見出し画像

創戯旅団 理念の記録-SM奇譚 第37夜-蒼い深みに棲む名もなき獣

街には、それぞれの夜にしか咲かない花がある。昼の光の下では輪郭を失い、誰の目にもただの沈黙としか映らないくせに、夜気をひとたび吸い込むと、急に艶を帯び、名づけようのない香りを放ちはじめる花だ。近づけば近づくほど、その花がどこから根を張り、何を養分に咲いているのか分からなくなる。ただ暗がりのなかでだけ、たしかに美しい。私にとって、長くこの稼業の片隅で見つめ続けてきた「痴女」という言葉も、まさしくその種の花に似ていた。誰もが知っているようで、誰ひとり本当の姿を掴んではいない。触れようとすれば指先からこぼれ落ち、定義しようとすれば、たちまち別の貌を見せる。まるで水面に映る月のように、近づくほど揺れ、掬おうとするほど壊れていくものだった。私の店には、その曖昧で、それゆえに人を惑わせる言葉を、看板として掲げた古い舟がある。幾度も塗り直された船腹には、長いあいだ潮風と雨と人の欲望にさらされてきたものだけが持つ疲労が染みつき、それでもなお沈まない執念のようなものが木目の奥に残っている。十三年という歳月は、派手な色や最初の珍しさを剥ぎ取ってしまったが、その代わり、簡単には消えない匂いを刻み込んだ。もの珍しさだけで人が乗り込んでくる季節など、とっくに過ぎ去った。いま、この舟へ足をかける者たちは、もっと複雑なものを求めてやって来る。ただ一時の刺激でもなく、単純な好奇心でもない。自分の内部に長く沈殿していた欲望の澱を、どんな器で掬えば美しいものに見えるのか、その形を確かめに来るのだ。私はそのことを、客たちの眼を見て知る。長く生きた者の眼には、説明しがたい静けさが宿る。騒がしさに飽き、安っぽい幻に幾度も傷つき、何度も見誤り、それでもなお自分の愉しみを見失わずにきた者だけが持つ、妙に澄んだ諦念のようなものがある。彼らは、何でもいいとは思っていない。むしろ逆で、何が違うのかをよく知っているからこそ、たまにでもこちらへ戻ってくる。自分の癖や願いが、どこまで現実のなかで翻訳できるのか、その限界を承知したうえで、なお遊びの可能性を手放さない。私はそんな客たちを見ていると、達観という言葉を使いたくなる。悟ったのではない。幻を幻と知ったまま、なお幻に身を預ける術を覚えたのだ。夢を本気で信じているのではない。信じ切れないことまで含めて、夢と付き合う方法を覚えた人間の顔である。

けれど、その舟を漕ぐ側に立つ者としての私は、もっと無残で、もっと目を背けたくなる現実も知っていた。夜の商いには、しばしば美しい仮面が要る。いや、要るどころか、その仮面そのものが商品として流通している。ことさら艶やかな顔立ち、よく磨かれた所作、柔らかな声、こちらの願いを先回りして叶えてくれそうな気配。客はそれらに惹かれ、しばしば恋に似た錯覚を抱く。恋をするというより、そこに自分の見たいものを重ねてしまうのだ。自分だけを見てくれる人、自分の理解者、自分を深く楽しませてくれる存在、自分の欲望を恥じずに受け止めてくれる誰か。だが、仮面はあくまで仮面であり、その裏にあるものまで保証してくれるわけではない。私は何度も、その落差が客の胸に小さな裂け目をつくるのを見てきた。最初は見えないほど細い亀裂だ。けれど、そういう亀裂ほど、夜の帰り道や数日後の沈黙のなかでじわじわと広がる。店を続けるというのは、実のところ、その裂け目との戦いだ。今夜だけなら騙せる。最初の一度だけなら、眩しさで押し切れる。だが、時間は容赦がない。美しく塗られた壁も、何度か指でなぞればやがて継ぎ目が分かる。人柄の薄さ、想像力の乏しさ、相手の心を読むことを怠る癖、自分の役割の意味を考えない鈍さ、そうしたものは遅かれ早かれ表面へ浮かび上がる。私は幾度も、それを「地雷」と呼びたくなる衝動を噛み殺してきた。なぜなら、私の仕事の半分は、それらを露骨に見せないようオブラートで包み、客の前ではひとつの夢として成立させることにあったからだ。情けない話だが、そうやって店は息をつないできた。崩れかけた舞台装置を裏で支え、照明の角度を変え、足りないものを言葉で補い、薄いところには厚みがあるように見せる。夜の商売とは、ときにそういう綱渡りの連続でもある。だが私は、長いあいだそのやり方に倦んでいた。まやかしは必要悪だと誰もが言う。夜の仕事なのだから、ある程度の虚構は織り込み済みだと。しかし私は、その「ある程度」という言葉がだんだん嫌いになっていった。曖昧さは便利だ。便利であるがゆえに、人はそこへ腐敗を隠す。客が喜んでいるように見えるならそれでいい、また来なければ縁がなかっただけだ、夜の遊びに真実など求めるほうが野暮だ。そういう言い草を、私は耳にたこができるほど聞いてきた。けれど私は、喜びの皮膚の下で静かに冷えていく失望の温度を知っている。今は笑って帰った客が、二度と戻らないことの意味を知っている。そうして消えていった背中のぶんだけ、店の床下には言葉にならなかった不信が積もっていくのだ。その不信は目に見えないが、やがて足場を腐らせる。ある日突然、繁盛しているように見えた場所が、音もなく傾きはじめる。そういう崩れ方を、私は幾つも見てきた。

