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創戯旅団 戦歴の記録-SM奇譚 第42夜-焔の待つ部屋

革は記憶を吸う、と誰かが書いた。あの書の言葉は、当たっているようで、実は半分しか当たっていない。革が吸い込むのは、匂いだけではあるまいと私は思う。革は、人間の体温が残した熱の残響まで吸うのではないか。蝋燭の灯に照らされた焦げ茶の革の表面は、湖の底のように、私の視線を呑込んで返さない。その湖の只中に、女王と名のつく女たちが幾人もの椅子に沈んでいる。椅子は、それぞれ微妙な角度で傾いている。傾き具合は、彼女たちの今日の運勢を語っている。何度も通った私には、それが分かる。傾きが浅い椅子に腰を下ろしている者は、今日の自分をそれなりに値踏みしている。傾きが深い椅子に半ば崩れ落ちている者は、もう誰かへの攻撃を始める準備をしている。椅子は、彼女たちの心拍を、そのまま木と革に翻訳している。50を過ぎた私の嗅覚は、若い頃のように利くわけではない。けれど、嗅ぎ分けたいものは、鼻に頼らずとも分かる。香水と、肌から滲み出た体温と、絹の衣擦れの残香と、革と、長年の香炉から降り積もった古い埃。それらが混じり合ってできる「溜まり」の匂い。それが、女王様と呼ばれるひとたちが溜まる午後には、あの部屋の四隅に湛えるように漂う。彼女たちの口元は、薄く引き結ばれている。笑っているのに笑っていない。あるいは、笑おうとしているのに、どこか別の場所で泣いている。あの種類の表情を、私は老いた目で何度も見てきた。もてなしているようで、実はもてなされている自分に陶酔している顔。あれは結局、鏡の前で自分の微笑みを確かめているのと、本質的に同じことだ。本人たちはそれに気付かない。気付きかけた翌朝には、もう記憶が上塗りされている。記憶が上塗りするたびに、彼女たちの表情は、もう一段、底の浅い皿の上の水滴のように、軽くなっていく。ベルが鳴る。たった一回の、あの乾いた電子音。それだけで、彼女たちの姿勢は一斉に書き換えられる。背筋が伸び、唇の色が意識され、視線が柔らかく丸められる。皮肉なことに、ベルひとつで、人は獣から花弁へ変身する。花弁は、しばらくは風に揺れる。しかし風がやむと、花弁は自重で下を向く。下を向いた花弁はやがて床に落ちる。落ちた花弁の上を、誰かが躊躇なく踏みつけていく。それが、あの部屋の一日の詩型だ。

彼女たちの語彙は、驚くほど貧しい。おおよそ三つの句型しかない。「あの客、はずれだった」「あの子、最近調子いいね」「あの店長、また何か企んでる」。その三つの句型が、回転を始めると同時に熟成する。熟成を経て、最後に必ず誰かの悪口にarriveする。誰かが毒を注ぎ、その杯を別の誰かが煽る。煽った杯を、また別の誰かが受け取り、唇に危険な微笑みを添えて一口含む。連鎖は、他愛ない雑談の皮を被って始まる。けれど皮の下には、もう毒の樹液が流れている。私には、それが我慢ならない。けれど我慢ならないことを、この部屋に居る者は、ほとんど口にしない。口にすれば、自分が次の獲物に選ばれる。それを、彼女たちは経験で知っている。だから、抗議の代わりに沈黙を選ぶ。選んだ沈黙の中で、彼女たちは互いに耳を澄ませている。誰の言葉が一番鋭いかを、棒の先に剥き出しの刃を括り付けた競技のように、じっと見定めている。だから私は、この部屋に来る回数を減らした。減らしたのに、結果は変わらない。化学反応は、部屋の中で勝手に進む。私が居ようが居まいが、瓶の中の泡は、勝手に昇る。私はただ、瓶の外で、泡の破裂音が聞こえるかどうかを、不安にしながら数えていた。それでも、時折は、この部屋に戻る。戻る理由は単純だ。耳を塞ぐためではなく、耳を澄ますため。言葉にならないものを聞くため。