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マフィアX(タイヨー)/裏モノ連チャン機編-32-【4号機】(パチスロ連チャン機烈伝 第32回)

4号機裏モノ「マフィア X」
右コイン投入口、スタートボタン(レバー無し)という狂気と、集中できなかった記憶

■7のデザインだけは、今でも忘れられない

正直に言おう。私はあの台を、性能で選んだわけではなかった。「7」のデザインだけは、異常に格好良かったのだ。白と黒を基調にした、悪そうで洗練された7。マフィア Xという名前の響きも相まって、シマの中でひときわ異彩を放っていた。私はその格好良さに釣られて、まんまと座ってしまった。打ち始めてすぐに気づいた。これは裏モノだ、と。トリプルテンパイの見た目とネーミングセンスだけは、素直に評価できる。しかし逆に言えば、それ以外の部分は微妙にダメダメな台だった。この台はタイヨーが世に送り出した裏モノで、今にして思えば「鳥の天ぷらみたいな」台だったと表現するのがしっくりくる。衣は立派なのに、中身がどこか物足りない。そんな印象を、私はずっと引きずっていた。こうして書き出してみると、私にとってこの台は、単なる一台の思い出という以上の意味を持っているように思う。パチスロという趣味には、名機と呼ばれる完成度の高い台があり、駄作と切り捨てられる台があり、そしてその中間に、評価に困る「惜しい台」が数多く存在する。マフィア Xは、間違いなくその中間に位置する一台だった。だからこそ、この台について語ろうとすると、褒め言葉と愚痴が交互に出てきてしまう。今回はその両方を、当時の記憶をたどりながら、正直に綴っていきたいと思う。

パチスロ連チャン機烈伝 第32回 マフィアX(タイヨー)/裏モノ連チャン機編-32-【4号機】
※ 2026年07月21日23時22分

■第一章:スタートボタン(レバー無し)がある理由

タイヨーという会社の筐体は、当時からどこかおかしなことになっていた。まず、レバーがない。スタートレバーの代わりについているのはボタンで、それ自体は他機種でも見かけていた仕様だから、まだ理解できた。しかし問題は、コイン投入口が右側についていたことだ。私は今でも、この配置の意味が分からない。コインを右手で入れるから、スタートボタンも右にある方が自然だという理屈なのだろうか。だとしても、実際に台の前に座ってみれば、この配置がどれほど打ちにくいかは一瞬で分かるはずだ。私は打ちながら、何度も同じことを考えた。開発チームの誰かが、実際にこの台を自分の手で触ってみたはずだ。そのとき、少しでも違和感を覚えなかったのだろうか。左手でレバーやボタンを叩き、右手でストップボタンに構える。あの時代のパチスロにおいて、この基本姿勢はほぼ体に染みついた「型」だった。その型を壊してまで右にスタートボタンを置いた理由が、私にはどうしても理解できなかった。もし開発段階で誰か一人でも「これは受け入れられるだろうか」と疑問を持っていたら、この仕様は変わっていたかもしれない。それだけに、私はこの台を打つたびに、少しだけ悔しい気持ちになった。コンセプトは決して悪くない。なのに、入り口の操作性でつまずいてしまっている。もったいない、という感情がいつも先に立った。思い返せば、あの時代のパチスロ筐体は、メーカーごとに驚くほど個性が強かった。同じ「レバーとボタンの組み合わせ」という基本構造の中でも、レバーの硬さ、ボタンの押し心地、配置の微妙なズレなど、細部において各社の哲学がにじみ出ていた。多くのメーカーは、この基本構造をあえて崩さないことで、遊技者が違う台に移ってもすぐに順応できるという「共通言語」を守っていた。だからこそ、タイヨーがこの共通言語をあっさりと無視してきたことに、私は驚きと同時に、ある種の反骨精神のようなものを感じずにはいられなかった。スタートボタン(レバー無し)を置くという判断は、単なる設計ミスというより、既存の型を疑ってかかる姿勢の表れだったのではないかとも思う。ただし、その挑戦が遊技者の体に染みついた動作の型と真正面から衝突してしまった結果、私自身は最後までこのボタンに慣れることができなかった。革新と使い勝手の両立がいかに難しいか、この台は身をもって教えてくれた気がする。面白いのは、この違和感が「慣れ」によって解消される類のものではなかったという点だ。多くの新しい操作系は、最初こそ戸惑っても、繰り返すうちに体が順応していく。しかしマフィア Xの右コイン投入口に関しては、何時間打っても、コインを何千枚と投入しても、最後まで手がその配置に馴染むことはなかった。これは、単に「新しいから慣れない」という一時的な違和感ではなく、人間の身体感覚そのものと相性が悪い設計だったのではないかと、今になって思う。

