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創戯旅団 生存の記録-SM奇譚 第11夜-岐れ道の灯

-ある功労者の退場について-

店の名を口にするとき、私はいつも少しだけ声を落とす癖がある。古い劇場の裏方が、舞台袖の暗がりを指さすような調子で。そこには十年を超える湿り気がある。笑い声、怒鳴り声、香水、安い酒、革の匂い、冬のコートに染みついた外気、稼げた夜の安堵、稼げなかった夜の沈黙。いろいろなものが積もって、店というより、一つの気候のようなものになっている。

長くそこにいると、去っていった人間のことまで、店の備品みたいに身体が覚えてしまう。扉の開け方。廊下を歩く速さ。受付の横で靴を脱ぐときの癖。待機室のソファに腰を下ろす角度。辞めたあとでも、ふとした拍子に、あの人なら今ここでこう笑っただろう、と分かってしまうことがある。今回、話しておかなければならないのは、そういうふうに店の空気の中へ溶け込んでしまった一人の女のことだ。仮にKと呼ぶ。

仮に、というより、今となってはその一文字だけで充分な気もする。第二期を走り切った女は二人しかいなかった。十年近い時間をそこで燃やし切った者は、さらに少ない。Kはその中の一人だった。第一期の後半から数えれば、丸々十年になる。十年というのは、言葉にすると短い。だが、一つの水商売の店にとっては、ほとんど一代記に近い。人が十年いるということは、その人一人の人生が積み重なっただけではなく、店のほうもまた、その人によって作り替えられていたということだ。だから彼女が去ったあと、何人かの客に訊かれた。あの人はどうしたんですか、と。

第三期の顔ぶれを説明していると、電話口でふと沈黙が挟まり、そのあとで、Kさんは残らなかったんですか、と、少しだけ遠慮がちに。私はそのたびに、うまく答えられなかった。最後、微妙だったからなあ、などと、まるで濁った水をさらに濁すような言い方しかできなかった。我ながら下手くそな返答だと思う。しかし、その曖昧さの中にこそ、当時の私の本音があったのだろう。実力は申し分ない。むしろ、あらゆる条件が噛み合っていれば、誰より上へ行ってもおかしくなかった。そう思いながら、それでも最後に残ったのは、何とも言い切れない居心地の悪さだった。

Kは、万能型の女だった。店に来る前、彼女は別の業態で人気を取っていた。そこでスタッフと派手にぶつかり、その勢いのまま面接に来たと、あとで聞かされた。なるほど、と思った。そういうやり方をする女だった。気が強い。思ったことを飲み込まず、その場で決着をつけようとする。損か得かでいえば、たいてい損をする側の性分だが、こちらの世界では、その不器用な一直線が妙に人の目を引くことがある。

覚えは早かった。これは本当に驚くほどだった。教えれば吸うように覚え、翌週にはそれを自分なりの形に直して持ってくる。勉強熱心で、器用で、修正の勘がよかった。新しい型を与えればすぐに馴染み、客の反応を見ながら細部を変えていける。女王様も、M女も、痴女も、サービスの濃いコースもこなせる。こういう女は珍しい。だいたいはどこか一つが突出し、その代わりどこか一つが決定的に弱い。

Kはそうではなかった。どこに置いても水準以上の結果を出せる女だった。ただ、文章だけは苦手だった。最初のころは日記もブログもよく書いていた。書こうとする気持ちはあるのだ。だが文章の流れに、自分の体温がうまく乗らない。上手く書けない人間に共通するあの、真面目さだけが先に立って、読んでいるうちに息が詰まる感じがあった。

やがて彼女は、前に書いた日記を少し変えて使うようになった。同じ言葉が別の日にも現れる。書くことが好きな人間なら、それを恥じるはずだ。彼女は多分、好きではなかった。好きではないのに、それでもやろうとしたのだろう。その不器用さは、どこか彼女らしかった。それでも人気は出た。店の看板のひとつとして映像に出たことも追い風になった。見た目の華やかさもあったし、何より、初見の客に「この人なら何でも出来そうだ」と思わせる幅があった。だが不思議なことに、人気は出ても、突き抜けなかった。あと一歩のところで、何かが足りない。爆発しそうでしない。こちらから見ていても、限界にぶつかっているようには見えないのに、数字だけが壁の手前で足踏みしていた。