溜息の深さを、自分の肺活量の単位で測るため。沈黙の質感の差を、掌で確かめるためだ。革張りの椅子が軋む音の中に、誰かが誰かの悪口を囁いた、そのまさに瞬間の湿度。それを、私は身体で覚えている。覚えているからこそ、書く。書くことが、私にとっての唯一解毒である。解毒は、すぐに効き目を現さない。効き目を待つ間に、私はもう一度、あの椅子に座り直す。座り直す理由は、あの椅子が一番、匂いを吸い取らない素材でできているからだ。木の芯に少しだけ革を巻いた椅子は、皮革だけのものよりも、ずっと正直に、私の重みを返してくる。重い者が座れば、椅子は沈み、軽い者が座れば、椅子は浮く。私は、自分の重みがちょうどいい位置にあるかどうかを、その椅子で確かめている。確かめ終わるまでに、いつも数時間がかかる。

女王様と名のつくひとたちに、私が不思議を抱いてから、もう幾星霜が流れたろうか。不思議の中身は、彼女たちの親切の下に潜む空洞そのものだ。親切は、たいていの場合、まず挨拶から産声を上げる。「こんにちは」「お疲れさま」「ありがとう」。そういう短い語の端に、彼女たちは柔らかい表情を置く。置かれる表情は、まるで額縁に入った絵画のように美しく整っている。けれどその表情は、底の浅い皿の上に置かれた水滴と同じだ。皿が少しでも傾けば、水滴は流れ落ちる。流れ落ちた先に、何があるか。彼女たち自身は、それを確かめようとはしない。確かめれば、自分自身の輪郭の歪みに直面するからだ。直面することを、彼女たちは幾つになっても避けている。避けることに、もう慣れている。慣れるということは、やがて習慣になる。習慣は、やがて彼女たちの肌の一部のようになる。肌の一部になった空洞は、もう空洞であることを忘れられる。忘れられた空洞ほど、深い空洞はない。なぜ、彼女たちは、すぐに頭を上げるのか。なぜ、一度でも褒められれば、神の如く振る舞うのか。それが不思議でならない。協調性という語は、彼女たちの辞書には存在しない。存在するとしても、それは「私が中心です」という一行の宣言だけで終わっている。協調とは、自分の輪郭を他者の輪郭に合わせて控えめに削る作業だが、彼女たちの削りは、自分を肥大化させる方向へしか働かない。この二つの欠落を抱えた女王様たちが、四人以上、同じ空間に滞留すると、何が起きるか。もうご存知の読者も多いだろう。彼女たちは、もう人間ではなくなる。「配属された複数の化学物質」になる。互いの欠落が共鳴し、欠落が欠落を呼ぶ。アラートも警告灯もなにも鳴らない。静かな実験室で、何の前触れもなく火薬が混ざるのと似ている。それを目撃したのは、アフターコロナの空気が世の中を覆い始めた、ある木曜日の午後だった。彼女は三人だった。一人は色が白く、一人は色が浅黒く、一人はその中間。三人とも、昼下がりの柔らかな光に照らされると、それぞれ違う表情の影を壁に落とした。影の形が違うということは、座っている角度が違うということで、座っている角度が違うということは、心の中の重心が違うということだ。三人とも、その週の売上は芳しくなかった。三人とも、口には出さないが、本指名のない苛立ちを爪先にため込んでいた。爪先が床を叩く振動は、もう私には時計の秒針と同じくらい正確な時刻を示していた。秒針の音色は、彼女たちの苛立ちの深さを、周波数の高さで語っていた。一人の秒針が少し高くなった。その少しの高さの違いを、彼女たち自身は聴き分けられない。けれど私には、聴き分けられた。聴き分けるというより、聴き分けずにいられなかった。やがて、会話が始まる。表面は他愛もない雑談で、「今日のランチ、何にしようか」「昨夜のドラマ、ね」。けれど、部屋の温度がゆっくりと上がっていく。言葉の端に棘が見え始める。棘の方向は、必ず弱い者へ向く。働いた時間の長い新人キャストさん。