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ウォーク

※「キス」発売記念こばなしです。
本編とあとがきを読了後にどうぞ。

「そういやお前、果菜子とチューしただろ」
アイスをかじりながら明渡が言った。苑は黙っていた。
「おい、何か言えよ」
「果菜子ちゃんから聞いたんでしょ、もう知ってるんなら俺が言うことってイエスとかノーとか別にないじゃん」
「よくそれで客商売が務まってんな!」
「明渡はお客さんじゃないし」
「まーいいや、飲み行こうぜ」
「何で、行かないよ」
「おし、じゃあこのアイスがあたりだったら行く」
そもそもあたりつきのやつじゃないし……と思っていたら「はずれだったら苑んちに行く」などとオチがついた。
「どっちもやだ」
「何だと、じゃあせめて謝れ、俺を放置して逃げた件を」
「寝て起きなかっただけのくせに……」

それは本当だ。泣き止んだ後、急に恥ずかしくなって「もういいから」と明渡を押しのけると、特に抵抗もなく離れ、「悪い、もう限界」と畳の上に転がってすぐ寝息を立てた。苑はといえば、頭を打って数時間昏倒していたおかげかまだ気持ちが昂ぶっていたのか眠くはならず、黙々と最終の片づけ作業を終えると卓袱台に突っ伏してすこしだけ仮眠を取った。目が覚めても明渡はふかい眠りの中で、寂しかったし、ほっとした。そして安堵のほうに従って、起こさずに家を出た。

「久々にビール入れたからめちゃ回ったんだよ」
「……そうなの?」
意外だ。一緒に暮らしている時はほぼ毎日飲んでいたし、実家に戻ったのならアルコールはなおさら身近になっただろうに。
「だってほら、『しばらく禁酒する』つったからさ」
「え?」
「何だよ、覚えてねーのかよ」
それがいつの台詞だったか、思い出すのに少々かかった。だって、もう二年以上前––––明渡が、苑に病気を打ち明けた夜の会話だ。

「……全然『しばらく』じゃない」
「そうだな。引っ込みがつかない、つったらへんか、まあでも何となくそうしてて、あの夜、何となく、もう飲んでもいいか、と思った。自分でもよく分からんけど」
本人によく分からないのなら、苑にはもうちっとも分からない。
「約束したわけじゃないし、俺が頼んだわけでもない」
「おう」
明渡は行儀悪く、アイスの棒を前歯の間に挟んでぴんぴん上下させる。手を伸ばして引き抜くと、目が合った。
「……昔の俺が、お前に言ったことで守れるのって、それぐらいだったからな」
「バカじゃないの」

そんなの、こっちは知るよしもなかったし、守ってくれていたからそれがどうしたって話だし。もう会えない明渡、目の前の明渡。手の中には、明渡の歯形がついた、ちっぽけな棒。ぎゅっと握りしめて苑は歩き出した。
「おい、駅そっちじゃねーだろ」
「食べて帰る」
振り返らずに答えた。
「外食?お前が?」
「そう。牛すじカレー食べそびれてたから」
「ふーん」
「……おいしいビールも、あるらしいよ」
「ふーん」
きっと背中で、明渡は笑っているだろう。その、目の細め方、口角の上げ方まで、精密に細密に思い描ける自分も、バカだと思った。ほら、すぐ、足音が追いついてくる。
並んでくる。

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