何が足りないのだろう、と私は何度も考えた。人が良すぎるのかもしれないと思った。延長やオプションを押し込むときの図々しさが足りないのかもしれない。あるいは、自然体でいすぎて、色恋めいた匂いが薄いのかもしれない。営業とは、時にわざとらしさの芸でもある。Kには、そのわざとらしさに対する照れがあった。客に好かれる才能はある。だが客を自分に偏らせるための“少しの嘘”を、彼女は最後まであまり上手く使えなかった。

転機が訪れたのは、店の新しい流れが始まったときだった。彼女は別系統のコースにも入るようになった。すると、それまで長く停滞していたものが、嘘のように動き出した。二か月もしないうちに、客が目に見えて戻ってきた。待ってでも入りたいという客が出た。明らかに、何かが変わっていた。眠っていた需要の回路に、偶然、彼女がぴたりと嵌まったのだ。だが、その成功は歪だった。彼女が結果を出し始めたその場所は、より安い価格帯のコースだった。店全体の設計から見れば、そこでばかり人気が集中するのは好ましくない。しかも皮肉なことに、その安いコースで入った客が、彼女に当たって満足し、別の高いコースへと付け替わる導線まで見え始めていた。成果は出ている。だが、出ているからこそ、店内の配分は崩れていく。

他の女が高いコースに入り続け、Kだけが別の流れに飲み込まれていく時間帯が増えた。私はそれを見ながら、嫌な予感を覚えていた。彼女が不満を持っていることは、何も言われなくても分かった。不満というより、納得のいかなさだろう。自分が客を取っている。結果も出している。なのに、店の構造の中では、どこか損な位置に立たされている。そういう感覚は、人をじわじわと苛立たせる。

だから私は、その流れを断つことにした。惜しい部分がないわけではなかったが、長い目で見れば閉じたほうがいいと判断したのだ。時期も悪くなかった。他に対応できる者も減っていた。三月いっぱいで、そのコースを畳むと決め、彼女にも伝えた。私はそれで少しは整うと思っていた。少なくとも、話は通じるはずだと。だが現実には、三月の半ばに入っても彼女は相変わらずそのコースで客を回し続け、目の前のアンバランスさは解消しなかった。そしてある日、ついに彼女は怒った。

私にもあのコースをもっと付けてよ、と。その瞬間、私は奇妙な感覚に襲われた。彼女の怒りの理由は分かる。分かるのだが、タイミングがずれている。もし怒るなら、私が閉鎖を決める前でなければならない。もう手を打っている相手に向かって、打たれる前の不満をぶつける。そこに、彼女という人間の運の悪さというか、分岐の選び損ねがよく出ていた。その日の夜、辞めるという連絡が入った。私は出先にいた。仕事を終えた足で、そのまま彼女の家の近くまで向かった。約束は取っていない。会えない可能性のほうが高い。だが、初動だけは見せておかなければならないと感じた。その日に動いたという事実は、後日の話し合いの空気を変える。営業の仕事をしていると、そういうどうにも実務的な感覚が身体に染みつく。

案の定、その夜は会えなかった。だが、後日の約束は取りつけられた。私はそこで終始謝り、話を収めた。営業面での手は先に打ってあった。残る問題は、彼女の感情にどう着地を作るか、それだけだった。Kは謝らない女だ。謝れないというより、謝ると何か大事な芯まで折れてしまうと思っているようなところがあった。だから、その場では私が全部引き取るしかなかった。結果として、事態は収まった。けれど今振り返ると、あそこが最初の大きな分岐だったのだと思う。彼女が悪い、と単純には言えない。目の前で結果を出しているのに、自分だけが歪な位置に立たされる苦痛は本物だった。

