創戯旅団 理念の記録-SM奇譚 第27夜-白い病室に冬の蹄が鳴る
まだ見ぬ原石たちへ、師走前夜の募集譚。朝の窓は、もう夏の窓ではない。夜の廊下も、すっかり秋の顔を脱ぎ捨ててしまった。白い病室にいながら、それでも朝夕の冷えはきっちりと骨に届く。冬とは律儀なものだ。こちらがまだ心の支度を整え切れていなくても、季節の方は遠慮なく戸を開けて入ってくる。薄い毛布の隙間から忍び込む冷気に、ああ、今年もいよいよ終盤へ差しかかったのだと教えられる。十一月。たかが一枚、暦がめくられただけのことなのに、そこに刻まれた季節の音は思いのほか重い。歳を重ねるほど、一年は短くなると人は言う。だが今年に限っては、早かったのか長かったのか、いまだに判別がつかない。流れ去ったようでもあり、ひとつひとつの月が妙に濃く、指で押せば痕がつきそうなほど重たくもあった。良くも悪くも、私は激動の只中にいた。平坦な道を歩いていた者には見えない景色を、望んだわけでもないのに見せられた一年だった。人のありがたみ、身体の不自由、待つことの苛烈さ、動けない者だけが知る焦燥。そういうものが、病室の白い壁に日ごと薄く積もってゆく。のちに振り返れば、人生の中でもとりわけ輪郭の強い一年だったと、たぶん私は言うのだろう。酉の市が終わるころになると、街は目に見えぬ速度で年末へ傾き始める。熊手にぶら下がった縁起物のきらめきが、まるで「もう立ち止まっている暇はないぞ」とこちらをせき立ててくるようだ。師走とは不思議な言葉である。僧侶すら走るほど忙しい月、という意味だと聞かされてきたが、今の私には、走れない身でありながら、心だけが先に駆け出してしまう月のことのように思える。年末の退院が見えてきた今、私の胸の中では、すでに師走が靴音を鳴らしている。いや、靴音どころではない。馬群の蹄だ。白い廊下の向こうから、何頭もの見えない馬がこちらへ向かって駆けてくる。その土煙の気配に、私は病衣のまま耳を澄ましている。感慨深い年末年始を迎えたい。そのためには、感慨などという柔らかい言葉に甘えてはいられない。リハビリも、仕事の準備も、どちらも手を抜けない。身体は少しずつ戻ってくる。しかし、時間は戻らない。だからこそ、一日一日を拾い上げるしかないのだ。病室でやれることには限りがある。けれど、限りがあるからといって、何もできないわけではない。むしろ、不自由になったからこそ見える手もある。人は立ち止まらされたときにだけ、自分の持ち駒をじっくりと眺めることができるのかもしれない。
店のことを思う。年末年始の営業が、お客様にとって忘れられない良い思い出になるように。その願いは、寒い夜の小さな灯のように、今の私を支えている。華やかな年末は、準備を怠った者には決して微笑まない。賑わいの裏側には、必ず泥臭い段取りがある。募集もそのひとつだ。今年は特に、そこへ全力を注がなければならない。私の入院期間中、店は選び抜いたキャストに絞って特別営業を続けてきた。そのぶん、陣容はどうしても薄くなる。少数精鋭には美しさがある。だが、美しさだけでは年末の戦は勝ち切れない。戦場には、厚みが要る。呼吸を合わせられる仲間が要る。誰かが倒れても、別の誰かが灯を絶やさずにいられるだけの層が必要になる。そこで、今度の募集だ。第三期の戦略に従って、今回はM女さんを主軸に据える。ここは曖昧にしたくない。これまで女王様の獲得には、ある程度の成功があった。だが、数が揃うことと、戦力が揃うことは別の話である。人員補充はできても、内容が追いついていなかった局面があったのも否めない。花は咲けば庭が賑わう。しかし、庭を本当に支えるのは、風の強い日にも根を張って立っていられる草木の方だ。見映えだけで春は越せない。次の季節へ向かうには、芯の強い者が要る。今年こそ、まだ誰にも見つかっていない原石に出会いたい。
その願いは、スカウトというより採鉱に近い。暗い地層のどこかに、まだ名もない輝きが眠っている。最初から完成された宝石など、そうそう落ちてはいない。泥にまみれ、光を知らず、ただ自分が何者なのかも分からないまま埋もれている石がある。そういう石を掘り当てたいのだ。大谷翔平やダルビッシュ有のような、という比喩は大げさに聞こえるかもしれないが、採る側がそのくらいの夢を見なくてどうする。夢を見ない採掘夫は、すぐにスコップを置いてしまう。第二期には、M女さんがほとんどいない時期もあった。店の空気は、生きもののように比率で変わる。女王様が多くなれば、その強さや華やかさが店の印象を形づくる。もちろん、それ自体は悪いことではない。