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恋人坂

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あらすじ

 少しミステリアスな人妻・まみと、20歳の販売員・蒼(そう)。
 友人にけしかけられた蒼の冗談のナンパから始まった二人の関係は、深夜の電話、行き先を決めないドライブを通じて、少しずつ言葉にならない温度を帯びていく。

 二人の未来は決して交わることがない事を互いに知りながら、二人は夜毎、まみの車に乗り行き先の無い暗闇を走る。お互いを思い合い踏み込めない二人。ただ隣にいるだけで救われる、そんな関係。
 交わることのなかった二人の道が、最後に行き着く深夜の駐車場。
二人の超えなかった境界線の意味は。その先に見た淡くて確かな恋の記憶。
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恋人坂


 真っ暗な夜の駐車場は、本当に真っ暗で、道路側にある街頭の灯がかろうじて灯っているような、誰もいない場所。本当に来るかな。少しの不安がよぎる頃、眩しいくらいのヘッドライトの灯りが暗闇で佇む僕を正面から照らす。

「ごめーん!お待たせ〜!お疲れ〜!蒼くん。待たせちゃった?」
 真っ暗な中でもそれとわかる貴女の影は車を降りて、ヒールの音を響かせて小走りに近づいてくる。呼吸が上がっているのがこの距離でも伝わってくる。よっぽど急いで来たのだろう。車なのに。
「全然。まだついたばっかりです」
「ん?敬語なしだよ。蒼くんあまり時間無いから、行こ。運転お願いしても良い?」
「あっ!すみません!僕が運転しちゃって良いの?」
「すみません・・・?まあ。いいか。私より蒼くんの方が道知ってそうだし。ねえ。お願い」
そんなに可愛く両手を合わせてお願いされたら、断る方が野暮だろう。僕は彼女の降りてきた運転席に乗り込む。シートからさっきまで触れていた貴女の温もりと、香水のバニラの様な甘い香りが伝わってくる。
 彼女はそそくさと助手席に乗り込んでシートを限界まで奥にずらして、う〜〜んと伸びた。仕事終わりなんだろう。黒に赤いラインの肩の空いたドレスを来て、羽織っていたパーカーを膝の上に置き、両腕を上げてまだ伸びている。
「うぅ〜〜んっ!!!」
あまりにも大きなう〜んに慌てて隣を見ると、上げた腕から脇、背中のライン、そして黒いレースのブラジャーの横がモロに視界に入ってくる。決して大きくはないけどやけに色っぽい。出ないけど鼻血が出そうだ。
「まみちゃん!まみちゃん!!お疲れなのはわかるけど、僕には刺激強すぎ!脇のラインが綺麗すぎて・・・ちょっと!まみちゃん。ブラも!見えてるレディーが見ず知らずの男にそんなの見せちゃダメだよ」
伸びをしたままの貴女は、チラッとこっちをみてニヤッと不敵な笑みを浮かべる。そしてイタズラっぽく、
「蒼くんは、お子ちゃまだな。蒼くんは見ず知らずじゃないじゃん」
 勝ち誇ってる。なんで返したらいいかわからないので、行き先を聞いて誤魔化すしかない。
「さあ!行きますよ!僕を誘惑してもしょうがないんだから。ホラホラ。どっち方面にいく?」
「行った事ないところがいいから、そこ左にでてから、その先を左に行って。あとは気の向くまま、行けるところまで」
「かしこまりました〜姫」
「なに、それ。あ、マスターの真似?可愛い」
 僕は貴女に弄ばれてるみたいだ。イタズラっぽいところも普段は我慢してるのか、小悪魔キャラではしゃいで、目をキラキラさせている。

 何もない真っ直ぐ続く真っ暗な道の、忘れた頃に一瞬で過ぎていくオレンジ色の光。行き先を決めず、僕は慣れてきた車のアクセルを踏んでスピードを少しだけ上げる。
 さっきまであんなにはしゃいでいたのに、あまりにも静かすぎて、ふっと消えた存在感に不安になり隣に目をやると、助手席に座る貴女を、車のメーターパネルの明かりが薄らと照らしている。夜は窓を開ければ気持ちのいい風が入って来る。ウェーブショートの髪が外からの風で乱れている。そんな事を気にする様子もなく、頬杖をついて窓の外を眺める貴女の横顔は、僕にはとても遠い存在に思えるほど綺麗で儚げにみえた。
「どこまでいく?僕は時間は大丈夫だからまみちゃんに合わせるよ」
 白っぽく映し出された貴女の横顔に一瞬吸い込まれそうになりながら、僕は声をかける。
「まだ。時間は大丈夫いける所まで・・・行ってくれる?」
「りょーかいでーす!まだまだ行っちゃいまーす」
少しだけ驚いた顔をして
「・・・なに。それ」
 そう言ってクスッと笑ってくれた。ドキッとした。
 呆れでもない、馬鹿にもしない、貴女の優しさが伝わって来るような「なに、それ」に返す言葉も見つからず、
「この道昔よく通ってて、この先に結構有名な神社があるんだよね。そこに家族で良く行ってたんだ。走ってる車から外の景色見るのが好きでさ。ここもう少し行くと萎びたラブホテルがあって。地元だと幽霊出るって有名なんだ。幽霊ホテルって言われてる。紫色看板が怪しく光ってて。やってるのかどうかもわからない怪しいラブホでさ。」
「あ、それ聞いたことある!幽霊ラブホ!ともだち行ったって言ってた。凄くやばくてすぐ出て来たって。金だけ取られたーって言った」
「そんなでも金はきっちり取られるんだね〜。それも霊の仕業だったりして。あっ!ホラホラあれあれ」

 一面の暗闇の中、紫色にぼんやり光る割れた看板が通り過ぎていく。今もやっているのだろうか。少しの沈黙がすごく長く感じる。

「見た?『おもひで』だって。何がおもひでになるんだろうね。ぜったいにやだね。金だけ巻き上げられちゃう思い出。でもそれも相手次第か・・・」
「色んな意味でおもひでを作れるんじゃないかな。んでね、話戻っちゃうけど、小さい頃にその看板を見て親に、あれってな〜に〜って聞いたんだよ。そしたら動揺しちゃって、オヤジは黙ってるし母親は動揺してしどろもどろになってあんな卑猥なところ無くなっちゃえばいいのに!ってパニクって。最後は気にすることないの!なんて答えにならない答えして。聞いちゃいけないこと聞いたなーって子供心ながらに反省したことあったな〜」

 貴女の寂しさを紛らわす事ができればと、僕は話を続ける。

「でも、それってなんで答えたらいいんだろうね。思いでを作るところだよ〜とか、大人の男と女が〜とか」
「まみちゃん!大人の男と女が〜はダメじゃないかな?」
「そっか。なんだなんだ。なんて言おうね?」
 貴女の声が明るくなる。子供の様に乗り出して話している。
 振り絞って出て来たネタがラブホネタかよ!と心の中でツッコミを入れてしまったが、コロコロ変わる貴女の表情は見ていて嬉しくも悲しくも感じる。歳上のお姉さんにも見えて、守ってあげたくなるような弱さを時折り見せる。僕には貴女を守れるような物をなにも持っていない事がはがゆくて。そんな事を考えながら助手席に目をやると、貴女は急に静かになってまっすぐ進行方向を見つめている。

