同族嫌悪?

この言葉は推し活全盛である現在、同担拒否という形でも現れている。

とあるnoteの記事にコメントを書き込んだ。何やらとある人物について、あーでもない、こーでもないと掘り下げていた。
しかしながら、それは作品や思想からのアプローチであって全く本人を見ていないのだ。

そこで、コメントにて「探しているものはそこでは見つからないですよ。知識人や作品、思想からは限界がありますよ」と書いた。

そうすると、著者は怒り出してしまった。「知識人の論説など欲しくはありません。ここはnoteであり、書いた人間はただ自分が最も納得がいくものを見つけたいのです。そうして、noteはそれは誰にも侵されない場所でもあります。御理解ください。」とのことだ。

これは著者自身、自らの知識のマネキンを誇示するために意地を張ってしまったようだ。
あと、このコメントだと私を知識人だと勘違いしている節もある。ありがたいことだ。
著者は自らの肩書き(元編集者)や本を読みまくっているという自負が崩されるのを恐れてしまった。これはマネキンシステムという概念が更に磨きがかかったと言える成果物となった。
ヒントになれば、と送ったコメントに彼は怒ってnoteは誰にも邪魔されないプラットフォームなのだ!と言ってしまった。それならコメントをオフにしておくのを勧めます。

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