「京のデザイン」のひみつ。「キモノ」のひみつ/一日一微発見523
京都とのつき合いも50年を越したけれど、でも僕は、自分が「京都人」であるとは思わない。市内5カ所に住んだが、全く思わない。京都で編集事務所も持ち、大学で20年以上教えても思えない。
生優しくはない。「舌は三代」というが、何にせよ、身体化されるのには時間がかかる。京都という場所に、その人の思考だけでなく感覚、洗練への趣好、コト、生き方が「デザイン」されないと「京都人」などと言えないと思う。
これは京都が好きだからこそ言うことである。生半可な人に、わけ知りに京都を語ってもらいたくないとはっきり思う。僕は静かに、了見がキツイのである。
だからと言って「京のデザイン」について僕がまるで門外漢であるとも思わない。すべてにおいて「はんなり」したテイストを距離をおきつつも愛してきたし、真如堂の宿坊に下宿したり、御所南の借家や、築100年の西日のガンガンあたる西陣の京町家に住むことで、なまじの「京都人」よりディープに体感してきたように思うからだ(京都人はプライドはあるが、かならずしも京都を愛していないようにも思うし)。
僕は大学生時代から京都に暮らすようになったが、「性」にあった。それは僕が大阪生まれだが大阪嫌いということの反動もあるかもしれない。確かに大阪生まれのラテン体質は、ありがたいと思うが、大阪のカオスに埋没して生きるのはゴメンこうむりたいと思って生きてきたから(何せ、親戚のすべてが大阪に住み、僕は親族ではじめての他所への逃亡者である)。
死んだ父親が祇園かどこかで遊んでいる8ミリフィルムが家にあって見たことがあるが、その時に思ったのは、京都は「大阪人」にとって遊ぶ街だということだ。関西弁の呼吸や間や、つっこみとボケ、スマートな躱し方ができないと、京都で巧みに遊べない。
それは大人になって、時々、花街に連れて行ってもらった時に痛感したこと。関西人でよかった。標準語の人は、なべて「よそさん」で、言い方はエグいがぼったくり対象でしかない。
あと、付け加えるなら、ハイカルチャーとアングラが繋がっている感じも独特だ。
僕らは学生運動の名残りの京大西部講堂や吉田寮のライブや、秘密アジトのようなブルース喫茶やジャス喫茶にたむろした。それは、この世の涯のようで、魂の避難地でもあり、勘違いだが、「ああ、阿国や、世阿弥の頃も、こんな感じだったろう」と実感できる。これもまた「京のデザイン」の根にあるものなのである。
前おきが長くなったが、ともかくも個人的に、
僕の中で「京のデザイン」ということはなによりも生きることの「洗練」を考えた時、最重要なのである。
それは、キューバに行った時、美事に「シンコペーション」で踊る男女をまじかに見た時に、「ああ、4つ打ちや8ビートではとても歯がたたない世界があるのだな」と舌をまいた経験に似ている。それは頭の知性ではなく、体の知性の表出なのだ。
僕らは「感覚の洗練」ということをもっとディープに考えなくてはならない。それはロジックで何か「理解」したと思うこととは全く異なった次元の話しであり、日本文化のことをとやかく言いたがる人もいるが、「京のデザイン」というのは、重要なバロメータなのだ。
京の割烹の味もあれば、錦市場横にある松川酒店の立ち呑みは、ほとんど観光客がこない店だが、見事に「京のデザイン」の権化である。
4時の開店とともに店に入ってくる地元の老人たちのオーラ(いでたち、話)こそ、「京のデザイン」以外のなにものでもない。
僕ら(僕と妻の渚)は、今、松川酒店で呑んでいるのだが、その前には京都近代美術館の企画展「キモノのひみつ」を見に行った。その帰りだ。
聞き耳をたてるまでもなく、隣にはやってきた老人(僕もそうだが)は、昼間に「キモノのひみつ」に行ってきた、と横の常連さんと話している。おっとニアミス。これだから京都は不用意に話せない。
ここから先は
¥ 200
応援よろしくね~
