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【太陽と月の物語】熟年離婚したい牡牛座A子の場合~白い騎士と黒い騎士—冷めた情熱と愛のはざまで~

「洗面台で、夫の歯ブラシが触れ合うのもイヤなんです」
私は自嘲気味に笑いながら、占い師にそう告げた。結婚23年。子育てが終わり、残ったのは冷え切った沈黙と、生理的な嫌悪感だけだった。

相談室の窓から、朝の光が斜めに差し込んでいた。
四十五歳の私は、ソファの端に浅く腰を下ろし、ゆっくりとことばを探しながら語り始めた。「もう、冷えきってしまったんです。ことばも、視線も、触れ合うことさえ、全部」

目の前の占い師は深くうなずき、続きを促した。
結婚して二十三年。
子育てが終わると、夫婦の“形だけ”の関係は、より輪郭を濃くしていった。

夫は毎晩遅く帰り、週末は外出か自室にこもるか。
会話は天気予報とゴミ出しの日だけ。
もう、答えを出すだけの話になっている——そう思いながらも、女性ゆえかセンチメンタルな感傷が、ほんの少し声を震わせた。
「離婚したいんです……もう、嫌悪感しかありませんので」

「一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」 占い師が静かに問いかける。「彼の、一番嫌なところは何ですか?」

一瞬考え、私は即答した。
「……洗面台で、歯ブラシが触れ合うのもイヤ。 不潔感、嫌悪感、夫婦の営みなんてもう何年もゼロ……ふれられたくもありませんわ」
自嘲の笑いが混じった声だった。

「かしこまりました」
占い師は少し前のめりになり、続けた。
「まだ離婚しないで済む可能性があるのか、そこから見るケースも多いのですが……やり直す可能性のほうから、見ていきましょうか?」

「いいえ、もう、いいんです」
「もう、よろしいのですね?」
「はい。本当にもうイヤなんです、こんな彼……尊敬のカケラもありません」

窓の外で、桜の花びらが一枚、静かに舞い落ちた。
私は背筋を伸ばし、心持ちあごを上げた——上等。今日は、私が自分で、自分の人生にピリオドを打つ。

この占いの館の看板にあったことば…… 『占術は、自分と向き合う儀式です』とか言ったフレーズがふとよみがえる。

占い師にとっては慣れた案件なのか、特別な感慨もない様子で言った。
「タロットの声に、耳を傾けてみますね」

私は少しいら立った。 もう答えは決まっている。離婚が私の望む形で果たされるのか、それだけが知りたいのに——。

だが、すでに目の前には規則性を感じさせる並びで、タロットが静かに広がっていた。

※実際のセッションでのリアルなタロット展開&リーディングです。物語は実際のセッションを基にしたフィクションです。


詳しいことはわからないが、占い師の声はおだやかだった——まるで「あなたの今後は大丈夫ですよ」と告げるかのように。

「二人の彼……白い騎士と黒い騎士。まるで別人のように見えるかもしれませんが、どちらも貴方様の一番そばにいるお方。
おっしゃる通り、今はある意味“別れ時”なのでしょう。

舟をこぎ出し、川の向こうへ……潜在力は十分。ただ、肝心の貴方様ご自身が、動こうとしないのです

私は息をのんだ。 どういうこと? 私が動こうとしていない……?
占い師は私の目を見つめ、うなずきながら続けた。
「よくわかります。この『死に神』の逆位置の彼が、まさにあなたに“別れ”を口走らせている。 貴方様ではなく、この彼が。 非情なまでに本能的で、本質的な“あるがままの彼”の姿が。 そんなものは見たくもなかった——今の貴方様のありのままのお気持ち、悲しみや不安、温かさのないご状況は、はっきりと出ております」

「私がお話しした通りですよね?」
「はい。っと、この札——そう、そろそろ彼はご定年をお迎えになられるのでは?」
「あぁ、確かに……」私は一気に現実に引き戻された気がした。

「その時なのでしょう、彼が黒い馬に乗り換えて、しっかりと貴方様を最期まで導き、添い遂げる覚悟をお見せになる。だからこそ、繰り返しになりますが……貴方様は動いていかない。いく必要がない

私は唇を噛んだ。 いや、私は離婚したい。
その気持ちは本物のはず。
なのに胸の奥でさざ波が立つ ——じゃあなぜ、私は荷造りをしないのだろう?
なぜ、貯金をまとめて引っ越し先を探さない?
なぜ私は、ここに来たの?

「彼の一面が受け入れられなくなった……そこに立ち止まる必要はあるのでしょう。 おそらくきっかけは、過去に出ている“ペンタクルの3”。 ひとつの共同作業が終わったこと、つまりお子様の卒業や入学・就職がトリガーにはなったわけですね」

窓の外では、桜がまだ少し残っていた。
私は初めて、二十三年の重みを“ただの冷たさ”ではなく、別の質感として感じ始めていた。

占い師は、書物のページをめくりながら、静かに告げる。
貴方様の太陽星座はおひつじ座。そして、月星座はおうし座です。外向的な行動力と、内側の安定志向が共存しています。見た目の華やかさを好むとき、同時に、中身をしっかり確かめているお方です」

胸がしめつけられた。
二十三年の間、私は幾度となく、彼を選んだ自分を誇りに思ってきた。
妊娠、出産、富める時も病める時も——だからこそ、彼でよかったのだと。 その選択は、私の、人としての確かな自信、優越感でもあった。

「おうし座は十二星座一、五感に優れた存在です」と占い師は続ける。
「感覚的な心地よさは必須。 彼に対する生理的嫌悪感が生まれたとき、それは確かに致命傷になり得ます。ですが、タロットにはそう出ていない。
今、お二人の間に“亀裂”は生じていません」

タロットは、私の内側を、表面より深くえぐっていた。
夫への冷めた気持ちは本物だ——熱が消えたことなどとうの昔。熱に浮かれていたのは、結婚当初のせいぜい三年か四年。

「離婚が最適解ではないのですね?」 私は明確に質問した。
「たとえパートナーを変えたとしても、醜さや汚さが皆無な人はいないでしょう」
「……」
「清潔感よりも、貴方様にとっては“有用性”のほうが……この、モノやお金を確実にあなたにもたらす黒騎士が、『愛』なのかもしれません

占い師は静かにことばを重ねた。
「若くて、きれいな時を過ごした後、そうでなくなった者同士がまた、向き合っていかれるお幸せというものが、ある……そんな気がいたしております」

相談室を後にすると、桜はほとんど散り、代わりに芽吹く新緑が、どこかすっきりしない私の心に重なった。

完全に晴れやかではない。
けれど、帰り道の足取りは、来たときよりずっと軽かった。
おうし座の季節は、急ぎすぎない答えを、静かに私に授けてくれた。

fin


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