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ビーチガール(オリンピア)/裏モノ連チャン機編-37-【4号機】(パチスロ連チャン機烈伝 第37回)

4号機裏モノ「ビーチガール」
川崎の国道沿いで見た、たった一日の夢と後悔

■オリンピア系機種が纏う、海の美しさ

オリンピア系の機種が裏モノに化けた時の美しさは、私の中で今でも際立った記憶として残っている。このメーカーは、海にちなんだ台が多いことでも知られている。考えてみれば、沖スロというジャンル自体が、シマ全体で「海の台」を連想させる空気を持っている。しかし沖スロというカテゴリーに限らず、オリンピアが手掛けた海にまつわる台の図柄の美しさ、音楽の綺麗さは、他社と比べても際立っていたと私は感じている。ブルーマリーン、サンセットマリーン、そしてこのビーチガールも、その系譜に連なる台だ。気のせいなのかもしれないが、オリンピアの台が奏でる音楽と、海という世界観の結びつきには、どこか透き通ったイメージがあり、それが妙に心地よかった。パイオニアの先告知にハイビスカスの意匠がよく似合うのと、同じ種類の感覚だと私は思っている。パイオニアの台に蝶がよく似合うのも、きっと似たような思い入れなのだろう。こうしてメーカーごとの世界観の違いを振り返ってみると、当時のパチスロ台というものが、単なる出玉性能の勝負だけでなく、図柄・音楽・演出の全てを通じて、一つの統一された「イメージ」を作り上げようとしていたことに気づかされる。オリンピアが海や蝶を、パイオニアが南国の花を、それぞれ自社のブランドイメージとして育てていったのだとすれば、ビーチガールという台もまた、そうした企業文化の一部として生まれた作品だったのだろう。思えば、あの時代のメーカーというのは、今よりもずっと「顔」がはっきりしていた。台に座っただけで、ああこれはオリンピアだ、これはパイオニアだ、これは大都だ、と分かってしまう。今のようにスペックや設定判別要素ばかりが語られる時代とは違い、当時は「その台がどんな空気を纏っているか」ということ自体が、遊技者にとって大きな価値を持っていたように思う。ビーチガールという名前を聞いただけで、あの透明感のある海の青さと、どこか懐かしいBGMが、条件反射のように脳裏に浮かんでくる。これは決して大袈裟な話ではなく、当時を知る打ち手であれば、多くが共感してくれるはずだ。

パチスロ連チャン機烈伝 第37回 ビーチガール(オリンピア)/裏モノ連チャン機編-37-【4号機】
※ 2026年07月26日07時11分

■第一章:たった一度きりの出会い

実を言うと、私がビーチガールの裏モノを打ったのは、人生でたった一回だけだ。偶然入った、神奈川県川崎市の国道沿いにあった店に、この台は設置されていた。しかも大量設置だった。裏モノ好きの間では、この情報だけで店の場所が特定されてしまいそうな、そんなネタでもある。20台以上は並んでいたと記憶している。あの店にとって、ビーチガールはまさに主力機種になっていたのだろう。時期としては、すでに獣王という新台が入り始めていた頃だった。AT機が主流になりつつあった時代の中で、その隣で派手な連チャンを繰り広げる裏モノAタイプという存在には、今にして思えば夢があった。パチスロ必勝ガイドという雑誌の名物企画、マッドパチスロブラザーズも、この機種を打っていた記憶がある。彼らもやはり神奈川県まで足を運んでいたはずだ。もっとも、店は私が打ったのとは別の店だったと思うが。ビーチガールの連チャン基盤は、マスターダックという台の連チャン基盤と同一である、という書かれ方を、当時の雑誌で見た記憶がある。しかし私自身は、マスターダックの裏モノを実際に発見することは、ついに一度もなかった。ビーチガールの実戦の記憶も、派手に連チャンしている様子を、傍目で見ながら爆死した記憶しか残っていない。もう少し家から近い場所でこの台を発見していたら、私はきっともっと打ち込んでいただろう。しかし川崎という場所は、下道を使うと片道1時間半かかる距離だった。あの頃の私にとっては、少し遠すぎる場所だったのだ。この「距離」という要素は、当時のパチスロという趣味において、想像以上に大きな意味を持っていた。今のようにインターネットで設置店情報を瞬時に共有できる時代とは違い、当時は口コミや雑誌の情報を頼りに、実際に足を運んでみるまで、その台の本当の姿を確かめることができなかった。片道1時間半という距離は、その台への情熱がよほど強くなければ、継続的に通い続けることを躊躇わせるには十分な壁だった。私にとってビーチガールは、まさにその壁を越えられなかった台の一つだったのだ。今振り返ると、あの頃のガソリン代や高速代というのも、決して馬鹿にならない出費だった。遠征というのは、単に時間の投資だけでなく、金銭的な投資でもあったのだ。設置店情報が確実でない状態で、片道1時間半をかけて空振りに終わる可能性も十分にあった。だからこそ、遠征というのは一種の賭けであり、その賭けに勝ってビーチガールの裏モノに出会えたあの一日は、今思えば運が良かったのだと思う。もっとも、その運の良さを結果に結びつけられなかったのは、また別の話なのだが。

