青山正明という人間-マネキンシステムから紐解く-
青山 正明(あおやま まさあき、1960年6月27日 - 2001年6月17日)は、日本の編集者、ライター。東京公司代表。鬼畜系ムック『危ない1号』初代編集長。本名は大塚 雅美(おおつか まさみ)。
プロフィールはwikiより。
まずはこの人物、元来のギフテッドだったのではないだろうか?
勉強は全くしなかったが、幼少期より神童ぶりを発揮し、九九の計算を25秒で言える少年として学校中で有名となる。通信簿の成績は常にオール5であった。中学時代の統一模試では2年連続で県内1位を獲得する。
この記述を見るかぎり、かなりIQが高かったようだ。
その結果、社会がつまらなくなったんじゃないかな?
高杉弾の伝説的自販機本『Jam』『HEAVEN』に大いなるショックを受け、1981年4月、慶應義塾大学法学部在学中に慶應義塾大学と専修大学の学生4人でキャンパスマガジン『突然変異』(突然変異社を出版。
このキャンパスマガジンというのが調べてもよく分からないが、大学生が作る同人誌のようなものだろうか?
椎名誠に名指しで批判されて廃刊に追い込まれる、これは初期から強い存在感があったことを示している。
日常がつまらなくなり、アングラにハマった。そこには強い刺激と快楽があったのかもしれない。
しかし、ブームと重なり有名になったことが彼のマネキンを大きく成長することになるが、同時に本体を殺してしまった。
アングラはブームになってしまっては『アングラ』では無くなってしまう。これはあまり指摘されないことだろうが、注目を浴びてはいけないのだ。それは自らの否定になってしまう。
アングラの有名人も自らは言えない。その批評をしている人も言及しない。これはアングラのアイデンティティを壊してしまうからだ。
そのような中でも編集者として注目され、活動を『余儀なく』されてしまったのではないか。
虚構のビジネスに取り込まれてしまった青山氏は苦しんでいたと言えるだろう。
注目を浴びて承認されることが自らの否定になるというパラドックスを実感していたのだ。
実験や興味、やりきれない思いからの大麻や薬に手を出す。それは出版のためというお題目がありながらも自らの為だったのかもしれない。
マネキンと自らの精神との乖離をドラッグで埋めることは、破滅へのエナジードリンク注入と変わらない。
そして、規制との戦いも彼の精神を疲弊させた原因の一つであろう。初期のパッションがあればロックな精神で立ち向かえるが、商業が主になってしまえはそれは生活との戦いだ。そこにロック精神はない。
その後『危ない1号』に端を発した大々的な鬼畜ブームが起こるなか、仕掛人である青山はブーム化して濫造された悪趣味に幻滅することになった。
wikiになるこの記述はまさに青山がブームに対しての忸怩たる思いを持っていたのか読み取れる。
自分が種を蒔いたことで、勝手に粗製濫造される。そこにはアイデンティティの破壊があった。
