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勇気を込めた大きな一歩

今回は高1〜高2の6月くらいまでの話を書こうと思います。この期間は私にとって最大の宝物です。長くなると思いますが、それでも読んでもらえたら嬉しいです。

私は中学3年間、ずっと帰宅部だった。でも憧れの高校に入れたことで、なんとなく部活に入る気になっていた。そんなときにコロナが流行して、6月まで休校に。周りは部活が決まって、友達も増えたまま休校になっていた中で、私は部活に入れないまま孤独な約2ヶ月を過ごした。休校中、部活のない生活の素晴らしさに改めて惹かれた私は、すっかり部活に入る気が消えていた。そんな状態で休校が明けて、たまたまクラスメイトに見学に来ないか、と誘われたのが卓球部だった。話を聞く限り、人がいないらしかった。たとえ入部したとして、同学年はそのクラスメイト1人だけという事実を聞いて、とりあえずふら〜っと体育館に足を運んだ。今ではこのとき勇気を出して一歩を踏み出した私に、感謝したいと思う。普段の私ならきっと上手くかわして、体験にすら行かなかったと思う。でも何故かあの時は、意欲的だった。行ってみたいと思ったのだ。何か、暗い過去から逃れたい一心だったのかもしれない。ともかく、それは勇気がいる一歩だった。しかもだいぶ大きめの、力一杯の、重みのある一歩。

既に入部していた同級生と体育館に入ってそうそう、3人の先輩に歓迎され、あれよあれよという間にラケットを握っていた。ちなみに私は卓球ド素人。ルールなんてほとんど知らない。ラケットの握り方、サーブの種類、マナーはもちろん、その他細かいことも、本当に全く知らなかった。そんな私は気がつけば体験という名目で、先輩方と打ち合いをしたり、色々な話をしたりして、濃い数時間を過ごした。先輩方の優しさと、面白さとかっこよさを肌で感じられて、とても新鮮な気持ちになった。最後にはその日のうちに入部することを決めた。先輩方は褒め上手で、『本当に素人?!超うまいし吸収早いね!!』とたくさん褒めてくれた。褒められると伸びるタイプな私にとって、それがとても嬉しくて、もっと本格的に頑張りたいという気になっていた。

あの日から私は人生初の運動部、しかも同級生はたった1人の部活の部員になった。最初のうちは体力が全然なくて、試合形式でまともに打ち合うことすら怪しかった。ちょっとずつ、地道な練習を重ねては先輩と試合をした。もちろん負けてばかり。そこで初めて、スポーツで得られる悔しさを知った。それを繰り返していくうちに、なんとかまともに試合ができるまで成長した。夏休みには公式の大会で勝つことはできなくとも、個人戦で1セット先取することができた。先輩と同期がたくさん喜んでくれて、私はあの時初めて、仲間の存在の温かさを知った。

それから季節は変わって冬。すっかり部活にも卓球にも慣れた頃。1人の先輩が、休部することになった。その先輩は部長で、当時の私たちの中では群を抜いて強かった。穴が空いたような気持ちになりながら、それでも練習を続けた。練習試合もいない先輩の分の気持ちもみんなで背負って戦い抜いたし、本番の試合も、それは変わらないはずだった。でも、部長がいないだけで、強かったはずの団体戦はあっさり初戦負けした。正直、私はここら辺から部活に対して、気持ちが離れ気味になっていた。というのも、1人しかいない同級生との距離感に悩み、やり場のないモヤモヤとストレスが、はっきりと体調不良として現れるようになっていたのだ。だからこそ、初戦負けした時もなんとも言えない気持ちになった。早く帰れて嬉しい、なんていう気持ちも少なからずあった。最低だ。

あの時の団体戦で、私は同級生に出番を譲っていた。慣れてきたとはいえ、中学から続けている選手には当然敵わなかったし、その差は明らかだった。それに加えて、どこかで部活が辛いと思っていたし、試合に出て負けるのが怖かったのだと思う。でも、出番を譲って同級生があっさり負けて泣いている姿を見た時には、何故か許せないという気持ちでいっぱいになっていた。別に、同級生は何も悪くなかった。許せなかったのは、私自身の心の弱さだったのだと思う。この頃から、私は部活に対して色々な気持ちを抱くことが増えて、本格的に続けていけるのか不安になっていた。

