【10】かぐや姫の憂うつ (短編小説)
10:月の宮
ざわめきが一層大きくなった。
それから静寂が訪れる。
同時に、門を叩く音がゴテン中に響いた。
月の宮に一人座るかぐやも、その音を聞いた。
折しも、空の色が濃くなる頃。
黄昏時は終わりを迎えつつあった。
かぐやは頭から被った薄い布を被り直した。
布は細い糸で織られた特注品で、光を受けるときらきら輝く。
月の光が地上に届く頃には、神秘的に見えることだろう。
かぐやは心の中でチチオヤに感謝した。
この布にいくら使ったのだろうか、という疑問は紺色に染まった空に放り投げることにする。
しばらくして衣擦れの音がした。
音はだんだん近づいてくる。
かぐやは座ったまま、頭を垂れた。
オトコ用の靴が視界に現れる。
靴は想像よりも質素だ。
「頭を上げよ」
低くよく通る声が響いた。
もっとか細い声だと思っていた。
ゆっくり視線をあげる。
布越しにオトコを見て、かぐやは動きを止めた。
*
頭から布を取ったかぐやを見て、ミカドはハッとした。
今まで見たこともないほど、美しい生き物がそこにいたからだ。
天女、という言葉がとっさに浮かんだ。
「陛下」
天女は目線を下げたまま挨拶をした。
彼女の一挙手一投足に目を奪われる。
視線が合ったとき、黒い目に吸い込まれそうだと思った。
「…ああ」
帝は自分の口から声が漏れ出ていることに気づいて、慌てて咳払いをした。
彼女の口角がかすかに上がった気がする。
その姿に眩暈を覚えた。
「ヘイカ?」
鈴を転がすような声、とは正にこのことだ。
ミカドはうっとりしかけた自分を心の中で叱咤激励し、何とかかぐやの正面に座った。
向かい合い、月を背にして座る彼女はさらに美しい。
真っ白な肌、目と同じ黒い髪、紅く艶やかな唇。
そのどれもが、心を捉えて離さない。
ミカドは花愛君の意見もあり、多少は期待していたが、それを遥かに上回るかぐやの美しさに見入った。
*
かぐやはミカドをじっと見た。
鍛えられた身体、整った顔立ち、深い眼差し。
今まで求婚してきたオトコたちとは、明らかに違う。
極上のオトコである。
これで精子にさえ問題なければ、相手はミカドで決まりだ。
しかし、何事も焦りは禁物である。
ミカドが本当に条件に合うオトコかどうか、見極めなければないけない。
そのためには、もう少し距離を縮める必要があるだろう。
ただ、そう思ってはいても、かぐやにはそれが出来なかった。
ミカドのこちらを見透かすような眼差しが、怖かったのだ。
それで自然、黙ってしまった。
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