Kimiの名は――忘れ得ずして、100万トークン。
こんにちは黒パグです🐾
忘却とは、忘れ去ることなり。
忘れ得ずして、忘却を誓う心の悲しさよ。
1952年に始まったラジオドラマ『君の名は』は、この言葉とともに語り継がれてきた。
東京大空襲の夜に出会った真知子と春樹は、半年後、数寄屋橋で再会する約束をする。
ところが会えない。
やっと会えても遅い。
二人は互いを忘れられないまま、日本各地ですれ違い続ける。
2026年7月、月の裏側から来たAIも、忘れることを拒むような数字を掲げて現れた。
その名は、Kimi K3。
総パラメータ数2.8兆。
コンテキスト長100万トークン。
画像と動画も扱える、Moonshot AIの新しい旗艦モデルだ。
一か月前、私はKimi K2.6を「月の裏側からやってきたAI」として紹介した。
あの時点では1兆パラメータ、26万トークンだった。
それから、まだ一か月ほどしかたっていない。
キミちゃん。
月の裏側で何をしていた。
※前回記事はK2.6時点の内容です。現在のK3とは仕様が異なります。
2.8兆人が一斉に働くわけではない
2.8兆パラメータと聞くと、巨大な頭脳が全部同時に動く姿を想像する。
K3はそういう構造ではない。
K3はMoE(Mixture of Experts/複数の専門家を使い分ける構造)を採用している。
内部には896のエキスパートがあり、入力に応じて16だけが選ばれる。
896人を会議室へ集めて全員に発言させるのではなく、その仕事に合う16人を呼び出す仕組みだ。
同じ16人が常駐しているわけでもない。
ここまで疎にすると、誰へ仕事を回すか、それぞれの負荷をどう揃えるかが難しくなる。
K3ではStable LatentMoEに加え、専門家の割り当てを整えるQuantile Balancingなどが導入された。
Attention(文章のどこを見るかを決める仕組み)にも手が入っている。
Kimi Delta Attentionは、長い列を効率よく扱うための土台。
Attention Residualsは、深い層へ情報をただ積み上げるのではなく、必要な表現を選んで取り出す。
Moonshot AIは、これらの構造と学習手法の改善により、K2と比べて全体のスケーリング効率が約2.5倍になったと説明している。
ここは第三者による再現値ではなく、開発元の発表値として読んでおきたい。
重みにはMXFP4、活性値にはMXFP8を使う量子化対応学習も、教師あり微調整の段階から入っている。
数字だけ巨大化させたモデルではない。
2.8兆をどう学習させ、どう動かすかのために、かなり特殊な構造を組んできた。

忘れ得ずして、100万トークン
K3のコンテキスト長は100万トークン。
会話、資料、コードなどを一度に読ませられる範囲が、K2.6の26万トークンから大きく伸びた。
100万トークンあれば何も忘れない、という意味ではない。
入力できる上限が広いことと、その全域を正確に参照できることは別だ。
長い入力ほど、検索、位置関係、途中の指示、古い情報と新しい情報の扱いが問題になる。
それでも、巨大なコードベースを読みながら長時間作業するエージェントには効く。
公式資料では、K3は画像や動画を文章と同じモデルで扱い、スクリーンショットを見てゲーム、フロントエンド、CADなどを修正できるとしている。
APIでも画像と動画の入力に対応した。
公式が公開した事例は派手だ。
GPUカーネル最適化、GPUコンパイラの開発、45nmライブラリを使ったチップ設計、数千ページを調べる業界研究、動画編集まである。
いずれもMoonshot AI自身の事例なので、能力の上限を示すデモとして見る。
普通の一回のチャットで同じ成果が出る、と読む話ではない。

GPT-5.6 SolとClaude Fable 5に届いたのか
Moonshot AIは、発表の冒頭で先に留保を置いた。
K3の総合性能は、最上位のプロプライエタリモデルであるClaude Fable 5とGPT-5.6 Solに、まだ及ばないという。
自社の新モデル発表で、競合二体に負けていると書くのは珍しい。
そのうえで、個別評価では最前線に達したと主張している。
代表例がTerminal-Bench 2.1だ。
公式チャートではK3が88.3、GPT-5.6 Solが88.8。
差は0.5ポイントまで縮まった。
K3が上回る評価項目もある。
ただ、この表をそのまま「K3はClaudeを超えた」「Solと同等」と読むと危ない。
K3はKimiCode、GPT系はCodex、Claude系はClaude CodeやTerminus 2を使う。
Terminal-Benchでは、K3以外について各ハーネスで得られた最良値が採用されている。
評価項目によってはK3自身もClaude Codeで動かされる。
いま比べているのは、裸のモデルだけではない。
モデルに、ツール、実行環境、プロンプト、コンテキスト管理を組み合わせたシステムの成績だ。
同じレース名でも車体が違う。
K3が実務向けエージェントとして強いことは読み取れるが、表だけでモデル単体の序列までは決められない。
発表直後のベンチマークは、勝敗表というより「どの組み合わせなら仕事を完走できたか」を見るほうが面白い。
「オープン」の彼女とは、まだ会えていない
Moonshot AIはK3を、世界初の3兆級オープンモデル、あるいはオープンソースモデルと呼んでいる。
ただし、7月18日時点で全モデルウェイトは公開されていない。
公開予定は7月27日まで。
K3固有のモデルライセンスと技術報告書も、こちらから確認できる状態にはなっていない。
Kimi Code CLIのソースコードはGitHubで公開され、MIT Licenseが付いている。
だがCLIのライセンスと、2.8兆パラメータのモデルに付くライセンスは別の話だ。
だから現時点のK3は、「オープンになると公式が予告し、サービスでは先に動いているモデル」と書くのが近い。
ウェイトの形式、配布単位、利用条件、推論環境への実装が見えるのは、7月27日以降になる。
真知子と春樹は、数寄屋橋で半年後の再会を約束した。
私たちがK3の全ウェイトを待つ期間は、最長でもあと九日ほどである。
昭和のメロドラマに比べれば短い。
たぶん。