「このままずーっと行ったらどこ行っちゃうんだろうね・・・」

「夢の世界とか・・・」

 なんか言葉を間違えた気がした。

「なに・・・それ」

 車の中はしっとりと貴女の香水の香りが漂っている。

「今日は・・・そろそろかな」
 左腕の内側の時計に目を落とし貴女はつぶやく。
「オッケー!安全運転で帰るよぉ〜。無事にまみちゃんを送り届けないと。あさみさんにもマスターにも顔向けできなくなっちゃう」
 道路側の広場を見つけ、車の向きを変える。ヘッドライトの明かりは周りの世界を一瞬だけ照らし出し、暗闇に隠された世界を僕と貴女に見せつける。
「真っ暗でわからなかったけど、草とか木とかすごいね。ハイビームにするとほら。上までジャングルみたいだね。蒼くんとジャングルドライブだ」
「どんだけ田舎だよってね。田んぼと森しかなかったね。もう少しいけば、神社だったけど」
 紫の「おもひで」を再度確認しながら来た道を戻り出した。

「蒼くん・・・」

 名前を呼ばれ貴女を見ると、少し微笑む貴女と目が合う。
「今日は、わたしと会ってくれてありがと」
「こちらこそだよまみちゃん。まみちゃんのことが知れて、良かった」
 貴女は少しはずかしそうに、うつむきながら。
「蒼くん・・・こんなんで、本当にいいの?電話で話した通りだよ。」
「まみちゃん、無理してきてない?僕と会うの嫌じゃない?」
「ううん。ぜんぜん・・・また会いたい。ごめんね。こんな私で」
「まみちゃん。謝んないでよ。僕もまた会いたいし、まみちゃんは偉そうにしてればいいんだよ」

「なに・・・それ」

 そう言って隣を向くと、貴女は潤んだ目で僕をまっすぐに見つめていた。

「ごめんね。車の運転までさせちゃって、こんな遠くまでこさせちゃって。付き合ってくれてありがと」
「まみちゃんまた謝ってる。何か役に立てたならよかったし、少しでもまみちゃんの支えになれるなら、できることはなんでもしたい。僕も楽しかったし。またいつでも誘ってよ。次のドライブデートの候補地は思いついたから」
「本当?どこ連れてってくれるんだろう。楽しみ。聞かないでおいてあげる。また連絡するね。本当に今日はありがとう・・・なんか久しぶりに楽しかったし笑えた。」
 灯りの消えた真っ暗な夜のショッピングセンターの駐車場に車が二台止まっていた。一台のヘッドライトが灯りゆっくりと離れていく。

 貴女は手を振りながら、現実に戻っていく。貴女は絶対に振り返らない。



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「まみちゃんか〜。あいつか〜。あの娘に行ったかぁ〜。手強いよぉ〜」
 カウンターの前で、ロマンスグレーの髪をリーゼント風に固めた髭面の小柄なオジサンがロックグラスにウイスキーを注ぎながら唸っている。渋すぎる。僕なんかまだまだだ。
「まさか、まみがこの子と仲良くなるなんて。あのナンパの後、メールして電話して、私の知らない所で繋がってたなんて思わなかったわ。ちょっと信じられないんだけど」
 あさみさんの鼻息が少し荒くなった。僕は何も言えず小さくなる。
「うう〜ん。まみちゃんは大丈夫だろうけど、君がねぇ〜〜〜。大変だよぉ〜〜」
 渋いオジサンは・・・もとい、このバーのマスターはまだ唸っている。
「どうなりたいとか、そう言うんじゃないんですと言ったら嘘になっちゃうし。ただ放って置けないと言うか、なにもできないんですけど。大切な人だなと。それで・・・なんと言うか」
言葉が出てこない。見つからない。
「まみのこと、どうしようと思ってんの?今大変な時期なんだからさ」
 僕に対しての圧が強い。濃いギャルメイク、スナックのママみたいなあさみさんは、彼女の長い親友らしい。
「まあまあ、あさみもそんなに言うなよ。あさみは漢字の読み方が麻美で、まみは麻美。で仲良くなったんだよな。俺が初めて会った時からいつも2人一緒だもんな〜。お互いに保護者みたいな感じだよな」
 遠くを見るように目を細め、マスターは注ぎ終えたボトルの蓋を閉めながらつぶやく。
「そうそう。まみとは職場で名前読み間違えられて、間違えられないように、どうしようねって話から仲良くなって、気がついたらいつも一緒にいたんだよね」
 さっき迄の強かった圧はどこへやら、マスターの真似をする様に眼を細めている。
「そういえば君、若いでしょ!いくつ?うちの店も初めてだもんね。僕はこーいう者です」
 そう言いながら、マスターはこなれた感じでスッと真っ白な名刺を滑らせて来た。いちいち所作がカッコいい。こういう人はモテるんだろうな。
「こちらは初めましてのサービスです。特別だよ〜」
 目を奪われながらお店の中をキョロキョロしていると、ロックグラスに注がれた琥珀色の飲み物が目の前に滑り込んできた。グラスの中の氷がテラテラと店内の光を反射している。
「そんな見回しても、暗いだけだし、うちは暇な店だからね誰もいないよ。これはちょっといいお酒だから味わって飲んで見て」
「あ、蒼と言います。20歳です。バーは入ってみたかったけど流石に1人では入れなくて。初バーです!すみません。キンチョーしちゃって。ありがとうございます。いただきます」
 僕は完全にテンパって、とりあえず自己紹介的な事を口走っていた。ブルブルと携帯のバイブがなりメールがきた「蒼くん遅くなってごめんね。今終わったからこれからいくね。もう少し待ってて」焦りが滲み出ているメールだ。
「あさみさー。とりあえず彼なら大丈夫じゃない?認めてあげなよ。まみのことも心配しなくても。彼真面目そうだしまみが良いって思ったやつなんだし見守ってあげなよ」
「わかってるよ。私だって。そんな事。でもあいつ一度失敗してるじゃん。今だって大変なのに」
 まみちゃんとデートのはずが、「蒼くん。ごめんね。あさみと私のお世話になってるマスターが、蒼くんに合わせろってうるさくて。わたしの仕事終わるまであさみと一緒にマスターのお店で待ってて。お願い」とメールで突然告げられた。
 そして今僕は完全にアウェイだ。マスターとあさみさんの、貴女を想う気持ちがとても強い事が伝わって来る。僕がいなくても大丈夫なんだ。少しホッとはするが、言葉が出てこない。
「ゲホっ!!!っすいまっ。ブフッ!」
「ちょっと!まみ来る前なのに。大丈夫!?」
 あさみさんがびっくりしながら僕の背中をさすってくれる。場の空気に飲まれた僕は何も言えず、貴女からのメールで気が緩み、とりあえずロックグラスのウイスキーを一気に飲み干そうとした。わさびとも違う唐辛子とも違う、カッ!とした刺激に喉を襲われる。完全に舐めていた。
「チリンチリン」
 ドアベルがなりコツコツとヒールの音と共に、薄暗い店内に明るい声が響く。
「ごめーん。あさみ、マスターお疲れ様!あ、蒼くんもごめんね〜待った?いじめられてない?あ・・・お客さんいないじゃーん。マスター。頑張んないと!」
 遅れて来た貴女は、電話をしている時や先日のドライブの時とはまた違う印象で、僕とあさみさんの間に座るからそこ開けて、と言うジェスチャーをしている。なんか今日は偉そうだ。席をズレた僕の隣に、当然の様に貴女は座る。ドレス姿の貴女の横顔は、別人と錯覚するような薄化粧を纏っている。ウェーブショートの髪の間から見えるその表情は少しだけ妖艶なオーラを漂わせている。バニラの様な甘い香りの香水が貴女だとわかる安心感を僕にくれる。
「おつかれ〜まみ。大変だったね。何飲む?」
「なんでお前がオーダー取ってんだよ。それは俺の役目だろ。さあ、いかがいたしますか?姫」
「ああ〜今日も頑張った!わたし!ウーロン茶ホット!」
 あさみさんとマスターのやり取りは阿吽の呼吸だ。そこに貴女も加わって。
「蒼くんは何飲んでんの?って、顔真っ赤じゃん!大丈夫?!何飲まされたの?ウイスキー?マスター。あれ?チェイサー出てないじゃん!」
「ああ。ごめんね〜。まみはウーロン茶でいいの?お酒は?」
 マスターが水を出しながら貴女と話している。
「私は帰り車だから。あさみ!あんただって飲んでんじゃん。わたしが飲んだら帰れないでしょ〜?!誰運転すんの〜?あんたのこと送っていかなきゃならないんだから」
「マスターにあの青いカッコいいラベルのやつグラスでいただきました」
「え!?ちょっと高いやつじゃない?私まだそれ飲ませてもらってない〜!」
 駄々をこねている貴女は、子供みたいに頬を膨らませている。いちいち可愛いし、キュンとしてしまう自分が悔しくも思う。
「まみの大事な人みたいだから僕から一杯サービスしておきました〜」
「え〜。マスターありがとう。蒼くん真っ赤になっちゃってんじゃん!ホラホラ水飲んで。酔い覚まし。酔い覚まし。本当に一杯だけ〜?」
「大丈夫ですよぼくは、水飲んでおけば」
「蒼くん本当に〜?いじめられたらわたしにいいな。おねーさんがビシッと言ってあげるからね。ちょっとトイレ行ってくるわ」
怒涛の如く話し終えて、貴女は暗闇の方へ消えていった。

