暗くて長いトンネルの中(SM奇譚 創戯旅団 第338夜)
人生を55年間生きて、今になって私は気づいた事がありあます。私は暗くて長いトンネルの中を、出口を探して彷徨い続けているんだなという事実です。全く気付くのが遅すぎると苦笑いします。誰かの所為に、責任を押し付ける気はないんです。私の理解力の無さが、私の人生に於いて苦労を連続させている事は自覚出来ています。私はSMクラブ(風俗業界)に身を置いてます。SMクラブに身を置く事になったのは、私が精神的に未熟で一般社会に馴染めなかった事が原因だったと考えています。思考回路がバグっていた両親から逃げ出した事で、ひょんな事から20代からピンサロで働く事になったんです。しかも、そのきっかけは偶然でした。パチスロを打っていて、負けてお店を出る時に『仕事を見つけないとな』と考えていたら、パチンコ屋の正面に風俗店があったんです。古びた雑居ビルで1階にラーメン屋。その奥にピンサロ(BOX型のソファーでサービスを受ける風俗店)。2階もピンサロ。3階に箱ヘル(部屋にベッドだけがあり、共同で使用するシャワーが付いている風俗店)が入居するビルの前には各風俗店の呼び込みが客引きをしてました。私は、『ここのビルでは従業員を探しているお店はありますか?』と聞いてみる事にしました。すると、太った呼び込みさん(1階の店長、後の1階の社長)が、『お~!2階のお店が従業員探してるから聞いてやるよ!』と、下の内線から上の階に連絡をしてくれました。すると、幸運にも面接してくれる事になったんです。私は2階のピンサロで面接を受け合格。『明日から働きに来い』と言われました。その日の夜に、小田急相模原のキャバクラの面接も受けました。そちらも面接は受かったのですが、ボーイをやった後にマイクロバスで送りをやる事が条件でした。住む家が無い事を伝えるとマイクロバスの中で寝泊まりしろと言われました。ピンサロの方は、寮が空いてるから使わせてくれる待遇だったので、ピンサロで働く事を私は選びました。そんな思いつきの働き初めだったんです。今のSMクラブは、そこの会長から譲り受けたお店です。会長(師匠)のお店を一度は辞めて実家に戻ってますが、実家の町工場が潰れたタイミングで師匠の元に出戻ったので、1つのグループでしか働いてません。最初のピンサロは泣かず飛ばずで、私は途中で系列の携帯電話販売会社に移動させられました。最初のピンサロが行き詰まって名前を変えてリニューアルする時に、師匠が『お前の事を店長に育ててやるからピンサロで働け!』と移動を命じられました。私はピンサロのリニューアルから店員に戻り、1年半後には店長に就任しました。その後、店長として2年間勤めてからお店を辞めたのです。辞めたのは、師匠と大喧嘩したからでした。
SM奇譚 創戯旅団 第338夜 暗くて長いトンネルの中
※2026年07月18日18時11分【Livedoor、Ameba、FC2初稿】
※2026年07月18日18時11分【NOTE無料投稿】
私が風俗業に身を置こうと思ったのには理由があったんです。父の町工場は借金体質でいずれ潰れるであろう事は母から聞かされていました。母は小さな学習塾兼ピアノ教室兼ギター教室を営んでおり、父の会社の経営状況を把握してました。私は音響の専門学校を卒業した後に2年間、雑誌の編集プロダクションで働いた後に、父の会社で半年間だけ働きました。しかし、借金体質の会社であるにも関わらず、危機感一つ持たずに定時になると遊びに出かけてしまう父に呆然としましたね。そんな父に私の未来を託す気にはなれずに、会社どころか実家(千葉県)を飛び出して、ピンサロ(神奈川県)で働く事を決めたのです。風俗の仕事でマネタイズを学んで、食いっぱぐれない様にしなければと悲壮な覚悟を持って、真面目に働いてました。私の仕事に対する真摯な姿勢を師匠が信用してくれて、私は出世出来たのです。その師匠と大喧嘩して今度はお世話になったお店を飛び出してしまったのですから、私も恩知らずな人間です。