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どんなあなたもあなたのままで|#子どものしあわせのために何ができるか

「お母さんは、家族の太陽」

私自身が明確にこのことを感じた日を今でも覚えている。

まだ独身で実家に住んでいた頃、一人暮らしの祖母の世話をするために母が家をあけた時があった。
生まれてから一度も一人で夜間に外出したことのない母。
母が居ない夜は初めてだった。

とはいえ、私もいい大人だし、父だって自分のことくらい自分でできる。
ご飯だって準備してくれていたし、なんの心配もない。

仕事を終えて帰り、父と二人で晩御飯を食べた。

しーーーーーーーーーん。

あれ、ウチってこんなに静かだっけ?

ちょこちょこっと会話はするものの、それもすぐに終わる。
食べ終えれば各々の部屋に行って好きに時間を過ごすだけ。

その静けさに、初めて気づいた。

「お母さんは、家族の太陽」なんだ、と。


我が家はどちらかといえば会話の絶えない明るい家庭だと思っていた。
でもそれは、母が居たから。
ケラケラとよく笑い、よく働き、ずっと喋っている。
そんな明るい母が、我が家の空気の中心だった。


そんな体験から、私自身もそうありたいとどこかで思っていたのかな。

いつでも笑顔で、明るくて。
そんなお母さんでありたいと願っていた。

でも現実はそんなに生暖かいものではないよね。
大変でしんどいことの方が多い育児の現実を知らなすぎた。
それでも、母のようになりたかった頭の中の私は、なれない現実の私をいつも叱っていた。
それは、今思えば、怒りや悲しみという人間らしさを削ぎ落とすようなこと。
無理に決まってるし、そんなの私らしくない。


そうして、気づけば子どもと暮らして早4年が過ぎた。
今では、怒鳴り泣き叫び、子どもたちと一緒にバカなことも全力でする体当たり母ちゃんと化している。

私が子どもたちに願うことは、
ありのままの自分自身でいること。

それは、楽しいとか嬉しいとか幸せな感情だけでなく、悲しいも憎らしいもすべて自分なのだと受け止めて生きること。

泣いたっていいし、
怒ったっていい。
私も泣くし、怒るよ。

そのままのあなたと私でいよう。
そうしてぶつかり合いながら、何度も話して、一緒に生きよう。

悲しい気持ちに蓋をして見ないようにしたり、
怒りの気持ちを捻じ曲げて厚い鎧で覆い隠したり。
そんな苦しい生き方はつまらないよ。

あなたはあなたのままで、
美しいのだから。

そんなあなたを誰よりも愛していると、
毎日「大好きだよ」と抱きしめる。

それが私の、子どものしあわせのためにできること



この記事は、やまだ めぐみさんの企画 #子どものしあわせのために何ができるか に参加しています。
素敵な企画をありがとうございます。

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