(続)三浦篤(2001)「まなざしのレッスン」 から学ぶ「西洋伝統絵画」の見方
本稿は、筆者の個人的な「西洋絵画」鑑賞力向上のための読書noteである。
三浦篤『まなざしのレッスン1 西洋伝統絵画』東京大学出版会、2001年(以下、「三浦(2001)」と記す)は、東京大学教養学部で行われた講義をもとに書き下ろされ、教科書の体裁をとった「実践的美術書」。14、15世紀から19世紀初めの西洋絵画を対象に、神話画、宗教画、風景画、静物画など主題別に12章からなり、各章は代表的作品の分析、ジャンル全体に対するポイント、「絵画の表現形式や受容のされ方に関する重要な視点」で構成されている。
6. 肖像画

付随的なジャンル
「西洋伝統絵画」のヒエラルキー
高貴なジャンル:神話、宗教、寓意、古代史などを主題とする広義の「歴史画(あるいは物語画)」
付随的なジャンル:歴史画に比べれば卑俗で価値が劣るとみなされてきた「付随的(あるいは副次的)なジャンル」で、より現実世界に関わりの深い主題を扱う肖像画、風景画、風俗画、静物画
「付随的なジャンル」に属する主題に関して元をたどると、「歴史画」の一要素であったものが、次第に別個のジャンルとして独立していった経緯が認められる。例えば、「肖像画」の原型として「宗教画」に導入された寄進者像が考えられる。「風景画」の起源も、「風俗画」につながる細部も、広義の「歴史画」の中に、そのプロトタイプが存在している。
肖像画とその形式
肖像画は形式や型が全面に現れやすい絵画:
ー 人数(単身像、二重肖像、集団肖像)
ー 向き、部位、ポーズ(正面、側面、四分の三正面)、背景と状況設定
ー 写実性と理想化のバランス、権威の視覚化
15世紀の南北ヨーロッパ(イタリアとフランドル)で、肖像画の絵画形式は熟成した。南(イタリア)の代表例がピサネッロ、北(フランドル)の代表例がロヒール・ファン・デル・ウェイデン。
《モナ・リザ》をめぐるポイント
16世紀初め、フランドルの肖像画形式がイタリアに浸透してきた流れの延長線上にあるが、典型的な四分の三正面像であるが、表現は洗練され、精緻になっている。《モナ・リザ》をめぐる「まなざしのポイント」は、以下の5点。<三浦(2001)p173>
身体の捻り:斜め前方を向きつつも、顔と腕は人物にとって左方向へ、しかしその間の胸は右方向へと交互に微妙に捻った形となり、身体全体にさりげなく流動感が付与されている。
卓越した油彩表現:薄塗りを重ねるグレーズ技法で細やかな色の濃淡を出し、輪郭線をスフマート効果で自然な丸みや立体感を与えることで、思わず畏怖を覚えるほどのリアルな存在感が表出されている。
モデルが誰かという点は、最終的にはさほど重要ではない。顔の表情も全体の印象も曖昧な人物を描くことには何か特別な意図があり、微笑の意味(笑いか、皮肉な笑みか、誘いか、それとも突き放しか)も、両義性、多義性を許容する人物像からは、その真実は判別がつかない。
背景に広がる風景に人物と拮抗する重さを与えていることも特異。左右別々の荒涼たる山岳や湖、河川や橋などが見える不思議な風景は、大自然の動きを探るようで、自然科学者の姿勢が想起される。
出発点は肖像画であっても、やがてその枠を超え、マクロコスモス(大宇宙)としての自然とミクロコスモス(小宇宙)としての人間に関する、レオナルドの思想を表明する作品に変貌し、普遍的な人間像を志向した。
肖像画の黄金時代
16~17世紀は肖像画の黄金時代。王族貴族や高位聖職者は当代一流の画家たちに肖像画を描かせ、裕福な市民階級もこぞって肖像画を注文した。
国王の権威の示し方
ティツィアーノ《カール5世騎馬像》1548年頃、プラド美術館 ルーベンス、ヴァン・ダイク、ベラスケスらの騎馬肖像画のプロトタイプ
ヴァン・ダイク《狩場のチャールズ1世》1635年頃、ルーヴル美術館 構図の中心にあらずとも、空と海辺に浮かび上がるさりげなく洗練された姿
高位聖職者の真実の表明
見立て肖像画(ギリシア神話の神々に扮した含意)
自画像:画家の自負と様々な表象
集団肖像画:17世紀オランダとスペイン


