いちばん自社に合うものを選べます。同じ猶予期間でも、最初の一年に動き出す会社と、最後の半年で慌てる会社とでは、たどり着く結果がまるで違ってくる。これは、長く素材開発の現場にいた立場から、自信を持ってお伝えできることです。
規制の適用や法令解釈、適用除外の該当可否などの最終判断は、専門家の領域です。本稿は一般的な整理であり、実務にあたっては必ず最新の一次情報および専門家にご確認ください。
世界の先頭を走るEU、その先に
こうして並べてみると、EUが予防原則と群規制という二つの軸で、世界の先頭を走っていることがよく分かります。完璧な決着はまだ先ですが、向かう方向ははっきりしています。社会にとって本当に必要な用途は条件付きで残しつつ、それ以外のPFASは、時間をかけて減らしていく。EUはそのレールを、着実に敷き進めています。
そして、これは決して遠い国の話ではありません。日本企業がEUへ製品を出し続ける以上、EUの規制は、そのまま自社の設計図に書き込まなければならない条件になります。包装も、繊維も、部材も、EUの基準に合っているかどうかが、取引の前提になっていく。今のうちに動きを正確につかんでおくことが、未来の取引を守ることに直結します。
加えて、EUの基準は、しばしば世界の事実上の標準になっていきます。これは「ブリュッセル効果」とも呼ばれる現象で、巨大なEU市場に合わせて作った製品が、結果として他の地域でも使われるようになる、というものです。だとすれば、EU対応は「欧州向けの一部対応」にとどまらず、いずれ世界中で求められる水準を、ひと足先に整えることでもあります。そう捉えると、今の取り組みは守りであると同時に、世界を見据えた前向きな投資にもなり得ます。
次回の第4話では、視点を大西洋の向こう、米国へ移します。EUが一本筋の通った規制を進めているのに対し、米国は、連邦と州で足並みがそろわず、規制が強まる方向と緩む方向が同時に動く「乱立」の様相を見せています。その複雑さが、日本企業の輸出実務にどう響くのかを、整理していきます。どうぞお付き合いください。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
最後に、今回の要点を三つにまとめておきます。
一つ、EUの規制は全面制限の一本道ではなく、すでに動いている個別規制と、これから来る全面制限の二段構えであること。
二つ、包装規制は2026年8月、飲料水指令は2026年1月と、足元の期日はもう目前に迫っていること。
三つ、全面制限は早くても2028年から2029年だが、その猶予を「準備期間」として早く使い始めた会社ほど有利になること。
この三点を頭の片隅に置いて、次回の米国の話にお付き合いいただければと思います。EUの「筋の通った厳しさ」と、次回見る米国の「揺れと乱立」を対比させると、世界のPFAS規制の地図が、より立体的に見えてくるはずです。地図さえ手元にあれば、自社がどこに立っているかも、おのずと見えてきます。
◆引用文献・参考資料
1. 欧州委員会 環境総局「New EU-wide protections against PFAS in drinking water come into effect」(2026年1月12日適用)(参照:https://environment.ec.europa.eu/news/new-eu-rules-limit-pfas-drinking-water-2026-01-12_en)
2. ECHA「ECHA's Socio-Economic Analysis Committee agrees its draft opinion on PFAS restriction proposal」(RAC最終意見・SEAC草案)(参照:https://www.echa.europa.eu/-/echa-s-socio-economic-analysis-committee-agrees-its-draft-opinion-on-pfas-restriction-proposal)
3. ChemTrust「Universal PFAS Restriction」(5カ国提案・1万超物質・施行後18か月移行)(参照:https://chemtrust.org/universal-pfas-restriction/)
4. H2 Compliance「ECHA Updates PFAS Restriction Proposal Under EU REACH」(適用除外26→74・8分野追加・RO)(参照:https://h2compliance.com/echa-updates-pfas-restriction-proposal-2025/)
5. UL Solutions「EU Sets PFAS Restrictions in Consumer Products」(RO1/RO2/RO3)(参照:https://www.ul.com/news/eu-sets-pfas-restrictions-consumer-products)
6. White & Case「Europe's PFAS restriction proposal is moving forward」(EUの一連のPFAS措置)(参照:https://www.whitecase.com/insight-alert/europes-pfas-restriction-proposal-moving-forward)
7. Ricardo「The evolving European PFAS Restriction Proposal: where we stand in 2025」(PFHxA EU2024/2462・泡消火薬剤2025年4月)(参照:https://www.ricardo.com/en/news-and-insights/industry-insights/the-evolving-european-pfas-restriction-proposal-where-we-stand-in-2025)
8. Measurlabs「PFAS Regulations & Compliance Testing in the EU」(フランスDecret 2025-1376・PPWR閾値)(参照:https://measurlabs.com/blog/pfas-testing-in-the-eu/)
9. Intertek/Coolset(PPWRの適用日2026年8月12日・しきい値・経過措置なし)(参照:https://www.coolset.com/academy/ppwr-compliance-deadlines-explained-what-applies-from-august-2026-and-what-comes-later)
(注)本稿の日付・数値・手続きは2026年時点で確認できた公的情報および各種解説をもとにしています。EUの手続きは進行中で、最終的な内容や時期は今後変わり得ます。実務にあたっては最新の一次情報および専門家の確認をお願いいたします。
◆著者プロフィール
畠山 達彦 株式会社DCTA 代表取締役
大手ケミカルHDの事業会社にて機能性樹脂事業の責任者を務め、素材開発・加工技術・工場設計・生産管理に至るバリューチェーン全体の意思決定を担う。30カ国以上の事業運営を統括した後、2014年11月に独立し株式会社DCTAを設立。製造業の環境規制対応(PFAS・EU CRA等)、IoT/AI/デジタルツインを活用したスマートファクトリー構築、アジアでの資源循環ビジネス開発を中心としたコンサルティングを展開。湘南・横浜を拠点に、東南アジア・中東・インド・欧州・米国で活動中。NewsPicks EXPERT AWARD ベストフラッシュオピニオン賞2024/2025年連続受賞。
会社URL https://www.dctainc.com/
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