勿体ないって、お金ですか?
最近、ふと思うんです。
世の中って、
「税金の無駄遣い!」
とか、
「そんなことにお金を使うなんてもったいない!」
って言葉、すごく多いですよね。
もちろん、気持ちは分かります。
私も、
「いや、それ本当に必要だった?」
と思うこと、普通にあります(笑)
でも最近。
前回の記事で、
「お金より大事なのは、人の時間なのでは?」
ということを考えていたら、逆にちょっと不思議になってきたんです。
そもそも、
「お金が無駄になる」
って、どういう状態なんだろう?
って。
今回は、そんな話です。
「税金の無駄遣い」って、何が無駄なんだろう?
例えば、よく言われる話。
「年度末になると、まだ綺麗な道路をわざわざ掘り返して埋めてる」
みたいな話があります。
それを見ると、多くの人は、
「税金の無駄遣いだ!」
と言う。
うん。
感覚としては、かなり分かります(笑)
でも、ちょっと冷静に考えてみると、不思議なんです。
その時使われた「お金」って、消えているんでしょうか?
お金って、消えてない
道路工事をすると、
工事会社にお金が支払われる。
すると、
現場で働いた人たちへ給料が支払われる。
その人たちは、そのお金で、
ご飯を食べたり、
子供の学費を払ったり、
服を買ったり、
旅行へ行ったりする。
すると今度は、
飲食店やスーパーや色んなお店へ、お金が流れていく。
つまり。
「お金」自体は、別に消えてないんですよね。
ずっと、人から人へ流れている。
本当に有限なのは何なんだろう?
もちろん。
「だから、何にでもお金を使えばいい」
という話ではありません(笑)
そこは違います。
私も、
「じゃあ毎日意味なく穴掘ればいいじゃん!」
とは思っていません。
たぶん、本当に考えないといけないのって、
「お金が無駄になったか」
ではなく、
「人間の時間や労力を、何に使ったか」
なんだと思うんです。
例えば。
同じ人の労力を使うなら、
教育
介護
子育て
研究
災害対策
新しい技術
みたいなものへ使えたら、もっと未来へ繋がるかもしれない。
つまり。
本当に有限なのって、
お金そのものではなく、
人間の時間や労力の方なんですよね。
お金は「流れるための道具」なのかもしれない
お金って、ちょっと不思議です。
多くの人は、
「お金そのもの」が、ものすごく大事な“実体”のように感じている。
でも実際には、
お金って、
人と人の間で、
「ありがとう」
とか、
「これだけ働きました」
とか、
「あとで別のものと交換できます」
を記録している、
“流れるための道具”
に近い気もするんです。
だから。
「税金の無駄遣い」という言葉も、
本当は、
「お金が消えた!」
という話ではなくて、
「人間の貴重な時間や労力を、そこへ使うのは本当に最適だった?」
という話なのかもしれない。
結局、また「人の時間」の話へ戻ってくる
前回の記事で、
「お金より大事なのは、人の時間」
という話を書きました。
今回ちょっと面白いなと思ったのは、
逆方向から考えても、結局同じところへ戻ってくることです。
つまり、
お金そのものは、ぐるぐる社会を循環している。
でも、
人の時間は戻らない。
若さも、
集中力も、
人生そのものも、
有限です。
だから本当に大事なのは、
「お金を守ること」
だけではなく、
「人間の時間や可能性を、どう使うか」
なのかもしれない。
最後に
……などと、ちょっと難しそうなことを書いてみましたが。
現実の私は、
「よし、買い物しよう。お金を使うのも社会貢献だ!」
と思ってスーパーへ行き、
半額シールを見ると、
「これも経済循環への社会貢献だ!」
とか最もらしい理論を発動しながら、余計なプリンを買っています(笑)
でも、その「余計な」プリンを冷蔵庫で余らせてしまい、
「あぁ、お金が勿体ない……」
となることもある。
……いや待てよ。
でも、あのお金は、たぶん誰かの役には立っているはず。
とか、また最もらしい理論で心を落ち着かせています(笑)
これ以上考えると、
だんだん分からなくなってくるので、途中で思考停止です。
たぶん人類は、
資本主義を語る前に、
まず“半額シール耐性”を進化させる必要があるのかもしれません。
紹介動画
今回の記事の、
「お金そのものは消えるわけではなく、
人間活動を循環させる媒体なのでは?」
という視点については、大西つねきさんのYouTube動画 の冒頭部分(2分10秒頃まで)の考え方を参考にしています。
なお、それ以降の政治・経済の仕組みに関する主張について、今回は触れません。
今回はあくまで、
「お金とは何か?」
「本当に有限なのは何か?」
を考えるための、一つの視点として紹介しています。
いろんな考え方に触れながら、最後は自分で考える。
やっぱり、それが大事なんじゃないかなと思っています。
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この記事は、私自身の経験と思考をもとに、生成AIとの対話を通じて探索・再構成した記録です。いただいたお気持ちは、次の寄り道の燃料としながら、生成AIと人間の共創の研究をさらに深めていきたいと思います。