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経営者だった私

私は以前、飲食店事業と食品製造業の経営者でした。
元々は経営者になる予定ではなく、率直に言えばきっかけ成り行きです。

アルバイトをしていた大手飲食チェーンでたまたま正社員になり、最後の異動で鹿児島に赴任し(鹿児島が好きで自分で希望)、退職後は1年別の仕事をしました。その後、飲食事業をしたい方達とたまたま出会い、私が立上げをお手伝いし、たまたま私が結婚するタイミングでその店舗を買い取ることになり、結果的に経営者になりました。

そんな理由ですので、得意ではありますが「料理人」でもなく、「小さな頃からお店をもつことが夢」だったようなストーリーもありません。

12年の間でレストランバー、創作和食、老舗居酒屋の承継、スイーツカフェ、乳製品製造業とジャンルを問わずチャレンジし、大成功とは言えませんが最終的な事業売却まで、なんとかやり遂げることができました。
縁もゆかりもない鹿児島でこれだけの業態ができたことは、飲食事業のビジネスモデルの要点とマーケティングについて、コツのようなものを理解できていたのかもしれないと、少し誇りに思います。

2018年当時ランチで提供していたてまり寿司
2016年頃にホテル内で経営していた店舗

さて。前回からの書き残しである私が経営者として足りなかったことです。今思うと、私は事業に対しての「熱い思い」や「こだわり」が弱かったと思います。とても楽しい12年間ではありましたが、やはり「成り行き」的な経営者への道筋では情熱やこだわりが足りていなかったと思います。

そんな自分なので、顧客企業の社長さんの情熱にはいつも尊敬の思いが尽きません。
支える側に回って既に4年以上になりましたが、私は支える側で人の役に立てることが好きだったんだと常々感じます。

さて、自己紹介的な内容は次回で最後です。
次は少し生々しく、ちょっとコテコテ感ある「年商1億円までの経営に近道を」のキャッチコピー&コンセプトについて書きたいと思います。


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