「バタン!」

「あさみ〜。まみってあんなだったっけ?今日はなんかやけに楽しそうだな」
「最近まみの、あー言うところ見てなかったかも。今日は、なんか楽しそう・・・久しぶりに見た。」
「君のおかげだな多分・・・・・」
 マスターはそう言って、奥の暗闇に消えていく貴女の後ろ姿を目で追っていた。目まぐるしく回る会話と展開に、高濃度アルコールのイッキでクラクラしていた僕は、言葉もあまり出てこない。
「蒼くん。多分わかっていると思うけど、もし彼女とちゃんと向き合いたいなら、大切に思うなら当分は我慢だよ。待ったとしても望む結果になるとは限らない。まみに幸せになってほしいし、もちろん蒼くんにも幸せになってほしい。それは、このあさみも同じ気持ちなんだよ」
マスターが少し真面目な顔になっていた。結婚するとき相手の両親に挨拶に行くとこんな感じなんだろうか。あさみさんは黙って赤べこのように頷いている。この人たちは家族みたいだな。身の引き締まる思いだった。

「はいっ」

 ヤケに大きい声が出てしまった
 話が止まって静かになった店内にブルースが流れている。

「バタン。コツっコツっ」

木の床に細いヒールのぶつかる音が反響している。

「マスター!この店カラオケってあったっけ?久々にあの曲歌いたい!なんつったっけ?ゴー♪ゴー♪って言うやつ」
「あるよ!一曲10万円で〜す。ほいっ!」
 マスターがスッとマイクを差し出す。
「10万円はマスターにつけてくださーい♪」
 赤いドレス姿の貴女は、いつもの様に部屋で着るような黒いカーディガンを肩に羽織り、チグハグな格好なのに決まってる。カウンターに置かれたウーロン茶を一気に流し込む。髪をかき揚げ、マスターの出したマイクを奪い取りポーズを決めている。
「まみ。ゴーゴーだけじゃわかんないよ。チャックペリーの、ジョニー何ちゃらね!私も一緒に歌う〜」
 あさみさんもマイクを取って、2人はノリノリでダンスしながら熱唱し始めた。
 この人達カッコいいなとぼんやり思いながら、タバコに火をつけ彼女たちのリサイタルを聴き入っていた。
 ひとしきり歌い終わると、あさみさんにセンターを譲り、貴女は僕の隣に静かに座る。スイッチが切れた様に肩に寄りかかってきた貴女は、

「蒼くん。今日もありがとう。肩貸して。少し寝ても良い?疲れちゃった・・・」

 耳元で囁かれた。さっきまでのハイテンションはどこはやら。貴女は僕の肩にもたれかかって寝てしまった。

 ふとあたりを見回すと、マスターとあさみさんと目が。マスターはニヤッとしてグラスを拭きながら、あさみさんの方を向いた。あさみさんは少し呆れ顔でカラオケの画面に向き直った。と思ったら、マイクを外し、こちらへ近づいてきて貴女の顔を覗き込む。
「こんな疲れてんのに。蒼さんまみの事よろしくね。私も君の事も信用するわ」
 そう僕に伝えると席に戻ってタバコに火をつけた。
 エアコンで少しひんやりする店内で静かに流れるブルース、タバコの煙、肩に寄りかかる貴女の体温と重さがやけに暖かく心地いい。