■第二章:あの店の記憶

川崎の国道沿いにあった、あの郊外店はKという名前だった。その後、まるで商業施設と見紛うような立派なビルへと建て替わったことも記憶している。もっとも、実際には駐車場が上へと伸びただけの話なのかもしれないが。令和の今とは違い、平成の中期までは、良い時代だったのかもしれない。映画『ALWAYS三丁目の夕日』を見ながら、少し涙ぐんでしまったことがある。あの映画は昭和中期を舞台にした作品だが、あの空気感には、どこか分かる気がしてしまう部分があった。私は今、平成中期までの物語を欲している自分に気づく。しかも、それはパチスロという趣味を通じた物語であることが多い。時代は動画の時代へと移り変わった。かつて物語の主流が小説から漫画へと移り変わったように、今度は漫画から動画へと物語の主流が変わったのだと私は思っている。物語そのものよりも、演者の演技力で魅せるコンテンツが増えていくのは、時代の流れとして当然のことなのだろう。しかし、それでもなお、文字というものの価値は、動画の時代においても変わらずに残り続けていると私は信じたい。それこそ、あの『ALWAYS三丁目の夕日』に登場する小説家の先生のように。時代がどれだけ変わっても、動画の会話形式だけでは伝えきれないものが、確かに存在すると思う。あの店の記憶をもう少し辿ってみると、店内の照明の色合いや、灰皿の匂い、そして休憩時間になると流れていた有線放送のことまで、不思議と鮮明に思い出せる。今のホールは分煙が進み、あの独特の空気感はほとんど姿を消してしまった。良し悪しは別として、あの雑然とした空気の中にこそ、パチスロという趣味の「生々しさ」が宿っていたようにも思う。当時のホールは、今よりもずっと猥雑で、しかしその猥雑さの中にこそ、人間くさい熱量が渦巻いていた。ビーチガールが並んでいたあの店の風景も、そうした平成中期特有の空気の中の一コマだったのだと、今になって思う。