お客様との距離感が少し遠い女の子。そういう子たちの些細な失敗を拡大し、笑いものにする。笑い声が、一段階上がる。上がるたびに、革張りの椅子が軋む。軋みの音が、彼女たちの次の言葉の場所を予約している。予約された場所には、必ず誰かの名前が置かれる。名前は、椅子と同じく、置かれた瞬間に重さを持つ。重くなった名前は、彼女たちによって、もう何度も軽く扱われてきた。軽く扱われた名前は、ついに形を失い、ただの輪郭線になる。輪郭線になった名前は、もう誰のものか分からなくなる。分からなくなった名前は、危険だ。

私は、その部屋から出られないことが、よくあった。出られないのは、彼女たちを見張るためではない。出た瞬間に背後で起きることを、確かめるためだ。「私が居なくなったら、彼女たちはどこまで行くのか」。それを確かめるために、私はあえて居残る。居残ると、彼女たちの言葉の棘が少しだけ柔らかくなる。柔らかくなるのは、私が居るからだ、という自己満足を、私はもう持たない。持たないのに、私は居残る。居残ることの意味を、自分に説明しきれずに、ただ座っている。座っている間に、皮革と白檀と、薄く酸化した汗の混じった匂いが、私の記憶の底にゆっくりと沈んでいく。沈み方は、もう何年も同じだ。同じ沈み方をする匂いだからこそ、私はそれを色で覚えている。あの匂いの色は、暗い金色に少し灰色を混ぜたもの。その色は、私の網膜のどこかに、まだ貼り付いている。コロナ禍の沈黙が溶け始め、世の中が浅い息を再び吐き始めた頃、エレガンスには二つの選択肢が浮かんでいた。一つは、新しい柱を立てること。もう一つは、今ある柱を磨き直すこと。私は、後者を選んだ。選ばざるを得なかった。理由は単純だった。エレガンスの人員には、明確な揺らぎがあった。揺らぎ方が不自然だった。自然に増減しているのではなく、どこかで、何者かによって、上限が押さえられていた。その上限を押さえている力の正体を探れない限り、新しい柱を立てても、その柱もまた誰かの掌の上で小さく揺れるだけだ。小さく揺れる柱は、やがて倒れる。倒れた柱の破片は、誰の足もとに落ちる。落ちた破片が、誰の足を傷つけるかを、私は恐れなければならない。恐れなければならない者の数は、時に予想を超える。新店舗のホームページは、もう用意できていた。ドメインを取り、雛形を組み、写真を並べ、料金表を整えていた。あと一つ、日付を押せば、店は大人の顔をして街に現れる状態だった。それを、私は押し込まなかった。経費を抱えたまま、売上が伸びない状態が、一番怖い。家賃は待ってくれない。待ってくれないのは、家賃だけではない。スタッフの生活も、お客様の期待も、同業者の視線も、すべてが待ってくれない。待ってくれないものを相手にしながら、まだ見ぬ柱を立てる余裕が、私にはなかった。懸念は三つあった。その一つは、ギャルズスタイル。これはアフターコロナとギャルズスタイルに関する語りで十分に擦こすった。残りの二つは、まだ語らない。語れば、業界全体の均衡が傾く。今は10年後に届く羊皮紙にだけ、その二つは書いておく。10年後なら、書く私も、読む方も、少し冷静でいられるだろう。冷静でいられる時間がないとき、私は筆を置かざるをえない。

そうして、私は一つの賭に出た。当時、あの賭にはまだ名前がない。ただの無謀な一手に見えただろうし、今振り返っても、無謀だった。求人広告にお金を投じた。天国ネットに、それまで投げたことのない額を投じた。具体的な金額は書かない。書けば、後で誰かが真似をする。馬鹿な真似を。世の中には、馬鹿な真似を恥ずかしがらない者が、10年前よりもずっと増えている。増えていることを、私は寂しく思う。天国ネットは、信用ならないサイトの代名詞だった。広告費が蒸発し、応募が砂に消える。それでも私は投げた。それは正気の沙汰ではない。