【複雑系リーダーシップ】DXが浸透しないのは、あなたの推進力不足ではない
こんにちは、かなめです🧪 化学メーカーで材料開発をしながら、社内のDX推進にも関わっています。
DX推進をやっている方なら、この感覚が分かると思います。
ツールは導入した。説明会もやった。マニュアルも作った。なのに、誰も使ってくれない。
半年後、こっそりアクセスログを見たら、使っていたのは自分と部下1人だけ。あのときの気持ち、うまく言葉にできません。
そして頭に浮かぶのは、だいたいこれです。
「私の推進力が足りないのかな」
──ここに、根本的な誤解があります。今日はそれを、複雑系リーダーシップ理論という枠組みで解きほぐしてみます。
誤解の正体:「浸透」を伝達だと思っている
私たちは無意識に、こう考えています。
私が正解を知っている
↓ 伝える
みんなが理解する
↓ 実行する
浸透する
上から下へ、水が流れるイメージです。だから浸透しないと「伝え方が悪かった」「熱意が足りなかった」と自分を責める。
この図式が、そもそも間違っています。
2007年、Mary Uhl-Bien、Russ Marion、Bill McKelvey の3氏が The Leadership Quarterly 誌で発表した**複雑系リーダーシップ理論(Complexity Leadership Theory)**は、こう指摘します。
従来のリーダーシップ論は、工場で物を作る時代の産物である。

目標が明確で、因果関係が予測でき、リーダーが正解を知っていて、部下に伝達する。物理的生産の経済には非常に有効でした。
でも知識をつくる組織では、新しい実践は伝達されるのではなく、現場の相互作用の中から「生まれる(創発する)」。これがこの理論の出発点です。
つまり、DXが浸透しないのは推進力不足ではなく、そもそも浸透は「押す」ものではなかったということです。

リーダーシップを3つの「機能」に分ける
この理論の核心は、リーダーシップを**「人」ではなく「機能」**として分解した点にあります。役職ではありません。誰が担ってもいい。

① 管理型(Administrative)
予算、計画、人員配置、標準化、評価。組織を回すための機能です。
これは否定されません。 ただし「これだけ」では新しいものは生まれない、というのが理論の主張です。
② 適応型(Adaptive)
現場の相互作用から、新しいやり方が創発するプロセス。特定の個人には帰属しません。誰かが命じて起きるものではなく、異なる立場の人がぶつかるところから生まれます。
③ 実現型(Enabling)
いちばん新規性があり、いちばん難しい機能です。役割は2つ。
(a) 創発が起きやすい条件を整える
(b) 生まれた新しいものと既存の秩序の緊張を管理する
【適応型】現場で勝手に生まれるもの
↕ ← ここに立つのが実現型
【管理型】既存のルール・秩序
DX推進担当がやるべきなのは、③です。

でも私たちがやりがちなのは①(計画を立てて展開する)で、期待しているのは②(現場が自発的に使い始める)。この構造的なズレが、「浸透しない」の正体だと私は考えています。
事例1:説明会をやめて、生まれるのを待った
私が最初にやらかしたケースです。
やったこと(管理型のアプローチ)
研究部門にデータ解析ツールを導入。全体説明会を実施。操作マニュアルをPDFで配布。「今後はこれで解析してください」と通達。
結果
1ヶ月後の利用者、2人。うち1人は私。
何が起きていたか
後から聞いて分かったのは、こういうことでした。
「今のExcelでも一応できるので」 「新しいの覚える時間がない」 「失敗したときに誰が責任取るのか分からない」
つまり現場にとって、変える理由がなかった。正解を伝えても、実行する動機がなければ何も起きません。
やり直したこと(実現型のアプローチ)
発想を変えました。全員に配るのをやめて、いちばん困っている1人を探した。
たまたま、粒度分布の測定データを毎週3時間かけて手作業で整理している若手がいました。その人に絞って一緒に作業し、3時間を20分にしました。
そこから先は、私は何もしていません。その人が隣の人に見せ、隣の人が別部署に話し、2ヶ月後には12人が使っていました。
教訓
浸透は、押すものではなく生まれるもの。私の仕事は説明することではなく、創発の種火を1つ見つけて、そこに酸素を送ることでした。

事例2:情シスに潰されかけたものを、翻訳した
事例1には続きがあります。
広がるのは良いことばかりではありませんでした。半年後、情シスから指摘が入ります。
「野良ツールが社内に増えている。セキュリティ的に問題では」
これ、正論なんです。 リスクは本物。管理型の機能として、まったく正しい。
でもここで潰したら、二度と誰も何も作らなくなる。せっかく生まれた適応型の芽が、管理型に踏み潰される瞬間です。
実現型として、私がやったこと
情シスと現場、どちらかの味方をするのをやめました。代わりに、両方が飲める形を探しました。
情シスに「使用ライブラリ」「扱うデータの種類」だけ書くA4半分の申請フォームを提案
代わりに、そのフォームを出せば承認を一段軽くしてもらう
現場には「これを書けば堂々と使える」と伝える
技術的なことは何もしていません。新しく生まれたものを、既存のルールに接続する翻訳作業。 これが実現型リーダーシップの実体です。
教訓 適応型と管理型はぶつかります。ぶつかること自体は健全で、問題はどちらかが一方的に勝つことです。実現型の仕事は、この緊張をなくすことではなく、維持したまま両方が生きる形を探すこと。
DX推進担当が「板挟み」で苦しいのは、実はそのポジションが機能そのものだからです。板挟みは機能不全ではありません。

