見出し画像

いつもポケットに

今回で6記事目の投稿になるが、小学生時代の話しが多い自覚はある。
書きたいネタがたまたまその頃のものが多いのだ。
今回は私の「忘れ得ぬ人」について書こうかと思う。

現在の小学校は1年毎にクラスと担任が替わるところが多いらしいが、かつては2年おきで行われていた。
小3になった私は、初めてのクラス替えに浮き足立っていた。
新しいクラスメイト達を見て「これから2年間このクラスなんだな」と何だか覚悟が決まったような、それでいてフワフワとした気持ちだった。
そして新しい担任との対面。W先生という女性の先生だった。

W先生は授業にユーモアと工夫があった。
「マッキーノ!」という掛け声と共にカードを掲げる漢字ゲーム(詳しいルールは忘れてしまった)をしたり、理科の授業では丸い小さな発泡スチロールを使って分子の模型を作った。小さくて透明なカプセル(コンタックのようなやつ)に色を塗って、更に小さな鉄のボールを入れ坂道で動くような仕掛けの工作もした。
おそらく当時は授業の自由度が高かったのだと思う。他のクラスはやっていないようなことを授業に取り入れてくれた。
ニコニコ明るくて、よく冗談を飛ばす面白い先生。私は彼女のことが大好きだった。

W先生は絵がとても上手だった(そして達筆!)。
どうやら若い頃に漫画を描いていて、少女漫画雑誌に投稿し掲載された事もあるらしい。
先生に頼んで自由帳にイラストを描いてもらった事もある。カールがかったショートヘアの女の子。とても可愛らしくて、よく真似して練習していた。
W先生は自身の似顔絵も得意でクラス便りによく登場させていた。
私は先生の似顔絵も沢山模写し、練習の甲斐あってか25年以上経った今でもスラスラ描けるぐらいには上達した。

そんなW先生と私は気が合った。おそらく気に入ってくれていたのだと思う。
私の学校では、時より給食の時間に「校内放送カラオケ大会」なるイベントが開催された。放送室で歌って踊っている様子を各教室のテレビに放送されるのだ。
基本的に参加者は立候補。毎回4,5組は出演していた。
野猿、SPEED、モーニング娘…中島みゆきの「時代」を選曲する強者もいた(とても上手だった)。
W先生は私をカラオケ大会に誘ってくれた。
曲目はピンクレディーの「UFO」。W先生がファンだったのでこの曲になった。
世代ではないながらも曲自体は知っていたので、2人そろって教室で歌と踊りの練習をした。
とても楽しかった。これも練習の甲斐あってか、今でも一通り踊れるぐらいには上達した。
本番。自分達ではバッチリの出来だと確信していたが、なにせ歌いながら踊っているのでハンドマイクが顔から遠くなり(踊りは完璧)、最初の「UFO」しか聴こえなかったと同級生に指摘された。少々ガッカリしたが、それでも良い思い出になったのには変わりない。

ある日の国語の授業で、おーなり由子先生の『冬にriririri』という短編漫画が取り上げられた。
不器用な男の子が冬眠中のカエルと電話するというストーリーである。
文章読解の題材に漫画が取り上げられる事に驚いたが、私は「授業中に漫画が読める!」と心躍った。
10歳の誕生日プレゼントには、その短編が掲載されている「あこがれくじら」に加え「ともだちパズル」という作品集をねだった。
素朴な絵柄とファンタジーなお話したちが、なんだか大切で特別に感じたのを覚えている(文庫サイズなのも宝物感があった)。

そして4年生の終わり頃(だったと思う)、W先生からこっそり漫画を渡された。
くらもちふさこ先生の『いつもポケットにショパン』文庫本全3巻。
当時私がピアノを習っていたのもあるのだろうか、音楽高校に通うピアニスト・麻子の物語だ。
漫画を渡された時、W先生からどんな言葉をかけられたのかは覚えていない。
覚えてないけど、この作品を読んで何か感じて欲しいと思ってくれたのかもしれない。

2024年、私は人生初めての漫画を描いた。
『羊を数える』という不眠症のピアニストと小さな羊の話しである。
『いつもポケットにショパン』やおーなり由子先生の『てのひらの夜』に、知らず知らず影響されていたのだろうか。意識した訳ではないが、この2作品と同様に主人公はピアニストだ。
これまで気づいてなかったけど、今になって少しずつW先生からのメッセージを受信している気がする。
受け取ったメッセージをこっそり、いつもポケットに入れて、たまに手に取ってみて、これからも歩いていきたいなと思う。

ここまで読んでくれてありがとうございました!
ではまた〜



いいなと思ったら応援しよう!