アラジンⅡ(サミー工業)/裏モノ連チャン機編-46-【3号機】(パチスロ連チャン機烈伝 第46回)
■裏基盤連チャン機という文化の、その始まりの記憶
パチスロの裏基盤連チャン機が有名になり始めたのはいつ頃の事だったか。私の記憶では、3号機時代から有名になって行ったと思っている。とは言っても、私が本格的にパチスロを打ち始めたのは4号機時代からだ。3号機時代もパチンコ屋に友達を迎えに行っては、1,000円だけ打ってたりしたのだが、なにせ何を打っているかさえ分からないままに打っているような状態だった。私が、今回紹介するアラジンⅡは3号機なのだが、私が打ったのは4号機時代になってからだ。アラジンⅡと言えば、裏モノが有名だった。私も裏モノを打っている筈である。筈?そうなのだ、当時はアラジンⅡが裏かどうかも、ろくな知識を持たずに私は打っていたのだ。この「知らずに打っていた」という事実そのものが、実は今回の考察の、最も重要な出発点になる。裏モノという文化は、多くの場合、それを見抜くための知識を持った、いわば熟練の打ち手たちの視点から語られてきた。しかし、当時の私のように、何も知らずに、ただ目の前の台に座っていた無数の遊技者たちの存在もまた、この裏モノ史の中に、静かに埋もれている。
パチスロ連チャン機烈伝 第46回 アラジンⅡ(サミー工業)/裏モノ連チャン機編-46-【3号機】
※ 2026年08月08日13時44分
■第一章:見破るのは簡単だった、集中役なきアラジンⅡの正体
私が打ったアラジンⅡは間違いなく裏だっただろう。それを何故解ったのか。見破るのは簡単だった。アラジンⅡは集中役で出玉を増やすA+Cタイプなのだが、私が打っていたアラジンⅡはビッグの連打でメダルを増やしていた人ばかりである。集中役メインのゲーム性になっていない時点で、本来のゲーム性とはかけ離れている。この当時の裏基盤はアラジンⅡに関しては複数存在していたらしい。集中役のアラジンチャンスをカットしてビッグに上乗せをしていたバージョン、メダルのIN枚数が規定数に到達したら突如ボーナスが連打し始める吸い込み方式、成立したボーナスフラグを内部で貯め込んで一気に放出する貯金方式、連チャン方法は不明だがビッグ・レギュラー・集中がバランス良く連打するタイプ、そして獣王でも触れた36段階設定の裏モノ(34段階とか38段階だったかも知れない)。様々なバージョンが混在していたのがアラジンⅡの裏モノの特徴だった。
■第二章:一つの機種に、これほど多様な裏の系統が存在した理由
ここで、少し立ち止まって考えてみたい。なぜ、アラジンⅡという一つの機種に、これほど多様な裏の系統が並立して存在し得たのだろうか。ビガーやイミソーレXX、OZ-1といった、これまで取り上げてきた機種の多くは、それぞれ一つの明確な系譜(パル工業からマツヤ商会、エマ、オズへと続く血脈のような)を持っていた。しかし、アラジンⅡの場合は、事情が異なるように思われる。考えられる理由の一つは、アラジンⅡという機種そのものが、当時のパチスロ業界において、極めて広範囲に普及していたという点だ。設置台数が多ければ多いほど、それだけ多くの改造業者、いわゆる「カバン屋」たちが、それぞれ独自に手を加える余地が生まれる。一つの中央集権的な技術系譜から生まれた裏モノではなく、各地の異なる業者が、それぞれの発想と技術で、独自にアラジンⅡの内部構造を改造していった結果、これほど多様なバリエーションが並立することになったのではないだろうか。つまり、アラジンⅡの裏モノというのは、単一の血脈が生んだ現象ではなく、いわば「並行進化」に近いものだったのかもしれない。同じ生態的地位(爆発的な出玉を求める遊技者のニーズ)を巡って、複数の異なる系統が、それぞれ独立に、しかし似たような方向性の解決策へと辿り着いていった。この現象は、生物の進化史における収斂進化にも似た、興味深い構造を持っている。
■第三章:区別のつかない打ち手が、見た景色