では、「痴女」とは何なのか。私は幾度もこの問いの前に立ち戻った。辞典を引けば、病理の言葉が顔を出す。世間に尋ねれば、曖昧な笑いと下品な想像が返ってくる。映像の世界では刺激の記号として弄ばれ、この業界では都合のよい看板として掲げられる。つまりそれは、見る場所ごとに別の意味を纏う、仮面の語なのだ。女王とも違う。ただ強く支配する女のことではない。淫らという一語でもまるで足りない。もっと曖昧で、もっと人の都合に引き裂かれ、それでいてなお、ある種の生々しい真実を宿している言葉だ。だからこそ厄介で、だからこそ私はそこから逃げ切れなかった。看板に掲げた以上、その言葉が何を指し、何を裏切り、何を可能にするのかを考え抜かずにいることは、私にとって怠慢に思えた。私が思うに、その核にあるのは「女性が主導権を持つこと」そのものではない。主導権という言葉だけでは、いかにも骨ばっていて、肝心の熱が抜け落ちてしまう。権力の配置だけで語れるなら、こんなに人の心を惑わせる言葉にはならなかったはずだ。むしろそれは、欲望をどう演出し、どう相手に返していくかという感受性の問題なのだと思う。相手の願いをただ受け取るのではなく、一度自分の内部で咀嚼し、別のかたちの愉しみに変えて差し出すこと。その作業には、頭のよさも、間も、会話の呼吸も、気配を読む皮膚感覚も要る。人の目の揺れ、声のひび、強がりの癖、言葉の裏に沈んだ寂しさ、そういうものを掬い上げ、ただ迎合するのではなく、少しだけ美しいかたちに変えて返す力。つまり、ただ強いだけでは足りない。乱暴に押し切るだけのものは、やがて空虚になる。相手を見ず、自分の都合だけで組み立てられた遊びは、どんなに派手でも長続きしない。支配のふりをした独善は、早晩その薄さを露呈する。そう考えはじめたとき、私はひとつの思い込みに気づかされた。「痴女とは、Sでなければならない」という暗黙の前提である。誰が決めたのだろう。いつから、この言葉はそんなふうに狭く囲われてしまったのだろう。男の身体を弄び、欲望の火を手のひらで転がす者が、必ずしも苛烈である必要などないはずだ。柔らかく揺れながら、むしろ受け身の翳りを抱いたまま、人を深みに誘う女だっている。従うように見えて、じつは相手の心を自分の旋律に巻き込んでしまう女もいる。甘さのなかに主導権を隠す者、無垢に見えるまなざしで相手の欲望の重心をずらしてしまう者、乱暴さではなく親密さによって相手の理性をほどいていく者。もし「痴女」という語に、生身の欲望を豊かに翻訳する力のことを含めるなら、その担い手は決して一色ではない。むしろ一色であるはずがない。欲望が人の数だけ歪みと陰影を持つのなら、それを受け止め、遊びへと変えていく女たちのあり方もまた、複数でなければ嘘になる。私はそこに、店の未来の細い光を見た。

