花がふってくると思う
ふったらどしゃぶり、一顕と整
土曜日は午後から雨の予報で、降らないうちにと近所のパン屋で食料を調達した帰り道、整が公園の前でふと足を止めた。
「どうかしました?」
「降ってる」
整は一顕のほうを見ずにつぶやいた。
「え、もう?」
「いや、ごめん、そうじゃなくて」
花が、と指差した先にはもうだいぶ若葉がちな桜の木が何本か植わっていて、その一本から、確かに、ほと、ほと、と花が落ちていく。
「普通に散ってるだけじゃないすか?」
「でも風もないし、あれだけなんだよ」
近くで確かめたほうが早いと思ったのか、そのまま公園に入っていく。まだ子どもの声が響くには早く、犬連れのご近所さんも見当たらず、無人だった。
葉桜の下に立つと、また花が降ってきた。整がすばやく両手を差し出し、受け止める。
「花びらじゃなくて、花ごと落ちてきてる」
「あ、それって雀らしいすよ」
一顕の言葉に応えるように、今度は頭上からさえずる声が降ってきた。見上げれば、姿ははっきりと捉えられないが、枝を揺らす羽ばたきの影が花曇りの空をよぎる。そしてまた、一輪、二輪。
「花の蜜吸ってんだって」
「落とさなくてもいいじゃん」
「くちばし短いから、裏側からちぎって吸うしかないんじゃないすか」
「ふうん。じゃあ、この木の蜜が好きなのかな」
「隣の木と微妙に味違うとか、ありそうですよね」
「行きつけかも」
飲み屋かよ、と一顕は笑ったけれど、そうかもしれない、と思った。花の蜜の甘さは野生動物にとってアルコールくらいの酩酊を誘うごちそうだろうから。枝先で交わされるさえずりが宴会の喧騒のように聞こえてくる。
整の掌を狙い澄ましたように、花が落下してくる。
なに、と整が淡く笑う。
「奢ってくれんの?」
そして無傷に見える花をついばむように口に含んだ。瞬間、湿度を含んだ柔らかな微風が花びらをふるわせる。
「……甘い?」
一顕が尋ねると、花をつまんで「全然」と答えた。
「ふつーに草の味。全部吸っちゃったのかな」
「微量すぎて人間にはわかんないんじゃないすか」
「残念」
「さっきのパン屋に、桜の蜂蜜売ってませんでしたっけ」
「まじ? 戻って買う。人間最高だな。蜜蜂からカツアゲして」
「後ろめたくなるからやめてくださいよ」
整は手のひらの花をふっと吹き散らしてしまった。それが地面に着地するまで、一顕はじっと見ていた。蜜の甘さも、罪悪感の苦さも、去年までの自分は本当には知らないでいたことを、どこかぼんやり思いながら。
去年の春には、まだなかったものが、掌の中にある。目には見えず、花びらほどの重ささえなく、けれど確かに。
整の掌にも。
花がふってくると思う
花がふってくるとおもう
この てのひらにうけとろうとおもう(八木重吉)
