【記事掲載】B’zやGLAYとリスペクトしあう、台湾の世界的ロックバンド「五月天」とは?-デビューから26年「アジアのビートルズ」と称される彼らの魅力-
私と息子が愛してやまない「五月天」について執筆した記事が
「サライ(ウェブ版)」に掲載されました。
五月天との出会いは2005年。
新卒で入った会社を辞めて、北京に留学した年でした。
よく考えたらちょうど20年前ではないか。
当時、五月天はデビュー6年目。
(※ 途中、兵役による約2年の活動休止を含む)
デビュー直後からスターダムを駆け上がっていた彼らは
2005年当時も、それはそれはもう、ものすごい人気者でした。
私が北京で暮らしていた5年半の間にも
何回か北京にライブに来ていて
「え、五月天、また来てる?」って思ってた。
五月天の存在はもちろん知っていたし
好きな曲だってたくさんあったし
私自身、北京に住んでいたのに、
今思えば、なんであのとき
ライブに行かなかったのか。
もしタイムマシンがあるなら、
あの頃に戻って、あの頃の自分に、
「いますぐライブのチケットを買え」と
魂の限り叫びたい。
「五月天は知ってるし、好きだけど、ライブは行ったことがない」
という私に転機が訪れたのは2024年3月@台湾。
一応、SNSの「五月天ファングループ」的なものに入っていた私は
ある日ふと、ファンの方の
「いまなら公式サイトにチケットが残ってる!!」
という投稿を目にします。
チケットが・・・残ってる・・・だと?!
半信半疑で公式サイトに入ったら、本当にチケットがあった。
どのみち息子は春休みで帰省中だし、私1人で行ってみるかー
と軽い気持ちで出かけて、高雄の世運主場館のスタンド席に座った。
そしてライブが終わる頃には
「・・・え、これ、もう一度来たい・・・!!
今度はスタンドじゃなくて、アリーナで見たい・・・!」
との衝動に駆られ、激戦を経て一週間後のチケットを入手。
一週間後の公演で隣の席に座っていたのは
デビュー前からの大ファンだという台湾人のLさん。
Lさんとはその後も、五月天という「共通の推し」を通じて
さまざまな交流を持つことに。
今回の記事を無事に世の中に出せたのも、Lさんの協力のおかげ。
人の出会いって面白いな。
その後、嬉しいことに息子も五月天にドはまりし、
いまや、私以上に詳しいといっても過言ではない状況に。
息子はギタリストの怪獸に憧れてギターを始め、
毎日とても楽しそう。
そんな、我らが親子の台湾生活を彩ってくれている
最大の立役者である五月天に
あふれんばかりの愛とリスペクトをこめて書きあげました。
五月天、大ファンです!という方も
五月天、聞いたことあるかも。という方も
どなたさまも是非、ご覧になっていってくださいねー。
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