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「おい!蒼!これから俺とナンパ勝負しようぜ」
「ええ?何言ってんの〜。ここにレディ2人いるじゃん〜」
 雪が溶けて、夜の街が賑わいだす頃。その日は高校からの友人である堀田と、堀田宅に出入りする、堀田の弟の友達のお母さんとその友達という、謎が謎を呼んだような人達に誘われて飲みに来ていた。なぜか堀田は、女性と飲みに来ておきながら、ナンパ勝負などと言う失礼な事をほざいている。失礼極まりない。
「ナンパするところじゃねーから、そー言う事言うのやめな。恥ずかしい」
「オメーナンパした事ねーんだろ。俺は。前に飲みに行った所で・・・」
 こいつは今日おそらく気合いを入れてきたのだろう。おろしたてのどこぞのブランドのグラフィックTシャツにおしゃれ着パーカーを羽織って、全身おろしたての出立ち。しかも堀田はなぜかイキっていた。めんどくせぇ。
「わかったよ席変われよ」
 堀田の発言を途中で遮った。カウンター席で堀田の隣に綺麗な女性2人が飲んでいたので、僕は堀田をどかして席を入れ替わった。僕も失礼といえば失礼かもしれない。お店に入った時から、隣で飲んでいる2人、特にウェーブショートの女性は気になっていた。綺麗な人だなと。
「こんばんは。突然失礼しま〜す。静かに飲んでいるところすみませ〜ん。今日はお二人で飲んでたんですか」
「えっえっ?!わたし?達ですか?あ、あぁ。今日は、そう、2人で・・・。色々あったからそのお疲れ会みたいな」
 僕の隣に座るウェーブショートの涼しげな顔をした女性が、少しだけアワアワしながら答える。やばい!アワアワしてても綺麗だ。
「ですよねぇ。色々ありますよね人生・・・。この店はよく利用してるんですか?」
 すげー大人の女性に声をかけてしまったと少し後悔した。もう遅い。心拍数は上がっている。
「たまに〜くるよねぇ私達」
「う、うん。そうだね・・・・・ちょっと」
 ウェーブショートの女性の隣にいる、ロングの茶髪のギャルみたいな女性が、ウェーブショートの女性の袖を見えないようにチョンチョンと引いて身構えているのが見えた。
「そうなんですね。僕達初めてで、何かおすすめの、これ食っとけば間違いない!みたいなやつ、あ、すみません名乗ってなかったですね。僕は蒼と言います。失礼しました」
「わたしは、まみ。この娘はあさみ。同じ漢字なんだよ。麻美って書くの。メニューはね、このつくね何ちゃらってやつが〜おすすめかな」
ウェーブショートの女性が丁寧に答えてくれる。
「まみちゃんに、あさみちゃん。よろしくです。このつくね何ちゃらですね。頼んでみまーす。すみませーん!このつくね何ちゃら一つお願いします。あ、あとなんか飲みます?僕奢りますよ。一杯ずつ」
「え〜本当に!?いいの?嬉しい〜。ねぇ、あさみ何にする?わたしはカルーアミルク!」
「じゃあ私は緑茶ハイ。ホントにいいんですか?ありがとうございます」
 警戒していたあさみさんもギャルねーさん風な見た目とは裏腹にとても丁寧だ。ちゃんとした人なんだろう。カルーアミルクと緑茶ハイで一気に距離が縮んだ感じがした。ふと反対側を見ると、謎女性2人に堀田が偉そうに何かを語っている。私達関係ありませーんという感じで、僕のことは他人扱いの様だ。
「へぇ〜。じゃあ今日はまみちゃんを励ます会だったんだ。何か、色々と大変だったんですね」
まみさんとあさみさんは、それぞれカルーアミルクと緑茶ハイ、僕はハイボールを飲みながら、普通に2人の会話に溶け込んだ。
「僕が聞いちゃってもいいんですか?」
「いいよ、すでに起こった事だし」
「ちょっと。まみ」
「いいじゃん。別にこれ以上事態が悪くなる事ないし」
「う〜」
 まみさんは全くあさみさんの言う事を聞かずぶっちゃけ始める。
「それでね、色々複雑なんだけど今離婚協議中なの」
あまりこう言う席で話す事でもない。切り上げよう。
「なるほど〜それは大変だぁ。初対面の変なやつに言わない方がいいと思いますよ。言いたかったら聞きますけど、こういう席では違うと思うので・・・すみません。お二人の大事な会、邪魔しちゃって。こっちも連れがシケッちゃうので戻ります。お二人とお話しできてよかったです。もしよかったら連絡先交換とかできますか?」
「いいですよ。私のはこれね」
ウェーブショートのまみさんはサッと携帯を差し出して来る。
「あさみさんも良いですか?」
「わたしはえーと、これね」
「えーと僕のは。えーとこうやって、まず。まみさんに。今かけますね・・・あ、かかりました?よかった。改めまして蒼です。また改めて連絡してもいいですか?」
「蒼くんね。いいよ。これもありがとう」
まみさんはドリンクのお礼を言いながら、メールして。と付け加えてきた。
「これありがとうございます」
あさみさんは丁寧にお辞儀をしていた。
僕も失礼しますと言って反対側に向き直った。
「おら!堀田!声かけたからな」
謎女性が堀田の隣で盛り上がっていた。堀田はバツの悪そうな顔をして、話を変えようとモゴモゴ何かを言って小さくなっていた。その一件以来、堀田は僕を飲みに誘わなくなった。


