【9】かぐや姫の憂うつ (短編小説)
9:満月祭
ミカドからの便りを受けて三日後、満月祭。
ヨウは部屋の外で、かぐやの支度を待っていた。
ヨウかぐやと出会って、もう三年近くになる。
出会った当時、かぐやは四、五歳ほどに見えた。
しかし、たった数か月で彼女はみるみる成長し、今は立派な大人のオンナにしか見えない。
この家に仕えるようになってから、ヨウは目の前で起こった「奇跡」を淡々と受け入れてきた。
かぐやの異常な成長スピード、大主人がタケを切る度に湧いてくるコバン、竹取家が手にしたキゾクという地位―それらは全て、かぐや自身が起こした奇跡だとヨウは信じている。
火事で全てを失ったあの日、死にゆく自分に救いの手を差し伸べてくれた少女を見て、天女が迎えに来たと思った。
実際、死にはしなかったが、後に主人になったかぐやを天女だと思った自分の直感は、間違っていないと言い切れる。
「ヨウ」という名前もかぐやから貰った。
名前の意味は知らない。
確かなのは、この名前を貰ったときから、自分がかぐやのものだということだ。
彼女が名前を呼び続けてくれる限り、自分は傍にいられる。
それこそがヨウにとっては奇跡であり、かぐやは空に浮かぶ月のようにどれだけ傍にいても手が届かない存在だった。
*
部屋のに入った瞬間、ヨウは息が止まるかと思った。
そこには、いつもとは違う装いのかぐやがいた。
きらめく糸で織られた着物を身にまとい、部屋の中央に立つその姿は、まるで天女のように儚く美しい。
「見惚れてないで、手伝ってちょうだい。この着物、すごく重いのよ。月の宮に行くまで、裾を持って」
言葉を失ったヨウに向かって、かぐやは紅のひかれた唇を尖らせた。
出会った頃は自分よりも幼かった少女が、いつの間にか年上の美しいオンナになっている。
ヨウは戸惑いながら、彼女の着物の裾を持ち上げた。
「お母様が気合を入れて用意してくれたのだけど、正直、重すぎるわ。重ね過ぎて脱がせにくいし」
「…今日は顔合わせだけなので、問題ないのでは?」
ヨウは目を伏せた。
「何が起こるかなんて、分からない。でしょ?」
かぐやは事も無げに言って、歩き始める。
ヨウはその後ろ姿を見つめながら、黙って歩いた。
*
月の宮は、かぐやのチチオヤが急いで用意させた東屋のようなものだ。
かぐや達が住むゴテンは、もともと別のキゾクから譲り受けたものである。
当時、この建物は打ち捨てられたようになっていた。
どうやら、先代が大陸の文化に凝って作らせたが、後を継いだ当代(かぐや達にゴテンを譲った本人)の趣味に合わなかったらしい。
そのボロボロの建物を三日で修繕し、ミカドを迎えるだけの体裁を整えたのだから、大主人の並々ならぬ気合が見て取れる。
かぐやは月の宮に入り、暗くなっていく茜空を見つめた。
ゴテンの外から、祭囃子の賑やかな声が聞こえて来る。
月の宮は奥まった庭の端にあったから、声は届きにくかったが、それでも高い笛の音や人々のざわめきは風に乗って感じられた。
空に白い月が姿を現す。
それが、満月祭の始まりの合図だ。
長い夏の夜が始まる。
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