まだ、帰りたくなかった【もしもの始まりを、忘れないうちに】
とある休日。
お互いに別の予定が入っていたから、今日は会わないつもりでいた。
それでも朝からぽつぽつと、メッセージのやりとりは続いていた。
内容は他愛もない、コンビニスイーツの話。
彼はティラミスが好きで、私はわらび餅。
「この前買いに行ったんだけど、売り切れでさ」なんて、ほんとにどうでもいい話。
でも、不思議とリアルタイムで返事がくるものだから、
会話というより会って話しているような気持ちになって。
気づけば、画面越しのやり取りじゃ足りなくなっていた。
午後の予定が終わったあと、帰り道の空がやけに広く見えて、
なんだか誰かとごはんを食べたくなるような、ぽっかりした気持ちになった。
——いや、誰かじゃなくて、彼と。
「今日、夜ご飯だけでも一緒に食べない?」
思い切って送ったメッセージに、彼は「いいよ」とすぐ返してくれて。
少し遅めの夕食をふたりでとった帰り道、コンビニに寄った。
お互いの好きなスイーツは相変わらず売り切れていたけれど、代わりにシュークリームを二つ。
「どっちがいいかな」なんて聞きながら、でも結局、同じものを手に取った。
選ぶ時間も、それを笑い合う時間も、なんだかずっと忘れられない。
「うち、来る?」
ほんの少し躊躇して、でも彼がそう言ってくれた。
当日決まった、小さな寄り道。
泊まる予定なんてなかったし、遅くなるつもりもなかった。
でも、あのときの私たちには、それで十分だった。
テーブルにシュークリームを並べて、
包みを開ける音だけが、静かな部屋にやさしく響いた。
——もし、あの時間がもう少しだけ続いていたら。
少し肌寒い夜だったから、彼のブランケットにくるまって、
何気ない話をして、肩が触れて、
私の手をそっと握ってくれたかもしれない。
眠るわけでもなく、帰るわけでもなく、ただゆっくりと夜がふたりを包んで、
いつの間にか、今日という日が明日に変わっていたかもしれない。
そして朝。
慣れないキッチンでふたり分のコーヒーを淹れて、
昨日コンビニで買ったサンドイッチを並べて、
窓の外を見ながら、少し眠たげに笑い合っていたかもしれない。
駅まで一緒に歩いて、
改札の手前で「じゃあ、またね」って手を振って、
それぞれの職場へ向かっていったかもしれない。
——いつだったか、スーツ姿の男女が並んで歩くのを見て、
「一緒に通勤できたらいいね」って話したことを思い出した。
それは叶わなかった「もしも」のひとつ。
30分だけの寄り道が、いつまでも心に残る。
多分、もう少しだけ、一緒にいたかったからだと思う。