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「突然のメール失礼します。先日居酒屋で連絡先を交換した蒼です。あさみさんと2人で飲んでいる所、突然声をかけてしまってすみせんでした。」
 数日後、僕は。まあ、返信は来ないだろうとたかを括りつつもまみさんにメールをしてみた。予想に反し、そんなに待たずにメールは返ってきた。
「蒼さん。この前は奢っていただいてありがとうございます。話しやすかったからつい調子に乗って。私、酔っていたので変な事言ってませんでしたか?」
「まみさんは全然変な事言ってませんでしたよ。僕は初めてのナンパだったので緊張してましたケド」
「嘘。初めてじゃないですよね。手慣れてたし。話しやすかったし」
「マジです!ナンパは初めてです。唐突なんですが、もしいま時間があれば、電話してもいいですか?」
「いいですよ。電話待ってます」
メールのやり取りが弾み。僕は少し浮かれて電話をかけていた。数回呼び出し音の後に、
「はい。蒼さん?蒼くん?」
「こんばんは。まみさん。どっちも同じ蒼ですよ。呼び捨てでもいいし、さん付けはちょっと・・・」
「だよねぇ。じゃあ蒼くんでいい?。ああ、なんか嬉しいんだけど。重い話しちゃったから、絶対連絡なんかこないと思ってたの」
こんなに普通に話せてていいんだろうか?僕は少し不安になる。
「そんな重かったですか。人生みんな色々あるし、せっかく連絡先交換できたからダメ元で連絡してみようと心臓バクバクになりながらメールしたんですよ」
「何、それ〜。あ〜なんなんだこれは・・・楽だ」
「ラクダ?動物園とか・・・テレビですか?」
「え?・・・あ、違う違う。蒼くんとは初めて話したのに。楽でいいなぁ〜って。ナンパされた時もちょっと思ってたの。」
「本当ですか?そんな事思ってもらえるなら僕も嬉しいです」
「蒼くんは僕って言うんだね。珍しいね。僕かぁ〜大体、男の人ってオレって言うじゃん」
「珍しいですか!オレって言うとなんか違うなぁーって。オレって言った方がいいですかね?」
 なんか・・・電話だけどいい雰囲気な気がする。
「ううん。僕でいいと思うよ。蒼くんがオレって言ったらなんか変だな」
「まみさんも。なんか話しやすいですね。癒されるかも」
「ワタシ?本当に?癒し系?マイナスイオン!私マイナスイオンかぁ〜。そんな事初めて言われたなぁ〜」
電話の向こうでゴソゴソ音が聞こえる。たまにドアの開け閉めする音も響く。
「マイナスイオンではないですけど。あれ?そういえば、まみさんはいま仕事中ですか?」
「ん?何か聞こえちゃった?うるさいか」
「いや、だいぶ間遅い時間だけど家ではなさそうだなーって」
「今ね休憩中なの。言ってなかったね。ワタシキャバやってんの。稼がないとさ」
 なんとなくわかっていたカミングアウト。僕にとってはそんな事はどうだっていい事だけど。
「遅くまでお疲れ様です。じゃあ邪魔しちゃまずいですね」
「あ、そろそろ休憩が終わっちゃうじゃん」
「何時ごろ終わるんですか?」
「あと1時間くらいかな」
「じゃあ終わったら電話またできますか?嫌じゃなければ」
本当にこんなに盛り上がっていいんだろうか?少しだけ不安になる。
「嫌じゃないよ。いいの?もう遅いよ」
「夜更かしなんで大丈夫です」
「え〜。本当?・・・じゃあ待ってて。終わったら電話するね」
「まみさんあと少しファイト〜!」
「オ〜!うん。頑張る!また後でね。待ってて。じゃーねー」
 気のないオー!を放って、慌ただしく電話は切れた。
 初めからすんなり、なんの気構えもせず普通に話せた事が、自分でも意外だった。別にどうと言うわけでもないのに、穏やかな気持ちになれた。気の抜けた感じのままぼーっとしていると、携帯画面のオレンジの光と、ブルブルで現実に引き戻される。
「ごめーん。蒼くん!!!遅くなっちゃった。終わったよー。起きてた?」
「あっ・・・おつかれさまで〜す。まみさんおつかれ様です」
「あ!お疲れ様です2回言った。蒼くん寝てたでしょ。切ろうか」
「大丈夫です!まみさん!声聞いて目覚めました!スッキリ!まみさん遅くまで頑張りました。偉い!」
「ワタシ偉い?嬉しいな。もっと褒めてくれてもいいよ」
 寝ぼけているけど、電話の向こうから聞こえるまみさんの声にとても癒されていた。
「まみさんは、お仕事毎日こんな遅いんですか?」
「今日はたまたま。早く終わらせて、電話しよーって頑張ったのに、全然帰ってくれないし。キーッてなってドリンク作ってた。アルコール多くして早く潰れろーって」
「えぇ〜。ぼくはまみさんのお店怖くて行けないですね。まみさんに潰れろーってされちゃう」
「蒼くんだったらそんな事しないよ〜。そんなひどい女じゃないもん。優しいんだよワタシ」
「優しいのは知ってます。まみさんがすげー頑張ってるのも。見た事ないけど」
 初めてなのに、初めての感じがしない会話のテンポが楽しくて、会話は止まらない。
「みてないのにわかっちゃうか。蒼くんはすごいね。ああ〜。楽だ!蒼くんもしかして私の知り合いだっけ?昔付き合ってた?もしかして」
「ラクダじゃないんですよね〜まみさん。付き合ってないですけど、今はもう知り合いになれてます。たぶん」
「ねぇ。さん付けと敬語・・・やめない?」
「まみ・・・さんじゃなくて〜・・・まみちゃん!・・・でいいです・・・じゃなくて。いい?」
「よろしい!まみちゃんかぁ〜。暫くぶりだなその呼び方。へへへ」
「ねぇ・・・もうすぐ家着いちゃうから。また明日電話してもいい?」
「そっか無事に着けそうだね。よかった。電話いつでも大丈夫ですよ。いつでも待ってます」
「本当?じゃあまた明日。あっ!今また敬語になってる〜。蒼くん。連絡くれてありがと。すごく嬉しかった。おやすみね」
「あっ!まみちゃん。今日は話せてとてもよかった。ありがとう。僕も楽しかった。そしてお疲れ様〜おやすみ〜」
 僕まみさんとどこかで通じ合えた感じになっていた。その幸せな気分のまま寝落ちしていた。


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「まみちゃんお疲れ様〜」
その日から貴女が仕事がある時は、必ず電話するようになっていた。思いを伝え合ったわけではないけれど、少しづつ、なんとなく、お互いの想いを確認し合う様な言葉のやり取りを楽しむ様な電話とメールのやり取り。そんな日々が1ヶ月位続いた。
「蒼くんお疲れ様。今日は〜早く終わった〜やった〜。蒼くんは何してたの?」
「さあ〜何やってたでしょうか〜」
「えぇ〜なんだろう。こんな時間だからぁ〜えっちな本見てた!」
 貴女はたまに暴走する。
「なんだ、それ。今は見てない!」
「い〜ま〜わ〜・・・じゃあ持ってるんだ。そう言うのベッドの下に隠したりして〜」
「それは僕だって男ですからぁ〜。そう言うものだって見ますよぉ〜」
「・・・・・」
「まみちゃん?・・・」
「蒼くん。ワタシね蒼くんの思いには応えられないよ」
「急にどうした?」
「ワタシから言ったんだけど、そ〜言う本。そりゃ〜興味あるよな〜って」
 電話の向こう側でコロコロ変わる貴女の気分が伝わってくる。
「うぅ〜・・・。もちろん、まみちゃんとそうなれたら、それはいいけど。それ目的でまみちゃんに惹かれて、こうやって電話してるわけじゃないよ。そうだ。今度会えたりしない?」
「え?会うの?いいの?う〜ん・・・わかった!ワタシも蒼くんに会いたい」
 会いたい。その一言にすべて持っていかれてしまった。それでもいいと思えるほどに。
「まみちゃんは会って何したい?」
「会えるとしたら夜中しかないし・・・ドライブとか」
「ドライブいいね!まみちゃんとドライブデート!じゃあ行ける日わかったら教えて」
「わかった!決めたら連絡する。待ち合わせ場所〇〇ショッピングセンターの駐車場でいい?そこに集合」
「まみちゃんめっちゃ楽しみになってきたよ!連絡待ってるね。またね」
「私も楽しみ。連絡するから待っててねぇ〜またねぇ〜」
 本当に会って・・・会えるんだ。期待と喜びでその日は寝れなくなった。

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「何であの時・・・声かけてくれたの?」
 道路の両側にある田んぼには水が張られ、星空を映している。天と地から星空の灯りが薄らと辺りを照らしている。夜風がカエルの鳴き声と共に、車の中を通り過ぎていく。
「始めから隣の席だったから気づいてはいたんだよね。めっちゃ綺麗だけど、悲しそうな顔して飲んでるな〜って。声をかけるつもりはなかったけど、たまたま連れがナンパ勝負だとか言い出してうるさかったから、話しかける雰囲気ではないけど、声かけて一杯奢ればちょっと和ませられるかなと思って。まみちゃんは何で答えてくれたの?」
 貴女は、助手席で膝を抱えながら自分の髪の毛をくるくる弄りながら。
「そんな悲しそうだった?わたし。そんなふうに見られてたんだ。わたし・・・。何でだろうね。普段ナンパされても絶対相手にしないんだ。そもそもナンパなんて殆どされないけど」
「そうなの?僕は声かける前。あ、この女性は綺麗だしモテてそうだし、ナンパされ慣れしてそうだし軽くあしらわれちゃうかなって思ったケド」
「ナンパされ慣れしてそう。って。蒼くんたまに変なこと言うよね。おかしい〜」
「え〜。そうかな〜。まみちゃんモテそ〜」
「全然!最近は何年もされてないから、え!?いまわたしナンパされてる!?って。わたし・・・あの時は酔ってたのかなぁ・・・不思議」
少し風が強くなって、
「ねぇ・・・・・わたしのこと相手しても、どうにもならないよ。答えてあげられない」
 貴女の、髪の毛をいじりながら、窓からの風を受けて目を細め遠くを見る横顔は、また、寂しそうな顔をしていた。
「でも、あの後の電話に出てくれたし。まみちゃんは。この前のおもひでドライブ、その次も。あさみさんも一緒に言ったバーも楽しかったし。今日もまたドライブしてるし。でもね、だからどうしてほしいとか、どうなりたいとか、そう言うことは望んでないよ。僕にはどうする事も出来ないから。一番は仲良くなれたらいいなって純粋に思った。こうして隣にいると何故かホッとする。付き合ってください!好きー!って感じとはどこか違うんだよな〜。めちゃくちゃ好きだけど」
 うまく表現できない思いと、率直な想いを言い終えて、車は交差点で止まる。隣をチラッと見ると、貴女は、片足だけ膝を抱えてまっすぐに僕を見つめていた。


