創戯旅団 理念の記録-SM奇譚 第22夜-義足を持ち、山を降りる
〜8月21日 02:30
私がこの文章を書きはじめたのは、ある長い山の麓である。文字どおりに山があるのではない。山とは、私の心身が半年以上のあいだ棲みついた、回復という傾斜のことである。傾斜は、ある日突然、天空から降られる雪のようにして現れる。誰にも予告なく。誰の許諾も得ずに。降り積もった雪は、私の足元を埋め、埋められた足元を、もはや誰の足元でもないものへと変えていく。いま私が立っているのは、その雪の底である。かつて私は、八十八キログラムという、数字の鎧をまとっていた。鎧と名付けたのは、それが柔らかかったからではない。柔らかく重いものは、時に武器にもなる。しかし、武器はまた、檻でもある。外食と、缶ビールと、深夜の菓子パン。この三名の同盟が、私の腰回りに層を成していた。それは、外套でも鎧でもなく、熟れた果実が枝の下で破裂する、あの沈黙した音に似ていた。糖尿病という診断がくだった日、私は決められた。鎧は脱がねばならない、と。そこから先は、削ぎ落としの日々だった。糖尿食が、私の冷蔵庫を、知らない誰かの冷蔵庫へと置き換えた。リハビリテーションが、私の尻と腹を、知らない誰かの筋肉の領分に塗り替えた。お尻を浮かせる訓練は、立ち上がるための訓練であり、立ち上がるための訓練は、歩くための訓練であり、歩くための訓練は、私が人間として再び街を踏むための、仮の約束事にすぎない。八十八キロは、まず八十三キロの尾根に立ち、しばらくのためらいを見せた。そして、それから先は、次々と尾根を降り続けた。七十八キロ。六十八キロ。五十八キロ。五十五キロ。いま、私の足元は、五十五キロの麓に、ようやく降りた。五十五キログラムとは、私が自分の生で初めて立つことのできた、断崖のすぐ下にある平地の重さである。夢に見た「五十キロ代」という語は、現在の私の耳に、他の誰かが望んだ夢の残響として届く。私にとっての夢の五十キロ代は、実は、そのような滋味深い平原ではなかったはずだ。食べることそのものへの歓び。知らない街角の、知らない匂い。誰かと、誰かとともに分かつ、ありふれた食卓。それらの光景は、いま、私のこれからの地図には、書かれていない。書いていない地図を、私はこれから、歩いてゆかねばならない。そしてこの五十キロ代というのは、おそらく生涯の数値となる。美味しいものを食べまくる自堕落で楽しい生活が、ここから先の私の人生にない、というのも、また新しい地図の一枚である。
🔐 ここから有料パートです
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ここまでの無料パートでは、私自身が半年以上にわたる入院生活とリハビリテーションの中で見てきた「山」の話から始まり、そして私が長年向き合ってきた、女王様たちの世界について書いてきました。
身体を失い、体重を失い、自由を失った。
それでも私は、もう一度、自分の足で歩くために、毎日少しずつ身体を組み直しています。
そして不思議なことに、身体を組み直している最中だからこそ、これまで自分が歩いてきた「店」というものの姿も、以前とは違う角度から見えるようになりました。
女王様という人間を扱う仕事は、単純な商売ではありません。
技術だけでは足りない。
容姿だけでも足りない。
性格が良いだけでも足りない。
仕事が出来るだけでも足りない。
人間そのものが、商品であり、同時に商品を作る側でもある。
だからこそ、女王様が集まる店には、普通の組織とは少し違った問題が起こります。
売れる者と売れない者。
自信のある者と、自信のない者。
他人を尊重できる者と、他人を蹴落とそうとする者。
真面目に努力する者と、努力せずに結果だけを欲しがる者。
それらが一つの巣の中に同居する。
私は長い年月をかけて、その巣の中で起きる様々な出来事を見てきました。
時には、笑えるほどくだらない争いもありました。
時には、誰かの人生を壊しかねないほど深刻な問題もありました。
そして、その一つ一つを処理していく中で、私はようやく理解するようになりました。
「女王様を集めれば、女王様の店になる」
そんな単純な話ではない。
むしろ逆です。
女王様を集めるからこそ、店には「何を許し、何を許さないのか」という明確な指針が必要になる。
誰でも在籍できる店にするのか。
売れる者だけを残すのか。
技術を優先するのか。
人間性を優先するのか。
お客様に何を提供するのか。
そして、女王様自身に何を求めるのか。
これは全て、店の「理念」という一本の線につながっています。
ここから先の有料パートでは、私が長年の経験の中で辿り着いた、
◆なぜ「女王様の多い店」は組織として難しくなるのか
◆女王様同士の生存競争が起きる構造
◆「売れる女王様」と「残れる女王様」は何が違うのか
◆なぜ人間性を重視すると、在籍する女王様が極端に少なくなるのか
◆店長が「我慢して丸く収める」ことが、なぜ問題を先送りするだけなのか
◆事実を隠す女王様と、事実を追及する店の戦い
◆私が「人間をやめた」と冗談を言うほど、この仕事に執着した理由
◆競合店と戦うより、内部の問題と戦う方が難しい理由
◆長年の失敗から見えてきた「本当に残る女王様」の条件
◆そして、私がこの店を運営する上で最後まで捨てなかった「理念」
について、さらに踏み込んで書いていきます。
これは、女王様を批判するための話ではありません。
むしろ、女王様という存在を本気で商品として扱い、本気でお客様に提供しようとした人間だからこそ見えてしまった、業界の構造の話です。
表から見れば華やかな世界でも、その裏側には、必ず「人間」がいます。
そして、人間が集まれば、必ず問題が起きる。
だからこそ、店を作る人間には、その問題から逃げずに向き合う覚悟が必要になる。
私は長い年月をかけて、その覚悟の代償を何度も支払ってきました。
身体を壊しても。
人が去っても。
誤解されても。
損をしても。
それでも、私はこの仕事を続けてきた。
なぜなら、そこには私なりの「譲れない線」があったからです。
その線こそが、私にとっての「店の理念」でした。
そして次回、私はその理念そのものについて書こうと思います。
何を守るために店を作るのか。
何を守るために、女王様を選ぶのか。
何を守るために、ときには誰かを店から出さなければならないのか。
理念とは、綺麗な言葉を壁に飾ることではありません。
本当に理念を持つということは、誰かを選び、誰かを断り、時には自分自身が損をする選択をすることです。
それでも、その線を越えない。
その線を守り続ける。
その積み重ねによって、ようやく店の「人格」が生まれる。
ここから先は、私が長年かけて作り上げ、そして何度も壊れかけながら守ってきた「巣」の内部へ、もう一歩踏み込んでみたいと思います。
それでは、続きをどうぞ。
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7月22日 02:30 〜 8月21日 02:30
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