そして高校2年生、春。辞めるかどうか悩み始めていた。あんなに勇気を出して踏み出した一歩。簡単に無かったことにはできないと思いながら、なんとか練習に行っていた。でも、明らかに休みがちになっていたのも確かだった。体育館に入ると気分が悪くなったり、気持ちが下がり気味になったりするようになっていた。原因は明らかだった。上手く成長できないこと、成績も残せていないこと、同級生のことをどうしても受け入れきれなかったこと、そして何より、団体戦で私がそのメンバーとして存在している意味を見失っていたことだった。全て、私の甘さが原因。でもあの頃は本気で苦しんでいた。苦しみながら、それでも青春だな、と思える日々を過ごしていたのも確かで。そんな時、練習試合でひとつの希望が見えた。何度か対戦したことのある相手校の先輩に、フルセットで勝つことが出来たのだ。先輩はもちろん、同期も、顧問も、本気で嬉しそうにしていた。顧問からは、『お前はこの先も、絶対に伸びる。努力していれば絶対、最後にいいことがある。』そう声をかけてもらった。そこで初めて、もう少し、踏ん張ってみようと思えた。

それからまた少し時が経って、先輩方にとって最後の大会、インターハイの地区予選に出場した。ここで負ければもう、先輩方とは一緒にいられない。そんな大会。結果から言うと、私たちの高校は優勝した。でも、私は1試合も出ることはなくて、全て先輩の勝利のおかげだった。涙を流す先輩方を見て、凄く幸せな気持ちになった。それと同時に、再び団体メンバーとしての私の存在価値を見失った。同級生は勝つことはなかったものの、果敢に攻めていった。私は、やっぱりその背中を見ていることしかできなかった。ずっと、応援して、励まして、喜んで。その繰り返しで、1回もラケットは握らなかった。相変わらず、弱虫のビビりのまま、ただただ拍手を送ることしかできなかったのだ。あの日の先輩方の笑顔は本当に眩しかった。部長がいない大会で負けたあの日から、悔しさを噛み締めて努力していた先輩方の姿を、私はずっと傍で見ていた。最初は部長が頭一つ抜けていた実力も、この時には横並びになっていた。裏の努力を知っていたからこそ、優勝が決まった瞬間は心から幸せだった。まだ、先輩方と一緒にいられることに、嬉しさでいっぱいだった。でも心のずっともっと奥底では、私ただ1人、成長できていないままという現実に焦っていた。

その翌日の個人戦はボロボロだった。全然思うような動きが出来なかった上に、いつもならできていたものまで全部が崩れていた。応援してもらっているのに申し訳ない、そればかりが頭に浮かんで、負けたことより私の弱さに悲しくなった。そこで初めて、私は努力が足りていないことを強く実感した。どこまでも甘い人間だから、体調を理由に逃げていた練習の日々を思い浮かべて、苦しくなった。

そうして数週間後の県大会。1回戦目で負けてしまった。でも先輩方は決して最後まで諦めなかったし、あの粘り強さは本当にかっこよかった。私はといえば、やっぱりラケットを握れなかった。同級生も、勝ちにこそ繋がらなかったが奮闘していた。私だけ、また何も出来なかった。でもこの日だけは、ずっと笑顔でいようと決めていた。負けが決まって、先輩方の引退が現実となったからこそ、不安な顔をしていてはいけないし、最後は絶対笑顔で感謝を伝えたいと思ったのだ。

負けてしまったあと、駅までの帰り道を私たちはあえて歩いた。バスを使わないと大体40分くらい。普通なら6月の陽射しにやられて嫌になる。でも、あの瞬間も含めて青春だったなーと思う。先輩のリクエストに合わせて曲を流しながら、田んぼ道をひたすら歩いたあの瞬間。戻れるなら、今すぐにでも戻りたい。