「やばい!めっちゃドキッとした〜」

「何、それ」

 クスッと笑う貴女の微笑みに慌てて僕は目を逸らす。綺麗すぎて絵になる・・・。
「恋人坂って知ってる?結構有名らしくて坂の上から下まで手を繋いだまま降り切れたら、二人は結ばれる的なジンクス?がある夜景スポットでさ。そう言うカップルを狙って嫌がらせしに来る奴らもいるカオスな場所」
「全然ロマンチックじゃないね。そこ。気になるね」
「高校の時学校のマラソン大会そこがコースでさ、そんな話聞きながら、延々と続く上り坂を歩いて足が靴擦れで大変なことになった思い出の坂なんだよね。日にもよるけど、夜はカップルの乗った車が渋滞になったりするとかしないとか。今日はその辺に行ってみるよ〜」
「恋人坂。名前は、良いのにね」
 そう言って貴女は短めの髪を靡かせて、また黙り込む。

 夜風とカエルの鳴き声をBGMに、星明かりを頼りにたどり着いたその坂は、夜景と呼ぶには少し寂しい、街並みの明かりが見下ろせる丘の中腹の田んぼ道。「恋人坂」と書かれた小さめの看板がたっていた。

「やっとついたー!少し迷っちゃったケド、まみちゃん。ついたよ!ホラ、少なめだけど、カップルの車止まってるよ。うちらもあの辺に停めようか」
「え〜。もっとなんか、ロマンチックな所かと期待したのに〜。ただの田んぼの真ん中にある下り坂じゃん。恋人坂〜・・・そうだね停めて」
 恋人坂を見下ろしながら、貴女は車の中で小さくなっている。

「ねぇ・・・。私ね、蒼くんナンパしてくれた時に言ったけど、離婚調停中なのは知ってるよね。話・・・聞いてくれる?」
「まみちゃんが良いなら聞くよ」
 僕は貴女の小さな手を握った。暖かい。貴女は握られた手と僕の顔を見比べている。
「ごめんね蒼くん」
「謝らないでよ。まみちゃん悪くないから」
 貴女は握られた手に目を落としながら、ポツリ、ポツリ、と思い出すように秘密を明かしてくれた。
「私とちゃんと向き合おうとしてくる貴方には、蒼くんには。ちゃんと話さないと。蒼くんはこれからがあるじゃん。前に進んで欲しいの。こんなに色んなことを決めきれずに立ち止まっている私には、蒼くんを縛ることはできない。だから蒼くんの気持ちに応えることができなくて。本当に・・・・・」
 膝を抱えて小さくなっていた貴女は顔を埋めて涙を隠している。少し汗ばんできた手に少しだけ力が入った。
「ごめんなさい」
「謝らないで・・・」
 貴女にかける言葉は、僕はこれくらいしか絞り出せない。
「また会える?」
「まってて。また連絡する」
「まってる・・・帰ろうか」
「うん。せっかくだから坂降りようか」

 カエルの鳴き声は盛大に続いている。僕たちの声をかき消してしまうくらい。


-----
「ねぇ、蒼くん!見た?みた?あの車結構揺れてない?あ、あっちもなんか凄くない?恋人坂・・・って言うより発情坂・・・?」
 坂を下る車の中から、貴女は道端に泊まる車を振り返りながら楽しそうにはしゃいでいる。涙を流した目は少し腫れている。
「発情坂って!まみちゃん!その通りだったけどあからさますぎるよ」
「だって〜。すごかったよ〜私達車で坂降る時に何台も停まってた車。みんな揺れてなかった?発情坂!車だと一瞬だね」
「あっという間だったね。発情坂になっちゃったな〜。恋人坂・・・さあ!まみちゃん寒そうにしてるから、コンビニであったかい飲み物買って帰るよ。夜風で冷えちゃった?」

「ねぇ・・・蒼くん・・・?連絡したらまた会ってくれるの?わたしなんかに」

 貴女はまた、腫らした目でまた僕をまっすぐ見つめていた。


「貴女が望むなら」

 僕も真顔で答える。その仕草と

「何、それ。ドキッとしてくれないんだ」

 貴女はまたクスッと、今度はイタズラっぽく笑った。その言葉に、僕の想いは積み上がっていく。



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 いつもの真夜中のショッピセンターの駐車場。街灯の灯りがぼんやり僕の車を照らしている。
「つきました〜姫。本日もお付き合いいただきありがとうございました」
少しおどけて言ってみる。貴女は少しニヤッとして決め顔で僕を見つめる。

