あの日、460グラムだった僕へ
あの日、僕は泣いていた…らしい。
母の両手にすっぽり納まるほどの大きさだった僕。
その小さすぎる身体には、
世界は大きく見え過ぎていたのかもね。
(いまや、見る影もないくらい太っt…大きくなったのは、良いのか悪いのか(笑))
僕が産まれてから、僕の身体には絶え間なく、いろいろなものが注ぎ込まれた。
酸素
点滴
薬
食べ物
飲み物
言葉
愛情
おせっかい
怒号
ぬくもり
痛み
期待
信頼
などなど。
…何が効いたのかは分からないが、
おかけで僕はここまで生きてこられた。
多少、注がれ過ぎたものもあったかもしれないが。(笑)
たくさん注がれて満たされた僕には、
やらなければならないことがある。
それは、
次の誰かに、たくさん注ぐことだ
別に子どもに限らない。
(孫はまだ、見せられそうにはないが。(笑))
僕が注げる人に。
僕が注ぐのを待っている人に。
僕の注ぎを必要としている人に。
僕なりに。
僕らしく。
僕だからこそ。
これから出会う誰かを、
満たしてあげられるように。
満たして満たして、溢れさせられるように。
そしてまた、満たされた誰かが、
次の人に注ぎ込めるように。
きっと、僕が産まれてきた意味は。
そんなところにあるのだろう。
あの日、460グラムだった僕へ。
産まれてきてくれて。
ありがとう。
28回目の誕生日に添えて。
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