見出し画像

夕暮れにすれ違った未来【もしもの始まりを、忘れないうちに】

「最近は、あんまり結婚願望ないかも。むしろ、一緒に海外留学するのもいいかもって思ってて」

夕方の光が、海の向こうでゆっくり沈んでいく。潮風と一緒に、私の言葉も彼の横顔をかすめた。

付き合って半年くらい。会う頻度にも、互いのリズムにも、少しずつ慣れてきた頃だった。

私は新卒から同じ職場で働き続けていて、ちょうど初めての昇進が決まったばかりだった。キャリアを重ねて、自信がつきはじめていた時期でもあった。それでも、彼が好きだった。

語学の勉強は正直得意じゃなかったけれど、環境が変われば、そこでまた新しくやりたいことが見つかるかもしれないし、それもきっといい人生経験になる。
“もし彼と一緒に行けるなら”って思って、私なりにいろいろ考えて、悩んで、それでやっと出た言葉だった。
「一緒に行こうかな」って。

彼にとっては、さらっと受け取ってしまえるような軽い提案に聞こえたかもしれない。

彼は、ちょっと考えるような間をおいてから言った。

「この前さ、久しぶりに友達と会って。子どもがいて、大変そうだったけど……なんか、幸せそうだった」

そう言って、照れくさそうに笑う。
「昔は全然考えられなかったけど、家庭を持つのも、悪くないのかもなって」

やわらかなその声が、波の音に混ざっていく。

それは、たぶん彼なりの“変化”だったんだと思う。
でも私は、それをうまく受けとめきれなかった。

本当は、“わたしも、そういう未来が好きだよ”って伝えたかった。
けれど、付き合いはじめの頃に彼が「結婚は考えてない」って言ってたのが、どこかにずっと引っかかっていて、気づけば頷いていただけだった。

その日も、きちんと話し合うほどではなかった。ただの、夕暮れの会話だった。

でも、こういう小さなすれ違いが、後になってじわじわと残るのだと、あの頃の私は知らなかった。

遠い話でいい、焦らなくていい。いつか、自然にそうなれたらいいなっていう、小さな未来のかけら。

でも、そういうのを口に出すのはちょっと怖くて。
もし違う方向を向いてるって思われたら、この“心地よさ”まで崩れてしまいそうで。

彼の変化に気づいていたのに、踏み込めなかった。
たったひとつの会話だったけど、今も時々思い出す。あのとき、もう少し素直だったらって。

ちゃんと話せばよかったのかな。
ちゃんと、彼の言葉に、気持ちで返せばよかったのかな。

まだふたりだった頃の、夕暮れの風だけが、あの日のまま記憶に残っている。


#ifの物語
#癒しの時間
#優しい物語
#心に残る言葉

〖別のifを読む〗

いいなと思ったら応援しよう!