レンブラント「夜警」1642年、アムステルダム国立美術館 大いなる逸脱
ベラスケス「ラス・メニーナス」1656年、プラド美術館 王室の栄光を記録する肖像画
7. 風景画

風景画の成立
なぜ、17世紀オランダで「付随的なジャンル」が隆盛したか?
プロテスタントが主流を占めたオランダでは、教会での礼拝用の聖像が禁止されたため、伝統的な「宗教画」が衰退
新たな芸術の担い手となった市民階級が、読解に教養を必要とする「神話画」や「寓意画」よりも、易しく親しみやすい「風景画」、「風俗画」、「静物画」などを好んだ
風景画の先駆け:「歴史画」の構成要素としての背景
確実に実景とみなされる風景の絵画の先例:
「世界風景画」眼下の空間を一望の下に収めるパノラマ風のビジョン
世界風景画:初期フランドル風景画の頂点
異なる季節を描いたブリューゲルの大風景画6連作《雪中の狩人(冬)、暗い日(早春)、干し草の収穫(夏)、穀物の収穫(秋)、牛群の帰り(晩秋)、羊の毛刈り(紛失)》
ピーテル・ブリューゲル(子)「雪中の狩人」17世紀、東京富士美術館 父ブリューゲルの模作
古典的風景画
ニコラ・プッサン《フォキオンの埋葬》1648年、プリマス伯爵コレクション(オークリー・パーク) 古典的風景画(人物よりも、理想化された風景が主体)
オランダの風景画家たち

動きやドラマ性よりも、静けさや落ち着きの方が印象づけられるのはなぜでしょうか。また、光の強さに応じて屋根の色を赤から黄色へと変化させる様子や、計算された筆触を細部描写にわずかに残すところなどは、カメラを思わせる画家のまなざしの精度の高さを物語っていますが、そうして把握される現実の「瞬間」が、時間を超えた「永遠」と化すように見えてしまうのはなぜでしょうか。おそらく1つの大きな理由は、垂直方向や前後の方向に1つだけ突出するモチーフが皆無で、雲の形態も、建物の並びも、運河の水面も、手前の地面も、すべてが水平方向の穏やかな造形のリズムに従っていることにあると思われます(そのために フェルメールは、現実の風景を横に引き伸ばすよう「修正」することも辞さなかったようです)。その結果、私たちの視線はある距離を置いて、画中のあらゆ る部分に同等に惹きつけられ、と同時にすべては緩やかな時の流れに永続的に服している、この瞬間は無限に繰り返されるという印象が、朝の澄んだ空気を通して眼にまざまざと焼きつけられる。
クロード・ロラン《シバの女王の乗船のある風景》1648年、ナショナル・ギャラリー(ロンドン) 古典的な主題、理想化された風景画
ヤーコプ・ファン・ライスダール《ヴェイク・ペイ・デュールステーデの 風車》1670年頃、アムステルダム国立美術館 現実の風景を再構成
18世紀の展開
プッサンやクロード・ロラン、オランダ風景画家の古典的風景画様式は、17~18世紀を通じて欧州の各地へと広く伝播した。