正気でないことを、私は知っていた。知っていて、投げ続けた。投げ続ける理由を、自分に説明できない夜もあった。けれど、投げる手を止めることが、もっと怖かった。手を止めた瞬間に、自分の中の何かが錆びる。錆びたものは、もう二度と元には戻らない。私がこの岐路に立つとき、私はいつも自分を最後に考える。トータルバランスの勝負に出る。慎重さの欠片も残らない行動に出る。普段の私の言葉からは想像できない動きをする。それが私の癖だ。癖と分かっていて、辞められない。辞められないのは、きっと、あの皮革の匂いが、まだ鼻腔の奥に住み続けているからだ。住み続けている匂いは、私の判断を、しばしば裏切ってくれる。裏切ってくれる匂いを、私は相変わらず愛している。愛しているということ自体が、すでに裏切りなのだろう。この賭がどうなるか。読者のみなさんは、もう薄々感じていらっしゃるだろう。何せ、私は「悪い予感は九割当たる」という持論の持ち主だからだ。今、あの予感が、あの部屋の四隅で、音を立て始めている。音は、たとえば、こういう音だ。待機の椅子が軋む音。皮革が伸び縮みする音。革の縫い目が軋む音。それから、誰かが爪先で床を叩く音。それらが重なる午後。重なり方は、いつも不規則で、不規則だからこそ、私の耳はいつも少し緊張している。あの頃の私の嗅覚は、年を取って鈍くなったはずなのに、不思議と、あの部屋の匂いだけは鋭かった。匂いだけで、彼女たちが全員考えていることを嗅ぎ分けていた。嗅ぎ分けるというより、嗅がずにいられなかった。皮革と香水と体温と、隠しきれぬ嫉妬の混じった匂いが、鼻の奥で勝手に翻訳されていく。翻訳は、いつも正確だった。正確過ぎた。正確過ぎた翻訳は、時に残酷だ。残酷な翻訳を、私は今日まで、ずっと一人で抱えていた。予感は、たいてい当たると書いた。けれど予感は予感であって、確信ではない。確信に変えるためには、もう少しだけ時間が必要だった。その時間が、あの有名なジェットコースターの頂上に似ている。ゆっくりと、ゆっくりと、頂上まで登っていく。頂上に立った瞬間、胃の底が少しだけ軽くなる。軽くなった次の瞬間、急降下が始まる。急降下の予感だけが、背筋を撫でるように伝わってくる。伝わってくるのに、まだ頂上に立っている。この立っている時間が、一番怖いのだと、私はあの夏に学んだ。この後、急降下が起きる。起きる前に、もう少しだけ書いておかなければならないことがある。それは、あの部屋にいる女王様たちが、普段どれほど醜い振る舞いを繰り返しているかということだ。それを前振りとして語っておかないと、後に続く惨劇が、惨劇として読者の胸に届かない。私は読者の胸に届けたい。届けるために書く。書くために、醜さを晒す。晒すことに、私は毎回、少しだけ躊躇する。躊躇する時間を短くしながら、私は今度もまた、晒す覚悟を決める。醜さは、誰かの悪口を言っているときの口元に宿る。醜さは、本指名の取れない苛立ちを抑えきれない腰の動きに出る。醜さは、お客様の前以外では決して見せない笑顔の裏側に棲む。それを集団で増幅する装置が、あの待機室だ。装置は、皮革と香水と蝋燭の灯で構成されている。誰でも、あの装置の中に足を踏み入れると、同じ反応を起こす。女王様であろうとなかろうと、踏み入れた瞬間に、加熱が始まる。加熱の速度は、装置の中に同時にいる人数に比例する。比例の係数は、彼女たちの不機嫌さの度合いに、また比例する。二重比例の果てに、何が起きるか。それを、私はあの夏、初めて目撃した。

