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箱の中に夏が映った|ピンホールカメラをつくった夏休み

夏休みは、小学生のころがいちばんよかったかなあ。

社会人になってからの夏休みにも、楽しかった思い出はたくさんあります。もちろん、大人になってからでなければ味わえなかった時間もありました。それでも「夏休み」という言葉から浮かんでくるのは、小学生だったころです。

なぜ、あのころの夏休みは、あれほど楽しかったのでしょう。

今になって考えてみると、損か得か、あとで役に立つか、うまくできるか。そんなことはいっさい考えずに、行動していた。これが欲しい。あれを食べたい。あそこへ行ってみたい。そのとき心が動いたものを、そのまま口にしていました。そして、それを口にすることは許されていた。

もちろん、親に頼んでも、何だかんだで断られることの方が多かった(笑)。それでも、欲しいと思っても最初からあきらめたり、行きたい気持ちを飲み込んだりはしませんでした。少なくとも、あのころの私は、今よりも自分の「やってみたい」に正直でした。

小学校5、6年生のころ、市の広報で「夏休みイベント特集」を見つけました。子ども向けの体験学習施設で開かれる、「工作クラブ」と「電子クラブ」の案内です。

その二つの言葉を見たとき、私はすぐに参加してみたくなりました。当時、学研の「マイキット」という電子工作の玩具を買ってもらい、部品をつないでは遊んでいたからでしょう。「工作」と「電子」という文字だけで、広報のそのページから目が離せなくなったのです。ついその前までは、公園の草むらでカエルやバッタを一日中追いかけていたのに。

どちらのクラブだったのかは、もう覚えていません。講座の名前も、「ピンホールカメラをつくろう」のようなものだったと思います。

十数人ほどの子どもたちと一緒に、厚手の画用紙をカッターナイフで切り、箱の形に組み立てました。切ったところへ木工用ボンドを塗り、ずれないように貼り合わせていきます。箱の片方には小さな穴をあけ、反対側には、和紙のような半透明の薄い紙を張りました。

出来上がった箱を手に、みんなで施設の外へ出ました。それぞれが見たい方向へ箱を向け、きちんと像が映るかどうかを確かめます。みんな思い思いに、目の前の景色を切り取っていました。私は施設や広場に箱を向けていました。

私が覚えているのは、薄い紙の上に、外の風景が本当に現れたことです。箱を向けた先の風景が、ちゃんと切り取られている。

決して明るく鮮明な像ではないし、上下も逆さまです。それでも、たった一つの小さな穴から入った景色が、紙で作った箱の中を通って反対側の面に映っている。レンズもないのに、外の世界が箱の内側まで入ってきた。そのことが不思議で、私は何度も箱の向きを変えては、薄い紙に映る景色を眺めていたのです。

箱の中へ景色が現れたときの驚きだけは、今もはっきりと残っています。

立派な作品ができたから、うれしかったのではありません。自分で考え、手を動かし、試しながら作ったものには、うまい、へたでは測れない満足がありました。

広報で見つけた「工作クラブ」と「電子クラブ」という文字に心が動き、自分で箱を作り、外へ持ち出して、映るはずの景色を待った。その一つひとつが、私の「やってみたい」から始まっていました。誰かに役立つと言われたわけでも、上手に作れると分かっていたわけでもありません。ただ、その文字を見たとき、やってみたかったのです。

大人になった私は、何か新しいことを始める前に、いろいろなことを考えてしまう。時間はあるのか。お金をかけるだけの価値があるのか。途中で飽きてしまったらどうするのか。家族はどう思うだろうか。そうしているうちに、最初に動いた気持ちは、いつの間にか小さくなっていく。

もう、この年齢になったのだから、子どものころへ戻ってもよいのかもしれません。もっと、わがままになっていいんじゃないかと。

もちろん、今から小学生に戻れるわけではありません。あの夏休みも、市の広報も、同じ姿でやってくることはありません。それでも、うまくできるかどうかを考える前に「やってみたい」と、あの箱へ手を伸ばした自分なら、今もどこかにいるはずです。

小さな穴の向こうには、あの夏と変わらない外の景色が広がっています。

今度は、何が映るのでしょう。



シロクマ文芸部さんのこちらのお題に参加させて頂きました