フラゴナール《サン=クルーの祭り》は、フランスの縁日のにぎわいを主題とした作品ですが、主役は風景でありさらに進んだ境地を示しています。前景を樹木で枠取るのは古典的とも言うべき手法ですが、左端の木々の枝が光を浴びながら風になびくさまが、新鮮で鋭いアクセント となって画面を引き締めます。前景から後景に向かって描写の密度と濃淡を段階的に調節しているため、中央奥で吹き上げる噴水も霞んで見えるばかり、そして、緑色と黄金色を主調とする色合いは無限のヴァリエーションを奏でているようです。18世紀の風景画でこれほど奥深く豊かな空間を展開して見せた作品は、おそらくほかには見当たらないでしょう。
8. 風俗画

雑多なジャンル
18世紀以前に「ジャンル」「ジャンル画」などと言ったときには、実は当時価値が低いとされていた風景、風俗、静物等々のマイナーな画題を描いた作品の総称であった。その中から風景画、静物画、あるいは動物画などが類概念として確立していくと、残ったのは日常生活の諸場面を描いた雑多な主題だった。
19世紀になって、それらをまとめて「風俗画」と呼ぶようになった歴史的経緯があり、風俗画はその成り立ちからしてその他大勢のジャンルであった。
いわゆる風俗的な主題はすでに17世紀以降、1個の絵画分野として独立しうるほど多数制作されていた。ただし、その当時には日常生活の表象としての「風俗画」という大きな概念と名称は存在せず、「愉快な仲間たち」「居酒屋」「家」「農民」「老人」といった類型的な画題、テーマが流布していたに過ぎない。
18世紀以前の絵画に対して「風俗画」という言葉を用いるのは、あくまでも現時点において歴史を説明するための便宜上のもの。<三浦(2001)p214>
17世紀オランダ
現在フェルメールの真筆と認められている作品の中でもっとも小さなサイズの絵で、この画家にしては珍しく労働する女性をテーマに選んでいます。しかし、この絵の眼目もまた単なる風俗の再現にはありません。フェルメールは手先に神経を集中している ―――牛乳を注いだり、金貨を量ったりしている――女性像を好んで取り上げていますが、この場合もレース編みという、指先に細やかな精神の集中を必要とする仕事にたずさわる人物を描いています。そして、ダウやテル・ ボルフのように対象物を細緻に描写するのではなく、全体に少しぼかしをかけた柔らかなマチエールを整え、そこに視覚効果を1つ1つ確かめるように絵の具を置いていくのです。

フェルメールはこの作品で、最少の手段で目的を達成するという難問を自らに課したのではないでしょうか。ほぼ全身像に近い側面視の女性がいる室内を舞台に、天井も床も窓も挿入することなく、奥行きのある空間をどのように表したらよいのか、人物、家具、地図などのモチーフをうまく重ね合わせることによって(右手前の椅子が効いています)、そして光に対応する色の変化とその対比の効果によって、というのがその答えです。さらには、黒と白を除けば青と茶と黄だけという極端に少ない色数を用いて、どうやって豊かな色彩表現を獲得できるのかという課題、青系統と茶系統の2つの主要な色調に、明暗と濃淡のヴァリエーションを与えて響き合わせることによって、というのがその答えです。中でも、茶系の地図に重ねて茶系の頭部を描くという、1つ間違えば絵を台無しにしかねない大胆な試みは、フェルメール以外の画家が決して成しえなかった力業でしょう。その結果はと言えば、女性の内心の親密な世界が地図によって守られているような、手の中にあって地図の内と外にまたがる手紙も彼女の内界と外界の橋渡しになっているような、卓抜な印象をもたらしています。このように微妙ですが決定的な工夫や配慮の充実した総体が、柔らかな光に満ちあふれたあまりにも自然に見える室内空間と、自らの心に沈潜する瞬間が永遠に凝固したかのような女性像を生んだのです。

