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わたしのおかあさんは世界一びじん | 四十路手前の親離れ

私にとっての「母」

私が専業主婦であることに居心地の悪さを感じるのは、
母がフルタイムの正社員として働いていたことと無関係ではない。

子どもにとって母親というのは「世界一の美人」。
私も例外ではなかった。

朝、スーツを着てストッキングを履き、メイクをする母を
ベッドの中から眺めているのが好きだった。

かっこよくて、美しくて、優しくて。
あれこれと指図する人ではなかったからこそ、
私の中で母への憧れはますます強くなっていった。

働く母の姿

母は専門学校を卒業後、大学職員として定年まで勤め上げた。
仕事の後は必ずジムへ行き、1km泳いでから帰宅。
日々のルーティンも身の回りの管理も完璧で、
まさに「働く女性」の見本のような人だった。

私は、当然のように「将来はこうなるんだ」と信じていた。

それでも現実は違った

けれど現実は違った。
新卒で入社したのはワンマンのブラック企業。
結婚・出産を経て、自宅でライターの仕事を細々と続けながら、
実質は専業主婦のような日々を送っていた。

子どもと向き合い、必死に日々を乗り切るうちに、
私の肩書きはいつの間にか「ママ」だけになっていた。

何も足りないものはない。
家族で穏やかに暮らしているのに、
どこか焦りを感じていたのは、
心の奥に「母のようになりたい」という憧れが残っていたからだ。

憧れと違和感のあいだで

授業参観にはいつもスーツ姿で、
きちんとお化粧をして来てくれた母。
その姿を誇らしく思っていた。

一人っ子だった私に、欲しいものは大抵なんでも買ってくれた。
それでも、母はどこか手の届かない存在だった。

私も母みたいになりたい。
どうして私は母みたいじゃないんだろう?

そんな気持ちに、長いあいだ支配されていた。

ようやく見えた「違っていい」という場所

でも最近になって、ようやく折り合いがついた。

私は母ではないし、
時代も、環境も、結婚相手も違う。

完璧に見えた母にも、不器用なところがたくさんあったと
ようやく気づけるようになった。

それでも、私の中の母は
今でも美しく、完璧で、大好きな人だ。

私はあの憧れた母にはなれないけれど、
私の子どもたちをしっかり支えて育てていこう。

40を目前にして

ようやく、心の中で小さくつぶやける。

ありがとう、お母さん。
そして、さようなら。

40を目前にして、ようやくの親離れ。

👆迷子の子に「お母さんは?」と尋ねたら「わたしのおかあさんは世界一びじん」と答えたもんだから…🫢
図書館にもあると思うのでぜひ一度は読んでみて欲しい。


※本記事にはAmazonアソシエイツリンクが含まれます

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