■第二章:リールの「チープさ」が奪っていったもの

スタートボタンの違和感だけならまだ我慢できたかもしれない。しかし、私を本当に苦しめたのは、リール制御のチープさだった。当時、ライバルメーカーはすでに完成度の高いリール制御を実現していた。ストップボタンを押せば、狙った位置にきちんと吸い込まれるように止まる。その気持ちよさが、パチスロという遊技の快感の土台を作っていた。ところがマフィア Xのリールは、止めるとポヨンと弾むような感触で、時にはそのままズレてしまうことすらあった。この挙動が、私にとっては致命的だった。せっかく良い出目を引き当てても、リールがズレて着地することで、その出目のありがたみが半減してしまうのだ。私は実際に、トリテンハズレのリーチ目からビッグボーナスが成立するという、本来であれば飛び上がって喜ぶべき瞬間を何度か経験した。しかし、リールがぐらついた末にボーナス絵柄が不格好に並んだとき、私の中に湧いたのは喜びよりも先に「格好悪っ」という感情だった。感動が来るはずの場所に、感動が来ない。ボーナスが始まっているのに、なぜか気持ちが盛り上がらない。この違和感の正体は、突き詰めればすべて筐体の操作性の悪さに行き着いていた。集中できないのだ。ストップボタンを押す瞬間、私はいつも「今度はちゃんと止まってくれよ」という祈りにも似た緊張を強いられていた。本来なら出目そのものに集中すべき場面で、私の意識は常に「リールの挙動」という別の変数に引っ張られていた。コンセプトが優れていただけに、この操作性の悪さが本当にもったいなく感じられた。パチスロという遊技において、「リールを止める」という一瞬の動作は、実は遊技者の集中力を最も要求する場面だ。目押しの技術、狙う位置、そして押すタイミング。これらすべてが噛み合って初めて、狙った出目や絵柄がきれいに揃う。その一瞬の緊張と達成感こそが、パチスロという遊技の醍醐味だと私は思っている。しかしマフィア Xでは、この一瞬の緊張の先に、もう一つの不確定要素が待ち構えていた。「ちゃんと止まってくれるかどうか」という、本来なら考える必要のないはずの心配事だ。目押しの技術を磨いても、その結果がリールの挙動によって台無しにされてしまうかもしれないという不安は、遊技の楽しさそのものを静かに蝕んでいく。私はこの台を打つたびに、技術と結果の間に、薄い膜のような不確実性が挟まっているような感覚を覚えていた。この感覚は、他の台では味わったことのないものだった。名機と呼ばれる台の多くは、目押しの技術がそのまま結果に反映される、いわば「努力が報われる」設計になっている。マフィア Xは、その報われ方の手前で、常に一枚のベールがかかっているような感触があった。ベールの向こうに何があるかは分かっているのに、そこに到達する過程だけがどこか歯がゆい。この歯がゆさこそが、私がこの台に対して抱いた、最も忘れがたい打感の記憶だ。

■第三章:褒めたいのに褒めきれないもどかしさ

私はこの台を、ただ貶したいわけではない。むしろ逆だ。もっと褒めたい台だからこそ、こうして長々と欠点を語ってしまっている。白と黒を基調にした7のデザインには、確かに「悪く化けた」魅力があった。マフィアという世界観、Xという記号的な強さ。この筐体のコンセプトそのものは、当時のパチスロにおいて十分に洗練されたものだったと今でも思う。もしリール制御の完成度がもう少し高く、操作性がもっと自然なものだったなら、私はこの台をもっと好きになれていたはずだ。タイヨーという会社の独創的なチャレンジャー精神には、正直なところ強く惹かれる部分があった。常識を壊してやろうという意気込みが、あの右スタートボタンという奇妙な仕様からも透けて見える。もし私がこの台の開発現場に居合わせていたら、おそらく全力でこの仕様を止めていただろう。それでも、そんな無茶を通してしまう会社の姿勢そのものには、どこか感動すら覚える。よくこれで稟議が通ったな、と半ば呆れながらも、その挑戦心には敬意を払いたくなる。結果として、タイヨーの台も次第に普通の筐体へと戻っていった。それを見たとき、私は「やっぱりそうなるよね」と、どこか納得しながら受け止めていた。奇抜な挑戦は、時に淘汰される。それもまた、パチスロという商業の世界の一つの摂理なのだろう。もっとも、この淘汰は必ずしも悪いことばかりではないと私は思う。奇抜な仕様が一度世に出て、遊技者からの反応という形でフィードバックを受け、そこから軌道修正が行われる。この試行錯誤の積み重ねこそが、業界全体の標準的な操作性を磨き上げてきたのだとすれば、マフィア Xという台は、その修正の材料の一つとして、確かな役割を果たしていたと言えるのかもしれない。右にあるスタートボタンは、後続機には受け継がれなかった。しかしその「受け継がれなかった」という事実そのものが、業界が学びを得た証だとも言える。奇抜な挑戦が失敗に終わったとしても、その失敗が次の設計に生かされているのであれば、それは決して無駄な挑戦ではなかったのだ。