玲子さんのように、本指名だけで回ってしまうほどの実力者がいることは、店にとって大きな誇りである。実際、彼女は今も健在で、風格すら帯びて無双している。だが、一方で、店全体の呼吸というものを考えたとき、M女さんと女王様の在籍比率には、やはり一度メスを入れなければならない。片翼だけでは、どんな鳥もまっすぐ飛べない。そもそも不思議だったのだ。M女さんが入店すれば、新人バブルは必ず起こる。需要は確かにある。しかも、周辺の競合店と比べても、お客様の価格は高い。ソフトとハードを分けて考える仕組みも整えてきた。条件だけ見れば、決して悪くないどころか、かなり戦える土壌だ。それでもなお、第二期のうちに「M女さんの強い店」という地盤を築き切れなかった。その理由は単純な数字ではなく、空気の問題だったのだろう。店のイメージが強く女王様寄りに傾きすぎていた。場の匂いというものは、想像以上に人を選ぶ。扉の前まで来た人が、そこに漂う気配だけで引き返してしまうこともある。
だから第三期では、店の立ち位置そのものを変える。第二期は、良くも悪くも、キャストさんの自己管理に多くを委ねる営業だった。個の力が強い者にはそれで良かった。しかし、個の強さに頼り切る構造は、いずれどこかで歪む。第三期は、お店側も共闘する。舟に例えるなら、ただ乗客を募るだけではなく、漕ぎ手として一緒に櫂を握る。潮の流れを読み、逆風が吹けば盾になり、漕ぎ疲れた者には呼吸の仕方まで共有する。M女さんが仕事をしやすい体制とは、単に条件が良いというだけではない。困ったときに声を出せること、ひとりで抱え込まなくて済むこと、自分の得手不得手を隠さなくてよいこと。その安心がある場所のことだ。募集人数の目安は、まず五人ほど。多いようでいて、店を回す単位としては決して大袈裟な数字ではない。ここ一年半ほど、うちは本格的な募集をそこまで打ってこなかった。だから、こうして改めて募集に力を入れようとしている今、私は少し懐かしさすら覚えている。戦いの前の、道具を並べ直す時間に似ている。長く使い込んだ革手袋の匂い、試合前のグラウンドに降りる監督の視線、あるいは劇場の暗がりで幕が上がるのを待つ裏方の気配。人を迎えるというのは、いつだって少し胸が熱い。もちろん、この仕事に不安を抱く人は多いだろう。未知の世界に足を踏み入れるとき、人はまず自分の輪郭が崩れることを怖れる。どこまでできるのか、何が向いているのか、どこで線を引けばよいのか。そういう戸惑いは当然のものだ。だが、そこで最初に伝えておきたいのは、できないことをできないと言っていい、ということである。NGは、敗北ではない。境界線を持っている人間の健全さだ。無理なものを無理だと言えることは、長く仕事を続けるための力でもある。すべてを受け入れる者だけが強いのではない。自分の輪郭を知ったうえで、できることを磨いていく者の方が、むしろ遠くまで行く。M女という仕事を語るとき、私は様式美ばかりを並べ立てるつもりはない。この世界には、しきたりや記号を重んじる人々がいる。それを否定する気はないが、私自身は昔から、形だけの作法にあまり興味がない。礼儀は必要だ。だが、儀式だけが肥大して中身が痩せていくのは好きではない。私が大事だと思うのは、SMという場において、互いの世界観がどう重なり合うかということだ。客の夢想と、キャストの感性。その二つが交差した瞬間に、どんな火花が散るのか。そこに奇跡の種がある。主従という言葉だけを切り取れば、一方通行の支配に見えるかもしれない。だが、店で成立する関係は、それほど単純ではない。金が介在し、人の感情が介在する以上、そこには信頼が要る。いや、信頼がなければ、どんなに形だけ整えても、ただ寒々しい芝居になるだけだ。これは案外、仕事全般に似ている。片方が負の感情を抱えたままでは、場は持たない。耐えているだけの時間は、やがて表情に出る。押しつけるだけの時間は、やがて空気を濁らせる。だからこそ、相手の優しさや思いやりが大事になる。厳しさより気持ち良さが勝る、というと誤解を招くかもしれないが、少なくとも、店で行われることは単なる暴力の再現ではない。むしろ、互いが「遊び」を成立させるために、見えない部分で多くのものを差し出している。想像力、配慮、呼吸、間、空気を読む目。そうしたものの総和が、良い時間を作る。
