創戯旅団 理念の記録-SM奇譚 第40夜-月蝕の王冠
〜9月9日 10:30
女王様という呼び名は、ときとしてひどく甘い毒を含んでいる。舌の上で転がした瞬間は蜜のようにとろりと光るくせに、喉を落ちてゆく頃には、鈍い金属の味だけを残す。私は長い年月、その毒の甘さと苦さの両方を、まるで自分の血の成分でもあるかのように味わってきた。夜の底に沈んだ店という生き物の内臓を、指先で探るようにして生きてきた人間には、どうしても見えてしまうものがある。薄暗い照明の下では麗しく見えるものが、朝の光にさらされると脆く剥がれること。鞭のしなりよりも、沈黙のほうが人を深く裂くこと。高く掲げられた王冠の内側が、案外、汗と焦燥と虚勢の匂いで満ちていること。私は昔から、女王様に対して容赦がないと言われてきた。怒っているのですね、と。憎んでいるのですね、と。だがそれは、少し違う。いや、たぶん半分くらいしか合っていない。怒りはたしかにある。胸の奥、古傷の肉が季節の変わり目ごとに疼くように、いつもどこかで鈍く燃えている。けれど、その炎の芯にあるものは、単純な嫌悪ではない。私は彼女たちの性格が嫌いだから噛みつくのではない。顔がどうとか、口の利き方がどうとか、気分屋だとか、自尊心が高いとか、そういう表層の話ではないのだ。私がぶつかるのは、仕事の核が狂っているからである。触れるべき急所を外し、守るべき秩序を外し、積み重ねるべき研鑽を外したまま、ただ「私は女王です」と名乗ってしまう、その誤りにどうしても黙っていられないのである。女王というものは、本来、ただ顎を上げていれば成立する記号ではない。唇に濃い色を引き、脚を組み、冷たい視線を落とせば自然に生まれる肩書きでもない。その名の底には、本来もっと暗く、もっと重く、もっと官能的で、もっと残酷な責任が沈んでいる。相手の欲望の首筋に指を添え、その震えを読むこと。怯えと歓喜の境目で、どこまで進み、どこで立ち止まるかを知ること。快楽のかたちをした自己破壊に呑まれぬよう、見えない手綱を握り続けること。甘やかな支配とは、暴力のことではない。暴力に見えるものを介して、人間のもっと柔らかな、もっと隠された部分に触れるための技術である。ところが多くの女王様は、その最初の最初でつまずく。支配を演じることと、支配を理解することの違いが分からない。だから仕事が噛み合わない。だから客の心の奥まで届かない。だから私は、夜ごと古い傷口を撫でるような気分で、同じ説教を何度も繰り返すことになる。
私のいる場所には、エレガンスという、少しばかり綺麗すぎる名前がついていた。けれど、その名は一枚の絹布みたいなものだ。遠目には艶めいて見えるが、裏返せば縫い目とほつれがいくらでもある。店というものは、香りを焚いて、照明を絞って、女の輪郭を少しだけ夢に寄せて初めて成立する幻だ。けれど幻は、誰かが水を運び、床を磨き、予約の帳面を睨み、泣き出した者を宥め、怒鳴りたいのを堪え、時には怒鳴ってでも軌道を戻すという、ひどく泥臭い労働のうえにしか立たない。私はその泥の番人みたいに生きてきた。十三年。短い、と言う者もいるだろう。だが夜の商売での十三年は、肌に刻めば年輪ではなく裂傷に近い。甘い香水の下で腐るもの、売れたいという祈りが嫉妬に変わる瞬間、客の沈黙が二度と戻らぬ別れの合図になること、そのどれもを私はいやというほど見てきた。商売は値段を下げれば動く、と人は簡単に言う。たしかに動く。水の堰を切れば流れが生まれるように、安さは客の足を呼ぶ。だが、流れがあることと、川が生きていることは別だ。薄利多売は、表面だけ見れば慈悲に似る。敷居が下がり、手を出しやすくなり、今夜を試そうという男たちが増える。だが、その安さはしばしば、目に見えぬところで客の心を摩耗させ、女の誇りをすり減らし、店そのものの血肉を薄くしていく。安くても中身があれば続く、という慰めは、現実には驚くほど長持ちしない。私は、この十三年で、提灯の列が明るく揺れていたはずの店が、ある朝には看板だけを残して消えている風景をいくつ見ただろう。神奈川県内だけでも五十を超える。いや、きちんと数えればもっとだろう。夜の街は、思っているよりずっと冷たい海だ。浮かぶ船は華やかに見えても、底板にひとつ穴が空けば静かに沈む。だから私は知っている。薄利多売ですら、この商売の根本的な救いにはならない。では何が要るのか。仕事の芯を正すしかないのだ。どんなに甘い名前を纏っていても、中身が誤っていればいずれ腐る。女王様の仕事が本質的にずれているなら、そこに真正面から刃を入れるしかない。私はそう思っているし、だから実際にずっと闘ってきた。女王様と闘う、などと書けば妙に芝居がかる。だが実際、それは穏やかな指導では済まぬことが多い。こちらが必死なら、相手には敵意に見える。いや、敵意で結構なのだ。生温い微笑みで店が立て直せるなら、とっくに誰も苦労しない。私は甘言で現実を曇らせるより、きつい真実で一度泣かせるほうを選んできた。

ここから先は、女王様の「仕事の本質」に踏み込みます。
なぜ努力しても結果が出ないのか
理論武装が成長を止める理由
写メ日記で実際に結果を出した女王様たち
成功の直前で消えていった者たち
「見た目」や「営業」だけでは通用しない理由
本当に客に選ばれる女王様とは何なのか
ここから先は、かなり踏み込んで書きます。
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8月10日 10:30 〜 9月9日 10:30
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