風俗に流れ着いたのは、父親の仕事に対する不真面目さに愛想をつかしたのもありますが、母が膠原病という不治の病にかかって寝たきりになった事に対する危機感もあったからでした。しかし、私は昼職でマネタイズするスキルを全く持たない人間です。このままでは生きていくことさえ出来ないと悩んだ挙句に、夜のお店で働く事を真剣に考えていたのです。なんとも短絡的な思い込みですが、私なりに大真面目な判断でした。それが風俗業界に身を置いた経緯でしたね。当時はそれだけだと思い込んでいました。しかし、今は少し違います。私は40歳になった時に父が営んでいた町工場が潰れて、この後どうするか悩んだ挙句に、師匠の元へ戻る事を決めました。理由はマネタイズを学んで結果を出せたのがピンサロしか無かった事と、私を出世させてくれた恩人が師匠しか居なかった事です。出戻った先は師匠が生前最後に取り組んだプロジェクト、派遣型SMクラブへの配属でした。私はそこで数多くの精神と性癖に傷を負った人間を見てきました。その中で徐々に分かってきた事があるんです。どうやら私は幼少期から心に傷を負ったまま大人になり、その傷は今も癒えないままに傷として残り続けている事です。分かりやすく説明すると精神疾患を抱えたまま、大人になるまで生き続けている可能性が極めて高い事ですね。しかし可能性という言葉を使っているのは私が病院に行く事が無かったからです。自分の見立てでは、95%は発達障害と精神的トラウマに縛られたまま大人になっていると思います。私の自覚不足と未熟さでもありますし、両親の無責任さでもあります。もう私は人生の半分以上を生きてしまったのですから、他責で誤魔化せる年齢ではありません。今は自分の未熟さを恥じるばかりです。
私は幼い頃発達障害だった可能性が極めて高い訳です。両親はプライドばかりを重んじる偏った人間でした。二人とも経営者でしたが、プライドの高さから人に命令されるのを嫌い経営者になっただけで、人望は全くありませんでした。私の出来の悪さを、自分達の遺伝子をきっちり受け継いでしまっているとは直視出来ず、私を殴って躾ければ言う事を聞くと、勝手に思い込んでいました。私の心の傷は両親によって抉られ、さらに深いものとなります。『そんなのは誰でもそうだよ』と言いたい人もいるでしょう。確かにそうとも言えます。しかし傷を負った子供は一人でその心の傷を治す事は出来ません。両親は自分たちの所為で、息子が精神に傷を負っているとは認めたく無かったのでしょうね。今思えば器量の狭い両親です。恨んではいませんけどね。感謝もさほどしてませんが。挙げ句の果てが、両親揃って、仲良くダブル不倫です。ぶっちゃけ人間のクズですね。そこまで歪んでいるなら離婚しろって話です。未熟なくせにプライドばかり高いから、最後には子供にまで魅惑がられて拒絶されるのです。両親の事は大嫌いでした。せめて私の心の傷には寄り添って欲しかった。いや、せめて自分の子供なのだから心に傷を負って苦しんでいる事くらいは把握して欲しかった。それは両親が亡くなる最後の最後まで修正される事はありませんでした。その傷を少し癒したり正面を向いて向き合ってくれたのが師匠だったと思います。私はその姿勢に恩義を感じているので、最後までSMクラブを手放さずに大事に育てているのです。今では、私の息子の様な存在になっています。そう考えると、私は暗いトンネルの中を彷徨い歩き続ける人生を送っているのだなと、本気で思うのです。今も出口を出れた感覚はありません。では、どうなったら私は出口から出られるのでしょうか?そう自問自答する事が良くあります。SMクラブには心と性癖に傷を負った人々が、どこか闇を抱えたままに辿り着きます。そしてまた、何かに傷つき傷を抱えた状態で、私やお店を逆恨みしながら去って行く事が非常に多かったですね。いつの間にか私は、そんなSMクラブの番人になっていたんです。師匠も最後の仕事としてSMクラブを選んだのは、傷と闇を抱えていたからかも知れませんね。都内のSMクラブのヘヴィーユーザーでした。