事例3:抵抗する人を、説得しないことにした
いちばん手強いのが、ベテランの反対者です。
かつて私は、こういう人を「説得すべき障害」として扱っていました。データを出し、成功事例を示し、正しさで押す。まったく効きませんでした。
複雑系リーダーシップの視点で見直すと、見え方が変わります。異なる意見の衝突こそが、創発の材料なんです。
やったこと 「新しいツールは信用できない」と言う20年選手のベテランに、導入検討会のメンバーではなく、検証役をお願いしました。
「先生が納得できないポイントを、全部挙げてください。それを潰せなければ、導入は見送ります」
結果、7項目の指摘が出ました。うち4つは正当な指摘で、実際に運用ルールを変えました。3つは誤解だったので、その場で解消しました。
そしてその人は、いま社内でいちばん熱心な推進者です。
教訓
反対は障害ではなく、タダで手に入る品質情報です。説得しようとすると敵になりますが、検証を頼むと当事者になる。
これは実現型の(a)「創発が起きやすい条件を整える」の実践でもあります。異質な視点が安全にぶつかれる場をつくると、そこから設計が良くなります。

3つの事例に共通していること

全部、自分が正解を持って前に立つのをやめたという一点で共通しています。
複雑系リーダーシップ理論が言っているのは、要するにこういうことです。
リーダーの仕事は、正解を出すことではなく、正解が生まれる条件をつくること。

ただし、これは言い訳ではありません
公平のために書いておきます。
「複雑だから、成果が出なくても仕方ない」は、この理論の誤用です。

管理型リーダーシップは、3機能のうちの1つとしてちゃんと必要とされています。計画も評価も要ります。「創発待ちです」と言って何もしないのは、ただのサボりです。
むしろ創発は運任せではなく、設計できるというのがこの理論の主張です。種火を何個仕込んだか、衝突の場を何回つくったか。ここは自分にも厳しく問いたいところです。
まとめ
DXが浸透しないのは推進力不足ではなく、浸透を「伝達」だと思っているから
複雑系リーダーシップ理論では、リーダーシップは人ではなく3つの機能(管理型・適応型・実現型)
DX推進担当の本業は実現型——創発の条件を整え、新旧の緊張を翻訳すること
実践は3つ:①全員でなく1人に集中
②どちらの味方もせず翻訳する
③反対者に検証を頼む
ただし「複雑だから仕方ない」は言い訳にしない
こんな人におすすめ
ツールを導入したのに使われず、途方に暮れている方
現場と情シス・経営の板挟みで消耗している方
反対する人をどう扱えばいいか分からない方
📚 もっと深く知りたい方への2冊
複雑系リーダーシップ理論そのものの和訳書は、残念ながらまだ出ていません。ただ、同じ問題意識を日本語で読める本は何冊もあります。私が実際に読んで、現場で効いたものを2冊だけ紹介します。
①『学習する組織』ピーター・M・センゲ
この記事で書いた「組織は複雑適応系である」という話を、システム思考という切り口から584ページかけて掘り下げた一冊です。MIT経営大学院のセンゲによる、世界100万部超の名著。
刺さったのは、**「問題の原因は、たいてい自分が過去にやった解決策の中にある」**という指摘でした。
私の「説明会をやったのに使われない」も、まさにこれです。説明会という解決策が、「これは上から降ってきたもの」という認識を現場に作ってしまっていた。自分で自分の障害を作っていたわけです。
正直、分厚いです。でも**第15章「リーダーの新しい仕事」**だけでも読む価値があります。リーダーの役割を「設計者・教師・執事」と定義し直すこの章は、実現型リーダーシップの考え方とほぼ重なります。
こんな人におすすめ:なぜ組織が思い通りに動かないのか、構造から理解したい方
②『心理的安全性のつくりかた』石井遼介
実現型リーダーシップの「(a) 創発が起きやすい条件を整える」を、日本の組織文化に合わせて具体化してくれる一冊です。20万部超、HRアワード2021優秀賞。
「心理的安全性」を空気やムードではなく、測定できて、行動で作れるものとして扱っているのがこの本の強みです。日本版の4因子(話しやすさ・助け合い・挑戦・新奇歓迎)は、そのままDX推進の診断項目として使えます。
事例3で書いた「ベテランに検証役を頼む」も、この本の**「挑戦」と「新奇歓迎」**の考え方が下敷きになっています。反対意見が出ること自体を歓迎する空気がなければ、あの依頼は成立しませんでした。
著者が東大工学部卒の研究者・データサイエンティストというのも、理系読者には読みやすいポイントかもしれません。
こんな人におすすめ:明日から具体的に何をすればいいか、行動レベルで知りたい方
順番としては、②→①がおすすめです。②で明日からの行動を作って、①で「なぜそれが効くのか」の構造を理解する。逆だと、①の分厚さで止まってしまう気がします。
DXが浸透しなかった半年間、私はずっと自分の力不足だと思っていました。でも実際は、やり方が「工場の時代」のままだっただけでした。
自分を責める前に、立ち位置を変えてみる。それだけで動き出すことがあります。
同じところで悩んでいる方の、何かのヒントになれば嬉しいです。最後までお読みいただき、ありがとうございました✨
参考
Uhl-Bien, M., Marion, R., & McKelvey, B. (2007). Complexity Leadership Theory: Shifting leadership from the industrial age to the knowledge era. The Leadership Quarterly, 18(4), 298-318.
#DX推進 #複雑系リーダーシップ #リーダーシップ #組織論 #チェンジマネジメント #化学メーカー #研究者 #DXが進まない