店の判断も、長期的な整合性から見れば間違いではなかった。互いに間違っていないのに、選んだ角度が少しずれていた。それだけで、未来はゆっくり変質する。もし、二年後に世界が止まることを、そのとき知っていたなら。もし街が急に静まり、客足が読めなくなり、どんな関係も不安定になる時代が来ると予見できていたなら。私は、もっと違う判断をしたかもしれない。彼女も、もう少し冷静に損得を計算したかもしれない。

だが人は、来ないはずの未来を材料にして、現在を決めることはできない。結局、そのときの感情、そのときの正しさ、そのときの優しさでしか、物事を選べないのだ。私もまた、優しい判断をしているつもりで、ただ格好をつけていただけだったのかもしれない。やがて世界は変わった。街の空気は濁り、客の足は止まり、店という店が、生き延びることだけで精一杯になった。そんな中で、Kのところには一つの奇跡みたいな流れが生まれた。一人の太い客が、彼女を支え続けたのである。毎週のように通い、長い時間を使い、何年にもわたってその関係は続いた。四年半。数字にするとただの長さだが、商売の現場では、ほとんど祈りのような持続だった。どれだけ世の中の流れが狂っても、彼女だけは収入が大きくは揺れなかった。あれは本当にすごいことだったし、同時に、ひどく危ういことでもあった。

安定は人を救う。しかし一つの安定が大きすぎると、人はそれを土台ではなく、地面そのものだと錯覚してしまう。綻びは、思いがけないほど些細なところから入った。ある年の六月、彼女は家庭の事情で土曜日を全部休まなければならなくなった。件の客が来るのは決まって土曜日だった。しかも短時間ではない。長く、深く、その日を使う客だった。彼女なりに別日の提案はしたらしい。だが仕事の都合もあり、相手にとって土曜日は簡単には動かせない日だった。私は胸騒ぎがして、六月のどこか一日でも顔を出してつなぎ留めたほうがいいのではないかと言った。だが、彼女の事情も事情だった。休むのが悪いわけではない。人には生活がある。

そして七月、客は一度しか来なかった。そのあとは、別の女と遊び始めた。何人かを見て、新しい馴染みを探しているのだろうと私は感じた。客にとって、それは正当な自由だ。誰を選び、誰から離れるかは、客の権利でしかない。彼は間違っていない。彼女もまた、間違っていない。

ただ、ここでもまた、複数ある分岐のうち、二人が選んだ道が、同じ場所へは続いていなかっただけだ。だが、道が岐れれば、感情は置き去りにされる。収入は急に苦しくなる。代わりに入った女には、よくない噂も立った。私はそういうものの見分け方を、長くこの世界で覚えてきた。客の流れ、金の使い方、急に近づく距離、辞める前の妙な動き。半年も見れば、だいたいは分かる。Kの周りで起きたことにも、私は黒に近い影を見ていた。だが、Kは人がいい。目の前で愛想よくされると、その裏に別の計算があるとは思いにくい。そういうところが、彼女の良さであり、弱さでもあった。

追い詰められた人間は、最後のほうで続けざまに判断を誤る。Kもそうだった。第三期への扉が開く直前、彼女は店を去った。最後の行動について、ここで細かく書くつもりはない。書いてしまえば、戻ってくるべき道まで塞いでしまうからだ。私は彼女を恨んではいない。恨む理由がない。それほど世話になった。店の功労者だった。本当に、心の底からそう思っている。

彼女には、もう一人の看板と並んで店を背負った時期があった。もしすべての分岐で、彼女が正しい側を選べていたなら。もし怒るタイミングを外さず、安定に甘えず、人の善意の裏側にも少しだけ敏くなれていたなら。もし、自分の才能を、自分の短気や意地より一段高い場所に置いて使えていたなら。おそらく彼女は、誰より上へ行けた。私はそれを、お世辞ではなく、本気でそう思っている。だからこそ、惜しいのだ。