ロココ時代の風俗画

アトリエと工房、組合とアカデミー
9. 静物画

ヨーロッパ各国語で「動かざる生命(stilleven, 蘭 | still life, 英)」あるいは「死んだ自然(nature morte, 仏 | natura morta, 伊)」などと呼ばれるこのジャンルは、死んだ生物や生命のない器物などを画題とする。
とりわけ食物(狩りの獲物、果物、野菜、海産物、加工食品)、植物(特に切り花)、器物(食器、楽器、書物、道具)等々、人間の日常生活に密着した物が対象となり、それゆえ静物画の背景は必然的に室内が大勢を占める。
中には、市場や台所の場面で商人や召使いが登場したり、狩りの獲物の傍らに猟犬がいたり、草花と一緒に昆虫が描かれたりすることもあり、風俗画、動物画、風景画などの境界線に位置するジャンルとも言える。
静物モチーフもまた歴史画の一要素として出現した。宗教画の周縁的な部分や裏面に、静物だけが独立して描かれる例も存在する。いずれにせよ、キリスト教にまつわる寓意的、象徴的な意味の連関の中で描かれた物であることに変わりない。
16世紀半ばになると、宗教画でありながら物語場面を背景に小さく挿入し、付随的な静物モチーフの方を前景に大きく描く作品も登場し、俗なる世界が聖なる世界と通底しながらも、静物画という絵画ジャンルとして次第に独立していく一階梯がうかがえる。<三浦(2001)p238>
食物の表象
ヴァニタスと五感の寓意
「ヴァニタス(vanitas)」は、西洋の静物画を理解する上で鍵となる概念のひとつ。「生のはかなさ」「現世の虚しさ」を意味する言葉で、時の経過 とともに生命が失われ、物が朽ち果てることの不可避性を示す。教訓的、宗教的な文脈では、この世の栄華、富、知識、快楽などの虚しさを意味する。日本風に端的に言えば「諸行無常」。「ゆく河の 流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」で始まる鴨長明の「方丈記」に表明された、人生の無常観にほぼ近い。
ヴァニタスをもっともよく体現するアトリビュートは頭蓋骨で、「メメント・ モリ(memento mori)」、つまり「死を想え」という中世以来の教訓を明示するためによく登場する。人間の宿命としての死を忘れてはならないという教えを、髑髏が象徴する。それ以外のモチーフとしては、時の経過や有限の生命を表す懐中時計、ろうそく、砂時計、生命のはかなさや束の間の若さを表すシャボン玉(すぐに破裂)、喫煙具(消え去る煙)、花(すぐに萎れる)、倒れた器、さらにこの世の栄華、財産、感覚的な快楽を表す王冠や宝石、財布や硬貨、楽器や楽譜などがある。<三浦(2001)p243>
だまし絵とマチェール
本物そっくりの描写によって知覚を混乱させたり、認識を揺さぶったりする効果の追求は、「だまし絵 (Trompe-l'œil トロンプルイユ)」と呼ばれる分野を成立させた。迫真的な写実表現の例としては、レンブラントの弟子ホーホストラーテンが、驚くべきテクニックを 披露している。状差しにはさまれているのは、櫛やひげそり用具からはさみや小冊子まで、ある人物が日常使う私的な品々。この人物が画家その人であることは、吊されている皇帝フェルナンド3世の肖像メダル(ホーホストラーテンがウィーンで皇帝自身からもらったもの)から想像できる。自己顕示の意味合いが強い、ほとんど自画像と言ってよい性格を持った静物画。<三浦(2001)p249>
シャルダンの比較的早い時期の作と推定される《煙草入れ(パイプと水差し》は、日常生活におけるありふれた品物をモチーフとしている。しかし、それらが何と整然と並んでいることか。蓋を開けて斜めに置 いた煙草入れをかなめにして、高低に変化をつけたいくつかの容器を一定の間隔で並べ、長短2本のバイブを対角線状に足していくと、実に調和と均衡のとれたピラミッド型の構図に収まっている。