しかし、私にそのバージョンの区別が付いていないのが問題だった。ふと立ち寄った亀戸だか小岩の駅前のパチンコ屋に設置してあった時と、玉川学園前駅のロータリーの先にあったパチンコ屋で打った事があるのだが、偶然設置してあったのを打っただけだったので、アラジンⅡの設置を確認してから訪れているのとは違った。そして、どちらのお店のアラジンⅡも集中役でコインを増やしているイメージは皆無で、勝っている人はボーナス連打で勝っていたのを覚えている。勝っている人?そう、どちらも私は負けていた。ビッグ単発を繰り返しただけの実戦だったのだ。集中役の楽しみもボーナス連打の楽しみも味わう事なく実戦を終えていた。あの頃の私の頭を引っ叩いて、「もう少しタコ粘りしなければ裏モノなんて出せないからな」と説教の一つでもくれてやりたい気分になる。この経験は、裏モノという現象の、極めて重要な一側面を物語っている。裏モノとは、必ずしも、そこに座った全員に等しく恩恵をもたらす存在ではないということだ。同じ台であっても、粘り強く座り続けた者と、途中で見切りをつけて離れた者とでは、まったく異なる体験を持ち帰ることになる。私自身の記憶が、まさにその「見切りをつけて離れた側」の記憶として、今もこうして残り続けているのである。
■第四章:36段階設定という言葉が持つ、二つの異なる意味
ここで、数回前の獣王の回で語った36段階設定と、アラジンⅡの36段階設定の大きな違いを説明しておこう。アラジンⅡの36段階設定は裏基盤によるものだったらしい。実際にそんな証言を聞いた事もある。一方で獣王の36段階設定は裏基盤では無いのだ。かといって合法でも無い。グレーゾーン攻略があった。AT機黎明期はサブ基盤でATの連チャンを管理していた。するとこんな使い方を応用する事が出来る。設定キーで全体の設定を打ち変える。その後にハーネスを外して、再び設定を打ち変える。するとメイン基盤の出玉管理をする設定とATの連チャン性能を管理するサブ基盤の設定を分離させる事が出来た。それって、「実際にはインチキですよね」って話だ。知らないでやられてしまうのはユーザーだ。盲点なだけなのだが、裏基盤よりもやりくちは巧妙で悪質だと思うのだが、皆さんはどう感じるか。この対比は、非常に重要な示唆を含んでいる。同じ「36段階設定」という言葉でありながら、その実現手段は、まったく異なる技術的性質を持っていたのだ。アラジンⅡの場合は、明確な違法改造としての裏基盤。獣王の場合は、規則の抜け穴を利用した、いわばグレーゾーンでの合法的な悪用。この違いは、単なる技術論に留まらない、大きな意味を持っている。裏基盤という違法改造は、発覚すれば明確な摘発の対象となり、そのメーカーや店舗は、大きなリスクを負うことになる。しかし、規則の抜け穴を利用したグレーゾーン攻略は、明確な違法行為として立証することが難しく、摘発のリスクを大きく回避できる。もしこの推測が正しいのであれば、業界全体の技術は、時代が進むにつれて、より発覚しにくい「グレーゾーン活用」の方向へと、静かにシフトしていった可能性がある。5号機時代の注射による裏化けという技術も、この延長線上に位置づけられるのかもしれない。
■第五章:獣王のATにおける単発の多さという、もう一つの疑惑
獣王はとにかくATの単発が多かった。結局は、クロス設定の餌食になってたんでしょ?そう疑うしか無いくらいに、どのホールの獣王でも若人達が負けていた。そして、このアラジンⅡにしても露骨に裏基盤だったが、「集中役入んね~な」と言って負けている人も多かった。このアラジンⅡが裏だと知っている人はまだ良いのだ。ゲーム性が書き換わっている事を知らずに負けて帰る人達がいた事には疑問を感じる。そこはパチンコ業界の闇だと私は思っている。その闇の系譜は、結局は今も繋がってると私は思っている。
■第六章:知らずに負けるということの、構造的な不公正