私は師匠に精神的に救われたんだと思っています。私も誰かの役に立たなければ、お店を継いだ事にはならないと本気で感じます。幼稚な発想だとも承知しているのですが、師匠が在命中に恩義を返せなかった負い目があります。ならば私は私の意思を継ぐ次の世代を育てて、その人間に恩義を返すべきだろうと考えるに至りました。その思いを完遂した時が私の長いトンネルの出口なのではなかろうかと考えているんですね。私が勝手に思い込んでいる自己満足の世界観ですが、いけない事でしょうか?くだらない事でしょうか?私にも正解は分らないんです。だから、まだトンネルの中にいると表現したのです。しかし、別に私は悲劇のヒーローではありません。感傷に浸っているから、そう考えているのとは違うんですね。悩んで悩んで答えを探そうともがいているんです。その情けない姿を隠そうとしません。寧ろ、皆んなに見て貰おうと考えています。何かしらの傷を抱えてSMクラブに辿り着いているのに、答えを見つける事なく去って行った人が多いのは気になります。『私だって同じだよ』とカミングアウトする事で、再び傷を追う前に自分を見つめ直す人が居てくれるのではないかと淡い期待を込めてカミングアウトしてるんです。私に出来る事はそれくらいだとちゃんと分かってるんです。風俗の教育機関、『横浜風俗大学』を立ち上げたのも同じです。もし暗いトンネルの中で苦しんでいる人が居るのなら、そのトンネルの中で一緒に出口を探しますよって意思表示です。なのでマウントを取る気もマウントを取られる気もありません。並走して寄り添う事だけが私の目的です。一緒の出口があるとは思っていませんよ。私は、少しだけ希望を持ってトンネルから出ていける人を見送りたいんです。見送る事が出来れば私はホッとため息をつくんだと思います。SMクラブで私の目的を果たせたのはたった1人だけだと思っています。第一期に在籍したりゆさんが唯一見送った人間ではなかろうかと感じているんですね。最後は癌による死別だと私は勝手に思っていますが、彼女の最後の仕事に私は立ち会えた可能性が高いと感じます。彼女は死ぬ間際に私の携帯に最後の電話をくれたと思うのですが、病院に会いに行けば良かったと後悔しています。残念ながら私も糖尿病で倒れて死にそうだったので、それどころではありませんでした。医者からは入院しろと言われたのですが、『起業して1人で仕事をしているので倒れる訳にはいかない』と病院の先生に泣きつき、事務所に病室を作り病棟兼事務所のような環境で気合と根性で仕事を続けました。まさに鬼神の働きを奇跡的にこなしたのです。奇人の間違いだったかと、今では思ってますけれどね。それから今も在籍中の玲子さん。彼女との腐れ縁にも感謝しないといけません。悪友S君にも、脚を失くしてからは特に助けられています。まだまだ同じような強い絆を増やさないと、私は地獄行き確定だと思います。第一期、第二期、第三期でどれだけのキャストさんの不幸を救ってやれなかっただろうと後悔しています。『横浜風俗大学』がお店のバランスを良い方向に持って行ってくれないかと期待しているんです。確実にそうせねばならないですね。悲壮な気持ちで仕事に取り組んでますよ。『横浜風俗大学』は、私自身の学び場でもあるのでしょう。私自身が今だに暗くて長いトンネルの中で彷徨っているのだから、私が自分を構造解析できる様にならないといけないでしょう。闇からの脱出は容易ではありませんよ。私の一生をフルベットした大仕事でしょうね。皆さんも自分の傷と向き合うという事は、一生を掛けた大プロジェクトだと思っていた方が良いと思いますよ。それくらい抜け出せない難儀な問題ですから。SMクラブだって、たまには人の役に立つんです。人生に悪影響を及ぼす存在だとは思いたくありませんから。次回からは8夜連続で、サッヘル=マゾッホ考察に戻ります。『マゾの聖典』を紐解いて行きましょう。
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