敢えて言えば、これは歴史画の人物配置と大差のない優れた構成感覚。静物 画家とはいえ、風俗画家の場合と同じように、低い地位の静物画家だからこそ、歴史画を意識しながら制作していた18世紀フランスの画家たちを取り巻く状況が推量できる。また、左のパイプの先は火がついて、煙が上がっていいる。これもまたヴァニタスか。シャルダンは決して対象を精緻に描写することはない。柔らかな光の中に少ない色数で、物たちを静かに浮かび上がらせる。筆触はあくまでも軽く、場所によっては少しざらついたようなマチエールを残しながら。<三浦(2001)p252>
終章
一枚の絵を複数の異なるレベルでとらえること
物質的なレベル:画材や技法の別、筆触やマチエールの働き
現実表象のレベル:何が(人間、動物、物、自然など)、どのように(身ぶり、表情、状態、動きなど)表されているのか
造形的なレベル:構図、空間、平面、明暗、色彩など の機能
主題のレベル:伝統的なテクスト(歴史画)や現実そのもの(肖像画、風景画など)
意味のレベル:必ずしも明示されていない象徵的、寓意的、文化的、社会的等々のテーマの探究
西洋絵画を成立させているもの
署名:絵の中にありながら絵の内容とは次元を異にするこの文字は、「私が描いたのだ」という画家の自己表明。署名はルネサンス期に大きく展開した自画像の歴史とも連動し、職人から芸術家へ地位の向上を図る画家たちの自負とも関連している。
画家自身の視点から世界を把握し、表象するために案出されたのが、1点透視型の遠近法。このタイプの空間表現が成立するためには、現実との間に境界線を引いて人為的に世界を再構築する必要があり、その枠取りの役目を果たしているのが額縁。絵画の単なる飾りと見なされがちな額縁は、脇役とはいえルネサンス以降の絵画空間を存立させるために必須のファクター。
題名:現在、画集のキャプションや美術館のラベルに見られる絵のタイトルが、制作者が命名して今日まで至ったと考えるのは大いなる誤解。当初は題名など必要なく、せいぜい主題を示唆する言葉や記述くらいが残っていたのが、後世になって類似作品と区別したり、複製版画にされたり、コレクションの目録が作られたり、さらには美術館が作品を登録したりするときなどに、題名が定着していった。受容者の方が美術作品として認知するときに、むしろ題名の必要が生じた。画家自身が命名するのは、展覧会という制度が出現した17世紀後半以降の話。
作品を規定する言葉の重要性
絵画をめぐる言葉の存在、とりわけ世評の機能は重要です。ある作品に関する現在の了解は、 言葉を通した解釈の積み重ねから成っているといっても過言ではありません。このほか、画家の制作活動を規定する組合やアカデミーのような制度の存在も無視できない縛りでしょう。要するに、イメージ以外のものが取り巻いてイメージを存立させていた歴史を、きちんと認識してほしいのです、その上で、あなたが今まさに自分の眼で絵を見る自由を行使して下さい。最終的には、その方がずっと面白く絵とつき合えますから。 もとより西洋絵画の歴史は決して一枚岩ではありません。その造形文法に関しては、地域的な状況の違いもあります。しかし、やはり忘れてはならないことは、「歴史画」中心の価値観が19世紀まで本質的に揺らぐことはなかったという事実です。ルネサンス以降近代以前の西洋絵画史は、高貴なテクストをいかに適正なイメージに転換するか、文字言語をいかに視覚言語に変移させるかという大問題を中心に展開しました。そして、与えられた主題をいかに現実的な場面として構成し(現実を写すのではなく)、説得性を持たせるかという要請にしたがって、空間表現や人物表現に関する様々な工夫が進展し、造形的な技法が洗練されていったのです。そうしたプロセスの中で、歴史状況の変化とともに付随的なジャンルの独立もありました。そして、変化を内に含みながらも根本的には堅固なそのシステムが揺れ動き、次第に崩壊への道を歩むのが、19世紀以後の新しい美術状況です。その中から出現するのが、新たな価値観に則って制作された「近現代絵画」にほかなりません。
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