「あぁっ、何それ!新しい!めっちゃドキッとした」

 また貴女はクスッと笑う。

「ねぇ。もう少し時間大丈夫?そこのベンチ座ってかない?」
「まみちゃん時間大丈夫なん?」
 黙ったまま小さく頷く。長いベンチに座った貴女の隣。少し汗ばんだ手を握りながら近くに座る、貴女の体温が感じられるくらいに。貴女はそのまま黙って、コンビニで買ったホットココアを飲んでいる。
「まみちゃんからのお誘いは断れないから近くに座るしかないな〜」
 バクバクの心拍数で何を口走っているのかわからない。
「なに、それ」
 クスッと笑う、貴女の方を向くとホットココアを持ちながら、優しい眼差しで貴女は僕を見ていた。慌てて目を逸らしてしまう。
「まみちゃん、僕のことからかってんでしょ〜」
「蒼くんが勝手に照れてるだけ〜。わたしは何もしてないよ。わたしのせいじゃないもーん」
 さっきまで泣いていた貴女は、おどけながら少しづつベンチに座る僕との距離を詰めて来る。さっきまでは腕だけ触れていたのに僕の腰には腕が回されて。貴女の体温が、軽い重さが、もたれかかって来る。
「ねぇ、こんなわたしのどこがいいの?」
 急に艶っぽくなる。
「まずは。なに、それ。からのキメ顔が最高だよね。なんでそんなに綺麗でかっこいいんだよ」
「そうかなあ〜。でも蒼くんに言われて、気がついた。無意識でやってたね。自分で鏡見てたら、キメ顔はしてないけど、何それって、結構言ってた。キメ顔出るかは相手によるみたい」
 と、言いつつ、至近距離でキメ顔をして来る。
「そのキメ顔がめっちゃカッコいい!美しい!コロコロ変わるその表情。こんな僕を相手にしてくれる優しさ。大変なはずなのに、めっちゃ頑張ってるところ」
「なに、それ。・・・いっぱいあるね」
 真っ暗な駐車場脇ののベンチで、いつの間にか・・・僕も貴女の腰に手を回そうとして、横に置かれたホットココアの缶に手がぶつかる。缶が落ちる音に二人同時にビクッと驚く。
「ごめん。まみちゃん。びっくりしたよね」
「蒼くんもね。ビックリしたね・・・あとで拾おうね。カン」
 そんな事を言いながら改めて貴女を引き寄せていた。うっすらと地面に写る影が一つに見えていた。さっきからいろんなバージョンのキメ顔を至近距離で放ってくる。まるで僕を試す様に。
「それ!わざとらしい・・・けどいい。かわいい。最高」
「本当?もっと言って」
 貴女との時間は過ぎていく。街灯の灯りに照らされた貴女を昼間も見たいと思いながら。ベンチに座りながらお互いに腰に回した腕に力が入っている。
「まみちゃん、いつも僕のために時間作ってくれて、会ってくれてありがとう。大変な時なのに」
「わたしが蒼くんに会いたくて会いにきてるの。気にしないで。お礼を言うのは私の方」
「こんな夜中にさ。いつも、会える?って聞く僕の為に時間を作ってくれてるじゃん?」
 貴女の手が僕の肩を叩く。そのままお互いに身体を抱き寄せあっていた。服の上からでも伝わる鼓動が早くなっている。貴女は僕の背中に腕を回し、優しくささやく。

「ねぇ。蒼くん。少しだけいい?こうしてて」
「もうしてるよ」

 伝わって来る暖かさ。お互いの体温が上がるのがわかる。腕にも身体にも。何をきっかけに離れたら良いか、わからなくなってしまいそうになる頃。僕のTシャツに顔を埋めていた貴女は。

「蒼くん・・・ありがとう」
「まみちゃん大丈夫?」

 顔が見えなくて、お互いに抱き寄せた腕を緩めて見つめ合う。戸惑う僕を察した貴女は、

「ねぇ・・・蒼くん・・・キスは・・・ダメ、だよ」

 自分に言い聞かせるように貴女は言う。

「うん」
「ふふ。君はまだお子様だからなぁ。蒼くん。今日もありがとう。バッチリ充電できた。明日からまた戦える。楽しかったなぁ。発情坂・・・ちょっと忙しくなるから、しばらく連絡できないかも。待っててくれる?」
貴女は決意の顔に切り替わる。僕は何も言えない・・・
「まみちゃんドキッとさせすぎ。いつでもOK!待ってるから・・・無理しない程度に頑張って。僕は何もできない」
「蒼くん・・・そんな事ないよ。貴方のお陰でわたしはまた戦える。頑張れる。貴方のお陰なの。わかる?わかって。だから、そんな顔しないで」

「そうだねまみちゃん困らせちゃうもんね。もう一回だけいい?」
そう言って僕はもう一度貴女を抱きしめた。
「蒼くん。ありがとう。もういかなきゃ」
 貴女は少しだけ微笑んで、あとは振り返らない。僕が降りた運転席に乗り込み貴女は車をゆっくり走らせて、窓から手を振りながら帰って行った。その時も、貴女は振り返らない。
 貴女はどんな気持ちで去っていったんだろう。僕はもっと貴女のためにできる事があったんじゃないか。僕の腕の中には、さっき迄いたはずの貴女はいない。代わりに残されたのは、やりきれない思いと、虚しさと、貴女の残してくれた優しさだった。

愛があればなんて言うけれど、どうにもならない事が世の中にはたくさんあると言う事を、僕は身をもって知った。

それから数ヶ月、貴女からの連絡は途絶え、僕は結構不安で、いっぱいいっぱいになっていた。



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「そういえばさ、この前4人で飲みに行った時に、ナンパ事件あったじゃん。そこで蒼がナンパしてた娘いたじゃん?ちゃっかり連絡先まで交換してるし。やるなー!と感心しちゃったよ〜。ぽっちゃりギャルと儚げ美人!綺麗な人だったよね〜。んで蒼は、どっちにしたの?その後どうなったの?」
 僕がナンパした時に、飲みに連れ立ってくれた堀田の弟の友達のママさんが、思い出したかのように聞いてきた。紗枝さんというらしい。僕の仕事はシフト制だったので、休日の多くは堀田の家に遊びに行っていた。堀田の家は自営業なので、その手伝いも兼ねて。紗枝さんも堀田の母とママ友という事でよく仕事の手伝いに来ているらしい。
「えっ!そこまで見てたんですか?てっきりそっちで盛り上がって飲んでるのかと思いましたよ〜まじですか〜恥ずかしいんですけど」
「そりゃぁ〜見てるよ!連れて行った手前、責任があっから〜。保護者だからな!あ、もう連絡したんだなぁ。わかった!儚げ美人だ!あれは危険だなぁ〜。夜の女でしょ。わたしも昔やってたから!夜の女。わかっちゃうんだなぁ〜いろいろ」
 紗枝さんの尋問には敵わない。事務所の端の方で知らんぷりを決め込んでいる堀田の方をチラっ、チラっ、と、見ながら、ニヤニヤして僕にグイグイ来る。
「まあ、そりゃあ、あんな綺麗な人となかなか知り合えないですから・・・」
「あれぇ?蒼は赤くなってのぉ〜?えぇ?デートした?ホテル行った?」
 あからさまだ。
「そんな不純じゃないですよ。夜のドライブデートは何回かしました。彼女と待ち合わせして、僕が彼女の車運転して。今日はあっち方面〜こっち方面〜って。この前恋人坂2人で行ってきました。揺れてる車いっぱい止まってて2人でそれを見て、すげ〜って楽しんできました。隣に彼女がいるだけでドキドキしちゃって」
 紗枝さんは何か察したのか少し静かになった。堀田はプリンターをガチャガチャやりながら、こっちにその話題振んなよというオーラを出している。
「紗枝さん。ちょっといいですか?その筋のプロと見込んで相談しても?」
「ちょっと外でタバコ吸おーか」
 この人はそういう切り替えが凄く上手い。堀田事務所の外のベンチに座り少しだけ事情を話した。
「二人の時はめっちゃいい感じなんです。飾らなくていいし。普通に2人で夜中のドライブデートして、あと電話でイチャイチャして。でも、この人キャバ嬢だよなと思っちゃう時もあるんですけど、遊びの関係みたいな、そー言う目では全然見れなくて」
「えぇ〜?何もしないの?キスも?押し倒しちゃえばいいじゃーん!!!好きなんでしょ!?つまんねー男だなあ」
 辛辣だ。
「そういうんじゃないんですよ。めっちゃ好きですけど大切な女性なんで、軽々しくそういう関係になりたくないんです。隣に彼女がいてくれて笑ってくれてたらそれが幸せなんです。今は。」
「まあ、蒼がそういうなら。彼女幸せだね。そんなに想われて」
「で、色々あって、今彼女からの連絡待ちなんです。僕からは連絡できない。待つしかないのはわかってるんですけどもう2ヶ月くらい経つし。心配で。でも何もできないじゃないですか。別れがくる事も初めから覚悟しているし」
ふぅ〜と煙を吐き出して、遠くを見ながら紗枝さんはゆっくり話し出した。
「なんとなく事情は聞かなくてもわかっちゃうから言わないし、聞かないよ。でもその儚げ美人ちゃん」
「まみさんです」
「あ、まみちゃんね。今一番辛いのは彼女なんじゃない?本当は連絡したいしすぐにでも会いたいと思ってるよ。きっと。全部捨てて。本当は。そうじゃなきゃ、そんな時に夜時間作ってのこのこ出てこないよ。わたしだったら好きでもない相手に夜中時間作って会いに行ったりゼッテーにしねー」
 紗枝さんが歯をギリギリしている。昔何かあったんだろう。こういう時は鬼の様だ。
「待っててって言ってたんでしょ。待ってる辛さはわかるけど、待ってあげないと。信じてあげな。ちゃんと蒼のとこを考えてくれてると思うし絶対に連絡くるよ」
「そうですね。そこまで力強く言われなくてもそうだよなって。わかってます」
 僕は短くなったタバコを灰皿に押し付けた。
「普通の男は、そこまで考えねーよ。女性がそういう相手だって知ったら面倒臭いし、そこまでしないから。すーぐ逃げてく。蒼さ。頭おかしーんじゃねーの・・・・・でもそういうところ、いいと思うよ。ハッピーには終われないのわかってんだもんね。おかしーわ」
「そこですよね。わかってます。どう考えたって無理ですもんね。でも、せっかく出会えた人じゃないですか。あの日飲みに行かなければ、あそこで堀田がナンパ対決とか言わなければ、出会うことにならなかったと思うし。好きって思っちゃったし。最後までちゃんと向き合いたいです。そばにいたいって言われた時だけでもそばにいてあげたい。でも、責任を負う様な答えをできない自分もなんというか、情けなくて」
「泣けるねぇ〜。そのまみちゃんになり変わってそれくらい想われてみたいわ。わたし」
「何すか、それ」
「蒼はお前は何歳だ〜?そ〜か〜・・・・君はいい恋してるなぁ。想われているまみちゃんはきっと幸せを感じてるよ。昔の男共に聞かせてやりたい!」
紗枝さんは、けばい色のネイルが装着された指でタバコをはさみ唸っている。
「蒼。お前は、これから先もそうやっていろんな女を泣かせていくんだな〜」
「何すか、それ!失礼じゃないですか」

