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すべては距離感である(12) 距離はひとつではない

萩庭桂太さんからの宿題

写真撮影における「距離感」について考え始めたのは、師匠・渡部さとるさんと、写真家・萩庭桂太さんと出会ってからでした。

渡部さんはフィルムカメラの時代からM型ライカを愛用しています。萩庭さんは、国内のほぼすべてのメジャー雑誌の表紙を手がけておられる巨匠ですが、M型ライカを二台下げてふらりと現場に現れ、誰も撮れないような素晴らしい写真を残し、颯爽と帰っていかれるそうです。

出会ってすぐ、渡部さんはこうおっしゃいました。

「写真は、距離感が大事。はじめはズームレンズを使わず、標準レンズで自分の足で動き、被写体との距離を掴む。そのうち、自分にとってベストな距離が見えてくる」

萩庭さんは、こうおっしゃいました。

「距離感しかないよ。俺は『M型ライカ』だから使っているわけじゃない。実用性の高いレンジファインダー(距離計)カメラが、
M型ライカだから使っているんだ」

この連載で紹介してきた、

「自分の足で動いて被写体との距離を決める」
「ミラーレスカメラやスマホは液晶画面を通してしか被写体を見ていない。しっかりと被写体を見て記憶して撮ることが大切だ」

といった考え方は、お二人から学んだことです。

先日、萩庭さんから「宿題」を頂きました。

日本語では距離だけど、実はその距離にはディスタンスとレングスとレンジの3つがあって、それぞれでニュアンスが異なります。
それらの考察も面白いと思いますよ。


萩庭さんは、写真の達人であるとともに、言葉の達人でもあります。

「Teke(カメラを使う)」か「Shoot(射る)」か」
「Photo(Photon=光) graph(描く)」
「AI写真ではない。Promptgraph(プロンプトで描く画像)」

といった、言葉を通した問題提起に、いつも眉間を開かされます。

カメラを使って絵画を描いていた時から、Takeという言葉は使われていたそうです。
フェルメールをはじめ、画家たちは「カメラ・オブスクラ」という、ピンホールから入ってきた画を壁に投射し、トレース(Take)していた。レンジファインダーによる撮影は「Take a Picture」ではなく「Photo Shooting」であるという萩庭さんの提言は、YouTubeチャンネル「2B Channel」で大きな話題となりました。

話題となった2B Channel 萩庭桂太さん出演回

なるほど、「距離」と言っても、いくつもの意味がある。
そもそも「距離」と「距離感」は、どう違うのか。

「ディスタンス」と「レングス」、「レンジ」について考えてみることにしました。

「ディスタンス」「レングス」「レンジ」各々の意味

辞書を紐解くと「ディスタンス」「レングス」「レンジ」には、次のような意味があるようです。

ディスタンス(Distance)=「距離」「道のり」「感覚」
レングス(Length)=「長さ」「丈」「(2点間の)距離」
レンジ(Range)=「範囲」「領域」「射程」

文化的・歴史的背景によって、言葉の意味は異なります。「距離」という言葉の持つ別な意味を考えることで、萩庭さんは「すべては距離感であると単純な理屈に落とし込むのは危険だよ」と仰ってくれているのだと理解しました。

M型ライカの「M」は、ドイツ語の「Messsucher(Meßsucher)」のMであり、英語では「Rangefinder=距離計を意味)を意味します。専門的なことは省略しますが、なぜM型ライカが「レンジファインダー(距離計)カメラ」なのかという点のみ、整理しておきましょう。

M型ライカのカメラボディには、ふたつの窓が搭載されています。

M型ライカ(ライカM10-P)

向かって右側の窓が、撮影者がカメラを構えてのぞく「ファインダー(覗き窓)」。
左側の小さな窓から入ってくるもうひとつの「像」が、本体内のプリズムを通して合成され、ふたつの窓から入ってきた像の「ズレ」を重ね合わせる動きとレンズの駆動が連動し「この位置だったらフォーカスが合う」というポイントを、撮影者が把握できるようになっています。

YouTubeで別格の情報を発信し続けている「カメラ部TV」の二重像合致方式のレンジファインダーカメラの仕組み

今回の宿題、まずは、「レンジファインダー」という言葉に最も近い「レンジ(Range)」から考えてみる必要がありそうです。

「レンジ(Range)」とは

レンジ(Ranve)には、《範囲、幅、限界、領域、射程》といった意味があります。
A地点からB地点までの直線的な距離というよりは、「数値や分野」も含む物理的ではない範囲も含め、撮影者と被写体の間の範囲を示す言葉と言えそうです。
被写体を見つけ、足を止め、被写体との距離を測ってカメラを構える。光学ファインダーの向こうには、被写体とは別に、背景が広がっている。
「レンジを測る」というのは、自分が立っている場所から被写体との間に広がる円──「範囲や領域」を考えるようなニュアンスに近いのではないでしょうか。

「レンジ」にはもうひとつ「射程」という意味があります。
「射程」という言葉から想起されるのはやはり、銃やライフルで標的を「射つ」というイメージなのではないでしょうか。
光学ファインダーを覗いて対象を撮るレンジファインダーカメラと、スコープで標的を確認する射撃には共通点がある。標的だけではなく、周辺の状況や風向き等も射程に入れて、射つべき(撮るべき)瞬間を見据える。

