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1円ぽっぽ。小さな船旅、大きな思い出〜広島県 尾道(2025年3月)

尾道三部作。ちょうど上映されていたのは、中学生から高校生にかけての青春時代だった。尾道という地名は映画で知った。行ったことはないが、坂の多い美しい街並みや、狭い瀬戸を走る渡し舟の風情を見てみたいと思っていた。ちなみに、映画は見たことがない(「転校生」はテレビで視聴)。

赤色の線が「福本渡船」。他の色は「おのみち渡し船」

廃止される渡船

尾道の瀬戸の先にある向島。橋が完成した後も「渡船」と呼ばれる渡し舟が運行されてきたが、次第に航路が減少し、2025年3月時点では3航路となっていた(かつては9航路)。現在運航しているのは、「駅前渡し(おのみち渡し船)」「兼吉渡し(おのみち渡し船)」、そして3月いっぱいで廃止される「1円ぽっぽ(福本渡船)」である。

桟橋にいるのが「福本渡船」、手前が今後も残る「おのみち渡し船」

廃止の理由は、施設の老朽化だという。安全に運行できるうちに、135年の歴史に幕を下ろす。鉄道やバスなどの公共交通機関は衰退の一途をたどっているが、船も例外ではない。利用客の減少も、その理由のひとつだろう。

突然思い立って尾道へ

2025年3月最後の週末、突然思い立って西へ向かった。日曜日にゆっくりと福本渡船の名残乗船をするつもりだった。そのため、土曜日は在来線でゆっくりと西へ向かっていた。

なんとか夜になる前に到着

岡山に到着したのはすでに17時。情報を得ようと思い、スマホを見る。そこで、福本渡船が日曜日は運休だと知った。すると、明日は乗れない?! 慌てて新幹線に乗り換え、18時26分に尾道へ到着。最終便が出る20時には間に合った。

宝石箱の中を行く渡し舟


駅から5分ほど歩いたところに乗船場があった。夕方ということもあり、名残乗船客はそれほど多くない。普段とまったく同じではないと思うが、桟橋は比較的落ち着いていた。

向島に向けて出港

職員に案内され、対岸からやってきた両頭船に乗り込む。職員は皆、優しく低姿勢だった。これが鉄道の廃止間近なら殺気立つものだが、船のファンは落ち着いているのだろうか?

あっという間に到着

尾道水道は狭く、まるで川のようだ。所要時間はわずか3分。あっという間に対岸の向島に到着した。ここで運賃60円を現金で支払い、下船した。もちろん現金以外は使えない。

この船が「1円ぽっぽ」と呼ばれたのは、運賃が極めて安かったことに由来する。実際、他の渡船が片道100円なのに対して、破格の料金である。

手前が「おのみち渡し船」

名残おしいので、船を1本見送る。改めて向島から見る尾道の夜景は、まるで宝石箱のようだった。また、向島の造船所の夜景も、工場マニアにはたまらない光景である。初めて訪れた尾道だったが、つい見とれてしまった。

少年は照れて走り去って行った


「あー、あと2日だ」とシニアの職員が声を上げる。
「あれ、明日は運休じゃないんですか?」
「明日は特別。10時から3時まで運行するよ」
職員は寂しそうに言ったが、やりきったような顔にも見えた。職員はシニアの方が多かったが、皆、引退するのだろうか。色々聞きたいところだが、個人的なことだから遠慮しておこう。

対岸から船が到着した。この船で本土に戻ることにした。下船客が降りきるのをしばし待った。

到着を待つ桟橋
着岸する福本渡船

「はい、これ」
下船した少年が、ラッピングされたプレゼントをシニアの職員に渡した。少年は照れているのか、職員と会話することなく走り去っていった。
「あの子は?」
「この島の子だよ…。塾に行くときに毎日乗っているんだよ」

名残乗船で大混雑の臨時便


翌日。船は10時から運行ということなので、朝は尾道の街を少し散策する。坂の多い街だ。踏切が坂の途中にあったりして、独特の光景に惹かれた。もっと早くこの街の魅力を知るべきだった…。

階段と踏切
階段の途中の踏切

そして、10時の桟橋。人は長蛇の列をなし。車は道路まで溢れ、大渋滞。昨日までとはうって変わって、名残乗船する人々で溢れていた。
昨日のうちに来ておいて良かった。船を1本見送り、再び向島にやってきた。今日は職員総動員なのか、黄色のジャンパーを着た職員が大勢で対応していた。皆、優しい。

他の渡し舟にも乗ってみる

福本渡船の航路を、もうひとつの渡し舟がクロスしていく。それが「駅前渡し」だ。ひと回り小さな船であるが、川をさかのぼって向島の奥まで行く。本土側は駅前で、福本渡船よりも利便性が良さそうだ。しかし、利用客はそれほど多くは見えなかった。そもそも、渡船の利用客は減っている。帰りはこの船に乗る。

駅前渡し(おのみち渡し船)

一旦本土に戻った後、今度は「兼吉渡し」に乗るために少し街外れまで歩く。この船は日本一短い航路として知られている。客は「駅前渡し」よりも少なかった。どの航路も自転車の客が多く、しまなみ街道のサイクリングコースの一部となっていることがわかる(片道フェリー、片道は橋)。

兼吉渡し(おのみち渡し船)

到着した向島の桟橋にはバス待合室があったが、鍵が掛かっている。後で調べると映画のセットとのことだったが、ひとけはない。

ここからちょっとした山越えで、福本渡船の向島側の桟橋を目指す。あえて車道ではなく、細い路地裏の道を行く。島のこうした路地裏。たまらん。

いい路地

それぞれの思い出を乗せて

桟橋近くは、細い路地にまで車が溢れて大渋滞。名残乗船する方の車であろう。人だけであれば、何本も待つことはないが、それでも大勢の乗客が船に乗っていた。
「ねぇ、この子、大きくなったでしょう!」
女性が子供を抱いて、高い所にある操舵室の船長に手を振った。シニアの船長も挨拶を返していた。
「明日も来るからね!」

操舵室は上にあります

その言葉をきっかけに、周りの乗客もそれぞれ思い出を語り始めた。
「向島に住んどるけぇ、この子が尾道の保育園に入る時から使っとったんよ。じゃけぇ、幼稚園を卒園するまで残って欲しかったなぁ…」
「昔の船は……じゃったよね」

今日、ここに集まっている人の多くは、地元の、色々な思い出を持った人たちであった。この船に乗るべき人たちだった。話を聞いてみたくもなったがやめておこう。この人たちにとって、今は特別な時間なのだ。

2025年3月31日、廃止されました

訪問日:2025年3月29日~30日
執筆日:2025年4月3日

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