そうして駅に着いてから、私たちはクレープを食べた。その時、先輩方から手紙を渡された。その内容は、衝撃的だった。何故か、私が辞めるか迷っていることを見透かされていた。部長にはそれとなく伝えたことがあった。でも、それはかなり前のことで、しかもそのあと、まだ頑張ります、と伝えていた。心配させたくなくて、辞めるの辞めました!なんて会話もしていたのだ。それなのに、なんで分かったのか。読み進めていくうちに、気付いたら泣いていた。その内容が、私の中の不安を全て流してくれて、私の弱さを包み込んでくれるような内容だった。『どの道を選んでも、どのような形になったとしても、ichikaちゃんは、卓球部の仲間です。』そんなことが書かれていた。先輩の色々な想いが手紙に溢れていて、私はここでやっと『今日が終わって、正式に先輩方の引退が済んだら、私も辞めよう』と決心できた。

多分、ずっと不安だった。辞めてしまったら、もう先輩方とは一緒に笑えないかもしれない。大好きなのに、嫌われてしまうかもしれない。そんな気がして、ずっと決断できなかった。きっとあの手紙がなかったら、私は決断できずにダラダラと練習に顔を出さない、ただの幽霊部員になっていたと思う。

私は部活を辞める時、同級生にちゃんとごめんと言えなかった。たった1人、女子部員を残すことがどれだけ最低で、よくないことかなんて考えられていなくて。ただただ、辞めよう。ということしか頭になくて。申し訳なかったと思う。今でこそ、ちゃんと向き合って喋れるけれど、当時は本当に、彼女のことが苦手だった。試合で彼女に私が勝つと、『今日は調子が悪かった』としか言ってくれず、決して褒めてくれたことは無かった。私の知らないところで、ライバル視されていたような気がするし、自意識過剰かもしれないけれど、どこかでライバル以上に敵対視されていたような気さえする。時が過ぎれば過ぎるほど、上手く噛み合わなくなっていった。たったの約1年。それでも楽しかった瞬間は確かにあった。最後の最後まで、真正面からちゃんと向き合えなくてごめん、と卒業の時には伝えるつもりでいる。

私が辞めた後、残ると決めていた彼女も、しばらくして部活を辞めてしまった。お互いに、これで良かったのか、という話をした。私たちが今も笑って話していられること。そして何より、先輩方のことがずっとずっと、大好きでいること。お互いに距離ができた時もあったけれど、これが私たちなりの正解だったんじゃないか、なんて思う。卓球をしている時は、お互いに尊重できない部分があって、喧嘩になったり、一方的にすれ違っているように感じてしまったりした。でも、私たちは2人いつも一緒に支え合ってきた。ダブルスだって、でこぼこな2人だったけど、ちゃんと励ましあって戦った。試合が怖くて泣いた日、学校生活が辛くて弱音を吐いた日。色々な場面で、私たちはいつも一緒にいた。あの日、部活に誘ってくれなかったら、こんなに親密にはならなかっただろうし、今も連絡を取りあって、受験勉強を支え合うなんてことにはなっていない。だから、きっとこれで良かったんだよ、と今なら堂々と言える。

顧問に辞めると言いに行ったあの日。私は体育館に足を踏み入れた瞬間とは、また違った形の一歩を踏み出した。どの一歩も勇気が必要だったし、悩むこともあった。でも今となっては、悩みや苦しみも含めて、全部が宝物であることに代わりはない。卓球部じゃなかったらきっと、こんなに素敵な時間を過ごせなかったと思う。入部してから辞めるまでの約1年間。知らなかった感情をたくさん教わったし、今までしたことの無い経験もたくさんできた。何より、人を心から尊敬できたこと、努力している人、戦っている人のかっこよさを間近で見られたこと。決して忘れない。

私の心はいつだって、あの頃のことを思い出しては勇気と力をもらう。18年間生きてきて、何度も勇気が必要なことはあったけれど、体育館に足を踏み入れたあの一歩がいちばん、勇気のいる一歩だった。それと同時に、大切な一歩だった。人生が変わる、なんて大袈裟かもしれないけれど、私にとってはそれくらい、かけがえのないものに出会うための大きな一歩だったのだと、今改めて強く思う。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。書いていて先輩方に会いたいな、と思ってしまいました。心が折れそうな今、こうして形に残せてよかったです。力が湧いてきました。先輩方に少しでも追いつけるように、また一緒に笑い合えるように、私はもっと強くなるために頑張ります。

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