この商売を長く続けていると、正しさというものがひどく贅沢に思えてくる日がある。売上、在籍、回転、競争、露骨な数字。そうしたものの前では、理念など紙片より軽い。理想を語っても、支払いは待ってくれない。美学を守っても、空席が埋まるわけではない。だから多くの店は、いつしか理念を飾りにし、実際には目先の回り方だけを信じるようになる。だが同時に、理念のない店はじわじわと骨を失っていく。どの客にも似たような夢を売り、どの働き手にも似たような役を押しつけ、その場しのぎの飾りで持たせているうちに、店の顔が消えてしまう。顔のない店は、一時は流行っても長くは残らない。客は無自覚であっても、そこに固有の体温があるかどうかを嗅ぎ分けるからだ。私はそれが怖かった。店の名を残すことより、その名のなかにある意味を残したかった。何を見に客が来るのか、何に賭けてこちらは迎えるのか、その輪郭をもう一度引き直さなければ、この先はただ惰性の長命になるだけだと思った。だから私は、削るべきものを削る決心をした。曖昧で、誤魔化しを呼び込みやすい導線をいったん壊し、混ざり合っていたものを再構築する。原点に戻るとは、古びた看板をそのまま掲げ続けることではない。最初に何を信じて舟を出したのか、その出発の姿勢をもう一度確かめることだ。痛みを伴う整理だった。慣れた言い訳を捨てるのは、古傷を剥がすようなものだ。長く使ってきた建前ほど、手放すときに血が滲む。だが、膿んだまま包帯を巻き続けるよりはいい。私はようやく、店を繁盛させるための言葉ではなく、店を腐らせないための言葉を選びたいと思うようになっていた。派手な宣伝文句や耳ざわりのいい理想像ではなく、働く者にも客にも、無理なくそれぞれの本質が活きる設計を考えたかった。誤魔化しの延命ではなく、意味のある持続を選びたかった。夜更け、ひとりで事務所に残ると、しばしば私は水底の夢を見る。青い、ひどく青い海の底で、古い舟の影だけがゆっくり揺れている。上から差す光は届ききらず、見えるものは皆、輪郭の縁から少しずつ溶けていく。そのなかで私は、名づけられなかった欲望たちの気配を聞く。客の沈黙、働き手の虚勢、私自身の意地、それらが海藻のように絡み合い、ほどけ、また絡む。水はすべてを曖昧にする。だが同時に、嘘の浮力も奪っていく。軽いものは浮かび上がり、重いものだけが底に沈む。私はその底のほうに、本当に守るべきものがある気がしてならない。上澄みの華やかさではなく、沈殿の側に真実がある。誰にも見えにくく、言葉にしづらく、それでも確かに存在する何か。店を長くやってきた者だけが知る、静かな重みのようなものが。たぶん私は、損な役回りを選んでしまう性分なのだろう。うまく笑って、適当に飾って、回るように回していればいい局面で、つい「それは違うだろう」と言いたくなる。夜の商売に正義など持ち込むなと笑う者もいるだろう。だが、私に言わせれば、正義ではない。ただ持続のための倫理だ。人を深く喜ばせたいなら、深く傷つけない構造を考えなければならない。その程度の節度すら捨てた繁盛は、いずれ自分の首を絞める。私はそれを、長い年月のなかで嫌というほど見てきた。短期の売上のために自分たちの言葉を安売りし、働く者を消耗品のように扱い、客の願いを雑に消費して、最後には誰も残らなくなる場所を。そういう末路は、たいてい最初から決まっている。ただ崩れるまでに少し時間がかかるだけだ。

