お金って、本当に「数字」なんだろうか?
お金は数字です。
たぶん、それは間違っていない。
でも最近、
本当にそれだけでいいのかな、
と思うことがあります。
最近、
政治とか、
経済とか、
投資とか、
そんなことを少しずつ考えています。
とはいえ、
私は専門家でもないし、
どこかの政党を応援したいわけでもありません。
投資の達人でもありません。
むしろ、
分からないことだらけです(笑)
ただ、
社会人になったばかりの子供たちを見ていて、
ひとつだけ気になっていることがあります。
それは、
「今の若い世代は、お金を実感する機会がほとんどないのでは?」
ということです。
私たちは、お金を「触って」育った
私が子供の頃のお小遣いは現金でした。
たしか、
小学生の頃は1000円ぐらいだったと思います。
1000円を財布に入れる。
アイスを買う。
ジュースを買う。
駄菓子を買う。
すると、
お金が減る。
財布が軽くなる。
残りのお金が見える。
だから、
「使った」
という感覚が身体に入ってきます。
余ったお金は貯金箱へ。
すると今度は逆です。
少しずつ重くなる。
持ち上げると、
前よりずっしりしている。
振ると音も変わる。
だから、
「貯まった」
も身体で分かる。
今思うと、
私はお金の勉強をしていたわけではありません。
でも、
お金を毎日触ることで、
何かを学んでいた気がします。
現代のお金は、ほとんど数字になった
今は便利な時代です。
給与振込。
クレジットカード。
電子マネー。
スマホ決済。
投資アプリ。
ほとんど現金を使いません。
私自身も便利だと思っています。
でも、
ふと考えるんです。
これから物心がつく子供たちは、
お札やコインを数える経験を、
ほとんどしないのではないか。
画面には、
残高 18,532円
と表示される。
でも、
それは数字です。
財布の重さは変わらない。
音もしない。
厚みも変わらない。
便利になった代わりに、
何か別の感覚を失っているのかもしれない。
そんな気がしています。
ドラえもんの「栗まんじゅう」
もうひとつ、
子供の頃の記憶があります。
ドラえもんの有名な話です。
栗まんじゅうに「バイバイン」という薬をかける。
すると、
5分ごとに倍になる。
1個
2個
4個
8個
16個
のび太は欲張ります。
もっと増やそう。
もっと増やそう。
すると、
食べきれなくなる。
捨てても増える。
そして最後には、
地球が栗まんじゅうで埋まる。
という、とんでもない話です(笑)
普通なら、
「面白かったね」
で終わる話です。
でも、
私と弟は、
実際にお米の粒でやってみました。
2
4
8
16
32
64
128
256
・・・
数ではなく、
量として見たんです。
すると、
途中から妙に怖くなった。
「増える」って、
こういうことなのか。
その感覚が、
なぜか今でも残っています。
後から知った「指数関数」
中学か高校か忘れましたが、
後になって指数関数を習いました。
でも、
私の中では、
難しい数学ではありませんでした。
「あぁ、栗まんじゅうの話ね」
それだけでした(笑)
数式を理解したというより、
先に量を見ていたんです。
だから、
なんとなく腹落ちしていました。
人間は数字だけでは理解できない
今思うと、
財布も、
貯金箱も、
栗まんじゅうも、
全部同じ話だった気がします。
私たちは、
数字を学んでいたのではない。
数字の向こう側にある
「量」
を学んでいた。
財布が軽くなる。
貯金箱が重くなる。
お米が山になる。
数字を、
現実世界の感覚に変換していたんです。
お金って、本当に数字なんだろうか?
最近の投資の話を見ていると、
少し気になることがあります。
100万円が120万円になった。
資産が何%増えた。
評価額がいくらになった。
全部数字です。
もちろん大事です。
でも、
本当にそれだけなんだろうか。
投資って、
数字を増やすゲームなんだろうか。
私は少し違う気がしています。
そのお金は、
誰かの会社に流れ、
人を雇い、
設備を作り、
商品やサービスを生み出し、
誰かの役に立つ。
つまり、
投資とは、
数字を動かすことではなく、
人の活動を支えることなんじゃないか。
そんな気がしています。
最後に
ここまで、
お金だの、
投資だの、
人間の活動だの、
なんだか大げさな話を書いてしまいました(笑)
でも、
私は政治学者でもなければ、
経済学者でもありません。
投資の達人でもありません。
若い頃は本当に手探りでした。
失敗もたくさんしました。
今思えば危なかったな、
ということもあります。
ただ、
幸運だったのは、
「大きな失敗」
をしなかったことです。
たまたま運が良かった。
それもかなり大きいと思います。
もし、
最初に大きな失敗をしていたら、
今とは全然違う人生だったかもしれません。
だから私は、
「こうすれば正しい」
を語りたいわけではありません。
むしろ、
今の若い世代が、
お金や投資を数字としてしか触れない時代になったことに、
少しだけ違和感を感じています。
お金って何なんだろう。
投資って何なんだろう。
数字の向こう側には何があるんだろう。
そんなことを、
これから少しずつ寄り道しながら考えてみたいと思っています。
ただし、
ひとつだけ確実に言えることがあります。
冷蔵庫にある最後のプリンを食べるかどうかは、
投資より難しい。
食べれば今の自分は幸せになる。
でも、
未来の自分は悲しむ。
これは、
短期利益と長期利益の戦いです。
経済学なのか、
投資なのか、
心理学なのか、
もう私にも分かりません(笑)
とりあえず、
次回までにプリンを食べるかどうか考えながら、
「お金の正体」についてもう少し寄り道してみようと思います。

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この記事は、私自身の経験と思考をもとに、生成AIとの対話を通じて探索・再構成した記録です。いただいたお気持ちは、次の寄り道の燃料としながら、生成AIと人間の共創の研究をさらに深めていきたいと思います。