では、お店は何を教えるのか。細かな型を叩き込むより、私はまず現場で学べる環境を整えたいと思っている。接客というものは、結局、経験がそのまま手数になる。百の理屈より、一度の実感が人を成長させることは多い。芸人が舞台で場数を踏みながら強くなるように、SM嬢もまた、その場その場で臨機応変に立ち回る術を覚えていく。どんな空気が流れても、それを遊びに変えられる者が強い。予定調和からこぼれた瞬間にこそ、腕の差が出る。私の役目は、その成長を横で見守るだけではない。ときに監督のように采配を振るい、ときに整備士のように不具合を見つけ、ときに裏方として舞台を整える。キャスト個人の成績を安定させつつ、店というチーム全体の呼吸も保たなければならない。理想を言えば、誰か一人が突出しているだけではなく、全体として強い店にしたい。だが、現実は漫画のように簡単ではない。強い個性が集まれば、衝突も起こる。協調性の薄い者たちをまとめるのは、たしかに骨が折れる。けれど、だからこそ店は面白い。綺麗に整いすぎた組織には、時として物語がない。少しばかりカオスで、その中からかろうじて秩序を拾い集めていくくらいが、人間の集まりとしてはちょうどいいのかもしれない。M女さんが苦労する場面も、当然ある。相手が一方通行に強く、自分の世界しか見ていないときだ。そういう場面に出会ったとき、正面から砕けにいく必要はない。私が相手にしているのが仕事仲間の女王様なら、真正面からぶつかることもある。だが、現場で大事なのは、勝つことではなく、切り抜けることだ。その場を穏便にやり過ごす技術、相手の熱量を逸らす技術、自分の身を削りすぎずに時間を終える技術。そういうものは、経験と相談の中で身についていく。一人で抱え込む必要はない。店長や仲間と話しながら、少しずつ覚えていけばいい。人は、逃げ方を知ることで、初めて前に進めることがある。そうして経験を積んでいくうちに、気づけば景色が変わっている。最初は見えなかった道が見えるようになり、怖かった場面にも余白が生まれる。自分の声、自分の間、自分なりのリズムができる。そこまで来れば、もう未来は細くない。一本の頼りない糸だったものが、いつの間にか撚られて、しっかりした縄になる。主力として立つ人には、最初から光があるのではない。何度も揺れながら、それでも立ち続けた末に、ようやく輪郭が生まれるのだ。私は、そうして育っていく姿を見るのが好きだ。店の花形とは、最初から花だった者ではなく、土にまみれた季節を通って、ようやく咲き方を覚えた者のことだと思っている。
今回もまた、ずいぶん熱く語ってしまった。けれど、熱くならずにいられない。私以上に、お客様の方が新しい定着を待ち望んでいる気もしている。第三期は、女王様もM女さんも、どちらも順調に増えていく店にしたい。そのために私も働く。病室にいるからといって、旗を降ろしたわけではない。むしろ、旗は今、いっそう高く掲げられている気がする。風が強いからこそ、布は大きく鳴るのだ。これからタッグを組むかもしれない、まだ見ぬ誰かへ。こちらは歓迎の準備をしている。派手な言葉だけで誘うつもりはないが、熱烈歓迎という言葉に嘘もない。一緒に店を盛り上げていけたら、きっと日々はもっと面白くなる。仕事は、ただ金を稼ぐための装置ではない。自分の輪郭を少しずつ知っていく場でもある。昨日までは知らなかった自分の強さや、意外な向き不向きや、人と組むことの意味を、仕事はときどき教えてくれる。そうして毎日が少しでも愉快なものになるなら、私にとってそれ以上の本望はない。病室の窓の外は、今日も冷えている。けれど、寒さというのは不思議なもので、ただ奪うだけではない。空気を澄ませ、遠くの音をよく通す。冬の足音は、覚悟の音でもある。年末はもう、遠い祭りではなく、こちらへ向かってくる現実だ。私はその現実を、白いベッドの上で迎え撃つ。まだ身体は完全ではない。それでも心は、すでに次の現場に立っている。やることは山ほどある。だからこそ、生きている実感も濃い。
さて、次は感謝を書かなければならない。それが私はいちばん苦手だ。感謝は胸の奥にあるくせに、言葉にしようとすると急にぎこちなくなる。普段そういうことを饒舌に語る質ではないから、なおさらである。だが、最近は感謝せずにいられないことばかりだ。過去に在籍した人、今いてくれる人、見えないところで支えてくれた人。数え出せばきりがない。その不器用な礼を、次回はきちんと文章にしたいと思っている。照れくささで逃げず、白々しさにも堕ちず、自分の言葉で。奇想天外な展開ばかりが続くこの旅路は、まだ終わらない。冬の入口で足を止めるわけにはいかないのだ。白い病室の静けさの中で、私は次の季節の扉が軋む音を聞いている。その向こうにいる誰かと、いつか同じ景色を見られることを願いながら。
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