根拠のない自信ほど怖いものはない
長女がスイミングスクールのテストに合格した。
3回目の挑戦だった。
月に1回しかないテストだ。つまり、ここまで3ヶ月かかった。毎週プールに通って、顔をつけて、息継ぎを練習して、泣きそうになりながら続けた3ヶ月だ。
それは素直に、すごいと思った。
問題は、合格の直後に始まった。
「絶対合格するから」は、免責事項ではなかった
2回目のテストに挑戦する前、娘が言った。
「絶対合格するから、Switchのソフト買って」
絶対、と言った。根拠は本人の自信だけだった。
でもその目があまりにも真剣だったので、買った。合格する前に、買った。「絶対って言ってるし」という謎の理由で、結果が出る前にご褒美を渡した。これが最初のミスだった。
テストの結果は、不合格だった。
ソフトはすでに娘の手の中にあった。返却の話は、なぜか出なかった。「絶対」の定義について、娘に聞けなかった私が悪い。
3回目のテストに向けて、私は何も言わなかった。
娘も何も言わなかった。
なぜなら、すでにご褒美は渡してある。Switchのソフトは娘の手の中にある。その前提を、お互い理解していた。そのはずだった。
そして3回目、合格した。
プールから上がってきた娘の顔は、今まで見たことがないくらい嬉しそうだった。3ヶ月分の努力が、あの顔に全部詰まっていた。
思わず、ぎゅっと抱きしめた。
その15分後に、請求書が届いた。
娘の請求には、根拠があった
「ご褒美ちょうだい」
「え、Switchのソフト買ったじゃん」
「あれは2回目のテストの前に買ったやつ。今回のご褒美じゃない」
会計処理が、テスト回数で分けられていた。
私は反論した。
「でも不合格だったじゃん」
娘は動じなかった。
「3回も頑張ったんだよ?」
そこで私は気づいた。娘の論理の中では、不合格になった2回は「失敗」ではなく「努力の実績」としてカウントされていた。
スイミングのテストは合格しても不合格でも月に1回必ずある。つまり娘は何も特別なことをしていない。毎月通っているだけだ。
その通常営業を、3回分の努力として請求してきた。
私には反論できなかった。
娘から学んだこと
管理職として、交渉の場面は多い。
予算を取りに行く。上司を説得する。チームを動かす。そのたびに言葉を選んで、タイミングを計って、それでも思い通りにいかないことがある。
娘はそれを、5分でやった。
嘘偽りのない眼で、私の目を見つめ、
簡潔に主張を述べる、恩着せがましくしない。
笑顔を崩さない。
全部合ってる。教科書に載ってるやつだ。
そして最後に気づいた。娘の最大の武器は、交渉術でも笑顔でもなかった。
根拠のない自信だった。
「絶対合格する」と言い切れる人間に、大人は勝てない。なぜなら、その自信が本物かどうか、確かめる方法がないから。
娘が通っているのはスイミングスクールだが、交渉術も同時に習得していたらしい。
授業料は、私が払っている。
次回、「また来月テストがある、という事実に気づいた話」に続く。かもしれない。