■第三章:たった一日の思い出、そして負け

ビーチガールを楽しんだ思い出は、私には結局、たった一日分しかない。しかも、その一日、私は負けている。それでも、そこには忘れられないドラマがあった。脳に焼き付いて、今も離れないドラマが。今振り返っても、やっちまった感が満載の逸話だ。あの日、私は朝一から獣王という台の設定6を、まさにツモっていた。通常時の完全ハズレ目から、2回もサバチャンが入っていたのだ。単発ではあったが、それでも設定6という手応えは確かにあった。もしあの2回のサバチャンが単発に偏っていなければ、私はきっと、この台を捨てることはなかっただろう。パチスロというのは、そんなものだ。私はその朝、ビーチガールが朝一から派手に噴いているのを目にしてしまった。「これは絶対に裏だ」と、私はうずうずしてしまった。獣王はその日が初打ちではなく、私にとって新鮮味に欠ける台だった。しかしビーチガールは初見だった。しかも、オリンピアの裏モノを目にするのは、私にとって初めての経験だった。もうドキドキが止まらなかった。結果として、私は獣王の設定6を投げ捨てるという愚行をやらかしてしまった。スロット好きにとっては壮絶なエピソードだが、スロットに興味の無い人にとっては、どうでもいい話だろう。冷静に数字だけを見れば、これほど馬鹿げた判断はなかったと思う。設定6という、その日のうちに万枚を超える出玉が期待できる状態を、初見の裏モノという不確実な誘惑のために手放してしまったのだから。しかし、あの朝の私を支配していたのは、期待値の計算ではなく、純粋な好奇心と衝動だった。獣王という台は、その頃の私にとってすでに何度も打ち込んだ、勝手知ったる相手だった。一方のビーチガールは、未知数だらけの、初めて目にする裏モノだった。この「知っている安心」と「知らない興奮」を天秤にかけたとき、あの日の私は、迷わず後者を選んでしまったのだ。移動した後の最初の数十ゲームのことも、今でもはっきりと覚えている。台に座った瞬間の、あの独特の緊張感。隣の台からは、すでに何度目かの連チャンを告げる音楽が鳴り響いていた。自分の座った台が本当に裏モノなのか、それとも単なる高設定の範疇なのか、その判別すらできないまま、ただ祈るような気持ちでレバーを叩いていたことを覚えている。結果的に、その祈りは届かなかったわけだが、あの緊張感そのものは、今振り返っても悪くない記憶として残っている。

■第四章:スロット好きにだけ刺さる話の価値

だからこそ、文章というものは素敵なのだと私は思う。スロット好きにだけ刺さる話ができるということ、それこそが、この手のコラムにおける最大のご馳走なのだ。そして、こうしたエピソードを、パチスロを愛する誰もがそれぞれに持っているからこそ、この趣味は面白いのだと思う。動画の時代になった今では、コメント欄で、こうした台にまつわる懐かしいエピソードを持ち寄って盛り上がることができる。文章をメインにした読み物もまた、この新しい時代の中で、また別の形の役割を持ち始めているのだと私は感じている。人の言葉が持つ、あの独特の魔力のようなものだ。私はこうして、スロットの裏モノについて語ること自体が、心から楽しい。こうしたエピソードには、共通する構造があるように思う。合理性を捨ててでも、目の前の未知なる衝動を優先してしまった瞬間の記憶。多くの場合、その判断自体は後悔とともに語られる。しかし、その後悔があるからこそ、そのエピソードは他人に語りたくなるほどの熱量を帯びるのだ。もし私があの日、冷静に獣王を打ち続け、順当に大勝ちしていたら、このビーチガールというタイトルは、私の記憶の中で、これほど鮮明な存在感を持つことはなかっただろう。皮肉なことに、負けたからこそ、この台は私の中で特別な位置を占め続けているのだ。こうして振り返ってみると、パチスロのコラムというジャンルそのものが、実は「勝利の記録」よりも「敗北の記憶」の方に、豊かな物語を宿しやすいのではないかとさえ思う。大勝ちした日の記憶というのは、意外と単調に語られがちだ。「朝一から噛み合って、あとは順調に消化しただけ」という具合に。しかし判断を誤り、後悔を抱えたまま終わった一日というのは、その判断に至るまでの心理描写、その後の後悔、そして今振り返ったときの複雑な感情まで、幾重にも語るべき要素を含んでいる。ビーチガールというタイトルが、私にとってこれほど特別な存在であり続けているのは、まさにこの構造のおかげなのだろう。