ここで、私は自分の語彙を少しだけ休ませたい。休ませる理由は、次章の冒頭に、あの夏を、より正確に置くためだ。あの夏の匂いを書く前に、今この頁で、一度余白を作らなければならない。読者のみなさんは、この余白の中で、きっと自分の記憶の中の夏の匂いを思い出すだろう。思い出した夏の匂いは、たいていの場合、少しだけ寂しい。少し寂しい夏の匂いは、誰の中にも一つはある。私も、あの夏を、少しだけ寂しく想起する。寂しさの中にこそ、本当の匂いは薫る。あの夏、私は求人広告の数字とにらめっこしていた。応募は少なかった。少なかった理由は、求人広告の問題ではなかった。エレガンスを取り巻く環境が変わっていたのだ。周囲のお店も同じように喘いでいた。新店舗の立ち上げが増えたせいで、動かせる人員の総量が、あちこちで希釈されていた。希釈された人々は、もとの濃度を取り戻そうと、別の容器を求めて彷徨う。彷徨う先々で、同じ希釈が起きる。希釈の連鎖は、誰にも止められない。天国ネットへの投資は、結論から言えば、ただの寄付になった。寄付先は天国ネットという名の砂漠で、撒いた種は風で飛ばされ、芽吹く前に消えた。後から思えば、私はあのサイトを使って、自分がどれほど冷静さを欠いていたかを証明しただけだった。証明とは、相手に示すことではない。自分に知らしめることだ。私はあのとき、自分の内部で何かが軋んでいるのを感じていた。軋みは、革の縫い目から音を立てて外に漏れ出た。漏れ出た軋みに、私は耳を澄ませた。澄ませた先にあったのは、もう一つの沈黙だった。あの沈黙の正体を探すことは、もうしなかった。しなかったのは、きっと、その正体を知ることが怖かったからだ。求人広告にもお金は投じた。投じたけれど、期待は半分だった。半信半疑の、もう少し下の方。冷めた水道水のような感覚が残っていた。冷めた水を飲んで、それでもなお、もう一度蛇口を捻るような感覚。捻っても水が出るのかどうか、もう分からない。分からないのに、捻る。捻る指先に、少しずつ力がこもっていく。こもった力は、やがて指を痛める。痛んだ指は、また次の蛇口を探す。探すことを、私は止められなかった。その感覚の底に、九割の予感が横たわっていた。予感は、今この頁を書いている私にも、まだ形を変えて残っている。残っているというより、増幅されている。あの夏から二年が経った今も、あの予感は正確だった。正確過ぎた。正確過ぎた予感は、時として、当事者にも残酷だ。残酷な予感は、当事者の瞼を少しだけ重くする。瞼が重くなった者は、もう十分に眠っているにもかかわらず、夢の中で何度も同じ景色を見る。同じ景色を見ることを、もう止められない。

天国ネットがどれほど信用ならないかを、私は別の機会に語りたい。語るべきだと思う。語ることは、あのサイトに同じ轍を踏まないようにするためだ。ただ、ここで一つだけ書いておく。天国ネットの広告枠には、「キャスト求む」と書かれた欄がある。その欄は、一見すると、フェミニンで柔らかい色使いの装飾に守られている。けれど、その装飾の下には、応募者の個人情報を吸い込む管が這っている。管の先は砂漠で、水は蒸発する。蒸発の音は、誰にも聞こえない。聞こえない音は、ずっと地下で鳴り続ける。鳴り続けた振動は、いつか管を破裂させる。破裂した管の先は、もう誰も知らない。聞こえない音が、いっそう怖い。私はあの頃、聞こえていない音が聞こえる人間でいたかった。でいたかったけれど、実際の私は、聞こえないふりをしていた。ふりをしていた方が楽だった。楽であることは、正義ではない。けれど、50を過ぎた人間には、楽であることの誘惑が強くなる。それを痛感している。痛感していても、ふりを解くことは、今もできていない。できていない自分に対して、もう怒りは持っていない。代わりに、少し寂しいと思っている。少しの寂しさは、50を過ぎた人間の、かすかな味方に違いない。ジェットコースターはゆっくりと登っていく。あの高さから見下ろす景色は、いつも美しく、それでいてどこか遠い。遠くに見える景色は、美しければ美しいほど怖い。それは、落ちる直前だからだ。