遠くの空には入道雲が、ふぅ〜と吐いたタバコの煙と重なって見えた。携帯は静かなまま。僕は、まみちゃんの口癖少しうつったなと思い一人でニヤッとしてしまった。


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 どれくらい季節が進んだんだろう。Tシャツ一枚では少しだけ肌寒く感じる様になる頃、1通のメールが届いた。ずっと待ち続けた貴女からの連絡なのに、嬉しいの一言で片付けられない自分がいる。メールもすぐにでも開きたいのに、怖くて開けない。タバコを一本吸い終えてから、儀式の様に携帯のボタンを押してメールを開いた。
「なかなか連絡できなくてごめんね。今日の夜、いつもの場所で会える?。伝えなきゃいけないことがあるの。待たせちゃってごめんね」
 なんとなく、伝わってきた。明るい話にならないことは。それまでの不安はなくなり、代わりにどんな言葉を投げかけられるのか、考えても全くわからない事をぼんやり考えて、時間は過ぎていく。
 2時間も前に待ち合わせ場所についてしまった。何かすることがあったわけでもなく、ただ待つ。想いを込めたプレゼントや花を準備するためでもない。そんなものは渡せないし。僕は貴女に何ができるだろう。わからない事にただ、ただ思いを巡らせていた。
 ショッピングセンターの灯りが全て消えた。駐車場の明かりも半分消えて、いつもの僕たちの待ち合わせ場所の暗さになる。こんな明るかったんだ。駐車場の車も一台、また一台と暗い駐車場から消えていく。ほとんどの車がなくなり、僕の車だけになる頃、眩い光を撒き散らし見慣れた車が閉店したショッピングセンターの駐車場に入って僕の車の横に止まる。
 今日の貴女は・・・



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 僕が握った両手を貴女はしっかり握り返してくる。いつもの深夜の駐車場。
「急に呼び出してごめんね」
 微かに差し込む街灯の灯りが貴女の美しさを際立たせていた。メイクもしていないのに、ヤケにキリッと見える表情で真っ直ぐに僕の目を見つめる。僕に言葉を渡してくる。駐車場脇の草むらから虫の鳴き声が聞こえる。

「貴方のおかげで決心できた。蒼くんがナンパしてくれた時。本当にわたしどん底だったの。人生終わったくらい。でも貴方に声をかけられて、貴方と話して、夜中にドライブして、ドライブして。ドライブして。貴方はそばにいてくれた。楽しかった。本当に。一緒にいれたらと何度も思った。貴方の優しさに揺らぎそうになった」

 丁寧に、真っ直ぐに向けられるその力強い言葉は、僕の心の中にゆっくりと一言ずつ入ってくる。

「でもね。貴方とわたしは進む方向が違う。わたしには命をかけて守らなきゃならない人がいる。貴方にも進まなきゃいけない道がある。それは交わる事はないの。短い間だったけど、貴方はわたしをすごく支えてくれた。わたしにたくさんの愛をくれた。貴方の愛があったから闘える。これからも。だからわたしも、貴方の背中を押してあげたい。応援したい。ずっと応援する。貴方のこれからの人生を。でもそばにはいてあげられない。ごめんなさい。たくさん傷つけちゃってごめんなさい」

「まみちゃん。そんなに謝らないで・・・」

 その先が出ない。もう会えなくなる。頭が真っ白になって僕は言葉が出ない。
 僕の手を握る貴女の手はいつにも増して力が入っている。

「ねぇ・・・貴方の幸せを願ってる」
「まみちゃん・・・ごめんねばっかり言わせちゃったね」

「わたし。今日は絶対に泣かないって決めてきたから」


「これは?」

 僕は片方の手で貴女の目元に触れる。

「なに・・・それ」

 泣いてるんだか、笑っているんだか、貴女は美しさを全てぐしゃぐしゃにして。

 貴女が顔を埋めたTシャツはしっとりと濡れてくる。じんわりと熱を帯びて。



「・・・」


 貴女は最後に何かを言おうとして。

 振り返らずに去っていく深夜の駐車場。

 気がつくとあたりに漂う、霞とキンモクセイの香りが、貴女の影と残り香をゆっくりと消し去っていく。貴女の温もりだけを残して。





-----この物語は全てフィクションです。実在の人物とは一切関係ありません。-----

かなり長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m


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