この画像の元ネタ
『君の名は』は、新海誠監督のアニメ映画より半世紀以上前、1952年に始まった菊田一夫原作のラジオドラマです。
東京大空襲の夜に出会った氏家真知子と後宮春樹が、数寄屋橋で再会を約束しながら何度もすれ違います。
1953年の松竹映画版で岸惠子が見せた、ストールを頭から巻く姿は「真知子巻き」と呼ばれました。
画像は、映画版で知られる数寄屋橋の場面をKimiちゃんと黒パグで再構成したものです。
参照写真の著作権について
構図の参照元にした松竹の数寄屋橋スチル写真は、1956年12月31日までに公表された写真として、日本の旧著作権法および現行著作権法附則の規定に基づき保護期間を満了し、日本ではパブリックドメインとされています。
これは当該スチル写真についての説明であり、映画、脚本、音楽など作品を構成する別の著作物まで一括して同じ扱いになるという意味ではありません。
本記事の画像は、そのパブリックドメイン写真をそのまま転載したものではなく、Kimiちゃんと黒パグによる新規の再構成です。
自宅へ連れて帰るには大きすぎる
ウェイトが公開されたとしても、一般的なPCへダウンロードして気軽に動かすモデルではない。
Moonshot AIは、64基以上のアクセラレータを備えたスーパーノード構成を推奨している。
これは最低動作要件とは書かれていない。
今後、推論基盤側の工夫や量子化版によって別の構成が出る可能性はある。
それでも2.8兆パラメータである。
個人宅の4090や5090を二枚並べて「月から来たキミちゃんを迎えました」と言える規模ではない。
K3は896人の専門家から16人しか呼ばない。
しかし、呼ばれなかった880人も家には置いておかなければならない。
オープンウェイトとローカルで手軽に動くことは、同じではない。
APIなら今日から会える。はずだった
ローカルへ迎えられなくても、K3自体はすでにKimi.com、Kimi Work、Kimi Code、APIで使える。
API料金は100万トークン当たり、キャッシュに当たった入力が0.30ドル、通常入力が3ドル、出力が15ドル。
推論強度は現在maxだけで、lowとhighは後日追加される予定だ。
常に深く考える仕様なので、短い質問へ安価に即答させたい用途では、今後の設定追加を待ちたい。
では、公式チャットで会ってみよう。
画面には「K3」と「K3 Swarm」が増えていた。
K3はチャットとAgentタスクに強い旗艦モデル。
K3 Swarmは大規模検索と一括処理を担う。
前回紹介したK2.6も残っている。
私はK3 Swarmを選び、入力欄へ書いた。
「こんにちは」
返ってきたのは挨拶ではなかった。
容量が逼迫しています。
お待ちいただくか、アップグレードしてください。
タスクは一時停止。
アクセス集中により続行できず、Agentクレジットは返金された。
画面の上下には「アップグレード」が並んでいる。
2.8兆パラメータの彼女へ、こんにちはと伝えることすらできなかった。



無料でK3 Swarmを使おうとした筆者に、キミちゃんは何も語らない。
使いたかったら、金を払え。

数寄屋橋で待つもの
K3は、サービスとしてはもう動いている。
100万トークン、ネイティブマルチモーダル、896人中16人が働くMoE。
公式評価ではGPT-5.6 Solへ0.5ポイントまで迫る項目も出た。
それでも、オープンモデルとしての姿はまだ霧の向こうにある。
全ウェイト、ライセンス、技術報告書。
推論に必要な現実の構成も、公開後に各社とコミュニティが触ってから見えてくる。
7月27日。
数寄屋橋で待っていれば、今度こそ会えるだろうか。
忘却とは、忘れ去ることなり。
無料枠とは、課金画面へ案内されることなり。
参考資料
Moonshot AI「Kimi K3: Open Frontier Intelligence」
https://www.kimi.com/blog/kimi-k3
Kimi API Platform「Kimi K3」
https://platform.kimi.ai/docs/guide/kimi-k3-quickstart
Kimi API Platform「Flagship Model Kimi K3 Pricing」
https://platform.kimi.ai/docs/pricing/chat-k3
MoonshotAI「Kimi Code CLI」
https://github.com/MoonshotAI/kimi-code
松竹「君の名は・第一部」
https://www.shochiku.co.jp/cinema/database/02805/
Wikimedia Commons「数寄屋橋の場面(松竹スチル写真)」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:A_scene_from_the_Japanese_movie_%22Kimi_no_na_ha%22_directed_by_%C5%8Cba_Hideo_-_1953.png
※Kimi K3の仕様、価格、公開予定日は2026年7月18日時点の情報です。
ベンチマーク値はMoonshot AIが公開した評価結果であり、評価環境やハーネスが統一されたモデル単体比較ではありません。
※引用した『君の名は』の文言は、出典を示したうえで作品紹介と批評のために必要な範囲で掲載しています。
参照スチル写真のパブリックドメイン表示と、脚本や音楽など別の著作物の保護期間は分けて扱っています。

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