落ちる直前の高さから見る景色は、どんな景色でも、一瞬だけ完璧になる。完璧な景色を、私は二度と見たことがない。一度見れば、もう二度と見られない。なぜなら、その景色は、落ちる前の一瞬にだけ存在するからだ。私のジェットコースターは、あの夏の終わりを頂点とした。そこから右へ、左へと急展開する様は、本当にコースターと同じだった。怖さは、落下そのものではなく、落下前にある。落下前の、あの、胃の底が少しだけ軽くなる時間。その時間が、あの夏から二年にわたって、ずっと私の胃の底を占拠していた。占拠する時間が長ければ長いほど、胃は敏感になる。敏感になった胃は、もう小さな落下でも過敏に反応する。過敏な反応を、私は日常生活の中で何度も繰り返した。

あの待機室で起きた出来事を、私はこの先、二話にわたって語ることになる。語る順番は、まず女たちの醜い振る舞いから始まる。醜い振る舞いの話だけで一話を費やす。それを土台として、大事件の話が一話。もう一話は、事件の後の静かな余韻に捧げたい。余韻には、皮革の匂いも、香水の匂いもない。ただ、埃と、革の縫い目の軋みの記憶だけが残る。記憶は匂いよりも長く残る。残る記憶を、私は書きたい。書くことで、記憶の輪郭を少しだけ柔らかくしたい。柔らかくした記憶は、再び匂いを帯びるかもしれない。帯びた匂いは、きっと私の鼻腔の底に、もう一度住み始める。悪い予感は九割当たる。この持論は、あの夏から何度も立証された。立証という言葉を使うのは、予感が予感であることを、もう止めたいからだ。予感は、結果が出れば確信に変わる。変わった確信というのは、残酷な重さを持つ。その重さを、私は今も、少しずつ筆記の重さに変えている。変える作業はゆっくりとしか進まない。ゆっくりとしか進まない作業を、私は毎日少しだけ続けている。続ける理由を見つけたのが、もう遅過ぎたかもしれない。遅過ぎたけれど、見つけた。見つけただけで十分だと、私はもう思っている。終わる前に、もう少しだけ、あの夏の香りをこの頁に留めておきたい。革の匂い。白檀の匂い。体温でほどけた絹の匂い。それらが混じり合った、あの待機室の匂い。それは、女王様たちの謙虚さの欠落を、最も正直に語る匂いだった。謙虚さが欠落したところから立ち上る匂いは、必ず甘く、そして苦い。甘さと苦さの割合は、彼女たちの、その日の機嫌で変わる。機嫌の良い日の匂いは、甘さが少しだけ勝つ。機嫌の悪い日の匂いは、苦さが支配する。支配する苦さは、あの部屋の四隅を、薄く、しかし確実に侵食していく。匂いは嘘をつかない。だから私は、匂いを信じて書く。私の言葉は、嘘をつくことがある。けれど、私の鼻が捉えた匂いは、決して嘘をつかない。つねらない。私はそのことを、あの夏にはっきりと学んだ。学んだことを、今も少しずつ、自分の筆に伝えている。伝わる速度は遅い。遅い速度でも、確実に伝わっている。伝わっていることを、私は信じて書き続ける。

この章を閉じる前に、もう一つだけ書いておく。私はあの夏の出来事を語るとき、決して誰かを裁くつもりはない。裁くことは、書くことではない。裁くことは、観察することでもない。私はあの夏の出来事を、観察した。観察した上で、今も観察を続けている。観察は、終わる気配がない。終わる気配がないのは、きっと、あの部屋の皮革の匂いが、まだ私の鼻腔の底に残っているからだ。残っているのは、匂いだけではない。言葉の残響も残る。あの待機室で飛び交った、無責任な言葉の断片。誰かの悪口を言うときの、少し高くなった声。その声の湿度を、私は忘れることができない。忘れるまで、まだ時間がかかるだろう。時間がかかることを、悲観しているわけではない。時間がかかることの中にこそ、書くべきものがある。次の一話では、あの待機室に何があったのかを、ようやく具体的に語ることになる。