やっと、晴れたね【もしもの始まりを、忘れないうちに】
星を見に行こうって、何度か話した。
でもそのたび、曇り空か、時間が足りなくて、
「また今度」って笑って帰った。
その「今度」は、とうとう来なかった。
約束はあったのに、時間がすれ違って、
天気だけじゃなく、ふたりの心まで曇っていった。
——それでも、あの夜。
もしも空が晴れて、時間が重なっていたなら。
私は彼と、あの道を歩いていた。
少し冷たい風に、彼の手が私の手をふれる。
ぎゅっとするわけでもなく、ただそこにある。
いつだったかの旅行で、山奥に向かおうとしたことがあった。
そのとき、宿の女将さんに「あの辺はクマに遭遇する可能性があるから、ふたりだけで行くのは危ない」と、諭されたその言葉が、なぜか強く残っている。
クマに遭遇すること以上に怖かったのは、
彼がきっと、自分を犠牲にしてでも私を守ろうとする人だということ。
そんな気がして、心のどこかに不安がよぎった。
クマが出ないか心配していた私に、
彼はちゃんとホテルで出没情報を聞いて、
星がよく見える場所をいくつか調べてくれていた。
「安心して楽しんで」って、頼もしく笑っていた。
そして今夜、ふたりで空を見上げていた。
「やっと、晴れたね」
「そうだね、やっと──叶ったね」
その会話だけで、心があたたかくなるような夜だった。
——それは、叶わなかった「もしも」のひとつ。
でも、たしかに願っていた光だった。
現実ではまだ、あの空は曇ったまま。
そして私の隣に、彼はいない。
けれど、何度目かの夜、
私はひとりで同じ空を見上げた。
彼と並んで見た気がした空は、
ようやく晴れていた。
願いごとはしなかった。
過去に向けて、ただひとつ思っただけ。
「今度こそ」は、もういらないよ。
あのときの笑顔だけで、充分だったんだ。