惜しいという言葉は、案外残酷だ。足りなかった、と言うほうがまだ冷たい分、整理がつく。惜しい、には可能性が残ってしまう。あと一歩で届いたかもしれないもの。あと一度の我慢で守れたかもしれない関係。あと一つ別の選び方があれば変わったかもしれない未来。そういう、存在しなかった未来への執着が、惜しいという言葉には染み込んでいる。

夜の待機室で一人になると、ときどき彼女の笑い方を思い出す。少し強情で、少し投げやりで、それでもどこか憎めない笑い方だった。ああ、でも、それがKだったよな、と、最後には思う。選び損ねるところまで含めて、あの人だったのだ、と。人は完成品として店に来るわけではない。欠けたまま来て、欠けたまま愛され、欠けたまま去っていく。その不完全さを、店の側もまた抱えるしかない。もし今、別の場所で彼女が苦しんでいるなら、私は多分、手を差し出すだろう。稼ぎに困っていても、人間関係で擦り減っていても、連絡をくれれば助け舟を出すと思う。それは恩着せがましい義理ではなく、十年という時間が人に残す、ごく自然な腐れ縁のようなものだ。

店と人間は、契約より長いところでつながってしまうことがある。外へ出ると、夜風が少し冷たかった。季節の変わり目の風は、どこか判断を促すような顔をしている。進むか、戻るか。言うか、黙るか。切るか、残すか。人はいつも何かの分岐に立っている。だが、その場にいるときは、それが分岐だと分からないことも多い。ただ、そのときの気分、そのときの正義、そのときの痛みで足を出す。あとになって振り返り、あそこだったのかと知るだけだ。

Kは、幻の一位だったのかもしれない。手の届かなかった頂点。いや、届かなかったというより、自分で少しずつ外してしまった頂点と言うべきか。けれど、幻だから価値がないわけではない。むしろ、実際にそこに立った者よりも、立てたかもしれない者のほうが、いつまでも人の記憶に居残ることがある。あの人がもし、と人は何度も思い返す。そうやって一人の人間は、結果ではなく余韻で残っていく。

店の灯りを落とす前、私はときどき、誰もいない待機室を見渡す。ソファのへこみも、灰皿の位置も、鏡の曇り方も、すべてが静まり返っている。もうそこにKはいない。だが、いないという事実は、不思議と消滅を意味しない。十年いた人間は、辞めてもなお、店のあちこちに小さな岐れ道を残していく。この場面であの人なら怒っただろう。この話にはあの人は笑っただろう。ここで踏みとどまれたかもしれない。ここでまた間違えたかもしれない。そういう想像の形で、いない人間は残り続ける。

だから私は、彼女のことを悪く言いたくない。正しくもなかったし、賢くもなかった時期があったとしても、それだけで十年を裁くことはできない。功労者という言葉は、便利なようでいて、本当はずいぶん重い。その人がいたから回った日々。その人がいたから持ちこたえた店。その人がいたから救われた客。そういう無数の具体が積もって、初めて一人に与えられる言葉だからだ。

Kは、確かに功労者だった。そして同時に、分岐のたびに、少しずつ自分の運命を削っていった人でもあった。そういう人を、私は嫌いになれない。むしろ、ひどく人間らしいと思う。器用なのに不器用で、優しいのに損をし、強いのに、自分の強さの使いどころを時々まちがえる。そういう人間を、店という場所は何人も呑み込み、何人も吐き出してきた。その中で、十年も残った人間なら、なおさら簡単には切り捨てられない。

またいつか、どこかで会うかもしれない。そのとき彼女が笑っていたらいいと思う。もし苦しい顔をしていたら、そのときは、今度こそ少しだけ上手く話せるかもしれない。あのとき電話口で客にうまく説明できなかったことも、もう少しまともな言葉で言えるかもしれない。あなたは微妙だったんじゃない。あまりにも惜しい人だったのだ、と。


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