「レンジ(Range)」とは、撮影者と被写体との間の、少し広い範囲や領域を見渡す「距離感」なのではないか。

レングス(Length)」とは

レングス(Length)には、長さや丈、A地点からB地点までの長さといった、物理的な長さという意味があります。
パンツの裾の長さも「レングス」ですし、数十メートル、数百キロある川などの長さを表現する時も「レングス」が使われている。
レングスという言葉は直線的で、点と点がつながっている。その周囲は環境に関してはあまりイメージが広がらない。
カメラを構え、被写体を見つめる。最短撮影距離である0.7mから、5mくらいまでは「レングス=長さ」として認識される気がするのですが、10m以上から無限遠までの距離は「レングス」よりも「レンジ」の方がしっくりくる気がします。もしくは、手を伸ばして届くくらいの範囲が「レングス」なのかみしれません。
距離が離れると、見えてくるものが広がってゆき、徐々に「レンジ」が広がってゆく。

レングスとは、撮影者が撮りたいと考える被写体を、ある程度近くで見つめている時の直線的な距離であるようです。

ディスタンス(Distance)とは

ディスタンス(Distance)は、レングスよりももう少し広いイメージを内包しているように感じます。
レンジが、点と点がつながっているのに対し、点と点の間の広さを示している。
レングスでも、数百キロといった距離を示す場合がありますが、ディスタンスには「道のり」や「隔たり」といった意味があり、旅や心の距離のようなものも含まれるようです。
レンジやレングスで、恋人同士の距離を表現するとだいぶ冷たく感じますが「ディスタンス」という言葉には、どこかロマンチックな響きがある。

撮影行為に至る前の、どこか「旅」を感じさせる、被写体を探す道程のような意味が「ディスタンス」という言葉には含まれているのではないでしょうか。

リチャード・リンクレイター監督の「ビフォア〜」シリーズは、男女の距離感を考える上で大変示唆に富んだ傑作です。

「レングス」は近距離、「レンジ」は中・長距離、「ディスタンス」は被写体を探す旅

さすが萩庭さん。
「すべては距離感である」という本連載に対して「もっと多角的な視点で物事=被写体を見よ」という示唆を与えてくれようとしているのだと感じました。

ひと言で「距離」と言っても、様々な距離がある。「距離感」とは、物理的な距離を越え、カメラを手に被写体と向き合う撮影者の感覚的なものを指しているのだということに、改めて考えさせられました。

「距離感」とはつまるところ、撮影者が世界をどう見つめ、どう動き、被写体を見つけたあとうにどう向き合うか……という心と身体のありよう全体のことを示している。「距離、距離」と分かった気にならず、距離という言葉の持つ様々な意味を理解し、考えながら撮ることが「距離感を測って撮る」という撮影行為の総体なのです。

最後に、萩庭さんの「宿題」に対する私なりの答えを、下記に記したいと思います。

まず「ディスタンス」「レングス」「レンジ」のどれかが正解ということはありえません。

よく、こう聞かれます。

「絞りはどうしてますか? 何mが適正な距離ですか? シャッタースピードはいくつにしていますか?」

思わず、こう答えたくなります。

「答えなんてあるわけないじゃないか」━━と。

世の中には「これが答えだ」という情報が溢れていますが、何ひとつとして、答えなどあるわけがない。
「距離」ではなく「距離感」であるということの意味は、その瞬間に必要なことを、経験とセンスと技術を駆使して感じることでしか得られない写真があるということを自覚するということに他なりません。

「レングス」は、最短撮影距離である0.7m〜5mくらいまでの、点と点のつながった物理的な距離。
レンズのヘリコイドに刻まれた距離計と被写体との物理的距離を身体に染み込ませ、正確な「レングス(起点から終点までの距離)」を身につけること。

「レンジ」は、被写体との距離を中心に、その周りに広がる円状の世界観全体を見渡すこと。「レングス」がフォーカスに集中する感覚であるのに対し、レンジはフレーミングを含む「何を撮るか」という意識全体を内包している。
レンジファインダーカメラという名称が、やはりしっくりくる。

「ディスタンス」は、撮影者の心と身体のありようそのもの。自らの足で動いて被写体と向き合い、ストリートスナップや旅を通して、まだ見ぬ被写体と出会うこと。
撮影距離は「Shooting Distance」と訳されるので、これから撮ろうとする被写体までの距離を測るという感覚にも使われる。

自分の足で歩き、旅をしながら(ディスタンス)被写体を探し、撮るべき被写体を見つけたら何を撮るかを考え(レンジ)、しっかりとフォースを合わせる(レングス)。

「距離感」とは、これらすべの「距離」を内包した、撮影者の持つべき身体的・精神的感覚のことである。

それが「すべては距離感である」という教えの本質なのではないでしょうか。

萩庭さんからの返信

以上の原稿を、更新前に萩庭さんにお送りし、下記の返信を頂きました。

ディスタンスは敵国の意味があるそうです。それは逆にお互いの立場立ち位置のスタンスが異なるディ(Dis)であるという意味だそうです。それは良い意味でお互いを尊重しているということだと僕は思います。
焦点距離と撮影距離はまったく違う。
距離について認識が曖昧な発言が増えてきたからこそ、しっかり考えてゆくべきですね。

萩庭桂太さん。
深く、示唆に富んだ宿題を、ありがとうございました。

ライカのイベントにて 萩庭桂太さん



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