[観察ひとりごと]勝つこと、負けること
丸くなった背中をシャキッと伸ばされるような、「うーん」と伸びをしたくなるような。そんなバロックの響き。
イ・ムジチ合奏団によるヴィヴァルディ。
「春」の2楽章を聴いていると「バイオリンが泣いている」⋯そう感じる。
同CDに収録されている「調和の幻想」もお気に入り(^^)午後はこのCDを聴きながら内職をする予定。
高校野球の予選がすすめられていて、友人が勤めている学校は1回戦敗退したらしい。
彼女の母校はと聞くと「野球の他に学校が熱を入れてるスポーツがあるから人気がそもそもない」とのこと。夫の母校はと聞くと「もう興味ない」とのこと。私なんて母校に野球部がなかったから、野球部がある学校が羨ましかったのになぁ(;^ω^)
音楽と違ってスポーツは勝敗がハッキリする。私はピアノをやりながらテニスも本腰入れてやっていたので、そちらの世界も楽しかった⋯いや、キツかった。中学時代は部活の練習を休んで週末に試合に出かけていたのだが、「今日は勝てないだろうな」というのは自分でも分かった。サーブコースの甘さや回転を改善できていないとか、パッシングショットのコースも甘いとか⋯練習で課題が克服できていない時は、それを克服できている相手には勝てないのも当然。準決勝くらいまで行けても、それ以上には進めない。
「勝てるかも」と思っても試合中には「あ、格上だ」とすぐ分かる。技術とともに戦術を理解できている相手とは知恵比べだ。その時の自分が持つ力を出し切ることはするが、歯が立たない時はどうにもならない。相手のミスを誘おうとしてもミスしてくれない。
「試合」とは「試し合い」だ。
自分の努力の質や量や方向性が正しかったか分かる。負ければ不足が分かる。勝っても不足を疑う。
「試験」「テスト」も同じだろう。もともとそこに「相手との比較」は存在したのだろうか?
自分の経験から、比較すべきは自分自身のように感じている。
「僕は努力したことがなかった」と以前語っていた菊池雄星さん。彼のそれからの努力に感動し、ひとりのファンとして応援している(^^)
