「性格と特性、そのあいだで暮らす家族」
我が家は性格と特性、
そのあいだで暮らしています。
はっきり分けられるものもあれば、
どちらとも言い切れないものもある。
その境界は思っていたより曖昧で、
いまだによくわからないままです。
息子のそらは、少し早く歩き始めた子でした。
ハイハイの期間が短いまま、
8ヶ月頃には一歩が出て、
10ヶ月には歩き始めていました。
でもその一方で、
1歳半健診では言葉の遅れを指摘されました。
そこから1年間、療育に通い、
保育士さんに関わってもらいながら過ごしました。
その後も、小学生になった今まで、
作業療法士さんや言語聴覚士さんによるリハビリを続けています。
いわゆる“グレーゾーン”と呼ばれる中で、
そらはこれまでに
自閉スペクトラム症(ASD)と
協調性運動障害(DCD)の診断を受けています。
ただ、どちらも一言で説明できるものではなく、
そらの中にも、できることと苦手なことが混ざり合っています。
私自身は、ずっとどこかで
生きづらさを感じていました。
周りと同じようにやっているつもりでも、
どこか少しだけ、はみ出しているような感覚。
子どものころから感受性が強く、
本を読むと、その世界に深く入り込んでしまうタイプでした。
主人公だけじゃなく、
すべての登場人物の気持ちが気になってしまう。
現実の中でも同じように、
「この場で相手は何を求めているんだろう」
それを探し続けていました。
自分の気持ちよりも、
周りにどう応えるかが軸になっていた気がします。
そんなときに出会ったのが、
「HSP」という言葉でした。
そしてもうひとつ。
子どものころから、忘れ物が多く、
話を理解することや、情報を整理することが苦手でした。
わからない部分はそのままにして、
「わかっているふり」をしてやり過ごしてきました。
子どもが生まれてからは、
やることが一気に増えて、
頭の中が常にいっぱいの状態に。
最初は「マミーブレイン」かと思っていました。
でも、子どもが大きくなっても変わらなかった。
そこで知ったのが、
「不注意型ADHD」という特性でした。
できない理由がわからないまま、
自分を責めていたものに、
初めて理由がついた気がしました。
自分のことを知りたくて、
精神科に問い合わせをしたこともありました。
でも、新しく患者さんを受け入れていなかったり、
検査の予約が取れなかったりして、
いまだに、はっきりとした診断は出ていません。
「知りたい」と思っても、
すぐに答えが出るわけではない。
そんな現実の中で、
今はわかる範囲で自分と向き合っています。
夫のりくは、穏やかで、
いつも私を支えてくれるやさしい人です。
でも少し、うっかりしているところもあります。
携帯を探していることは日常で、
クレジットカードや財布を忘れてしまうこともある。
それでも、あまり引きずらない。
切り替えが上手なのか、
ただ楽観的なだけなのか。
私との違いを感じるたびに、
これは性格なのか、特性なのかと考えます。
その線引きは、とても難しいと感じています。
娘のはるも、
集中し始めると止まらないことがあります。
そらもはるも、集中しすぎると声が届かないことがある。
ただ、疲れやすさや出方には違いがあるように感じます。
「過集中」と呼ぶのか、
ただ夢中になっているだけなのか。
どこからが特性で、
どこまでがその子らしさなのか。
考えても、はっきりした答えは出ません。
そらの特性を知ったことと、
自分の感覚に名前がついたこと。
それは、どこかでつながっているように感じました。
最初は、そらのことだけだと思っていた。
でも気づけば、
家族それぞれに違う“感じ方”がある。
同じ出来事でも、
受け取り方も感じ方も、みんな違う。
うまくいく日もあれば、
ぶつかる日もある。
でもそれは、
誰かが間違っているわけじゃなくて、
ただ違うだけなのかもしれない。
性格と特性。
そのあいだにあるものを、
まだうまく言葉にはできないけれど、
それぞれの違いを抱えながら、
今日も同じ家で暮らしています。
