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夏の暑さに揺れる影【もしもの始まりを、忘れないうちに】

真夏の午後、あなたはいつも「無理しないでいいよ」って言ってくれた。
冷房の効いたプラネタリウム、ホテルのアフタヌーンティー、クラシックコンサート。
「暑い日に外歩くのはしんどいでしょ」って、あらかじめ調べておいてくれた。
日傘も、私の鞄も、当たり前のように持ってくれるくせに、「気づいてないでしょ?」みたいな顔で、黙ってる。

夜、少し気温が落ち着いた頃。
仕事終わりに誘ってくれて、ふたりでご飯を食べに行ったこともあった。
街灯の下を並んで歩く時間さえ、涼しさと一緒に静かに胸にしみて、私は何度も、あなたと過ごすこの夏が好きだと思った。

花火大会にも行った。
本当は浴衣を着るつもりだった。
けれど、あなたが「帰り、疲れると思って」ってホテルを取ってくれていて、レンタルの返却時間に間に合いそうになかったから、結局私服にした。
それでも、この日のために美容院で髪をアレンジしてもらっていた。
普段より少しだけ特別な気持ちで、待ち合わせ場所に向かった。

「どこなら見えるかな」
「もうちょっと先、行ってみる?」

私たちは人混みの中、歩きながら花火がよく見えそうな場所を探した。
背伸びして、立ち止まって、また歩いて。
それだけのことが、なんだかとても楽しかった。

途中、ふとあなたが振り返って言った。
「今日の髪かわいい。なんか、いつもと雰囲気違うね」
ああ、ちゃんと気づいてくれてたんだ⸺それだけで、嬉しかった。

空に咲いては消えていく花火。
音よりも、光よりも、あの時間のやりとりが、いちばん心に残っている。

お互いの地元にも遊びに行った。
私の学生時代を過ごした街では、「ここ通ってたの?」と歩きながら、昔の私を探すように振り返ってくれた。

あなたの地元の近くにも行った。
けれど、あなたが連れて行ってくれたのは、地元の中でも、観光客が多い方の温泉街だった。
「こっちの方が雰囲気いいかなって」
そう言って選んでくれたその街は、浴衣姿の観光客が行き交う静かな温泉街で、ふたり並んで歩くには丁度よかった。

でも、ふと「実家がある方ってもっと奥なんだよね」と訊いたとき、
あなたは少し笑って、「うん。でも、地元の人ばっかりだから」と言葉を濁した。
その声が、どこか遠く感じられて、私はそれ以上、何も聞けなかった。

きっと、その場所には、彼の家族も、友達も、全部詰まってる。
そこまで踏み込むには、何かが、まだ足りなかったのだと思う。
紹介するには近すぎて、未来を語るには、少し遠すぎた。
そういう距離感だった。

それでも、あなたと過ごした夏が、どこかで続いていてほしいと思ってしまう。
暑さを避けながら、光と風の中で、静かに並んで歩いた、あの夏を。
あの優しさに、甘えてしまった自分ごと、そっと記憶にしまいながら。


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