この「知らずに負けて帰る」という現象について、もう少し踏み込んで考えてみたい。ゲーム性そのものが書き換わっているという事実は、遊技者側から見れば、本来自分が把握しているはずの確率的な枠組みそのものが、密かに変更されているということを意味する。通常、ギャンブルという行為には、たとえ結果が不確実であっても、少なくとも「どのようなルールで、どのような確率が働いているのか」という、前提条件についての共通理解が存在するはずだ。しかし、裏モノという現象は、この前提条件そのものを、遊技者に知らせることなく密かに書き換えてしまう。集中役を軸としたゲーム性を楽しむつもりで座った台が、実際にはビッグ連打のみを軸とした、まったく別の確率構造で動いていたのだとすれば、そこで負けた遊技者は、自分が何と戦っていたのかすら、正確には理解できていなかったことになる。この構造的な不公正こそが、裏モノという文化の、最も暗い側面なのだと、私は思う。知った上で、その裏モノに惹かれて座る打ち手には、ある種の共犯関係のようなものが成立している。しかし、何も知らずに、ただ「集中入んね~な」とぼやきながら負けていった無数の遊技者たちは、そもそもその共犯関係の外側に置かれたまま、静かに搾取されていたのである。
■第七章:お盆の時期に、この危険なネタを投入する意味
お盆の最中あたりで、そんな危険なネタをさらに投入しようと企んでいる。打ち手にゲーム性が公開されていない現実は、その秘匿性が楽しみの一つではあるが、素人が知らぬ間に負けてしまう欠陥構造でもある。
この「秘匿性が楽しみの一つでもある」という矛盾は、非常に興味深い。裏モノというものが持つ魅力の一部は、確かにその情報の非対称性(知っている者だけが得をするという、ある種のゲーム性)に由来していた側面がある。しかし、この同じ非対称性が、何も知らない者にとっては、一方的な搾取の構造として機能してしまう。この二面性こそが、裏モノという文化を、単純な善悪の図式では語りきれないものにしているのだと思う。
■風前の灯状態のアラジンⅡとの出会い
悔しいのは3号機全盛期に、連チャンしまくるアラジンⅡを打てなかった事だ。3号機時代は、1990年~1992年の僅か3年だけだったので、台自体は4号機時代まで設置されていた。しかし、派手に連チャンをかましていたかは別問題だった。私は風前の灯状態のアラジンⅡに出会っていたのだろう。『アラジンⅡ』という台を振り返るとき、私の中に残るのは、明確な勝利の記憶ではなく、むしろ「区別のつかないまま負け続けた」という、ある種の未消化な記憶だ。集中役の楽しみも、ボーナス連打の楽しみも、どちらも味わうことなく終わった、あの実戦の日々。しかし、その未消化さこそが、こうして33年以上経った今も、私にこの台について語り続けさせる原動力になっているのかもしれない。パチスロという趣味は、突き詰めれば出玉の増減という数字の勝負に見えるかもしれない。しかし、こうして何年も経ってから振り返ると、実際に心に残り続けているのは、勝った金額の多寡ではなく、「あの時、自分が何を相手に戦っていたのかすら分かっていなかった」という、ある種の不完全燃焼の記憶だったりする。アラジンⅡという台は、私にとって「知らないまま負けることの、静かな不公正さ」を教えてくれた台であると同時に、「一つの機種に、これほど多様な裏の系統が並立し得た」という、業界の奥深さを、身をもって示してくれた台でもあったのだ。この先も、私はまだまだ裏モノについて語っていきたいと思う。皆さんの台の思い出も、ぜひ聞かせてほしい。ちょっとした酒の肴になるはずだ。思えば、こうした一台一台にまつわる記憶の積み重ねこそが、私にとっての「パチスロ史」なのだと思う。公式に記録された機種のスペック表や導入データではなく、一人の打ち手が、それぞれの台とどう出会い、どう向き合い、どう別れたかという、極めて個人的な物語の集積。アラジンⅡという台の名前を聞いて、ここまで長々と語れる人間は、そう多くはないだろう。しかし、だからこそ、こうして文章に残しておく価値があるのだと、私は信じている。いつかまた誰かが、この文章を読んで、自分自身の「不完全燃焼の記憶」を思い出してくれたなら、これほど嬉しいことはない。
本稿は個人の体験と記憶に基づく考察コラムです。裏モノ(違法改造台)を推奨・助長するものではありません。
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