JR新大久保駅|昼のコリアンタウンを歩く、静かな時間
JR新大久保駅の改札を出る。
思っていたより、駅前はあっさりしている。
コリアンタウンという言葉が先に立って、実際の風景は控えめだ。
屋外ビジョンが視界に入る。
音はない。
映像だけが流れていて、昼の明るさの中でも、しっかりとそこにある。
交差点の手前で、信号が赤に変わる。
制服ではない服装の女子中学生が、自然と立ち止まる。
誰かが話し始めると、すぐに笑い声が重なる。
少しうるさいくらいの声が、昼の空気に散っていく。
この時間に、この場所にいる中学生。
どこから来たのだろうか、と考える。
遠出をしている感じでもなく、特別な目的があるようにも見えない。
ただ、この街の流れの中に、たまたま混ざっている。
歩き出す。
予想していたほど、韓国料理屋は多くない。
並んでいるというより、街の中に溶け込んでいる。
サムギョプサル、チーズタッカルビ、トッポギ。
看板のハングル文字は、意味が分からなくても、もう風景として成立している。
ここで「異国」という言葉を使うと、少し大げさに感じる。
屋外ビジョンの映像を、誰も立ち止まって見ていない。
それでも、映像は止まらずに流れ続ける。
注目されなくても存在している、というのが、この街の自然な状態なのかもしれない。
駅ビルにスターバックスはあったけど、入らない。
セブンイレブンに入って、ホットコーヒーを買う。
レジ横の機械から、慣れた音がして、すぐに紙カップが渡される。
店を出て、店先で立ち止まる。
蓋を少しずらして、一口飲む。
苦味はあるが、強すぎない。
どこの街でも変わらない味が、今はちょうどいい。
さっき信号待ちをしていた中学生の姿は、もう見えない。
信号が変わって、それぞれ別の方向へ散っていったのだろう。
新大久保は、思っていたより静かだ。
何かが起きそうで、結局、何も起きない。
その「何も起きなさ」が、この街の昼なのだと思う。
コーヒーを飲み切って、歩き出す。
新大久保は、新大久保のままだ。
そして、そういうところが、わりと好きだ。