■第四章:連チャンのメリハリと、妙な中毒性

台の連チャン性能そのものについては、悪くなかったというのが正直な感想だ。連チャンとハマりのメリハリは強めで、マイルドさを感じることはほとんどなかった。この性格は、あのマフィアという世界観にはむしろ合っていたと思う。中途半端に優しい挙動よりも、極端なメリハリの方が、この台のコンセプトには似合っていた。もしこの台が、もっと派手な状態変化で私を化かしてくれていたら、私はもっとこの台に惚れ込んでいたかもしれない。勝てば官軍という言葉があるが、実際その通りだと思う。何度も劇的な勝利を見せつけられていたら、操作性の悪さなど、上がったアドレナリンが全部吹き飛ばしてくれたはずだ。しかし現実には、そこまでの劇的な勝利には恵まれず、勿体無い打感だけが記憶として色濃く残ってしまった。それでも私は、あのトリプルテンパイをもう一度見たくて、連チャンで増えたコインを最終的にすべて溶かすまで打ち続けてしまった。妙な中毒性があったのだ。分かっていても離れられない、そんな相手のような魅力があった。中途半端に、しかし確かに、私はこの台が好きだった。今振り返ると、この「分かっていても離れられない」という感覚こそが、パチスロという遊技の恐ろしさであり、同時に面白さでもあったのだと思う。欠点を頭では理解している。操作性が悪いことも、リールがズレることも、集中を削がれることも、すべて分かっている。それでも、あの白黒のトリプルテンパイが揃う瞬間の高揚感を、もう一度味わいたいという欲求が、理屈を上回ってしまう。これはある意味で、台の完成度とは別の次元で発生する魅力なのだろう。人はしばしば、完璧なものよりも、少し危うさや欠落を抱えたものに強く惹きつけられる。マフィア Xは、まさにその法則を体現していた台だったと言える。

■第五章:設置店の少なさが物語っていたこと

今にして思えば、この台の設置店が少なかったことにも理由があったのだろう。癖の強い台を、ホール側が敬遠したのではないかと私は推測している。試打の段階で、この台が投資額を回収できるかどうか不安になるホール担当者の姿は、容易に想像できる。稼働への貢献が低いのではないか、というイメージだけで、その台の評価は簡単に損をしてしまう。打ち手が実際にこの台を打つ前の段階で、すでにホール側の評価という関門が立ちはだかっていたのだと思う。連チャン性能次第では名機と噂されるだけの世界でありながら、打ち手を選んでしまうという台の特性が、結果的にこの台の足を引っ張ってしまった。私自身、出したコインを最後まで呑ませてしまうくらいには、この台の魅力にやられていた一人だった。だからこそ、この評価の低さがもったいなく感じられてならない。設置台数が少ないということは、それだけこの台の存在を知らないまま終わったパチスロファンも多かったということだ。噂だけが独り歩きし、実物を打ったことのある人が少ない台というのは、ある意味で伝説になりやすい。マフィア Xも、まさにそうした「知る人ぞ知る」という立ち位置に収まってしまった台の一つだったのだろう。私のように、たまたまその格好良い7のデザインに釣られて座ってしまった数少ない打ち手だけが、この台の光と影の両方を体験できたのだと思うと、不思議な巡り合わせを感じる。もし当時、この台がもっと多くのホールに設置されていたら、評価はまた違った形になっていたかもしれない。設置台数の少なさは、遊技者側の口コミが広がる機会そのものを狭めてしまう。連チャン性能の良さも、操作性の悪さも、どちらも実際に打った人の数が少なければ、正確な形で世間に伝わることはない。結果として、この台は「知る人だけが知る、癖の強い一台」という、やや不遇な評価のまま歴史に埋もれていったのだと思う。

■勿体無いという感情の記憶

マフィア Xという台を振り返るとき、私の中に残るのは「勿体無い」という一言に尽きる。デザインは神がかっていた。世界観も、ネーミングセンスも、悪くなかった。それなのに、右コイン投入口、レバーの無いスタートボタン、チープなリール制御という三つの要素が、その魅力を最後まで殺し切ってしまった。もし当時のタイヨーが、あと少しだけ操作性に気を配っていたら。もしスタートボタンという仕様が採用されていなかったら。そんな「もしも」を何度も想像してしまうくらい、この台のコンセプトには惹かれるものがあった。集中できない筐体、ズレるリール、それでも離れられなかった時間。この矛盾こそが、私にとってのマフィア Xという台の、正直な記憶だ。パチスロという趣味を長く続けていると、名機と呼ばれる完成度の高い台の記憶よりも、こうした「惜しい台」の記憶の方が、なぜか強く心に残ることがある。完璧な台には、語るべき欠点がない分、思い出として反芻する余地も少ない。しかしマフィア Xのように、魅力と欠点が同居した台は、何年経っても「あれは一体何だったのか」と考え続けさせてくれる。この台を振り返るたびに、私は自分がパチスロという遊技のどこに惹かれていたのかを、改めて問い直させられる。デザインの格好良さか、連チャンの興奮か、それとも操作性という基本を疎かにしない誠実さか。マフィア Xは、その問いへの一つの答えを、皮肉な形で私に突きつけてくれた台だった。

本稿は個人の体験と記憶に基づく考察コラムです。裏モノ(違法改造台)を推奨・助長するものではありません。

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