語る順番としては、まず醜い振る舞い。次に、その醜さが化合物のように混じり合い、新しい醜さを生み出す瞬間。最後に、その醜さが誰に向けて発射されたか。発射という言葉を選んだ瞬間、私は少し躊躇した。けれど、あの夏の午後には、それ以外に表現が見つからなかった。見つからなかった言葉は、時として一番正しい。発射という言葉を選んだ瞬間、私は自分の語彙もまた、あの待機室の皮革の匂いに染まっていると気付いた。気付きを得たことは、書いている者の小さな報酬だ。報酬は、いつだって小さく、小さくあるべきだ。そうでないと、書く姿勢が歪む。姿勢を保つために、私はいつも小さな報酬を選ぶ。小さな報酬を選んだ後の私の顔は、きっと静かで、少しだけ疲れているだろう。疲れている顔のまま、私はまた書く。あの夏から二年。あの夏を、私はまだ書き終えていない。書き終えられないのは、きっと書き方が足りないのではなく、あの夏の香りと音と沈黙が、まだ私の内部で酸化し続けているからだ。酸化は、酸っぱい匂いとともに進む。すっぱい匂いは、私があの夏を忘れないようにするための、自然の防腐剤なのかもしれない。防腐剤は、時に効きすぎる。効きすぎた防腐剤は、記憶の風化を止める。止めることは悪いことではない。けれど、記憶の風化を止めるということは、同時に、新しい記憶の堆積も止めるということだ。堆積が止まれば、書くべきことが減る。減ることが怖い。怖いから、私はまだ書く。まだあの夏の、皮革と白檀と汗の混じった匂いの底を、舐めるように書いている。舐めるように書くことは、決して上品な書き方ではない。けれど、上品でない書き方の方が、あの夏の真実には近いと信じている。真実に近い書き方を、私は選びたい。選びたいと願いながら、今もこの頁を閉じられないでいる。閉じられないのは、あのジェットコースターの頂上に、まだ立っているからだ。立ったまま、次の急降下を待っている。待つ時間の中で、私は革の匂いを嗅ぎ、白檀の匂いを思い出し、汗の記憶を辿る。辿る先に、次の話がある。次の話は、次回に。次の回に続く二話の中で、あの夏の全てが、ようやく語られることになる。語られるだけでなく、読者のみなさんの鼻腔の底にも、あの夏の香りが残るように書きたい。そう書きたいと願いながら、今夜もまた、あの香りの中で筆を伏せる。筆を伏せても、皮革の匂いは消えない。消えない匂いは、きっとこの小説の読者のみなさんにも、いつか届く。届くことを、私は信じている。信じているからこそ、今夜もまた、あの香りの中で眠る。眠りの浅い私は、きっとまた、あの香りの夢を見る。夢の中の私は、あの部屋の椅子に座り直している。座り直している私には、もう年齢はない。年齢のない私は、ただ、あの香りを、もう一度、静かに吸い込んでいる。吸い込んでいる間に、ページのどこかで、誰かの爪先が、また床を叩く音がする。叩く音は、もう私の夢の一部になっている。一部になった音を、私はこれからも、少し寂しく思い出すだろう。思い出すたびに、またあの頁を開く。開いた頁は、きっと、また、新しい香りを帯び始める。帯びた香りは、いつも、同じ匂いになる。同じ匂いになることが、私の文章の、唯一の署名になるのかもしれない。署名のない文章は、香りもない。香りのない文章は、もう誰の鼻腔にも届かない。届かない文章は、書かれなかったのと同じこと。私はこれからも、届く文章を書きたい。届くために、あの香りを帯びさせ続ける。帯びさせ続ける筆は、もう老眼鏡越しに震えている。震えている筆の穂先に、それでも私は、新しい一語を置きたいと願っている。願っている夜の灯は、もう蝋燭のようには揺れない。蛍光灯の、白い、少し冷たい光に、私はいつも頁を書いている。



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