「痴女とは何ぞや」という問いは、結局のところ、「私たちは何を売り、何を守り、何を夢と呼ぶのか」という問いへ変わっていく。店のコンセプトを作るとは、華やかな包装紙を選ぶことではない。働く者の適性を見極め、客の傷を見抜き、幻と現実のあわいに、どれだけ誠実な足場を架けられるかという作業だ。華やかさは必要だ。夢も要る。だが、夢を夢として成立させるには、足場がいる。落ちれば怪我をする高さに橋を架けるのなら、せめてその橋桁くらいは本物でなければならない。そんなことを、商売の現場で真正面から言えば青臭いと笑われるかもしれない。けれど、青臭さを完全に失った夜は、ただの暗闇だ。私は暗闇だけでは店を続けられない。少なくとも、自分がその舵を握る以上、闇のなかにもわずかな方向感覚がほしい。だから私は、これからも言葉を掘るのだと思う。痴女という古びた札の裏側に、まだ使われていない意味の鉱脈があるなら、それを掘り当てたい。強さだけではない、残酷さだけでもない、もっと豊かで、もっと人間くさい官能の地図を描き直したい。そのためには、異なる気質の者たちの力も借りねばならないだろう。ひとつの色だけでは夜は塗れない。深い藍には、わずかな灰も、傷の赤みも、朝焼けの金も混ざっている。店も同じだ。ただ尖るだけでは続かない。ただ媚びるだけでも残らない。冷たさとやさしさ、技巧と無垢、奔放さと節度、そのあわいにしか生まれない魅力がある。その黄金比を探す旅の途上に、いまの私たちはいる。完成された答えなど、まだない。だが、問いを持ち続けることだけはやめたくない。気づけば、看板の文字を最初に掲げた頃より、私はずいぶん老獪になった。人の見せる顔の裏も、言葉の手触りも、数字の嘘も、ある程度は読めるようになった。だが、老獪になったぶんだけ、嘘に敏くもなった。もはや勢いだけで進める歳ではない。若さは、ときに雑な正しさを許してくれるが、時間はそんな甘えをだんだん剥ぎ取っていく。だからこそ私は、次の季節へ向かう前に、舟の舵を握り直す。第二期の海を知る者には、これから見える景色は少し違って映るはずだ。第三期の海は、同じ青ではない。もっと底が見え、もっと冷たく、しかしそのぶんだけ本物の光を返す海になるだろう。表面だけを照らす光ではなく、深みのなかでようやく輪郭を持つような光だ。私はそう信じたい。そうでも信じなければ、この長い問いと一緒に歳を取ってきた意味がなくなる。夜明け前、街はいつも少しだけやさしい。看板の灯りも、酔客の足音も、遠ざかる車の音も、すべてが薄い膜の向こうへ退いていく。その静けさのなかで、私は自分の胸に手を当てる。まだ熱は残っている。傷もある。迷いもある。諦めきれなかったものも、いまだにうまく言葉にならない願いもある。けれど、残っているからこそ、私は明日もまた問いを続けられるのだ。完全に冷えた人間は、もう問いを持たない。痛みも矛盾も抱えたまま、それでもなお考えようとするから、人は次の海へ出られる。

痴女とは何か。その答えを、私は辞書のなかではなく、夜に傷つきながらもなお美しくあろうとする人間たちのあいだで探していく。うまく生きられなかった者、上手に欲しがれなかった者、誰にも説明できない癖を抱えたまま、それでも自分の愉しみを諦めなかった者たちの沈黙のなかで探していく。看板に書かれた古い二文字を、ただの記号としてではなく、まだ掘り起こされていない感受性の名前として甦らせるために。夢は嘘に似ている。だが、すべての夢が嘘に堕ちるわけではない。そこへ渡るための足場を、どれだけ誠実に組めるかで、夢はときに人を救う。この舟が沈まぬかぎり。 蒼い深みの底から、まだ名づけられていない獣の息づかいが聞こえるかぎり。 私はその声に耳を澄まし、言葉を掘り、夜の海図を書き換え続けるのだと思う。そこにしか、私たちの次の季節はない。



【INDEX】

【関連SNS・Blog】

◉note(フォローよろしくお願いします!※フォロバ100%)


◉SNS(フォローよろしくお願いします!※フォロバ100%)


◉Blog(フォローよろしくお願いします!※フォロバ100%)


◉匿名質問箱

◉海外SNS(Coming Soon)


◉FAN(Coming Soon)


◉動画(あまり投稿してません🙇‍♀️)

【ランキングサイト参加中】

※水商売ランキング(最高位全国1位)

※総合ランキング

※総合ランキング、風俗ランキング、デリヘルランキング(最高位全国3位)

※風俗店・関係者日記ランキング(最高位全国1位)

※大人の生活ブログランキング

※日本ブログ村総合ランキング

※日本ブログ村PVランキング

ここから先は

0字

「🎭創戯旅団🎬Operation Mindcrime🎭」は、『SM奇譚 創戯旅団』の読者様が集…

🏫横浜風俗大学学生証🏫

¥980 / 月
1ヶ月無料

🎭創戯旅団 後援会・スポンサー🎭

¥5,000 / 月
1ヶ月無料

よろしければ応援お願いします! いただいたチップはSMクラブの運営費に全額使わせていただきます!