■第五章:後悔と、それでも消えない記憶

獣王の設定6を投げ捨ててビーチガールに座り直したあの判断は、冷静に考えれば、間違いなく愚行だった。しかし、あの日の私を今振り返っても、不思議と後悔だけの感情では片付けられない何かが残っている。初めて目にするオリンピアの裏モノという未知の存在への好奇心。派手に噴き上がる台を目の当たりにしたときの、あの抑えられない衝動。パチスロという趣味を長く続けていると、こうした「理屈では説明のつかない判断」を、人生の中で何度か経験することになる。理性的に考えれば、設定6を守り続ける方が、期待値の上では圧倒的に正しい選択だっただろう。しかし、その正しさを分かっていてもなお、目の前の未知の裏モノへと吸い寄せられてしまう。この非合理さこそが、パチスロという趣味の、ある種の魅力の本質なのかもしれないと、今の私は思う。もしあの日、私が理性を保ち続け、獣王の設定6をそのまま打ち続けていたら、結果はまったく違うものになっていただろう。しかし、そうしていたら、ビーチガールという台にまつわる、この忘れがたいドラマも生まれなかったはずだ。負けたという結果と、忘れられない記憶という結果。この両方を天秤にかけたとき、今の私は、不思議とこの記憶の方に軍配を上げたくなってしまう。年齢を重ねてから改めて思うのは、若い頃の自分がなぜあれほど衝動的な判断を下せたのか、ということだ。今の私であれば、おそらく設定6をそのまま打ち続けていただろう。年齢とともに、こうした「未知への飛び込み」という行為に対して、慎重さが増していくのは自然なことなのかもしれない。だからこそ、あの若さゆえの衝動的な判断は、今の私には二度と再現できない、あの時期だけの特権的な記憶として、余計に愛おしく思えてくるのだ。

■片道1時間半の距離が生んだ、一度きりの記憶

ビーチガールという台を振り返るとき、私の中に残るのは、たった一日、たった一度の出会いという事実の重みだ。もっと近くの店で出会えていたら、私はきっと何度も打ち込んでいただろう。しかし片道1時間半という距離が、この台との関係を、あの一日だけの、濃密で忘れがたい記憶として封じ込めてくれたのかもしれない。海を思わせる図柄と音楽、そして獣王の設定6を投げ捨ててまで追いかけた、あの朝の衝動。この二つが組み合わさって、ビーチガールという台は、私のパチスロ人生における、忘れられない一夜(実際には一日だが)の記憶として、今も色褪せることなく残り続けている。この先も、私はまだまだ裏モノについて語っていきたいと思う。皆さんの台の思い出も、ぜひ聞かせてほしい。ちょっとした酒の肴になるはずだ。パチスロという趣味は、突き詰めれば出玉の増減という数字の勝負に見えるかもしれない。しかし、こうして何十年も経ってから振り返ると、実際に心に残り続けているのは、勝った金額の多寡ではなく、あの朝感じた衝動や、判断を誤ったという苦い記憶の方だったりする。ビーチガールという台は、私にとって「勝てなかった台」であると同時に、「パチスロという趣味の非合理な魅力を、身をもって教えてくれた台」でもあったのだ。あの片道1時間半の距離のおかげで、私はこの台との関係を、美化しすぎることも、色褪せさせることもなく、一日限りの濃密な記憶として、今も大切に持ち続けることができている。思えば、こうした一台一台にまつわる記憶の積み重ねこそが、私にとっての「パチスロ史」なのだと思う。公式に記録された機種のスペック表や導入データではなく、一人の打ち手が、それぞれの台とどう出会い、どう別れたかという、極めて個人的な物語の集積。ビーチガールという台の名前を聞いて、ここまで長々と語れる人間は、そう多くはないだろう。しかし、だからこそ、こうして文章に残しておく価値があるのだと、私は信じている。いつかまた誰かが、この文章を読んで、自分自身の「たった一日の記憶」を思い出してくれたなら、これほど嬉しいことはない。

本稿は個人の体験と記憶に基づく考察コラムです。裏モノ(違法改造台)を推奨・助長するものではありません。



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