100年に、1センチの約束【もしもの始まりを、忘れないうちに】
ひとりで温泉地に泊まった夜、久しぶりに「さみしい」と思った。
旅先で日中たくさん歩いたから、布団に入ればすぐ眠れると思っていたのに、なかなか眠れなかったのは——
きっと、ぽっかり空いた隣のスペースのせいだ。
なんとなく手に取ったスマホの画面に、もうやり取りのないあなたの名前がふと浮かんで、そっと電源を落とした。
ああ、私、こういう夜に弱かったんだな。
ひとりでいるのがつらくなる瞬間って、こんなふうに、ふいにやってくる。
瞼を閉じると、ふたりで旅をした日のことが浮かんできた。
とくに思い出すのは、あの鍾乳洞のこと。
ふたりで自転車を並べて、片道二時間ほど。途中で休憩をとったり、風景の写真を撮ったり、他愛もない話をしながら笑い合ったり。
坂道のブレーキで腕に余計な力が入ったせいか、少し痛む手首をぶらぶらと振っていたら、あなたが「大丈夫?」ってマッサージをしてくれた。
自分だって疲れてるはずなのに、そうやってさりげなく気遣ってくれるところが、ほんとうに嬉しかった。
さらに、「寒くない?」って、自分のマフラーを私に貸そうとしてくれたのも覚えてる。
そんな道のりの先にあった鍾乳洞の中。
ふたり並んで手を合わせたお祈りスポット。
"これからも、あなたと一緒にいれますように"
お祈りを終えて隣に目を向けると、あなたはずっと瞑ったままで。
私はもう一度、そっと祈るふりをした。
あなたはあんなに長いこと、何を祈っていたんだろう——
「もしちょっとでも、この先一緒にいられる選択肢があるなら、探したいな」
いつの日か、そんなLINEも送ったっけ。
だけど、話は何も進まなくて。
お祈りスポットのさらに奥、ひんやりとした空気の中で、あなたが教えてくれた。
「鍾乳洞の石のつららって、100年でやっと1センチ伸びるんだって」
「じゃあ、あの奥の小さいやつが大きくなるのって、何百年かかるんだろうね」
そう言った私に、あなたは微笑みながらこう言った。
「何度も生まれ変わって、いつかまた出逢えたら一緒に見に行こうね」
そのときの私は、本気でそれを信じていた。
未来の話をすることが、おまじないみたいに、私たちを守ってくれる気がしていた。
今度ここに来よう、またいつか行こう——
そう言い合っていた約束だけが、手のひらからするするとこぼれていった。
ちゃんと続く気がしてたのに。
それでも、あの小さなつららを見上げた記憶だけは、ずっと心に残っていた。
ふたりでいた頃の記憶は、会えなくなった今もふいに浮かんでくる。
もう、願いごとはしない。
けれど、あの奥で今も少しずつ伸び続けている小さなつららのように、
忘れきれない想いが、私の中にも静かに育ち続けている。
たとえ、もう再会がなかったとしても。
あの時間が確かにあったことだけは、きっと、永遠に消えない。
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